Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

御茶ノ水界隈に

2011-10-15 11:18:22 | JAZZ
伊勢原駅から新百合ヶ丘駅まで快速急行に乗って、そこから多摩急行に乗り換えると地下鉄で都心に直通するということがようやく理解できた。綾瀬行きの千代田線経由で新御茶ノ水駅に辿りつく。順天堂病院の眼科に入院しているジャズ畏友のドクターSさんを見舞うことと駿河台下付近の気晴らし散策という土曜日の午後である。

聳え立つ病棟の受付ロビーはごった返している。高齢化社会が現実になって団塊の世代もますます老境を迎える訳だから、今後は治療難民が増える時代になることは間違いないとロビーの活況を見て思った。早朝の5時付近に寝床で読んでいた棚橋隆さんの「魂の壷 セントアイビスのバーナード・リーチ」という最晩年のリーチ訪問記ともいうべき傑作本の一節を思い出す。その中にはリーチの陶芸分野以外の周辺アーティストの余話が絡んできて面白い。現代アートをすこしは齧ったことがある人ならば記憶に入っているバーバラ・ヘップワース、ベン・ニコルスン、クリストファー・ウッドなども登場するが、その中で興味を惹かれた画家がアルフレッド・ウオリスとブライアン・パースのことだ。棚橋さんによるとウオリスは幼少時から帆船の乗り組み員として壮年を迎えて21歳年上の妻が亡くなってから船の絵を描き始めた画家だ。全く無名の老人画家の才能を広めたのがセントアイビスを訪問したベン・ニコルスンだったらしい。棚橋さんはこの素朴で多色を使用しない画家の荒れ海を航海する帆船を描いた傑作「ラブラドールへの旅」とロンドンのテイトギャラリーで接したらしい。貧乏そのもので救貧院へ入れられることを恐れていた画家は老衰してペンザンスの救貧院施設で1942年にその生涯を閉じたとのことである。順天堂病院の資本制的楼閣を眺めながら本の中に登場するリーチが作ったという、ウオリスに捧げた陶板製の墓銘碑の心情が横溢するデザインを思い出し、自分も片足を突っ込んでいる老境にも思いを馳せる羽目になった。

ちょうどお見舞いで一緒になった神楽坂在のTさんと御茶ノ水駅で別れてこの夏にオープンしたジャズ喫茶「GRAUERS」に寄ってみる。店主の古庄さんはジャズの三大レーベルの一つであるリバーサイドの完全ディスコグラフィーをものした研究家として知る人ぞ知る方だ。大昔に千葉は稲毛駅の近くにあった「CANDY」を訪問したことがあった。現在の「CANDY」というオーディオとアバンギャルドジャズに力を注いでいる店は元夫人が経営していて別ものらしい。店は明治大の坂を駿河台下交差点まで下らないで同じ靖国通りへバイパスする路地に入ってすぐの二階にある。JBLのスタジオモニター4333Aを使っている。入った時はミュージックバードのPCM放送に登場した店主と寺島靖国、岩浪洋三を交えた収録模様が流れている。そこで若き日の小林秀雄がモーツアルトに出会ったみたいに、古庄さんが出会ったリバーサイド衝撃の原点ともいうべきセロニアス・モンクの演奏する「スイングがなければ意味がない」が解説の後に流れる。これを聴いてセロニアス・モンクのピアノはスイングしては駄目!間合いと捩れのデフォルメに豊饒な美学がこめられていることを再認識する。

古庄さんもジャズ専門誌のスイングジャーナル社員時代があった。お店の空気はやはり都会のお坊ちゃんが持つ70年代的でスクエアな冷涼感を感じる。これはいまオーディオ執筆で面白げ風に振舞っている田中伊佐資氏など元SJ社員の佇まいと同根なる匂いということで、これは自分だけの受容感覚かもしれないが?コーヒーは美味、添えられたラスクの味が繊細だ。珍しく古典的にジャズと対座する半時流的な貴重な店だと思った。こんど寄った時にはリバーサイドの音力を体感できそうなジョニー・グリフィンの「STUDIO JAZZ PARTY」でもリクエストして聴いてみたいものである。