Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

映画ハンナ・アーレントを観る

2013-11-13 16:37:12 | その他

日曜日は代々木上原の仕事場を抜けてハチ公バスで渋谷駅に出る。東急本店前を過ぎて終点に近づき始めると例の照れくさくなるようなバスの可愛いテーマソングが流れ始める。「ハチ公バスがワン、ワン、ワン」という繰り返しの反復箇所が好きな旋律だ。ここから半蔵門線に乗り換えること15分で神保町へ到着する。岩波ホールで上映中のドイツ映画「ハンナ・ハーレント」の鑑賞を友人と現地にて約束している。その前に覗いた専修大寄りの古本店にて井伏鱒二の「たらちね」と増渕浩二監修「写真で見るやきもの教室」を購入する。

ハンナ・アーレントはユダヤ系ドイツ人の女流哲学者でマルティン・ハイデッガーの弟子且つ恋人とも称されている。彼女は70年代まで生きていたが、1940年代前期にナチスの追及を逃れたフランスのユダヤ人抑留キャンプからアメリカへと亡命している。戦後はアメリカの大学で教鞭をとっていてわが国でもみすず書房版の「全体主義の起源」は名著として知れ渡っている。この映画はアメリカへ亡命したあと名声を確立してプリンストン大学などで教授をしていた時代に彼女を襲った事件を題材にしている。

その題材は元ナチスの幹部だったアイヒマンが南米の潜伏先でイスラエルの追跡組織に身柄を拘束された事件が発端になっている。アメリカの有名雑誌がナチスの迫害を経験したアーレントをイスラエルの法廷で傍聴させてその特派員レポートに大いなる期待をよせるというタイムリーな企画を組んだ。アメリカにはユダヤ人が膨大な数で暮らしていて、ナチスの悪虐きわまりない戦争犯罪への糾弾を彼女の深い叡智に期待していた。ユダヤ人による新国家イスラエルも同様の期待を彼女に寄せている。各種証人とアイヒマンの「上からの命令に忠実」的釈明応答をもらさず脳裡へ刻んで彼女は帰国した。ところが彼女の論調は静謐で糾弾よりもアイヒマンの悪というものは別に特別なものではなく、凡庸な善人のどこにも潜んでいる根源性に根ざした悪なのだという論点にポイントをおいたレポートをしたためたのだ。

国家や民族について個人との関係を不即不離な一体で考えている人達は激しく怒った。激しい抗議の電話、手紙、投書に回りはビビってしまうが、しかし彼女は引かない。イスラエルにいる痛みを共有してきた親友達とも絶交の羽目になる。凡庸な官吏が指令とあれば大量殺戮だって平気で行う、その人が家に戻ればよき家訓を守って家族を愛する普通の善人と表裏だということを、長い人生で存在についての思索を重ねてきたアーレントらしい主張をドイツ女優のバルバラ・スコバが好演している。書斎の背景もダークな色調が支配していて映像は「内的時間意識(フッサールの言葉)」を物語っている。

しかし憲法学者の奥平康広さんがパンフで云っているようにシブイ、ドイツの郊外にある山荘で戦後のある時期にハイデッガーと再見する箇所はとってつけたみたいで蛇足だとおもった。マルガレーテ・フォン・トロッタ女流監督もハードな直球に少しロマンティックな潤いを付与させたかったのかな?それにしてもこういう構築的な映画はやはり日本映画の新潮流の外し映画とも一味違う知的問いかけを真っ向から我々に強いるもので、精神の弾力の違いを見せらる感が強しである。映画を終えてからは近所の「きっさ こ」でしばしクリス・コナーが「アイ・ラブ・ユー・ポギー」などを歌っている大好きな「ガーシュイン・ソングブック」などを聴きながら美味い焙煎コーヒーをすする時間がもてることで映像と音楽の二重至福を味わう日曜日になった。