落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第4話 

2013-03-11 09:24:02 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第4話 
「復興バブルの裏側」





 警察とヤクザの間には災害の際には、
復興に手は貸しても宣伝はしないという暗黙のルールがあります。
震災の前までは、警察はヤクザを徹底的に締め上げていたために、ヤクザが
人道的な復興支援でヒーローとなり、脚光を浴びてしまうのは、実に都合の悪い話です。
ゆえに、ヤクザは静かにたんたんと自らの役割を果たします。


 警察が把握している指定暴力団の構成員は、全国で約8万人。
ヤクザという言葉は、花札のハズレ手である「8・9・3」から来ているといわれています。
従ってヤクザとは「負け犬」のことを指し、謙虚を重んじると定義をされています。
実際、3大グループの山口組(約4万人)、住吉会(1万2千人)、稲川会(1万人)はみな、
ロータリークラブのような、礼儀正しい任侠団体を自称しています。



 この任侠道の信奉者たちは、時には命を危険にさらしながら、
弱者を助けるために、身を捧げられることが求められます。
ヤクザによれば「弱きを助け、強きをくじく」ということになります。
がしかし、ほとんどのヤクザが、めったに約束を守ることがない反社会的な
人間集団であると言う事実は、とうてい覆りません。
ゆえに、彼らがどんなに自らの存在意義を、いくら美辞麗句で飾り立てようとも、
しょせんがヤクザであり、決してヤクザの域を越えることなど出来ません・・・・


 「明日から、また福島だ」



 一週間後にまた現れた岡本が、エプロン姿の響を見て目を細めます。
そのまま俊彦のアパートへ居着いた響は、夜になると六連星でのアルバイトを始めました。
しかしその姿を見た岡本が、早速、余計なことを言い始めます。



 「しかしまぁ、こんなにも暇すぎる蕎麦屋じゃ、
 いくらも稼ぎにはならんだろう。
 どうだ。いいところを世話するから、働いてみるか。
 なあ、トシ。
 こんな器量良しを、こんなうす汚い蕎麦屋に置いておくのは可哀そうだろう。
 俺に任せろ。悪いようにはせん」


 「おう、頼むぜ岡本。
 ソープランドでも、ピンクキャバレーでも、どこでも好きな処に売り飛ばせ。
 俺の処ではお前が言う通り、まったくの宝の持ち腐れだ」



 「馬鹿野郎、トシ。
 人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ。
 いまどきの不良が、そんな前近代的で不謹慎な仕事をするものか。
 それに人身売買ではなく、正しくは、人材を斡旋をするというのが今風の表現だ。
 ほら見ろ。響が、やっぱり不良は信用が出来ないって顔をしてるじゃねえか。
 いくらヤクザでも、今時このあたりでは、人身売買なんかやるもんか。
 いまそれが流行ってんのは、復興バブルの東北三県だけだ」

 「なんなの? 復興バブルって」


 興味をひかれた響が、岡本に尋ねます。
「まあ待て。いま話すから」と、注いでもらったビールを旨そうに一口飲んでから、
岡本が東北での復興バブルについて語り始めました。


 「だから、今言っていた人身売買の話さ。
 いいか響。
 壊滅的な被害を受けた東北の三県は、
 一年が経った今頃になってから、ようやく復興が始まった。
 と言ったって、瓦礫の処理はまだまだだし、復興の青写真もいまだに未完成のままだ。
 それでも、片付けやら、建設の準備などのために人手はおおいに必要になる。
 そうなると、全国からたくさんの人が集まってくる事になる。
 何もなかったまったくのド田舎に、有り余るほどの男たちが集まってくる。
 昼間は仕事が有るが、夜になると元気な男たちが、
 揃いも揃って、一様に暇を持て余すことになる・・・・」



 「そうなると男たちは、憂さ晴らしのための、酒と女が必要になる。
 あぶく銭が溢れてくると、あおるための酒と、欲望を満たしてくれる
 みだらな女たちも必要になってくる。
 憂さ晴らしの歓楽街が、あちこちに、雨後のたけのこのように出現するという訳ね。
 なるほどそういうことになるのか・・・・
 そこに、美味しいお金の匂いがするから、強欲な人たちが群がってくるのね。
 だから不良が、目の色を変えて被災地に乗り込んでいくんだ。」

