落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第96話

2013-06-15 10:10:32 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第96話
「響。25歳の新たな旅立ち」




 響が簡易ステージの中央に立ち、
亜希子に肩を抱かれながら手を振りはじめると、場内の熱気はついに最高潮に達します。
割れんばかりの拍手と、何度も繰り返される歓喜の声と誕生日のおめでとうの大合唱は、
係員の制止の声を完全にかき消してしまいます。
幾重にも重なって動き始めた場内のウェーブは、留まる事を知らずに、
首相官邸前の大群衆を、何度となく大きく揺らし続けていきます。


 「凄いわねぇ・・・・まるでジャンヌダルクが降臨してきたみたいだ・・・・
 群衆のテンションがさっきからヒートアップをし過ぎて、いつまで待っても収まる気配が、
 一向に見えないもの」

 亜希子が苦笑を見せながらも、響の耳元にささやきます。



(どうする、響。折角だから、なにかひとこと話してみる?)


 後押しをするような形で、亜希子が響の肩を前方へ押し出そうとします。
しかし当の響は、ひたすらステージの上で身体を固くしてひきつった笑顔を見せたまま
いまだに、ただ茫然と立ちすくんでいます。



 「ぜったいに無理。
 立っているのも精いっぱいなほど、いま、私の足はうち震えています。
 嬉し過ぎて、心がさっきから大きく弾んでいると言うのに、頭の中はもう真っ白けです。
 ここにこうして居るだけで、もう充分に私は幸せ者です。
 お願い、亜希子さん・・・・もう充分です。
 はやく、此処から私は降りてしまいたい・・・・」


 
 「あらまぁ・・・・
 大群衆の心を一人占めしているくせに、まったく欲のない子だわね、あなたは。
 でも、それが一番あなたらしいわね。
 あなたはやっぱり、そういう感性の女の子だわ。
 チャラチャラとみんなの前で何かを喋るよりも、コツコツと
 みんなを感動させるための文章を書く方が、よほど性に合っているんだわ。
 じゃあ、そろそろあなたを、全員で福井へ送り出してあげましょう」



 「しっかりと響をガ―ドをしてよ、そこの長身君」と言う目線を、
響の背後に立つ長次郎に送ってから、亜希子が参加者たちに向かって、
大きく手を振りはじめました。
「静粛に。静粛に」と叫ぶ亜希子の声に呼応して、ステージの四方を固めている
係員たちに間からも、制止の合図が連鎖的にはじまります。
熱狂の指笛が停まり、ウェーブが緩やかなに収まりをみせはじめると、
雨降りの会場全体に、ようやく静寂が戻ってきます。



 「ありがとう、みんな!。
 何かひと言、響から聞きたいでしょうが、私と違って響は、
 まだ・・・純情可憐な女の子すぎて、過剰な期待は、ここでは無理なようです!」


 「まったくもって、その通りだ。
 響ちゃんは見たとおり、見るからに着物の似合う大和撫子だ。
 一年中、よれよれの白衣を着ている、
 どこかのおしゃべり過ぎるおばさんとは、大違いだもの!」



 誰かの野次の声に、失笑とどよめきが会場を揺らします。



 「こらぁ、そこ!。
 私の悪口はいくら言ってもいいけれど、響の悪口だけはご法度だよ。
 なにか言いたいけれど、誕生日の響は今は胸がいっぱいで、
 何も言えない状態が続いています。
 その代わりに私がもう少し喋りますので、我慢して聞いて頂戴ね。みんな!」



 「いつもの事だろう!」という、的を得た合いの手に会場内には、また爆笑が湧き起ります。
余韻を引き続けている笑いと、ざわめきが落ち着くまで、ステージ上では
亜希子が響の肩の手を置いたまま、しばらくの時間をほほ笑んでいます。



