落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第95話 

2013-06-14 07:10:36 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第95話 
「官邸前のセレモニー」






 突然に降り始めてきた雨のために、隊列の全体にざわめきと動揺が広がり始めます
事前に雨が予測をされていたとはいえ実際に降り始めてしまうと、一様に人々の間に、
やはり、油断をし過ぎたということへの狼狽が立ちこめます。
人々が集結をはじめた6時前後の時点で、頭上には快晴に近い青空だけがあります。


 ほとんど人たちが、雨具などの用意もなく無防備に近い状態で
参加をしている様な気配が濃厚に漂っています。
密度を増してきた雨雲からは、一気に大粒の雨が群衆の頭上に落ちてきます。
手持ちのバックやカバンなどが急場しのぎの傘代わりとなり、
手書で準備をされてきたプラカードからも、激しく雨粒が跳ね返ります。
「原発の再稼働を絶対に許すな」と大きく書かれた横断幕が、ビニールシートのように
人々の頭上に掲げられるようになった頃、ようやく官邸の前から、
拡声機の声が聞こえてきました。


 「参加者の皆さん。ご苦労様です。
 予報通りに、あいにくの雨が降り始めてきましたが、これからいつものように、
 抗議活動を始めたいと思います。
 ツイッタ―の呼びかけに応えて、集まってきてくれたたくさんお皆さんに、
 まずは、主催者側を代表して、心から歓迎と感謝をいたします。
 本日も、小さなお子さんを連れた方や、お年寄りなどの姿がたいへんに多いようです。
 慎重に行動をされて怪我などがないように、ご協力をお願いいたします。
 私たちのこうした大きな反対の抗議の声を知りながらも、去る6月16日に
 野田政権は、ついに大飯原発の再稼働を決定してしまいました」


 うお~っ、というどよめきが一瞬にして場内を駆け抜けます。
雨を避けるために咲き揃った色とりどりの傘が、激しく夜空へ向かって打ち振られます。
「国民感情を逆なでする、野田政権の暴挙を絶対に許すな」
「安全性が未確認の大飯原発では、福島の悲劇を繰りかえすことになる!」
「再稼働、絶対反対!」「日本を放射能漬けにする、政府の暴挙を絶対に許すな!」


 ひとしきりにわたって、口ぐちからの激しい怒号と怒りの声が
官邸前で何度となく湧きおこります。


 
 「静粛に。静粛に、皆さん静粛にお願いをします。
 我々は平和的に、かつ整然と行動をして、いつものように総理に対して、
 原発再稼働反対の抗議を声をあげましょう。
 いつものように無理はせず、足元も濡れてきましたので注意をしていただいて、
 これから、抗議活動に入りたいと思います。
 それでは、呼びかけ人の一人で、放射線技師の資格を持ち、
 本日もはるばると栃木県の那須町から駆けつけてくれた、
 川崎亜希子さんを、まず紹介します」


 開会を告げる青年の言葉が終わると、官邸前が少しばかり静まり返ります。
拡声機の声が聞こえた辺りで、ビール瓶のケースが敷き詰められ、その上へ
コンクリートパネルが敷き詰められていくと、即席の簡易ステージが完成をしていきます。
本部の周辺を取り巻いている参加者たちも、傘の位置を低くしながら、
そのなりゆきだけを、静かに見つめています。
「原発の再稼働を、絶対に許すな」と染め抜かれたのぼりが何本も立ちならんだ、
即席のステージが完成をすると、やがてその壇上には、白衣姿の川崎亜希子の上半身だけが、
多くの傘の間から、ようやく見えるようになります。


 「今晩は、みなさん。
 ネットで響とともに、原発反対のブログを書いている、栃木の川崎亜希子です。
 政府と野田総理はつい先日、私たちの反隊行動の大きな動きを真近くに知りながらも、
 とうとう暴挙とも言える、大飯原発の再稼働を決定してしまいました。
 しかし悲観することは決してありません。
 わたしたちの闘いは、まだまだ此処からはじまったばかりです。
 わたしたちの抗議活動はこれから先もひるまずに、日本からすべての原発が
 なくなるまで、おおいに毅然として続けていきましょう!」


 ふたたび、うお~という共感の大歓声が、雨の抗議会場を走り抜けていきます。
笑顔で「静粛に」と呼びかけている亜希子の声と、本部席からの制止の声が、
途切れ途切れに、集会の後方までかすかにながら聞こえてきます。
突きぬけて行く一陣の突風にも似た、共感の大熱狂の喧騒が通り過ぎてしまうと、
官邸前には、ふたたび波がひいていくような静かさを取り戻します。


