市街・野 それぞれ草

 802編よりタイトルを「収蔵庫編」から「それぞれ草」に変更。この社会とぼくという仮想の人物の料理した朝食です。

班長さんになって7 夏祭りの夜

2005-07-25 | Weblog
 気になっていた地区の夏祭りが、土曜の夜に終わった。班長さんとしては終わった後の片付けが仕事だった。夏祭りにかくも長時間つきあったのは、成人以来、初めての体験だった。幸い、面白くないわけでもなく、謎めいて不思議な一夜であった。ワルキューレの夜でもあった。

 まずは演歌による日本舞踊だった。空手着の3人の年配の女性が、空手の演舞を舞った。風雪に耐え、人生を克服してという演歌にジーン。と、すぐに真ん中の踊り手に惹かれだした。空手の演舞なのに、あらゆるところに攻撃的力が入ってないのだ。だが脇の二人は、突拳、手刀、蹴りと力もスピードも懸命だが、やればやるほど力もスピードも抜けた。しかし、この力を感じさせぬ中心の踊り手こそ、空手の美と迫力があった。それは力でなく舞踏だった。町内の踊りの師匠さんとアナウンスされた。いい踊りだった。

  ぼくの班から一人の来場者もなかった。しかし、会場は地から湧き出したような子ども、大人で埋まっていた。孫(4歳)も、もう何時間もいっときもじっとしていずに、保育所の友達を見つけては走ったり、どずきあったり、大人の手にぶらさがったりしている。大人たちも絶え間なく体も口も動いている。それらが会場に一つの渦を生み出していて、気分が酔わされる。孫は日頃は、折り紙など何時間もしている大人しい男の子だが、狂ったように走り回ってやまない。この会場はいったいなんなのだ。それは夏の灯に集まる昆虫である。かって文明のないころの人類とは、こうして野原での集落の夜ををつくりだし、すごしたのではないだろうか。エネルギーを満たすために。

 昭和30年代までは、市街も毎夜そうした祭りの空間を持っていたが、今は消滅、イオンが代替をしはじめている。そういう時代の中で、年に一度、ご町内で祭りの一夜が開催されるのも意味がない事ではないかとも思えた。ただ、好きな人だけでやってもらえるのが一番である。考えると、今も役員、つまり先にも言ったきまぐれ人がやるのだから、まあ結構かと思う夜であった。
 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« かりん糖屋さん、その後 | トップ | 至福の空間 ミラクル »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事