 「お、図星だ、響。
 お前さんは素人のガキのくせに、実に頭の回転が良い。
 その通りだ。そこに俺たちがつけ込んでいく隙間とあぶく銭が転がっているんだ。
 素人にしておくにはもったいねえ。どうだ、うちの組で働くか。
 お前さんなら、俺が高給で優遇をするぜ」


 「あら? どういう意味で聞けばいいのかしら。
 極道の肩棒を担いで汚ないビジネスのお手伝いをするのは、気がひけるし、
 極道の妻か、愛人になれというお話にも無理があるわ・・・・
 ごめんなさい、岡本のおっちゃん。どちらも丁重にお断りをします」


 「おいおい。つい一週間前まで、俺の顔を見ては、
 チョロチョロと、逃げ回っていた小猫とは思えない暴言だ。
 あのなあ・・・・俺にはちゃんとした女房も居るし、それなりに愛人もちゃんと居る。
 小娘のお前に手を出すほど、今の俺に暇は無い。
 第一、自分の娘と似たような年ごろに手なんか出せるかよ。
 娘に殺されちまうぜ。まったく」



 「えっ・・・そうなんだ。
 岡本のおっちゃんには、私と、同じくらいの女の子がいるの。
 へぇ~、そうか。それで妙に優しいんだね、わたしにも」


 「女房もそれなりには怖いが、
 俺が一番手こずるのはなんといっても、やっぱり娘だ。
 年頃になったら、口はきいてくれないし、目すらも合わせてくれなくなった。
 まいった狸だぜ。まったく・・・・」


 「へぇ~。泣く子も黙る不良にも、たったひとつの弱点が有ったんだ。
 珍しいこともあるもんだ」
 
 俊彦が追加のビールを持ってきました。
苦虫をかみつぶしたような岡本が、そんな俊彦にも食いつきます。




 「トシ。
 そう言うお前さんだって分からねえぜ。
 俺のことを笑ってなんか、居る場合じゃねぇぞ。
 お前さんだって、板前修業のころは、あちこちのホテルで
 女どもを随分と泣かせてきたという話だ。
 一人や二人、子供がいたって、何の不思議があるもんか。
 今に見ていろ。そのうちに、『おとうさん』なんて言いながら、
 見覚えのない娘が、ある日突然、ひよっこりとやってくるかもしれないぞ。
 覚悟をしておいたほうがいい。
 災難は忘れたころにやってくると、昔から良く言うからな!」

 
 「まさか・・・・
 いや、まったく無いと言えば嘘になるが、
 そんな心配は、特に俺に関しては、ないだろう・・・・
 いいやっ。俺に限って絶対に、たぶん、あり得ない話だ」



 曖昧に笑いながら、俊彦が厨房へ消えていきます。
そんな俊彦の様子を、何故か響が、疑わしそうな眼差しで見送っています。
そんな響の様子をそれとなく観察をしている岡本も、なんとなくの違和感を感じています。
厨房に戻った俊彦は、何事もなかったように、いつも通りに煙草をくわえます。
夕刊を手にするとそのまま椅子へ座りこみ、背中を丸めて読み始めてしまいました。


 そんな俊彦の様子を、なぜか一部終始にわたって注視していた響は、
先ほどから岡本の脇でお盆を抱えたまま、いまだに身動きもせずに固まり続けています。
『コホン』という岡本の空咳が聞こえてきました。
あわてた響が、その気配にようやく我に戻ってきます。



 「あ、なんだ、その・・・・
 わるいな、響。ビールが空になっちまった。すまないが一杯注いでくれ」

 「あ、はい・・・・」


 少しのあいだ止まっていた空気が、スローモーションのストップ状態から、
静かにまた、六連星の店内で動き始めました。
なんとなく妙な気配を感じた俊彦が、ふと夕刊から顔を上げました。
別に店内に、変わった様子などは見当たりません。
テーブルを挟んで向かい合っている響と岡本は、いつものように談笑を続けています。



(それにしても何だ。今さっき、チラリと感じた微妙な空気は・・・・)
夕刊から目を離した俊彦が、響の背中を見ながら、
ぽつりと、そんな風につぶやいています。


(5)へ、つづく




 
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