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ふーむ,やはり(笑がないと,深刻だなあ。

でもまあ,
できるところまでやってみるとしよう。
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アセンションでUFOきて,人類のバージョンアップ終了とはならないね。

人類は人類なりにこれまでの責任をとる必要がある。
地球を掘り起こし,空気を汚し,海を汚し,

これはただ地球という物体の表皮を汚染しただけではない。
地球とは,ただの物質のようにみえるが,

地球にも魂があるんだ,
われわれ人間にも身体と魂があるように。

われわれ人類は,
物質文明のなかに埋没することによって,

地球を壊してきた。
動物も殺してきた。

現在も,実験のために用いている。
そのようなよくないことは,もちろん目には見えないだけで,

不可視だが実在する負の債務を積み重ねてきた。
これを無化する必要がある。

第4密度に上がろうとしても,第5密度に上がろうとしても
自分たちの清潔度数があがらなければ,つっかえてしまうだけだ。

目に見えるということは,
肉眼という劣質なレンズの性能の範囲で可視であるというだけで,

宇宙は秩序であり,銀河世界もまた秩序である,
それはダルマと呼ばれてきた。

われわれ人類もまたダルマに守護されて,
ダルマのなかで育ってきた。

ダルマは,純度の高い等価交換であるから,
われわれはわれわれにみあった存在になっていく。

殺したものには謝らなければならない。
掘り返したものは埋め戻さなければならない。

そのように生きていくことで,
われわれのダルマは成就する。

死ぬことはこわくない。
間違ったまま生きることがこわいのである。

われわれのダルマの成就とともにUFOは着陸する。
そのようになっていく気がする。


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最近,村上春樹は陰謀論を小説化しているのではないかと思い始めた。

なぜ,村上春樹は,海外を転々としたり,
日本に住んでも,住まいを明らかにしないのだろうか。

それは,彼が書いている小説と関係しているのではないだろうか。
「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」には,

猫の手をはさむ程度の悪意しか登場しなかったが,
「羊をめぐる冒険」からは,

国賊めいた人物たちが登場するようになった。
たとえば,

「羊をめぐる冒険」では,国士と呼ばれる人物を仮定しているようであり,
「ねじまき鳥クロニクル」では,

近親相姦と殺人の疑いをもつ著名な政治家が仮定されている。
「ダンス・ダンス・ダンス」では,

芸能人ご用達ガールズシンジケートの存在である。
では,

「1Q84」ももしかすると,そういう仮定のものがあるのではないだろうか。
それは闇政治を支えるプロフェッショナル殺人集団の存在ではないだろうか。

彼の書く長編小説は,
社会的悪意をどこまで暴露できるのかという

善意に満ちた作業としてとらえる必要があるのかもしれない。
だから,このような危険な小説家を

鈍らせ,抱きかかえようとして,
イスラエルから賞が贈られたのかもしれない。



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結局,政府って,なにしてるわけよ。

オリバー・ストーンの「もうひとつのアメリカ史3」読書中。
アメリカは,

大統領だけでなく,
副大統領,そのまわりのスタッフ,CIA長官等の人脈をつないでいけば,

大統領をつくりあげる人脈らしきものがあり,
したてあげた大統領に表の顔をやらせて,

施策じたいはスタッフが推し進めている構図がみえてくる。
大統領の権限が大きいのは,

その方が,勝手に操れる範囲が広がるからなんだ。
そーゆーことですかー。

ブレジンスキーも,ラムズフェルドも,
1970年代から中枢部にいたんだよね。

よその国のことはよくわかる。
じゃあ,日本はどうなんだ。

どこをみればよく分かるのか。
アメリカとの協力関係なんだよね。

困ったね。
アメリカといっても,

テロと戦争が好きなアメリカの方なんだもん。
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