 
 「今日は、みなさんに素敵なサプライズが有ります。
 私と一緒にブログを書いている、響の事はみなさんも良くご存じだと思います。
 各地の原発を渡り歩いてきた末に、先日、たび重なる体内被曝が原因で
 亡くなってしまった原発労働者の山本さんのお話は、響が
 実話をもとにして書き上げたネット上の小説です。
 その響が、山本さんの散骨の旅の途中で、このデモの会場へ立ち寄ってくれました。
 彼女は山本さんとの約束を守って、今夜ここから、山本さんが生まれて育った
 福井県の若狭を目指して、旅へ発ちます。
 さらに、もうひとつ。
 響の名誉のために、あえて年齢は公開できませんが、
 今日は、響の誕生日にもあたります。
 もう、彼女は、この会場へ到着をしているはずです。
 たいへんな密集状態の中を申しわけありませんが、彼女を見たら、
 ここまでの道を、譲り合ってください。。
 急ごしらえのこの壇上で、是非、彼女を出迎えたいと思います。
 お~い、響。聞こえているかい~!
 もう、おそらく、この真近くまで来ているはずです。
 先導役の男性が響のバースディの、のぼりを持っていますので
 すぐ解るはずですが・・・・残念ながら、ここに立っている
 私からは、まだ見ることができません・・・・」



 三度目の、うお~という大歓声が会場全体から立ち登ります。
「どこだ。どっちだ!」という声と共に、多くの傘が揺れはじめ、参加者たちの視線が
四方八方へと、響を捜して散りはじめます。
どよめきが続いていく中、黄色いのぼりが、はるかな後方で激しく振られ始めました。



 「お~い、ここだ、ここだ。響はここだ。
 悪いなぁ、此処に集まった同士の諸君!お願いだから、道を開けてくれ。
 響は、大きな声ではいえないが、身長が158センチ足らずの、スレンダーな美人だ。
 人ごみの中では、完全に埋没をしてしまうというハンディの、持ち主だ。
 おいらが責任を持ってステージまでの先導をするから、
 少しずつでいいから、ここからの道をあけてくれ。
 頼んだぜ、ここに集まった、大勢の同士の諸君たち!」


 激しくハッピバースディののぼりをうち振りながら、護衛役の
国定長次郎が、声をからして叫び続けます。
たしかに、身長が158センチで和服姿の響は、だいぶ前から周囲の傘と人ごみの中に
完全に埋没をしたまま、すでに立ち往生を余儀なくされています。


 「いたぞ~。この子だ。この子が響ちゃんだ。
 俺も読んでいるぜ。
 あんたと、栃木の亜希子さんが書いているブログの大ファンの一人だ。
 おい、頼むからそこから先を開けたやってくれ。
 みんな、少しずつでいいから道を譲ってくれ。
 この子のためだ。頼むから、ステージまでの道をあけてくれ」


 「響だ。」「響が、本当に会場へやってきた・・・・」
さざ波のようなつぶやきと好奇の声が、響を中心に、やがて会場の全体へ広がっていきます。
いくつもの傘が上下に揺れる中、官邸前の簡易ステージまでの道が開けはじめました。



