Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

落穂拾いの日

2013-12-08 11:36:54 | 自然

熱帯化した東京がようやく秋めいてくれるのは、皮肉なことに11月の末から12月の初旬になってしまったようだ。風が凪ぎ陽射しも柔らかな過ごし易いお天気が続いている。都内への勤めが無いときは専ら読書とどこかで衝動買いしてきた戦利品をうっとりと眺めて初冬の光りと戯れている。

そして暇の更なる隙間にはバイタボックス同軸2ウエイスピーカーでジュリー・ロンドンが歌う「麦畑」「スワニー川」「草競馬」など今ほど高度化した劣悪に染まり切っていない時代のアメリカが奏でる懐旧っぽいオールドソングをBGMとしている。最近では神保町の古書漁りで見つけた岩波文庫版山川菊栄の「わが住む村」などは反時代をモットーとする自分みたいなものには面白く豊かな本である。

 

日本民俗学の泰斗柳田國男に勧められて書いた神奈川県鎌倉郡村岡村(今の藤沢市・弥勒寺)付近に住み着いた山川夫人の田舎郷見聞録だ。夫が戦前の左翼系の学者として名高い山川均だったせいで、今の日本維新の会っぽい在郷軍人会から移住を反対されて困ったらしいが、その山川均はマルクス理論はともかくとして村岡定着以前に鶉(うずら)の繁殖事業をマニファクチャー的に成功させていたらしい。山川夫妻が住み着いたのは昭和10年代後半のことである。その時分に接した村の古老から口承した江戸から明治初期の東海道藤沢宿とその近辺の村落の有様が山川夫人の素晴らしく曇りなきフィルターをとおして記述されている。

今はなだらかな遊行寺坂が急峻な崖地だったとは!山坂の難行、苦行の旅人に対して活躍する雲助達のその日暮らし的生態、また旅の路銀が果てた行路病死者の埋葬法、現在の消費税と似たり寄ったりの人馬や物を献納させられる江戸幕府の強圧的「助郷」システムに喘ぐ村人の生態、村の年中行事のこと、おまけに古代からの相模地方の地誌的まとめも兼ねているからとても読みやすくて滋養分を吸収しやすい名著だと思った。

次に読んだのは太宰治の留守番弟子だった小山清の「落穂拾い」という短編小説だ。これは季節にも合っている。小山清もとてもマイナーな作家だが筑摩や講談社の戦後名作短編全集の類でも探せばどこかで出会える作品である。10月4日生まれの小山清が「晩鐘」や「落穂拾い」のフランス農民画家のミレーと誕生日が一緒ということに引っ掛けた昭和27年の名作が「落穂拾い」。

厠から垣間見る隣家の読書する少年のこと。夕張炭鉱へ出稼ぎに行った仲間のその後の結婚便り、神楽坂の似顔絵描きの青年のこと、近所の蒸かし芋売りの老婆のこと、三鷹だろうか吉祥寺だろうか小山清が住む町の古本屋の少女店主、心の片隅に温もりを齎してくれる気になる人物について作中で道端に咲く野菊を愛でるように愛でる筆致が小説的ヤマは低いのにやはり素晴らしい。健気に起業して立ち働く若い古本屋の少女店主、店に通って気心が知れたころ、少女は小山清の生誕日を祝って「耳かき」「爪きり」をプレゼントする。いかにも昭和27年風光景かもしれない。その包装紙をうれしく開封するとそれは少女雑誌の付録で、印刷物には世界の科学者、画家といった著名人の10月4日生まれが列記されている。小山清はその店主に感じている恋情というよりは慕情めいた喜びをじんわりと噛み締めていて、それが「落穂拾い」へと昇華していったのだと読後に感じる。