小田博志研究室

研究情報とブログを掲載

『エスノグラフィー入門』を授業現場で使う(2学期編)9

2011-02-23 | エスノグラフィー

 授業「エスノグラフィー入門10‐2」のレポートが出揃い、成績評価も終わりました。

 12篇のエスノグラフィーです。この1年間の調査と議論と思考の努力が凝縮されたものです。どれもそれぞれに読み応えがあり、優秀でした。

 以下、個別にではなく、傾向として課題だと思われた点をまとめます。次年度の重点項目となるでしょう。

 ・ 適切な理論的テーマを読み取り、それに関連する文献を踏まえた理論的考察をすること。これが多くの人にとって関門のようです。ここを乗り越えるにはどうしたらいいでしょうか。一に勉強、二に概念力、三、四がなくて、五に議論。理論的テーマを着想するには、ある程度の知識がなければどうしようもありません。勉強・読書量の差が如実に結果に出てきます。次に、事象をよく観て、それを言葉にする力。「議論」というのは、指導教員や他の学生との間でよいテーマが浮かび上がることもあるということ。実際に2学期の口頭発表の質疑応答の時間で、概念関係図を使いながら議論をしていると、他の学生からよい理論的なサジェスチョンが提起されたことがあります。

 ・ 引用の仕方、文献表の作成の仕方など、テクニカルな問題も見受けられました。これは『エスノグラフィー入門』で書いていることなので、該当箇所をよく見てほしいです。また1学期の実習課題として取り上げるべきかもしれません。

 ・ 文脈化についても意識して行なってほしいです。その調査対象を広く捉えるための文脈は何か?それが位置づけられる、地理的、歴史的、社会的文脈は何か?と問い、その中で対象を理解していくのです。

 来年度の授業にはリピーターの人もいるでしょうから、その人のレポートを実例としながら説明すると、その本人にも、他の初心者にもわかりやすくなりそうです。

***

 さて、期末課題として、授業や教科書に対するフィードバックも書いてもらいました。そこからいくつかを引用いたします。

私は結構な人見知りと自覚しているので、フィールドワークなど、新しい人や場所との関わり方が重要なエスノグラフィーには向いてないだろうなと思いながらも、自分の知らない世界を知れるのが興味深くて演習に参加していました。でも調査に行く前は緊張しますが、実際に行ってみると楽しかったり、世の中には親切で協力的な人がたくさんいるということもわかりました。こうして振り返ってみると、様々な人に出会ったり、話を聞いたり、聞いてもらったり、貴重な経験をさせてもらったのだと思います。(4年生)

 これはうれしい感想です。こういう人生経験ができることにエスノグラフィーの醍醐味と価値があるのです。同じような感想が他にありました。

この授業をきっかけにして、エスノグラフィーを学び、実際に日本を飛び出してフィールドワークをおこなったことはすばらしい経験となりました。(2年生)

 インタビューを行うことは最初とても緊張しましたが、たくさん情報が得られたときの楽しさを味わうことができました。また、インフォーマントに資料を貸していただいたり、調査とは関係のない会話を楽しんだりできてよかったです。(2年生)

 2学期に行なった共同分析について、こう書かれていました。

私は口頭発表の時点で理論的テーマが決まっていなかったのですが、先生や先輩のアドバイスをいただいてヒントを得ることができて、共同分析も大事だなと感じました。(2年生)

 そのアドバイスをした先輩の感想です。

私が授業に参加できたと思ったのは、ある発表を聴いて「コミュニティの持つ二重の意味」に気付き、発言することができたときである。自分のふとした気付きが、誰かの研究を進める一助になれたことはとても嬉しかった。(3年生)

 このとき理想的なディスカッションが実現したのですね。その場で新しい着想が生まれ、それがお互いにとってプラスになったということです。来年度は、こうした参加者の間で創造のスパークがもっと起こるようなディスカッションをしたいものです。

 同じ人から、授業規模についてのコメントです。

こうした形式の授業をするのに適切な人数であったと思う。(3年生)

 今年度の履修生は1学期14人、2学期12人でした。2学期は1人1コマ(90分)の割り当てでも時間が足りず、延長することもありました。学期あたり15コマですから、12人くらいが適正規模だったのです。これは今年たまたまそうだったので、過去には20数人のこともあり、その年はあわただしくて、共同分析の余裕はありませんでした。この授業は制度上人数制限ができませんから、来年度どうなるか蓋を開けてみないとわかりません。なお、ある程度のエスノグラフィーを仕上げるには、やはり1年間必要だと思います。

 本についてはこのような要望が出ました。

小田先生のフィールドノート等、より実際のフィールドワークの様子が分かるような資料が多ければ、さらに良いエスノグラフィー入門書になるように思った。(2年生)

 これはまさに足りない点で、今回の授業では、対馬に関わるデータを例としてプリントを配布し、共同分析しました。改訂版のための課題としたいです。

 この他に共同フィールドワークの提案もありました。学内でならなんとかなるかもしれません。アポのとり方、録音機材の使い方、文字化の仕方などの基本的スキルの実習も取り入れてみましょうか。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