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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

『田村隆一全詩集』を読む(94)

2009-05-24 00:10:26 | 田村隆一
 『ぼくの鎌倉八景 夜の江ノ電』(1987年)。詩画集である。『田村隆一全詩集』(思潮社)には絵がないので、ことばに対する感想だけを書く。
 「第一景 野原の中には」。この詩には、注釈(?)がついていて、その注釈が詩よりもおもしろい。注釈を書きたくて詩を書いているようにさえ感じる。

 この野原は、鎌倉の二階堂、永福(ようふく)寺跡にあって、ほぼ二万坪、ヤングにはメートルで云わないと、分からないけれど、約七万平方米である(正しく調べたかったら、鎌倉〇四六七-23-三〇〇の鎌倉市役所におといあわせください)。
 (略)
 そして、この野原は、いまも現存し、考古学者が発掘している。まわりにはロープがはりまわしてあって、
「ま虫に注意」という立札がいくつもあって、女の子が若い母親にたずねていた。
「ま虫ってドンナ虫?」
「こわーい虫のことよ」

 「ヤングにはメートルで云わないと」の「ヤング」が私には最初分からなかった。「ヤング」って、田村の連れのだれか? 外国人といっしょに野原へきたのかな? 「若者」とわかるまでに、しばらく時間がかかった。変な言い方かもしれないが、この、ことばがなんのことかわかるまでの「間」が、私には詩に感じられる。ことばが「意味」になるまでの、ゆらぎ。ことばが、音のまま、どこにも所属せず(?)、宙ぶらりんに浮いている。そのとき、不思議に、こころが誘われる。
 「ヤング」が「若者」とわかったときの驚きは、石川淳の小説「狂風記」の「ポンコツのカー」の「カー」が「車」とわかったときと同じように、不思議に、目の前がぱーっと明るくなったような感じがした。
 この、一瞬の、ためらい(?)のような瞬間。そして、そのあとの解放感(?)。もしかすると、田村も、そこに詩を感じているのかもしれない。
 「ま虫」の立て札についてのエピソードがおかしい。「ま虫」はもちろん「蝮」である。蝮は虫ではないが、不思議なことに(?)漢字では虫ヘンである。蛇も虫ヘンである。ヘンである。と、ちょっとだじゃれを言ってみたい気持ちになるが……。
 女の子はもちろん「蝮」を知らないのだろう。若い母親はどうか。わかって言っているのか、わからずに言っているのか。ちょっと、わからない。「ヤング」というのは、こういうひとのことを言うのかな? ふと、意識が最初の「ヤング」にもどる。響きあう。
 偶然か、故意か。
 わからないけれど、こういう瞬間に、ことばの楽しさを感じる。

 「第二景 天園 あるいは老犬のこと」にも注釈がついている。

 その天園にのぼってみて、オデン屋があって、そこで一杯ひっかけてみようとしたら、ジュースやコーヒーのコイン・ボックスがならんでいて、かんじんの酒がなくて、老犬だけが店番をしていて、その老犬は、なにやらぼくに親しげで、ぼくのことを「老犬」だと思いこんでいるらしい。

 タイトルにわざわざ「あるいは老犬のこと」と書いてあるように、この詩は、その老犬のことを書きたかったのだろう。
 ここでも、「野原の中には」と同じように、あれっ?と思うことばがある。「コイン・ボックス」。これ、自動販売機?
 ものには名前がある。そして、名前というのは、「共有」されるものである。共有されることで、意味を持つ。そういうものに対して、田村は独自に名前をつけている。「わざと」、そう呼んでいる。その「わざと」のなかに、詩の芽がある。もしかすると、それは詩の「眼、肉眼」かもしれないけれど。
 そして、この独自に何かに名前をつける、ということをするのは、詩人だけではない。犬も、そうしているのだ!

その老犬は、なにやらぼくに親しげで、ぼくのことを「老犬」だと思いこんでいるらしい。

 老犬は、田村に「老犬」という名前をつけている。田村が自動販売機を「コイン・ボックス」と命名しているように。
 独自に何かに名前をつけて世界を見つめなおす--そういう「時間」を田村は、天園の犬と「共有」している。
 不思議なおかしみがある。
 「ま虫」とは違った、おかしみがある。





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田村 隆一
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