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核兵器禁止条約発効に寄せて

2021年01月20日 | 妙法

核兵器禁止条約発効に寄せて 核戦争防止国際医師会議 ラフ共同会長 2021年1月20日

 核兵器を法的に禁止する初の多国間条約である「核兵器禁止条約」が、今月22日に発効する。条約発効の歴史的意義や、学会・SGI(創価学会インタナショナル)の貢献などを巡り、各界の識者に話を聞いた。第2回は、IPPNW(核戦争防止国際医師会議)共同会長のティルマン・ラフ博士へのインタビューを掲載する。(聞き手=木﨑哲郎)

 

©Zebedee Parkes
©Zebedee Parkes
 
核兵器は明確に「違法」

 ――ラフ博士は長年、医師として核兵器廃絶に尽力してこられました。核兵器禁止条約発効の意義を、どうお考えでしょうか。
 
 この条約は、核兵器(の開発や使用などあらゆる活動)を禁ずる初の国際条約であり、大きな歴史的意義を持つものです。生物兵器、化学兵器、対人地雷、クラスター爆弾などの殺りく兵器も全て条約で禁止されています。ついに核兵器も、倫理に反するだけでなく、明確に「違法」となるのです。
 
 国際条約の発効は何を意味するのか。それは世界に新しい「規範」ができることであり、核保有国やその「核の傘」に依存する国、また核兵器を開発しようとする国々に対し、法的、倫理的、そして政治的、社会的な「圧力」を生み出すことを意味します。
 
 この条約は締約国に対し、条約への参加を他の国々に働き掛けるよう求めており、締約国は今後、核兵器廃絶を外交上の重要な課題として取り組んでいくことになります。
 
 またこの条約は、核軍縮への具体的な道筋を示した点でも画期的です。仮に今すぐ条約を批准できない国であっても、条約を生かして核兵器廃絶への歩みを進めることを可能にしています。

 

SGIとの協力関係はほこ

 ――2017年にノーベル平和賞を受賞したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)ですが、SGIとの協力関係は、ICANが発足した2007年から始まっています。当時、ICAN議長として来日し、パートナーシップを要請したのがラフ博士です。
 
 東西冷戦下の1980年、米国とソ連の医師が、核戦争を防ぐためIPPNWを立ち上げ、その数年後に私はIPPNWの一員となり活動してきました。そして、このIPPNWを母体として始まったのがICANです。

 

IPPNW(核戦争防止国際医師会議)の世界大会。SGIの代表も協力団体として参加した(2017年9月、イギリスで)
IPPNW(核戦争防止国際医師会議)の世界大会。SGIの代表も協力団体として参加した(2017年9月、イギリスで)

 かねてより私は、池田大作SGI会長がIPPNW共同創設者のバーナード・ラウン博士、ミハイル・クジン博士と相次いで会見されたこと、また長年、SGIとIPPNWが協力関係にあることを存じ上げていました。
 
 ゆえにICANの発展のためにも、いち早くSGIとパートナーシップを結びたいと切望していたのです。
 
 創価学会は1950年代から、核兵器が「悪」であると指摘し、その廃絶に向け先駆的な運動を続けてきました。また長年にわたるSGIの力強い、一貫した姿勢や、世界的な組織であること、さらに青年世代との協働、教育活動への取り組みなどは、まさにICANが目指すものと一致していました。
 
 核兵器禁止条約制定への戦略を話し合う大事な会議でも、SGIの皆さんは、世界の人たちのネットワークをつくり、準備を進める上で不可欠の協力をしてくださいました。
 
 SGIとの長きにわたる緊密な関係を、とても誇りに思います。
 
 ――これまでSGIは、IPPNWと共同で主催した「戦争と平和」展(1989年)をはじめ、数々の展示を制作し、市民社会の意識啓発に取り組んできました。
 
 私が感銘を受けるのは、見る人の心を動かす展示内容もさることながら、SGIの皆さんが展示を通し、「地域のつながり」を築かれている点です。
 
 特にSGIの現地組織の尽力によって、社会のリーダーや政治家、さまざまな団体の関係者にも展示のメッセージが届いています。
 
 人と関わりを結び、教育の機会を提供し、希望を送る。こうしたSGIの取り組みは単なる展示活動ではなく、大きな広がりをもつ平和運動です。
 
 SGIとICANが共に制作した「核兵器なき世界への連帯」展では、私も医師の立場で準備に関わりました。
 
 こうした展示が、ヨーロッパやアメリカ、東南アジア、オセアニア、中東、南米など世界各国で、また数々の国際行事の場で開催されたことは特筆に値します。核兵器廃絶への機運を高めることができたと自負しています。

