落合順平 作品集

現代小説の部屋。

アイラブ、桐生 (57)「放浪の果てに」・そして最終回・

2012-07-05 09:47:15 | 現代小説
アイラブ、桐生 第4部
(57)最終章 「放浪の果てに」・最終回・





 「その様子では見つかりましたね。ぼうやの探し物」



 顔に書いてありますと、お千代さんは大きな声で笑っています。
昨夜、ぐでんぐでんで帰ってきた源平さんは、今日こそは決着をつけると息まいて
朝早くからまた、順平さんの処へ出かけたといいます。


 「まったくもって、のん兵衛どものやることは、あたしにはようわかりまへん。
 男女のことやし、二人のことどす。、二人に任せておけばええのんのに・・・
 世話やきやから、今日も朝から鉄砲玉のように飛び出たきりで、
 もう日暮れだというのに、いまだに、帰ってきはりません」





 すでに、とっぷりと日は暮れました。
師走が近いこの時期は、あっというまに街中にも帳(とばり)がおりてきます。
石畳に水が打たれて、ネオンにも灯がともりると、またいつものように
なまめく大人の祇園の夜が始まります。
列車の時間が迫ってきたので、そろそろ失礼をする時間になりました。



 「すこしだけやけど、あたしも寂しいなる。
 それにしても突然すぎて、これでは春ちゃんと、お別れもできませんえ。
 少しだけでも、祇園を歩いてお別れをしてくださいな。
 おそらく、春ちゃんとは会えないでしょうが、名残を惜しむのもいいし、
 見納めということも、あるでしょう。
 じゃァね、気をつけていくんだよ。元気でね、ぼうや・・・・
 ここでさよならだ。」




 戸口に立ったお千代さんに見送られて、もう一度高瀬川を渡りました。
突き当たりを南に向かって下れば、先斗町へ続きます。
思えば此処は、2年あまりにわたって舞妓と芸の世界の厳しさを
かいま見せてくれた、生まれて初めての花柳界です。
お千代さんに勧められた通り少しゆっくりと歩きながら、自分なりに
名残を惜しむつもりでいました。
もう一度、角を曲がると見慣れた町屋と、黒塀に格子造りのお茶屋さんが並ぶ、
祇園の往来へ出ました。


 南に向かって歩きます。
お千代さんが娘の結婚のための名演出をした、老舗のお茶屋さん
「小桃」の黒塀が見えてきました。
カラりと黒塀のくぐり戸が開いて、芸妓さんが顔をのぞかせました。
ちょうどの出会いがしらです・・・・出てきたのは、小春姐さんです。




 「よろしおした、まにおうて。
 たったいまお千代はんから、電話をもろうたばかりどす」




 引きとめるような形で、小春姐さんが私の前に立ちふさがりました。
その目が、もどかしそうに黒塀のくぐり戸を見つめています。
やがて、舞妓の正装をした春玉が現れました。
何も言わずに、にこやかに春玉が近づいてきました。
軽く頭を下げてから、胸元から大事そうに、一本の舞扇を取り出しました。



 「急なこととて、、なんもでけしまへんが、
 お稽古のときからつこうとる、『おちょぼ』の頃からの大切な舞扇どす。
 これしか用意がでけしません。
 小春ねえはんからもろうたもんどすが、
 祇園の思い出に、どうぞこれを春玉だと思って、お持ちくだはい。」



 「おう、色男、もらっていけ!」




 源平さんと順平さんが、路地から現れました。
後方の暗がりの中から、肩で息をしているお千代さんも現れました。



 「すんでのところで、お前さんと一足違いになるところだった。
 とっておきの吉報がある。
 お前さんにも大いに関係がある話だ。
 その前に、まずはこの順平から小春に、ちゃんと言っておく必要がある。
 悪い話じゃねえ。悪いがそのままで、ちょいとだけ待て。」





 そう言うと源平さんが、小春姉さんを手招きしています。
歩み寄った小春姉さんの背中を押して、今度はそのまま、ぐいとばかりに、
順平さんの前へ押しやりました。
早く言えとばかりに源平さんが、眼で順平さんをせかしています。



 順平さんが一つ咳払いをしました。
間合いを詰め、耳を貸せというそぶりを見せてから、
小春さんに、なにやらを囁やきました・・・・
えっ、と、一度顔を離した小春姐さんが、「よう聞こえまへん」と、
再び小耳を近づけています。


 順平さん、事ここに至って、ようやく覚悟を決めたようです。
片手でしっかりと小春姐さんの肩を抱き寄せ、周囲に聞かれないように、
口元を手で隠しながらまた何やらを、ささやき始めます。
小春姐さんの顔が、ぱっと明るく晴れました!




