以前、「なぜ私は良い思い出よりも嫌な思い出のほうをたくさん覚えているのでしょう」という質問を受けたことがあります。
これにはいろいろな理由が考えられます。たとえばその人の人格や生育歴、精神状態などで、実際,鬱状態にいる人が、嫌な思い出ばかりに苛まれて良い思い出の影響力が無効化している、ということも良くあります。
さて、このように個人差はありますが、人は多かれ少なかれ、ある出来事や行事において、嫌なことばかり覚えていて、良いことがあまり思い出せなかったりして、その嫌な記憶に苛まれる経験はあると思います。これが何故かといえば、人間は、認知の傾向として、「解決した事物よりも、未解決の事物のほうをよく覚えている」からです。
あながたもし何かの出来事において(たとえばあるパーティー、飲み会、旅行、デート、イベント、誰かの結婚式・・・)嫌な思い出のほうをよく思い出すとすれば、それがまだあなたのなかで未解決であるからだと考えられます。
ここで、思い出されるがままに悶々と嫌な回想をするのではなくて、「なぜ」その嫌な記憶が思い出されるのか、それが自分にとってどのような意味のあるものなのか、それと似たようなことが過去になかったか、それが今の自分の人生にどのような影響を与えているのか、それから、これが一番大事ですが、そのときに自分がどのような気持ちや感情を経験していたのか、(あまり愉快な作業ではありませんが)ゆっくりと自分と向き合って自己分析したり、文章にしてみたり、できれば信頼できる人にゆっくりと聞いてもらったり、それらの記憶とうまく折り合いがつけられるようになると、今まであまり意識していなかった、気に留めていなかった、その出来事における良い記憶をもっと思い出せるようになり、嫌な記憶に煩わされることも少なくなります。
これは、精神分析学的にいうと、あなたの中で未解決であった問題が、解決、統合された、ということになります。その結果、嫌な記憶は記憶として残りますが、それが今まで持っていたあなたに対する影響力はなくなるか、激減するでしょう。また、それがそれほど「嫌」なものでなくなったりもします。
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今更悔やんだり後悔しても始まらないと思っております。
そのように割り切れるのは、何か未解決な問題があるわけではなさそうなので、大いに結構じゃないですか。
①食べて寝る
それでも収まりが付かない時は
②10Kmくらい走ってみる。
良いことも悪い事も全て我が人生。コレです。
バイト先の出来事で、前からこの人とは
ある程度距離を保たないと、自分勝手に
キレてしまいあまり近づきたくない人でした。
年上の先輩でもあるし、言っていることは
間違ってはいない、自分が気配り出来てないだけだと思い、こちらが反省すれどもそこまでしなくてもという腹の立て具合。
週一度しか会わない人なのに、今週は平日会社の仕事をしてても朝も夜もなんだかこの人のことを考え、バイトに行きたく無い気持ちに駆られ始めました。
以前は、同じ状況から自然にシフトがズレて会わなくなったこともあり、その間仕事も出来るようになったことから、その関係から脱しましたが、今はどうしても週一度会わないとなりません。
解決策は、自分がまた新たなステージにいるので、その仕事が出来るようになれば!と思い悩んでますが…随分と息苦しく、今となれば悩んでる人の辛い真最中がよく分かります。
しかし、あんまり苦しいので、一度誰かに話してみようかと思います。(既に話してますが…)
それは本当に苦しいところですね。。。