 

昨年9、10月にマレーシア外務省で開催された「核兵器なき世界への連帯」展。会期中、同国の核兵器禁止条約の批准式が行われた
昨年9、10月にマレーシア外務省で開催された「核兵器なき世界への連帯」展。会期中、同国の核兵器禁止条約の批准式が行われた
 
はいぜつかぎは「価値観の変革」に

 ――創価学会・SGIの平和運動の原点は、戸田城聖第2代会長の「原水爆禁止宣言」(1957年)です。この宣言の精神を受け継ぎ、SGIは「核兵器は絶対悪」との思想のもと、民衆による草の根の対話を機軸として平和の理念を広げてきました。また、核兵器廃絶へ向けた宗教間の連帯や、共同声明の発表にも尽力してきました。
 
 とても重要で効果的なアプローチです。
 私たちは誰もが、他者に対して怒りを覚え、暴力的になりうるという潜在的な可能性をもっています。そうした「個人の性質」と、戦争や核兵器開発といった「組織的な暴力」は無関係ではありません。そして、人間の暴力性の最たるものこそが核兵器です。
 
 核兵器の議論でよく使われる「国家防衛」「核抑止力」などの専門用語は、どれも核兵器の「現実」を覆い隠す作り話にすぎません。一人の人間を殺すことが悪であれば、何億人もの人々を殺す兵器が悪でなくて何でしょう。
 
 核兵器が真に意味するものを、倫理的に追及しなくてはなりません。その意味で核兵器廃絶の鍵は、価値観の変革にあります。
 
 私たちは今こそ、特定の部族意識を乗り越えなければなりません。人類の課題を解決するには、国家、民族を超えたアイデンティティーが必要だからです。
 
 宗教組織は、私たち一人一人が、どう他者と関わり合うか、どう世界を認識し、何を自分の責務として生きるかということに多大な影響を及ぼします。
 
 SGIが近年、宗教間の連帯を強め、大きなコミュニティーをつくろうとしていることは称賛に値します。
 
 宗教を持つ人々の声を、普遍の真理と共有の価値観のもとに結集できれば、世界を変える大きな力になると思います。
   
 ――今回の条約で、締約国は、自国の核兵器の使用や実験によって被害を受けた人々に対し、支援を行う責任を負うことが明記されました。
 
 条約を批准したか否か、また批准する予定があるか否かにかかわらず、国際社会が一丸となって取り組むべき課題です。
 
 ヒバクシャの体験に耳を傾けることは、核兵器の真実を知る最良の道です。これまでの国際会議でも、各国の外交官の心を動かしてきたのは、何よりもヒバクシャの言葉でした。
 
 ICANの活動を通し、多くのヒバクシャの声を国際社会に届けることができたのは、最大の誇りでもあります。
 
 創価学会の皆さんが長年続けている被爆体験の継承も、とても重要な取り組みです。 

 

学会が主催した「被爆体験を聞く会」(2019年8月、広島池田平和記念会館で)。被爆体験の継承運動は、コロナ禍の中でも続いている
学会が主催した「被爆体験を聞く会」(2019年8月、広島池田平和記念会館で)。被爆体験の継承運動は、コロナ禍の中でも続いている

 私が暮らすオーストラリアでは、12回の大規模な核実験と600回を超える小規模な核実験が行われてきました。私自身、ヒバクシャの一人です。2歳の時、南オーストラリアの砂漠で行われた核実験の「死の灰」にさらされました。
 
 その後、30代という若さで深刻ながんを患ったのも、被爆の影響によるものであることは間違いないでしょう。
 
 核兵器は人類の「自殺爆弾」です。人類の未来、全ての生命の未来を、自らの手で消し去ってしまうことなどあってはなりません。
 
 新型コロナウイルスをはじめ、今後も起こり得るパンデミックを完全に防ぐことは困難です。
 
 しかし、核兵器の使用は「完全回避」できる。世界の人々が結束すれば、核兵器の廃絶は可能なのです。

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小説「新・人間革命」に学ぶ 番外編⑦ 

2021年01月20日 | 妙法

小説「新・人間革命」に学ぶ 番外編⑦ 2021年1月20日

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  • 連載〈世界広布の大道〉
絵・間瀬健治
 
絵・間瀬健治

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は「番外編⑦」。小説につづられた珠玉の名言をテーマごとに紹介するとともに、山本伸一の各方面への励ましを掲載する。挿絵は内田健一郎。