 「私たちの響は、まさに3,11と原発からの申し子です。
 お互いに被災地をめぐってきたその帰り道、私たちは新幹線の中で偶然に出会いました。
 私はいつものように、立ち入り禁止区域内での放射能測定の帰り道で、
 一方の響は、行方不明の知人を探して、3,11で最大の被災地となった石巻を訪ね、
 無事にその役割を果たして、故郷へ帰る道の途中でした。
 響は、勇気をもって行動的をする女の子です。
 私が教えた福島第一原発の最前線の町である広野町へ、この子は単身で乗り込みました。
 たった200人しか残っていない広野町で、
 3.11の震災による傷跡と福島第一原発が、私たちに突きつけた放射能の問題を
 最前線の地で、自分の目と足でしっかりと見届けてきました。
 それが私たちが知り合ったきっかけであり、
 同時に二人して、原発や放射能に関するブログを書き始めるきっかけになりました。
 その先のことは、これ以上、私がくどくどと説明をしなくても、
 みんなブログを読んでくれているから、すべてを
 良く知っているはずだわよね」


 「おうっ知っているぞ」「その通りだ。俺も読んでいるぞ」と相次いで
呼応する大きな声が、会場内をふたたび揺らします。


 
 「じゃあ、こっちの方角!。
 私が今、指を指しているこっちの方角へいまから響が歩き始めます。
 行き先は、政府と関西電力が再稼働を目指して画策中の大飯原発が有る
 福井県の若狭です。
 原発労働者の山本さんとの約束を果たすために、
 いまから響がこの官邸前を出発して、一路、原発のある福井県を目指します。
 お願いだからみんな。響のために道を開けて頂戴。
 これから響が歩くこちら側は、ここから私が見た限りでも最大限の密集ぶりです。
 雨も降り続いているし、今のところ状況は最悪ですが、
 少しずつでいいから、お互いに足元を譲り合って、道を開けてください!
 響を福井まで運んでいく車まで、無事に通して頂戴!
 お願い!頼むよ~、みんな!」



 亜希子がステージ上から指さした方角には、ひときわの大群衆が密集をしています。
すでに官邸前へ至る6車線の道路は完全にデモ隊によって制圧され、雨を避けるために
開かれた傘は、参加者たちの頭上を一面に埋め尽くしています。
ステージをいち早く下りた長身の長次郎が、響のバースディののぼりをさらに高く掲げ、
それを参加者たちの目の前で、力のかぎりに打ち振り始めました。



 「ここだ!。ここから道を開けてくれ!
 この前方、衆議院の正門前の方向で、相棒が車を置いて俺たちを待っているんだ。
 頼むぜ、集まって来た同士たち。
 これから出発をする響のために、少しでいいから、ここから道をあけてくれ!」


 びっしりと重なった人垣が、左右に少しずつ揺れ始めます。


 「ここだ。此処から開けろ」
 「ここから離れろ。前の方は傘もたため。」


 絶望的な人の密集が、かすかな隙間を生み出すために
自発的に傘をたたみはじめます。
ささやかな身動きなどを繰り返しながら、右に左に群衆の全体が大きく揺れはじめます。
しかし、いくら努力を繰り返してみたところで、びっしりと密集をしすぎた群衆の間には、
一向に隙間が生まれるような気配がありません。



 「今から、赤いテープを投げるわよ~。
 途中で落ちたら、誰かが繋いで、さらに前方の出口までテープを伸ばして頂戴。
 測定エリアを特定するために、私がいつも使っている特製のビニールテープで丈夫です。
 これを目印に、みんなで左右に分かれて、道をつくって下さい。
 行くわよ~」



 ステージ上の亜希子から、赤いテープの塊がゆるやかな放物線を描いて
大群衆の頭上へ落ちて行きます。


「拾ったぞ!。続けて投げるから、さらにその先へこのテープをつなげろ」



 テープを手にした群衆がさらに、後方に向かって空へ放ります。
赤いテープが群衆の上を何度もジャンプを繰り返しながら、車が待機をしている
東の出口へ向かって、ひたすら伸び続けていきます。


