【 開導聖人ご指南 】
尋ねて曰く、その寂光は、いかなるものぞや。貴殿はいかなる所と思召すぞや。
答えて曰く、くはしきこと何もしらず。
只結構な処にして釈尊・上行・諸仏・諸菩薩まします処にして、
苦はなく楽な処と承るのみ。
行きて見ぬさきより考へた所がわかりさうな事もなし。
只御題目を便りとして行く所と思ふより外に考へは、
手間つひやしの思案の仕損じと申すものなり。
【 開導聖人ご指南 】
此の娑婆に息ある間に御法門を聴聞して疑をはらひ信をさだめ、
御講をつとめて人にきかしめ、
御供養申して我が心の貪欲をなだめ、
南無妙法蓮華経と唱へて罪障を滅し、
法界の回向をもし、
愚かなる凡夫のいつ死ぬかわからぬ一生の間にすこしにても御法の御弘りの御手伝、
御奉公もなるだけは心に如才なくつとめ励むが
寂光浄土へ参詣する路用金の如きものと、楽しみに日をおくりて、
今日もこれ程唱へたり、
けふも一人二人にすすめたり、
けふもすこしの御供養をしたり、
皆これ我身づきの功徳なりと悦ぶより外に仔細はなきことなり。
(中略)只死しての後のたのみになるものは、上にいふ信心修行のみなり。