 
師弟不二

 師弟不二とは、師の心をわが心として生きることであり、いつ、いかなる時も、己心に厳として師匠がいることから始まる。いくら“師弟の道”を叫んでいても、自分の心に師匠がいなければ、もはや、仏法ではない。
 
 師匠を、“自分の心の外にいる存在”ととらえれば、師の振る舞いも、指導も、自身の内面的な規範とはならない。そして、師匠が自分をどう見ているかという、師の“目”や“評価”が行動の基準となってしまう。そうなると、“師匠が厳しく言うから頑張るが、折あらば手を抜こう”という要領主義に堕していくことになりかねない。そこには、自己の信心の深化もなければ、人間革命もない。
 
 もしも、幹部がそうなってしまえば、仏法の精神は消え失せ、清浄なる信仰の世界も、利害や打算の世法の世界になってしまう。己心に、師弟不二の大道を確立するなかにこそ、令法久住がある。
 
 (第25巻「人材城」の章、332ページ)
 

 
勇気

 「大聖人は、『軍には大将軍を魂とす大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり』(御書1219ページ)と仰せであります。この七百万世帯は、皆さんが大将軍となって、勇気をもって戦い抜いた証であります。
 
 大聖人も、また、牧口先生、戸田先生も、この壮挙を喜ばれ、諸手をあげて、ご賞讃くださることは間違いありません。
 
 勇気は、希望を呼び、力を湧かせます。勇気こそ、自分の殻を破り、わが境涯を高めゆく原動力であります。
 
 大将軍の皆さん! 遂に、新しき建設の幕は開かれ、創価の勇者の陣列は整いました。新時代が到来しました。わが胸中に、いや増して勇気の太陽を輝かせながら、いよいよ、歴史の大舞台に躍り出ようではありませんか!」
 
 大勝利の師子吼がこだました。
 
 (第13巻「楽土」の章、391~392ページ)
 

 
 

日本武道館で行われた2月度本部幹部会で指導する山本伸一
日本武道館で行われた2月度本部幹部会で指導する山本伸一
 
油断

 「千日の功名一時に亡ぶ」との格言がある。千日もの間、努力に努力を重ね、手柄を立て、名をあげたとしても、わずかな失敗から、あっけなく身を滅ぼしてしまうことをいう。
 
 それまで、いかに頑張り抜いてきても、ちょっとした油断から、すべてが水の泡となった例は、枚挙にいとまがない。何事においても、最後の最後まで気を緩めることなく、日々、自らを厳しく戒め、挑戦し続けていく人こそが、真の勝利者となるのだ。
 
 伸一は、厳しい口調で語り始めた。
 
 「失敗の原因は、いろいろあるだろうが、その本質は、慢心なんだ。(中略)
 
 “これまで失敗がないから、大丈夫なんだ”と高を括り、手抜きをするようになる。つまり、そこには、慢心が潜んでいるんだ」
 
 (第12巻「愛郷」の章、154ページ)
 

 

りっしょうあんこく

 「日蓮大聖人の仰せは“安国”を実現するためには、根底に“立正”がなくてはならないということであります。
 
 “立正”とは正法を立てることであり、生命の尊厳を説く仏法の生命哲学をもってする、未曾有の宗教革命のことです。この宗教革命によってこそ、各人の人間革命が可能になる。これは、個人の内面を対象としており、信仰の次元の問題です。
 
 “安国”とは社会の繁栄であり、民衆の幸福、世界の平和であります。“立正”が宗教の次元であるのに対して、“安国”は社会の次元であります。
 
 そして、“安国”の直接的に拠って立つ理念とは、『生命の尊厳』であり、『人間性の尊重』『平和主義』の原理であるといえます。これらは人間の生存の本質から発するものであり、宗教、人種、民族、イデオロギーを超えて、人類が渇望する普遍の理念であります。その実現をめざすものが“人間主義”であり、ここが、すべての出発点であります」
 
 (第14巻「大河」の章、303ページ)
 


 

東京・両国の日大講堂で行われた第33回本部総会で、講演する山本伸一とテレビ・新聞の報道陣
東京・両国の日大講堂で行われた第33回本部総会で、講演する山本伸一とテレビ・新聞の報道陣
 