 赤いテープの帯が、ガイドラインのように群衆の真ん中を横切りました。
テープを真ん中に置いた人たちから、わずかな身震いが圧力の中で再び始まります。
そこから生まれたゆるやかな身動きは、徐々に力を蓄えながら、
さらに後方へむかって波状に広がり、ついに、わずかな隙間を生み出すための
大群衆の身震いを生みだしはじめました。
やがてテープを挟んだ最前線からは、それぞれが手にした傘さえも消え始めます。
傘が閉じられ、それらが手元から消えていくのにつれて、赤いテープの左右には
すこしずつの隙間が、ようやくに生まれてきます。



 「道が出来始めた。赤いテープの左右に隙間が生まれ始めたぞ!」


 「前方だけの努力じゃ、限度がある。
 後方の人たちも、少しでいいから動いて協力をしてくれ。
 傘もたたんで、10センチでも5センチでもいいからお互いに身動きをしてくれ」


 生まれ始めたわずかな隙間を守るために、赤いテープを挟んだ最前列同士が
互いの肩へ手を伸ばして支え合い、その空間をさらに最大限に維持しょうとしています。

 「俺たちも、協力をしょう。
 みんな傘をたたんで、隙間をつくるために、少しの間だけがまんをしょう」



 響が進んでいく、その反対側の群衆からも誰かの声があがりました。



「一部だけじゃ無理がある。全部で協力をしようぜ」

「お前らも少しずつ下がれ、半歩づつでもいいからみんなで後退をしよう」

「下がれ、下がれ。響ちゃんのために道を開けてやれ」



 多くの共感の声が交差をするなかで、東側の群衆が一斉に傘が閉じていきます。
呼応する形で、反対側に位置する群衆の傘も、次々に閉じられていきます。
あれほど会場全体に咲きほこっていた沢山の傘が、いつのまにか花が散るように一斉に
群衆の頭上から次々に消えて行きます。

 「道が、生まれたぞ!」

 誰かの歓声に、大群衆からどよめきがあがります。
赤いテープを真ん中に挟んで生まれた通路は、東の道路へむかって一直線に伸びています。
大群衆のど真ん中にようやく現れたこの道は、その隙間を確保しつづけるために、
左右から伸ばされたたくさんの腕によって、さらに力を込めて必死に支えられています。


 
 「さあ、行こう。響。
 みんなが必死で生み出してくれた、あんたのための花道だ。
 ありがとう、みんな! 
 ありがとう、今日集まってくれた、沢山の仲間たち。
 雨降りも厭わずに、傘をたたんで場所をつくってくれた、全ての皆さん!
 ありがとう。本当にありがとう・・・・
 響を、大飯原発のある若狭へ送り出すために、もう少しだけ頑張って頂戴。
 さぁいけ。響。
 みんなの気持ちと期待を背中に背負って、歩きだせ!」



 再び、激しく振り始めてきた雨の中を、響が左右から差し出された
たくさんの腕のア―チをくぐりながら、前方へ向かって確かな足取りを進めます。



 「頑張れよ響。俺たちも、あんたに負けずに頑張るぜ。」

 「福島も、福井も、日本も、原発なんかには絶対に負けるもんか」

 「ここからだ、ここからすべてはじまるんだ。
 さあ行け響。あんたは間違いなく、俺たちの希望のすべてだ。
 さあ行け、響。響・・・・」



 さらに激しく降り始めてきた雨が、あっという間に参加者たちの全身を濡らす中、
まきおこってきた『響。響』の大合唱は、もう誰にも止めることが出来ません。
ゆっくりとした確かな足取りで、沢山の腕によって支えられたア―チのトンネルを
響が、ようやくくぐりぬけ、笑顔で手を振り始めても、大合唱は、
停まることを知らずに際限もなく、何度にもわたって官邸の夜空へ響きわたっています。






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