Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

安納芋をかじりながら。

2013-11-06 21:40:24 | 

古本祭りで神保町の桜どおりに出店していた地場産コーナーで売っていた断面の発色が強い蒸かし芋を買ってみた。ちょうど92歳の母親の面会を控える前日だ。これを土産にと思った。古典サツマイモの改良品種で甘みが格別強い安納芋という種類である。施設の母親はやっとのことで生きている様子だが、小さなこの蒸かし芋とコーヒー缶を持参して、ちょうど10時のおやつタイムに与えたら、いつもの面白くなさそうな顔をしながら「美味い」といってくれた。昔風のホクホクした金時芋が自分は好きだが、残しておいた一本を帰宅してからお茶請けにしてしてみた。屋久島産の荒い煎茶を益子の好きな椀で飲みながらこの安納芋を食べてみた。

食しての印象は芋の現代的流体繊維化という語を思い浮かべる。甘い甘いマッシュポテト味がする。顎が退化して発音のイントネーションがソフトにくぐもっている優しい現代少女の味覚にマッチした味なのだろう。芋は世につれ、世は芋につれという味がして変な感心に浸ってみる。

神保町の駄本漁りは面白かった。交差点横の広場のブースでハードケースに入った昔の筑摩版太宰治全集を揃いでポンと買っている20代前期の美女が隣にいた。太宰治という作家はやっぱり風化がない世界にあるのだと昔の影響圏で育った団塊爺さんは確信する。当世風文庫本や電子書籍で接しないという毅然としたその美女の佇まいは古本祭りのよい点景として記憶に残りそうである。

昨年他界した吉本隆明は東工大の学生だったころ太宰治を訪問したらしい。そのときの太宰が吐いた言葉を吉本隆明は終生の箴言として心の中に格納していたようだ。世の中が嫌でたまらない太宰は吉本に茶化しめいた言葉を連発しながら「君、男性の本質はマザーシップだよ!その無精ひげを剃りたまえ」という飛躍に満ちた言葉で本質を語ってくれたという一文をふと思い出す。

しかし古本祭りで買った昭和25年大阪創元社で発行した「映画手帖」という変形新書は面白い。カバーが欠けた本が白山通りの映画に強い古書店では500円で売っていたが、カバー付きが古書会館横の路地裏では210円だった。女優ジーン・シモンズの格調に溢れた表紙があるとないでは大違いだということを理解できる人は真の古書通である。

京大映画部が執筆した映画理論は通史としても原理論としてもかっての講座派マルクス主義者の書いた経済学や歴史学の著作物に通じる精緻な教養と言語的共通文脈を感じる。この本には昭和25年時点の有名俳優の住所録が記載されている。今だったらとても個人情報として許されない内容の住所録だがなんだか面白い。あの原節子が当時住んでいたのは、小田急線の東京府北多摩郡狛江村岩戸であったり、三船敏郎は横浜市磯子区中原だったりする。その付近の景色をおもい浮かべて往年のスターが颯爽と田舎めいた街路を歩いていたことを想像することもやはり映画的想像力の一環なのではないかと煎茶をすすりながら収穫物を開いているところだ。