詳しい状況はわからないのですが、どうやらカノンさんの今の状況はこの記事で述べていることの、どちらかというと例外的な状況なので、別の対処法があります。それはつまり、その切れ易い嫌過ぎるお方のことをとにかく「個人的に取らない」ということです。これまでのカノンさんのコメントから察するに、カノンさんは、誰とでも仲良くやっていきたい、という気持ちが強いようで、今回はその気持ちがカノンさんをかえって苦しめているように感じました。そのお方と仲良くすること、打ち解けようとすることはとりあえずあきらめて、それでも自分の気持ちや考えは伝えていく、というのが最善かもしれません。そういう人は、こちらが腫れ物に触るようではさらに切れやすくなるので、こちらがAssertiveになる、彼の態度を気にしない、彼が「不適切な」怒りを出すのは彼の問題であって私の問題ではない、ととにかく割り切って付き合っていくと、逆説的ですが、彼との付き合いが今までより楽になり、うまくいったりしますよ。「QTIP]です。 QTIP=Quit Take It Personallyです。
実は週一度の決戦の日(笑)、私なりに気を付けて仕事をしてみました。
まだまだでしたが、私が努力しているのが伝わったのか?、はたまたただご機嫌が良かったのか?、彼女の八つ当たりは以前ほど強くなく無事一日終えました。
おかげで、今週はバイトのことなど全く頭に無く平日の会社の仕事が出来てます。
アドバイスありがとうございます。
素知らぬ顔が出来ればいいのですが、性格からなのか人の顔色が気になってしまうみたいです。なるべく、意識しない努力を試みようと思います。
次の日、店長にも愚痴って多少ほっとしました。私だけじゃないので、店長自身も、出来る彼女だからこそ大人な対応をして欲しいと思われているようでした。
精神的ストレスの加わり方って、本当に重いものだと痛感しました。
ちなみに、Yodakaさんの仰る通り、私は平和主義者で八方美人であります(^^)
良くも悪くも…
今週がカノンさんにとって平安なものであって何よりです。そうですね、誰かほかの人で、そのお方と関係している人に話してその人がどうそのお方を経験しているのか聞いてみるのは良いことだと思います。彼女があなたにそのように振舞うのは、彼女の側に相当な問題がある、つまりあなたがあまり個人的にとらなくてよいという判断の材料になりますから。徐々にちょうど良い距離が見つかってくると思います。
嫌な記憶といえば、後悔という概念?があると思います。人はどういうときに後悔し、後悔から抜けられるのでしょうか。また、これから何かを決断するときに、後悔の少ない決断ができる基準や条件というのはあるのでしょうか。
私は、「将来後悔しない」ための行動や決断をしたいという気持ちが強いようです。将来、つらい思いや後悔をするなら、今のうちにつらかったり我慢したりしておかなきゃ…と思っているような気がします。
コメントありがとうございます。
後悔は、状況によってはどのように行動しても経験される場合があります。それはあなたの対象(人、もの、活動-仕事、学校、趣味、グループなど)との関係の性質にもよります。
ただ、ここでいくつか言えることがあります。
あまり考えずに自分の気持ちときちんと向き合わずに軽率に、或いは衝動的に取った行動は、その後後悔することが多いでしょう。たとえば仕事など何かあって衝動的に辞めたり、人間関係で何か嫌なことがあって突発的に相手に酷いことを言ったりしてしまったりしたら後悔する可能性が高いですよね。
この逆も然りで、行動に出る前によく熟考して、自分の気持ちにきちんと時間をかけて向き合って、悩んだり誰かと相談したりしてとりあえずでも自分で納得できる結論がでてその結論に基づいて取った行動は、後悔が少ないし、また、後悔することになったとしても、それが未解決で複雑な後悔につながることはあまりないでしょう。
結論になりますが、後悔は人生においてある程度仕方のないもので、また、人は後悔があるから成長するし、他人により深い共感を抱けるようになるわけで、後悔自体はそれほど悪いものではありません。
また、将来後悔しない(後悔を少なくする)ためには、経験の量ではなくて、質のほうをより重視するのが効果的だと思います。我慢に辛い思いにしても、その行動、活動に深い意味があれば成長に繋がりますが、ただ不快で苦痛なだけであれば、そのようにして大事な時間を無駄にして後悔しないためにも、その活動の意味について、その存続について再考してみるのがいいでしょう。