小説「新・人間革命」に学ぶ 第25巻 御書編 2020年11月17日
- 連載〈世界広布の大道〉
今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第25巻の「御書編」。小説で引用された御書、コラム「ここにフォーカス」と併せて、識者の声を紹介する。挿絵は内田健一郎。
人のものををしふると申すは車のおもけれども油をぬりてまわり・ふねを水にうかべてゆきやすきやうにをしへ候なり(御書1574ページ、上野殿御返事)
<1977年(昭和52年)3月11日、山本伸一は福島県を訪問。県長らに、青年育成の要諦について語った>
「弘教に限らず、あらゆる活動を進めるうえで大事なのは、“なんのためか”を明らかにし、確認し合っていくことです。それによって皆が、軌道を外れることなく前進することができるし、力を発揮することができる。
でも、全く弘教をしたことがない青年に、折伏の意義を教え、『頑張ってください』といえば、実践できるかというと、そうではありません。それだけでは、多くの人が、“自分にはできない”と思うでしょう。したがって、実際に、仏法をどう語っていけばよいのか、教えていかなければならない。それには、先輩である壮年や婦人は、自分はこうして折伏してきたという、ありのままの体験を語っていくことです。
また、青年と共に仏法対話し、実践のなかで、具体的にどうすればよいか、手本を示しながら教えていくことも必要です。つまり、青年たちが、“そうか。こうすればいいのか。これならば私にもできる。よし、やってみよう!”と思えるかどうかなんです。
人は、“とても自分には無理だ”と思えば、行動をためらってしまう。しかし、“できそうだ”と思えば、行動することができる」
(中略)行動をためらわせているものは何かを見極め、それを取り除き、勇気を奮い立たせることが、激励であり、指導である。
(「福光」の章、21~22ページ)
受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり(御書1136ページ、四条金吾殿御返事)
<5月19日、山口県を訪れた山本伸一は、山口開拓指導を共に戦った草創の同志たちと懇談した>
「当時、四十代、五十代であった方々が、今は六十代、七十代となり、人生の総仕上げの時代に入った。したがって、“総仕上げ”とは、いかなる生き方を意味するのか、少しお話しさせていただきます。(中略)第一に、報恩感謝の思いで、命ある限り、広宣流布に生き抜き、信仰を完結させることです。役職は変わったとしても、信心には引退も、卒業もありません。“去って去らず”です。
そうでなければ、これまでの決意も誓いも、人にも訴えてきたことも、結局は、すべて噓になってしまう。後退の姿を見れば、多くの後輩が失望し、落胆します。そして、それは、仏法への不信の因にもなっていきます。(中略)
学会員は皆、長年、信心してきた先輩たちが、どんな生き方をするのか、じっと見ています。ゆえに、学会と仏法の、真実と正義を証明していくために、幹部だった人には、終生、同志の生き方の手本となっていく使命と責任があるんです。
もちろん、年とともに、体力も衰えていくでしょう。足腰も弱くなり、歩くのも大変な方も増えていくでしょう。それは、自然の摂理です。恥じることではありませんし、無理をする必要もありません。ただ、どうなろうとも、自分なりに、同志を励まし、法を説き、広宣流布のために働いていくんです」
(「共戦」の章、149~150ページ)
2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災が発生。あまりにも多くの生命が突然失われ、それまでの日常が一変しました。福島では原発事故の影響もあり、先が見えない日々が続きました。
そんな中、同年9月1日から、福島を舞台とした、「福光」の章の連載がスタートしました。
「春を告げよう!/新生の春を告げよう!/厳寒の冬に耐え、/凍てた大地を突き破り、/希望の若芽が、/さっそうと萌えいずる春を告げよう!」
この一節で始まる同章は、被災した方々の大きな希望となりました。「第1回を読み、泣けて仕方がなかった」――連載開始直後から、東北をはじめ、多くの読者から感想と決意が寄せられました。他県での避難生活を余儀なくされた福島の婦人は、「“師匠は、福島の勝利、東北の勝利を信じ、見守ってくださっている”と思うと、感激の涙で文字が見えなくなりました」と前進を誓いました。
「福光」の章には、リーダーの在り方、青年の育成、団結の要諦など、学会活動の基本姿勢が描かれています。
震災という最も苦しい時に、東北の同志は同章を学び、苦難を一つ一つ乗り越えてきました。その不屈の前進は、世界中の“「新・人間革命」世代”にとっても、模範の生き方として輝いています。