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動画・音声・インタラクティブ性などで織り成す新スタイルのマンガ制作日記

「100分de手塚治虫」と「終わらない人 宮崎駿」

2016-11-24 21:59:22 | EPUB3版制作日記

前回のブログで、EPUB3版モーションコミック「Saikobot(サイコボット)」の予告編(プレストーリー)の制作に取りかかったと書きました。

その後ラフスケッチをしながら短編のストーリーは出来ましたが、またもそこで止まってしまいあっという間に二か月ほど過ぎてしまいました。

なぜ止まったかは置いといて(=^皿^=)ゞ、とにかく再始動というわけでまずはブログの更新。

久しぶりに上の画像をレンダリングしたんですが、なぜかちょっとレンダリング画像の感じが違うような...デジタルだし3DCGなんだから変わるわけないんだけど。ライトの設定かな。あまり間を空け過ぎたせいか感覚がずれてきたかもしれません。

実際、EPUB3版モーションコミックの制作手順を頭の中で思い出してみると、Flashでモーションコミック作るときの手法もちょっと忘れてるし、HTML5形式で書き出した後何かいじったりしたけど何だっけ...とか、EPUB3パッケージにまとめ上げるときの手順にしてもいろいろ注意点があったなあとか、気が遠くなるような気分です。

このブログは備忘録を兼ねているので、その部分を読み返せば一応制作手順は書き留めてあるはずなので思い出すでしょうけど、けっこう大変だなあ。

歳取ってくると、ちょっと間が空くと忘れるんですよね、あんなに毎日毎日やってたはずなのに。

でもアイディアはいろいろ湧いてくるんですけどね。たとえば「Saikobot(サイコボット)」でロボットデザイナーの雄作がAI(人工知能)のパラメータを設定しながら試行錯誤するシーンで、アナログシンセで音を作ってるときのサウンドをバックで流してみようかなとか。ロボットの胸にカオシレーターライクなパッドを埋め込んで娘のレナがいじって遊ぶとか。

そっから実際にそのアイディアを形にするパワーが最近不足ぎみです。

そういえば宮崎駿監督がまた再始動しましたね。先日、「NHKスペシャル 終わらない人 宮崎駿」で観ました。

宮崎監督が引退表明したときに絶対またやると思ってたんですけど、やっぱりそうでした(^Д^)。

巨匠もそうでない人も、マンガやアニメを作る人にとって制作すること以上に楽しいことはないと思うんですよね。まあ苦しいことも多いですが。

でもまさかまた長編アニメとは思いませんでした。三鷹の森ジブリ美術館で好きなことやりながら、短編とかちょっとした作品作ってるほうが楽しいんじゃないかな。たとえば、モーションコミックとか?(=^▽^=)b。

毛虫の物語ですか...どんな姿に変身するのか楽しみです。

それから、Eテレの「100分de手塚治虫」も観ました。

四人の論客が手塚治虫の作品を読み解くんですが、「火の鳥 鳳凰編」も取り上げられていました。懐かしいですねえ、鳳凰編。高校生ぐらいのころに友達に薦められて読みましたっけ。

その壮大でヘビーな内容に面白さと同時に重苦しさも感じた記憶があります。番組でもある意味救いのない物語展開の中で、唯一救われるのが「表現」と読み解いていました。

我王と茜丸は、彫刻という表現行為でのみ救われるわけです。そしてその姿が手塚治虫と重なるということなんですね。

病床のベッド上で最後までペンと紙を持ってこさせてマンガを描こうとした人です、手塚治虫は。

「手塚治虫が生きること=漫画を描き続けること」とテロップが表示されてました。

一方、「何もやってないで死ぬより、やってる最中に死んだほうがましだね」と番組の中で言っていた終わらない人 宮崎駿。

そして番組の最後に、「生きることは映画を作ること。そのことに宮崎さんは気づいたのです」とナレーターのメイ(坂本千夏)が言ってました。

なるほど、つながりました!

NHKが意図したかどうかは知りませんが納得です!






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