落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第94話 

2013-06-13 09:54:43 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第94話 
「25回目のバースディ」



 「便利だな、おい。
 どこにいても、瞬時に必要な情報が受け取れるわけだ。今どきの機械は・・・・
 へぇえ・・・・恐れ入ったねぇ。携帯電話の進歩ぶりには。
 もうひたすら驚異の世界だ」


 「脅威なのは、今日の抗議行動の方です。
 4万人を越えるだろうと予測をされていましたが、さらに増えていきそうな気配です。
 はい。これが本日の、その証拠の画像です」


 インテリの兄ちゃんが、スマートフォンを岡本に手渡します。
そこに映し出されているのは、官邸前を走る6車線の道路のすべてを隙間なく
埋め尽くしている、抗議に立ちあがった大群衆の画像です。
多くのプラカードとのぼりが乱立をしたまま、官邸前にはすでに身動きの余地がありません。



 「官邸前は、なんともすさまじい密集ぶりだ。
 6車線の道路がまるで、群衆があふれすぎて即席の広場のように様変わりをしている。
 この大群衆の中のどこかに、俺たちも紛れ込んでいると言う訳だろう。
 しかし、いったいどうなってんだ。このリアルな映像は・・・・」

 
 「ほら。頭上で旋回を繰り返しているあのヘリコプターの内の、
 どれかが、こうして撮影をしているんです。
 そのまま画像を、リアルタイムでインターネットで公開をしています。
 ここに集まってきている人たちも、こうしたインターネットや
 ツイッタ―からの呼び掛けに応えて、それぞれ集まってきた人たちです」


 「インターネットで情報を流して、こんな風に
 人々が集まってくるのは、海外での特定な出来ごとばかりだと思っていたが、
 日本でも、こんな光景が実現するとは、夢にも思ってもいなかったぜ。
 長生きをするもんだな、ばあちゃん・・・・
 俺たちは、日本の歴史の新しい流れっていうやつを、
 まざまざと目撃をしている訳になる。
 これで、今の政治や原発の歴史が変わるということではないだろうが、
 時代としては、大きなインパクトを残すことになる。
 自らの意志で、行動する事が大切なんだ。
 オリンピックじゃないが、参加することに、大いに意義がある」



 「上手い事を言いますね、おじさん。
 まさにその通りだと、僕もおおいに思います。
 他人事だと思って見過ごせないと感じている人たちが、
 自分の意志で、官邸前へ集まってきます。
 今の政府に政治にまかせておけないからこそ、原発の再稼働反対の声をあげながら、
 こんなにも沢山の人が、ぞくぞくと集まってくるのだと思います」


 なるほどなぁ、と岡本があらためて周囲を見回しています。
足元の老婆をかばっているうちに、いつしか清子や響との間には距離が生まれています。
間を詰めていこうとこころみても、密集の度合いは、岡本の勝手な身動きを許しません。
あきらめ顔の岡本が今度は、後方に居るはずの俊彦の姿を探しはじめました。

 振り返った岡本の目には、いくら探しても俊彦の姿は見えません。
すでに6車線の路面いっぱいに広がってしまった人の波は、首相官邸の正面ゲートをめざし、
ゆるやかなうねりを繰り返しながら、ひたすらの前進するための機会を待ちかまえています


 何処にでもいるような、仲の良い恋人同士や、若いカップルたちの姿も沢山見えます。
仕事帰りそのもののと思える、ネクタイをしめた働き盛りのビジネスマンの姿が有り、
子供を連れた家族連れの姿が見え、さらには初老にさしかかったダンディな紳士と、
そこへ肩を寄り添える淑女の姿さえも、見てとることができます。



 前に向かって歩みを続けようとする彼らからは、とりたてての緊迫感や、
使命感などと言った政治的な匂いは、ほとんど言っていいほど漂ってきません。
ところどころに混じって見えるゼッケンやプラカード、岸発反対の横断幕などが見えなければ、
ただのお祭りや縁日の賑わいなどと、なんら変わりのない光景のようにさえ
見えてしまいます。


 3月の半ばから始まり毎週金曜日の夜の度に、首相官邸前でひらかれている
原発反対行動の最大の特徴は、こうして集まってくる実に多様な人々の顔ぶれにあります。
政治活動や社会的活動の経歴などの一切を持たない人たちが、ツイッタ―と、
ネットからの呼びかけに応えて、都内をはじめ関東や東北などの遠隔地からも、
ぞくぞくと抗議のために、こうして官邸前へと集結をしてきます。



 (この程度の人出や抗議活動で・・・・
 日本社会の歴史や政治が変わるとは、とうてい思えないが、
 それでも、これからの先の変革を感じさせる強いインパクトとエネルギーは潜んでいる。
 社会や政治に関心を持たないだろうと思われてきた世代や人間が、
 原発の再稼働を許すなという共通点だけで、これだけの人数がここへ集まって来るなんて。
 捨てたもんじゃないな。これからの日本も・・・・)


 感慨を込め振り返っている岡本の目が、黄色い下地に、
大きく「ハッピバースディ、響」と赤い文字で書かれたのぼりを担ぎ、人波の中を
一人だけ別の速度で前進をしてくる凸凹コンビのひとり、長身の
国定長次郎の姿を見つけました。