へんどくやく

 「全生命を注ぐ思いで、皆さんを励ましてほしい。信心をしていたご家族を亡くされた人もいるでしょう。そうした方々には、こう伝えてください。
 
 ――すべては壊れても、生命に積んだ福徳は、永遠に壊されることはありません。一遍でも題目を唱えたならば、成仏できるのが大聖人の仏法です。亡くなられた同志は、今世で宿命を転換し、来世も御本尊のもとに生まれ、幸せになれることは間違いありません。
 
 また、『変毒為薬』とあるように、信心によって、毒を変じて薬にすることができる。大聖人は『大悪をこれば大善きたる』(御書1300ページ)と仰せです。
 
 今は、どんなに苦しくとも、必ず幸せになれることを確信してください。いや、必ずなってください。強い心で、強い生命で、見事に再起されるよう祈り待っています」
 
 (第30巻<下>「誓願」の章、393~394ページ)
 

 
女性のちから

 「明二〇〇一年(平成十三年)から、二〇五〇年へ、いよいよ、第二の『七つの鐘』がスタートします!」
 
 伸一は、新しい「七つの鐘」の構想に言及し、民衆のスクラムで、二十一世紀を断じて「人道と平和の世紀」にと呼びかけた。
 
 また、世界で、女性リーダーの活躍が目覚ましいことを紹介した。
 
 「今、時代は、音をたてて変わっている。社会でも、団体でも、これからは女性を尊重し、女性を大切にしたところが栄えていく。
 
 大聖人は『女子は門をひらく』(御書1566ページ)と仰せです。広宣流布の永遠の前進にあって、『福徳の門』を開き、『希望の門』を開き、『常勝の門』を開くのは、女性です。なかんずく女子部です」
 
 麗しき婦女一体の対話の拡大、励ましの拡大は、二十一世紀の新たな力となった。
 
 (第30巻<下>「誓願」の章、430~431ページ)
 

 
 

関西代表幹部会、関西女性総会の意義を込めて開催された本部幹部会(大阪・豊中市の関西戸田記念講堂で)
関西代表幹部会、関西女性総会の意義を込めて開催された本部幹部会(大阪・豊中市の関西戸田記念講堂で)
山本伸一と各方面の友
 
第2総東京
創価大学の体育館で第2東京本部の幹部会が開催された(1973年3月31日)。席上、伸一は「自身の心を折伏せよ」と訴えた
創価大学の体育館で第2東京本部の幹部会が開催された(1973年3月31日)。席上、伸一は「自身の心を折伏せよ」と訴えた

 <1973年(昭和48年)、山本伸一は第2東京本部(現在の第2総東京)の組織強化に力を注ぐ>
 
 壁を破るには、腹を決めることだ。断じて成し遂げてみせると、一念を定め、御本尊に誓願の題目を唱え抜くのだ。そして、勇猛果敢に行動せよ。走りだせば加速度がつく。勢いを増す。
 
 伸一の第二東京本部への期待は、あまりにも大きかった。
 
 人口の流動状況などからみても、将来、第二東京本部は、八王子や立川などを中心に、東京の新拠点となっていかなければならない。いや、都区内とともに、日本の中心、世界の教育と文化の中心となっていく地域であると伸一は考えていた。
 
 (第17巻「本陣」の章、92ページ)
 

 
沖縄
1974年2月、伸一は沖縄指導へ。名護では大きな虹が懸かり、「和やかに/天に虹舞い/友も舞う」と句を詠んだ
1974年2月、伸一は沖縄指導へ。名護では大きな虹が懸かり、「和やかに/天に虹舞い/友も舞う」と句を詠んだ

〈1974年(昭和49年)2月、山本伸一は、本土復帰後初となる沖縄指導に赴いた〉
 
 「沖縄が、広宣流布の大空に、本格的に飛翔する条件は、すべて整った。その操縦桿を握るのは皆さんです。
 
 したがって、人を頼るのではなく、皆さんが会長の私と同じ決意、同じ自覚に立ち、全責任をもって活動を推進していかなければならない。
 
 つまり、新しき時代とは『弟子が立つ時』であり、弟子が勝利の実証を示す時代なんです。(中略)
 
 どんなに闇が深かろうが、嵐が吹き荒れようが、心に虹をいだいて、晴れやかに、威風堂々と前進していっていただきたい」
 
 (第19巻「虹の舞」の章、102~103ページ)

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