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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

『田村隆一全詩集』を読む(115 )

2009-06-14 00:50:15 | 田村隆一

 「単行詩集未収録詩篇Ⅲ 後期1983~1998」。そのなかの「裸婦」。男と女の違いを描いている。--というだけでは、おもしろくない。書き出しが、実は、私はとても好きだ。

肉体に
密生している
あらゆる種類の毛が
彼女の国境だ

 この「あらゆる種類の毛が」という行は、しかし、「あらゆる種類」ではなく「限定された」毛を想像させる。「あらゆる種類」ということばは、想像がどこまでおよんでも大丈夫と誘う一種の「逆説」である。何を想像しても大丈夫、と励まされて、読者は、たったひとつの「毛」、「恥毛」を想像する。こういう逆説が私は大好きだ。
 読者を(私を、と言わないといけないだろうか?)、そんなふうに誘っておいて、田村は書きつなぐ。2連目は、形としては行変え詩だが、ことばは「散文的」(論理的)である。句読点もついている。
 詩、というよりも、あとで書き直すための「メモ」という感じでもある。そして、「メモ」であるがゆえに、「思想」が剥き出しになっている。

 裸婦の後姿とその影は、
冑(よろい)をつけた男にそっくりだ。
では、男はなぜ冑で鎧(よろ)うのか。
 異民族に対抗するためには、まず論理。
論理が通用しないときには、
暴力で対抗するしかないからだ。
論理か、暴力。これしかないのである。だから男は冑で裸のカラダを覆うのだ。
 闘うとき、女性は、一枚ずつ脱いでいく。
 思わせぶりに脱いでいって、ついに裸になる。裸はもっとも強い武器だからで、暗がりが、夜の空が女性を守るのだ。

 男は戦うとき冑を身につける。冑は裸を守るためのものである。裸は「本当の自分」の比喩かもしれない。女は戦うとき(戦う必要に迫られたとき)、裸になる。身を守るものをすべて捨て去る。裸を「本当の自分」の比喩だとすると、本当の自分をさらけだすことになる。
 この、無防備な、さらけだされた「裸」を田村は「武器」と呼んでいる。「無防備」と「武器」というのは、矛盾する概念である。
 矛盾しているから、そこにはほんとうの思想がある。矛盾でしか言えない思想がある。矛盾がぶつかりあって、解体するとき、何かがおのずと生まれてくる。
 裸--その無防備を、田村は、次のように言い直している。

 暗黒の内臓、無限の宇宙がつまっている女性の皮袋。短刀もピストルも大砲も爆弾も核も、裸婦にはかなわない。

 「無防備」。その無防備とは、身につけているものを捨て去って、みずから選んだ無防備である。「武器」としての「無防備」である。
 「裸」というより、「武器」と「無防備」のあいだで、その矛盾が解体したところに、「無限の宇宙」があるのだ。そして、そこでは、あらゆるものが誕生しうるのだ。あらゆるものを産み出しうるから「無限」の「宇宙」なのである。短刀よりも強い無防備、ピストルよりも強い無防備、爆弾よりも強い無防備、核よりも強い無防備--それは、どのようにして可能か。
 そこからあらゆるものが誕生すると私は書いたが、実は、そのあらゆるものの誕生は、あらゆるものを「飲み込む」ということでもある。「無防備」と「武器」が矛盾した概念の中で互いをたたきこわし、いままでなかったものになるのだから、そこでの「誕生」もまた一般的な「誕生」とは逆の概念でなくてはならない。「誕生」とは「飲み込む」こと、吸収すること、つつみこんでしまうこと。
 矛盾でしか言えないものがある。そして、その矛盾こそが、真実なのだ。

 裸婦ほど恐しい、それでいて、やさしいものはない。

 「恐しい」と「やさしい」。その矛盾したものが「ひとつ」の形の中にある。「裸婦」という形の中にある。矛盾しているから、それは「真実」なのだ。



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田村 隆一,若尾 真一郎
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1 コメント

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田村隆一全集を読む「115」 (大井川賢治)
2024-03-01 12:43:31
このシリーズも、谷内さんのご案内で、田村隆一の森に分け入ってみます。まず、読み解くキーワードの一つが「矛盾」であることがわかりました。
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