市街・野 それぞれ草

 802編よりタイトルを「収蔵庫編」から「それぞれ草」に変更。この社会とぼくという仮想の人物の料理した朝食です。

バンコク 屋台とレストラン

2007-11-14 | Weblog
  バンコクでの生活6年目を迎えた杉岡直樹さんから、タイレストランに連れて行ったもらった。ホテルから15分ほど走ったところで、そこに近づいたとき、砂地で海岸が近い感じがした。宮崎市の一つ葉海岸に点在するレストラン地帯に似た空気だったのだ。杉岡さんは、ここから海は遠いです、海岸のような感じとおっしゃれば、ここは水路を埋め立て場所だからでしょうかねと言う。一本、一本の樹木も細く、松に似ていた。

 そのレストランというのが、これが海水浴場にあるような、バラック建てといった雰囲気なのだ。壁をどんとつくと倒れるような・・・そうだ、この雰囲気は屋台とどこか通じるのだ。それでかなりの客でにぎわっていて、そのごったがえしに街路の屋台の雰囲気と共通するものがあるようだった。屋台の気楽さ、野放図さ、わいざつさとがレストランへと連続している。それが客を呼ぶのかもしれない。

 一つ葉海岸のレストランは、ひとつひとつが、建物、室内とデザインに贅を凝らし、いわゆるおしゃれ、ファッションをきわだたせている。これには投資もかなりかかるだろう。とても気軽に開店できるものではない。ぼくが聞いたあるカフェのオーナーの話では、ここらがレストラン街になるまえに土地を入手していたといい、ほぼ5千万円だったという。幸い繁盛していたが、油断はできないという緊張した面持ちでの話しだった。ところが、バンコクでは、バラック建てで、これほどの客が呼べるなら、相当の収益はまちがいない。

 おそらくこういう手軽さでレストランがかなりの数あるように思えた。バンコク市内の道路が大型の乗用車で交通渋滞をつねに引き起こしているのは、こうした企業家もおおいに発生しているからではなかろうか。

 この案内されたレストランばかりでなく、翌日、ツアーバスが夕食に立ち寄ったレストランもそうだった。運河の岸の砂地に広い敷地をとり、家屋はまさにバラックの感じであった。ここも客であふれて活気があった。屋台の延長でこれだけ収益が上げられる。これはひとつの豊かさであろう。新しさ、ファッショナブル、垢抜け、そして、過去との断絶、失った損失の大きさ、現代風とは、裏返せば貧困への転落が近くなることかもしれない。アメリカで病気になるのと酷似して。
コメント (3)
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