(なんだ、あいつ・・・・さっきまで車を運転していたはずだが・・・)
岡本の少し後方で、その長次郎へ向かって手を振っている俊彦の姿も見つけました。


(ハッピバースディって書いて有るぜ? 誕生日なのか、響は・・・・)



 前方へ振り向いた岡本が、今度は少し離れてしまっている響と清子の姿を探しています。
当の響たちもすでに気がついたらしく、頭一つ分、人波から抜け出ている長次郎と、
手にした派手なのぼりが近づいてくるのを、足をゆるめたまま待っているような気配がします。
汗だくの長次郎がのぼりを高く掲げたまま、ようやく岡本へ追いついてきました。



 「なんだ、お前。そののぼりは。
 第一、車はどうした・・・・いったい何が始まったんだ。俺には訳がわからん」


 「親分。あっ、・・・・いけねぇ、へい。社長!。
 それが、まったくもって驚きの事態が発生をしやした。
 その先でデモ行進の関係者に車を停められたもんで、こういう訳で、
 群馬からやってきて、ここが済んだらすぐに福井の若狭に向かって出発をする
 予定だと説明をしたら、もうしかしたら、
 『響と言う女の子を乗せて、ここまで来たのか』と質問するんです。
 確かに響という女の子は乗せてきたが、デモの関係者がなんでそんなことまで
 知っているんだって、問い返したら
 『その子は今日のサプライズの女の子だから、到着を待っているところだ』
 と大騒ぎをしている始末です」



 「サプライズに、誕生日かよ・・・・。
 よくわからんなぁ。響といったいどういう関係があるんだ。
 良く解るように説明をしろ」


 「それが、親分。いえ社長。
 詳しい事は、まったくおいらにも解りません。
 ただ、車は安全な場所まで誘導をしておくから、こののぼりを持って
 急いで、響と合流をしてくれと急かされました。
 まもなく、官邸の正面で、そのサプライズとやらが始まるそうです。
 身長が高い方が目立つからと、おいらが指名をされて、
 ここまで追いかけてきたという、次第です」


 「へぇぇ・・・・なるほど。
 じゃあ、間違いなく今日は、響の誕生日ということで決まりだろう。
 知っていたのか、トシ。お前は」
 


 「いや、たった今、俺も初めて知ったばかりだ。
 それにしても、俺の誕生日の一日前とは・・・・まさに、奇遇そのものだな」

 「親孝行でしょう、響は」


 人の流れに逆らって、立ち止まったまま長次郎たちが近づくのを待ち続けていた清子が
開口一番、俊彦の耳元で嬉しそうに囁やきます。



 (ねぇぇ・・・ついでにさぁ、産んだ私も褒めて頂戴な。
 今日と明日と、お祝いが2日も続くんだもの。一年で一番嬉しい2日間よ。うふふ)


 茫然とした顔のままで、さしたる反応も見せない俊彦がよほど気に入らないのか、
そのうちに、清子が軽くふくれています。
しびれを切らしたその足が、軽く俊彦の足を踏みつけてしまいます。
「ほらっ。気が利かないんだから」と、清子の目が、鋭く次の行動を促しています。


 「あ。そうか響は、今日が誕生日か・・・うん、おめでとう、響。
 記念すべき誕生日が本日のデモ行進とは、きわめて刺激的な一日になりそうだ。
 それにしても、俺と一日違いとはすこぶるの奇遇だな。
 そうか、25回目か。んん・・・・うん?」


 響が、きわめて怖い目をして俊彦を振り返ります。
嬉しそうな顔どころか、その目には敵意すら感じさせるほどの気迫が溢れています。



 「あれ、ずいぶんと恐い顔だな・・・・
 嬉しくないのか、響は。
 せっかく25回目の誕生日を祝ってあげていると言うのに・・・・」


 怪訝そうな顔の俊彦の耳で、すかさず清子が小声で囁きかけます。



 (馬鹿だねぇ、あんたったら・・・・
 こんなに大勢が居る中で、大きな声で年齢をばらしてしまったら、
 周りに、あっというまに筒抜けになるじゃないの。
 女の子の25歳は微妙なのよ。
 ほらごらんよ。響が怒っているわよ
 あ~あ、折角の良好だった親子関係も、ついにここまでか・・・・
 たったひと言の失言で、致命的な墓穴を掘ってしまったわね。あなたは。
 女は怒ると、すこぶる怖いものがありますからね、
 私はもう知りません・・・ふふふ)



 ポツリと落ちてきた雨粒がひとつ、俊彦の顔に当たりました。
見上げた俊彦の瞳に写ってきたのは、夕暮れの迫った都会の空を、いつの間にか
忍び寄ってきた雨雲の密集と、すでに夜かと思わせるほどの空の暗さです。
ポツポツと落ち始めてきた雨に、周囲で傘の花が咲き始めます。


 「梅雨どきですもの、
 先ほどまで晴れていたとしても、やはり油断はなりません」


 清子が携帯用の傘を取り出しています。
響へひとつを手渡した後、もう一本を岡本へ渡し、残る一本を悠然と広げると、
すばやく俊彦と一つの傘に収まってしまいます。

 「本格的に、降らなければいいが・・・・」


 清子から受け取った傘を高い位置で広げた岡本が、足元の老婆をかばうように、
そのまま自分の前方へ大きく傾けています。





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