「はじめまして、響ちゃん。私も読んでます。あなたのブログ」


「へえぇ・・・・和服だぜ。でも本当だ、まだあどけなさの残る女の子だ。」


「押すな。守ってやれよ。ステージまでは、もうすぐだ」


  たくさんのささやき声と、感想などの声が入り混じる中、
響がステージまですすむための道が、かろうじてながらも会場の中に確保をされていきます。 
 


 「会場のみんな。道を開けてくれてありがとう!
 今、案内役の男性にエスコートをされながら、着物姿の響ちゃんが
 ステージに向かって歩いています。
 誰かが言っていたように、彼女は身長158センチの大和撫子で~す。
 ・・・・誰だい? 今私の悪口を言ったのは!ちゃんと聞こえたよ。
 どうせ私は、毎回ステージに上がるたびに、
 見た通りのくたびれた白衣ばかりを着ている、ただのその辺りのおばちゃんです。
 でもね、断っておくけど、響ちゃんを発掘したのは、この私だよ。
 原発の被害から、逞しく復興を目指して立ちあがったあの広野町の存在のことを
 響ちゃんに教えたのも、何を隠そうこの私だよ。
 ブログで原発反対を、先に書き始めたのも、この私だよ。
 だけどね。・・・・
 そこから先の響の頑張りぶりは、みんながネットを通じて知っている通りだよ。
 実話に基づいて小説を書きあげたのは、全部、響自身のお手柄だ。
 大きな反響を呼んだ、山本さんのあのお話は、すべてが事実だし、
 それを小説として書きあげて、みんなを感動させたのも、みんな響ちゃんの努力だよ。
 私は、そんな彼女とコンビを組めたことを、心の底から誇りに思っています。
 あ・・・・いままでの話で、私への共感の拍手なんかは、要らないよ。
 全部を、いまからここへ登場をする響のために、
 取っておいておくれ!
 それが今日だ。
 今日と言う日に、誕生日を迎えた響ちゃんへの、それがバースディプレゼントだ。
 頼んだよ、会場を埋め尽くしたみんなぁ!」



 「まかせろ!」という大きな声が、会場のあちこちからうねりとなって巻き起こります。
亜希子が言葉を締めくくり、拡声機を高く掲げて響に向かって振り始めると、
会場全体からは期せずして、大きな拍手が沸き起こり、『響。響』の大合唱も始まります。
相変らずの強い雨が降りしきるなか、ステージに向かう響のために、
人垣が大きく割れて現れた道には、両側からの傘がア―チのように差しだされます。
濡れないための空間が、ステージまでの一本道を作ります。



 響が一歩を歩くたびに、おめでとうという大合唱も歩調を合わせて前進します。
簡易的に作られた中央のステージに近づくたびに、歓声はさらに大きくなり、道はさらに
広がり、傘のア―チは頭上でますますその密度を濃くします。
さらに人垣が左右に割れて行きます。
そしてその前方に、ついにステージの中央で笑顔で待つ亜希子の白衣の姿が見えてきました。
揺れ動く人垣と、おめでとうコールの大合唱の真ん中を、頬を上気させた響が
瞳を潤ませたまま歩み続けていきます。



 「なんという誕生日なのだろう・・・・
 私はこの日のことを、生きている限り、決して生涯忘れないだろう。
 この嬉しさとこの感動に、私は生きているかぎり感謝をし続けることにもなるだろう。
 熱い連帯感からくる、この歓喜からは、例えようがないほどの、
 勇気と元気を沢山もらっている。
 25歳になった私は、いま幸福の絶頂の中にいる。
 反原発と脱原発を願う人々の気持ちの中には、私の想像をはるかに越えた熱いものがある。
 真の安全と平和を願い、未来に想いをはせる熱い気持ちの共感が、此処には溢れている。
 私は、この日のことを決して忘れない。
 この感動のことを、私は生きている限りきっと忘れない。
 今日の、ここが、私の25歳の新しい原点にきっとなるだろう。
 ここが、私のスタートラインだ。
 ありがとう。私を、大歓迎で迎えてくれる沢山の参加者のみなさん。
 ありがとう。私に新しいきっかけを与えてくれた、栃木の亜希子さん。
 ありがとう。私を産んで今日まで育ててくれたお母さん。
 そして、たった一度でいいから、本当はパパと呼びたかった、私のパパの俊彦さん。
 私はたったいま、おそらく・・・
 地球上でもっとも幸せを噛みしめている人間の、たぶん一人だ・・・・
 生まれてきたことに、心の底から感謝をしている人間だ。
 生まれてきて本当によかった。私は。
 たくさんの人々に囲まれて、此処まで生きて来れて本当によかった私は。
 生きていくためには、たくさんの勇気と元気が必要になる。
 そしてそれらは、大勢の他人から、こうしてたくさん分けてもらうことになる!
 人からたくさんの勇気と元気をもらい、心の底から感謝をする・・・・
 それが大切だということに、私はようやく、いまだらながらに気がついた。
 私は、やっとそのことの素晴らしさに、目が向きはじめた。
 人は・・・・沢山の人から勇気と元気をもらい、感謝をしながら生きていく事が大切だ。
 私はたった今、生まれてきたことに、心の底からの感謝をしています!」



 響の頬が濡れているのは、相変らず降り続いている雨のせいだけでは無いようです。
なぜか、自分の身体の奥深くから突きあげてくるものを、確かに受け止めながら、
響が、亜希子が待つステージに向かって、一歩ずつ歩みを進めています。






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