 源平さんは腕組みをしたまま、お千代さんと仲良く寄り添って立っています。
春玉はあっけにとられたまま、何があったのかと、ただただ茫然としていました。
繰り返し、順平さんと小春姉さんの顔を交互に見つめています。



 うつむいたまま、小春姐さんが私へ近づいてきました。
聞き取りにくいきわめて控えめすぎる、小さな小春姐さんの声でしたが、
喜びいっぱいの響きが、そこには十二分すぎるほど含まれていました。





 「長年待たせたが、籍をいれてくれると言ってくれはりました。
 あんひとったら。いまごろになって、やっと・・・・」





 それだけのことを、ようやくの思いで私に伝えると、小春姉さんは堪えていたものが
溢れだしてきて、ついに肩を揺らして泣き始めてしまいました。
大粒の涙がとめどもなく、次から次へとあふれてきます。
照れ顔の順平さんが寄ってきました。
背後から、泣いている小春姉さんを、力を込めてしっかりと抱きしめました。
しかしもう一方で、順平さんの右手は、『照れくさいから早く行け」と、
私に向かって、忙しく振リ続けています。
勿論、その目は笑っていました。



 どうだ、といわんばかりで得意顔の源平さんを、
ぴったりと寄り添ったお千代さんが、満足と満面の笑顔で見上げています。
「おおきにお世話になりました」にっこりと笑った春玉が、
静かに深く、頭をさげています。



 舞妓となった「おちょぼ」も、まもなく舞妓を卒業をして、芸妓に
生まれ変わるための、初めての春を迎えようとしています。
長い歴史を持つ花柳界の祇園にまた一人、小粋な芸妓が誕生するのは
もう真近なことになりました。



 ふうっと袖を翻した春玉が、きりりっとした面立ちを見せた後、
赤い唇を綺麗に真一文字にむすんで、ふわりとひとつ舞姿を見せてくれました。



 あでやかに立ち、かろやかに身体をひるがえすと、
手にした春玉の扇は、再びひらひらと宙に向かって舞いはじめます。
伸ばされた春玉の真っ白い指は、真っ暗な祇園の空を通過して、
さらに北東に向かって連なっていく、大きく輝く星たちの群れをさししめしました。
別れ際に見せてくれた春玉の美しすぎる舞は、北斗の方角にあって、
私の故郷で待つ愛しい人の胸に、早く帰れと言うように、
舞ってくれたようにも見えました・・・・





祇園は、たいへんに小粋な街です。



 見送ってくれた春玉の黒い瞳が、いつもよりも艶やかに潤んで
輝いていたのは、たぶん、うれし涙のせいかもしれません。
京都から群馬へと急ぐ私の最後の旅は、深夜を走る急行列車が待つ京都駅から始まり、
明日の朝には、レイコの待つ桐生で、ようやく完結をしょうとしています。


 もう一度振り返った時に、肩を寄せて立ちならぶ、
順平さんと小春姉さん、源平さんとお千代さんの前で、ふたたび袂を振る
春玉の舞姿がありました。



『ヨオォッ、にっぽんいち!』


 源平さんが、そうひと声かけたあと、春玉が
黒塀を背景に、見納めの舞をひと舞、ものの見事に舞い納めてくれました。
金色に輝く舞扇が、北東の空をもう一度さししめした時、春玉の瞳が
キラリと瞬間的に輝いて見えたのは、おそらく一筋だけ流れた、
乙女の涙のせいだと思います。





アイラブ、桐生  完


落合順平です。

 私が小説を書き始めるきっかけとなったのが、このアイラブ桐生の第一部です。
当初は、半私小説としてスタートをしましたが、いつのまにかその域を越え、物語が大きく展開をしはじめました。
この作品が原点となり、以降に執筆の日々がはじまるようにもなりました。

 何度か手を入れ、すこしずつ書きなおした部分もありますが、
基本的には、3年ほど前に書いた当初の作風と記述などをそのままに残してあります。
いま読み返しても恥ずかしくなるような部分なども有りますが、それはそれとしての記念碑であると、
本人は、勝手に納得などをしております。

 ひきつづき、2部と3部を掲載していく予定です。
どうぞ、末永くお付き合いください。


 毎日の、ご訪問に心より感謝をいたします。

まだまだ未熟者ですが、いっそうの精進をしたいと思います。
長いお付き合いのほどを、重ねて、お願いいたします




最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんにちは (ゆうこ)
2012-07-07 10:33:39
今回も楽しく読ませていただきました
なんとなく聞いたことのあるような事件も少しありましたが、私が無知のために(汗)初めて知るようなことばかりで、少し賢くなったような錯覚をおぼえつつ読んでいました

沖縄の所では悔しいのと悲しいのとで涙が出てしまいました
最近もオスプレイの問題で度々沖縄の事を耳にしますが、大きなニュースでしか沖縄の方たちがまだ我慢を強いられていることに気付かなかった自分に情けなくなります

あと、各地でのモテっぷりにニヤニヤしてしまいました
かなりのイケメンさんなんですね
職人気質の硬派な群馬男の魅力でしょうか?

写真も綺麗で沖縄の風景も舞妓さんも艶やかで楽しめました

なかなか感想を言葉にうまくまとめられず、とっ散らかってしまいましたが(^_^;)
楽しかったです 2部3部も楽しみにしています
返信する

コメントを投稿