予想していた通り、クリスマスイブのこの日、ちょっと雰囲気の良い店はどこも予約客や順番待ちの列でいっぱいだった。何軒かの店を諦めたあと、以前何度か来た店を思い出し行ってみるとちょうどそれほど込んでいなかった。メキシコ料理の店だった。
「健一さん、タコスとか好きですか?」
賑やかな店内をちらと覗きながら、私は聞いてみた。
「テキーラ?大丈夫ですよ。」
私たちは運良く、たまたま席が空いた窓際の席に通された。20階建ての最上階にあるこの店からは、街を彩る煌びやかな夜景が見渡せた。
「きれいね。」
ありきたりな言葉を呟いた。だがこの店は何度か来たことがあったけれども、広い窓からの景色は、何度見ても夜は特になかなか見ごたえがあった。
店内は若い人のグループや陽気に騒ぐ外国人達や家族連れやもちろんカップルもいた。クリスマスのしっとりしたムードではなく、南米料理屋らしく明るく賑やかな雰囲気だった。タコスやトルティーヤやアボガドのサラダなどを一通り頼むと、とりあえず乾杯をした。
「じゃあ、また会えたことに。そして香織さんが元気だったことに。」
健一さんはそう言うと、瓶のまま来たビールを少し持ち上げて私のカクテルのグラスにカチンとぶつけた。
「乾杯。」
今日急に会うという展開になって、少し不安や戸惑いがあったものの、こうして向かいあって座っていると、まるで今までずっと友人かなにかの知り合いでいたような感じがしてきた。もう緊張感はなく、私はすっかり健一さんといるペースに馴染んでいった。
「香織さんは、あの時の香織さんとは別人のようですね。」
トルティーヤのチップスをつまみながら、健一さんはまじまじと私を見て言った。
「そうですか?」
私は不意に、あのとき健一さんが、あなたが自殺をしなくてよかったと呟いたのを思い出した。
「そういえば、私が自殺するんじゃないかと思った、って言ってましたよね。そんなに私は死にそうな顔をしていたんでしょうか?」
健一さんはしばらく考え込んでいるかのように間を置いて、それから言った。
「そうですね。なんというか、魂が抜けてたっていうか。」
私は笑いそうになった。確かにあの時の私は、心ここにあらずで、通彦を未練がましく思うことでいっぱいいっぱいだったのだ。
「でも今日の香織さんは、かなり吹っ切れたような感じがに見えますが。」
健一さんがこちらを向いた。店内の薄暗い照明のせいか、陰影のついた顔つきは先ほどの印象とは少し違って見えた。もしかしたらこの人は、優しそうという第一印象に隠れてしまっているけれど、かなり整った顔をしているのかもしれないと思った。
「そうですね。もう、あの時のように、自分が不幸のどん底にいるとは思っていないから。」
確かに、あれからずっと引き篭もりがちで、お世辞にも社交的とはいえない自分をもて余し気味だったけれど、あの時の気分に比べたら、もう私は吹っ切れていると言ってもよかった。
「なんだかこうして、楽しいと思って出掛けるのが、すごく久しぶりで。」
私は感じていることをそのまま言った。
「楽しいと思ってくれているのですね。それはよかった。」
健一さんがその部分を繰り返したので、そういえば人見知りな自分が、こうして初対面も同然の人と打ち解けているというのが珍しいことだと改めて思った。
「健一さん、ほんとうに今日は予定がなかったのですか?正直びっくりしました。もう二度と会うことはない方だと思っていたから。」
私は正直に言った。あの日駅で降ろしてもらったとき、もう二度と、会うことはないと思ったのだ。
「僕もそう思っていました。」「でも何でしょうね、僕はとても、話下手なんですよ。でも、香織さんと一緒だったあの僅かな時間は、僕にとって珍しく居心地の悪いものではなかったんですよ。」
私たちは話をしながらもどんどん食べた。暖房がかなり効いていたのもあって、冷たい飲み物は進んだし、お上品に食べなくてもよい料理は私たちを余計にリラックスさせたのかもしれない。私は健一さんが、以前付き合っていた女のひとに、あなたはつまらないと言われた、と言ったことを思い出した。なぜそんなことを憶えていたのかといえば、自分とまったく同じだと思ったからだった。そして今健一さんが言ったことは、またしても自分がぼんやりと感じていたことと同じことだと思った。
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「健一さん、タコスとか好きですか?」
賑やかな店内をちらと覗きながら、私は聞いてみた。
「テキーラ?大丈夫ですよ。」
私たちは運良く、たまたま席が空いた窓際の席に通された。20階建ての最上階にあるこの店からは、街を彩る煌びやかな夜景が見渡せた。
「きれいね。」
ありきたりな言葉を呟いた。だがこの店は何度か来たことがあったけれども、広い窓からの景色は、何度見ても夜は特になかなか見ごたえがあった。
店内は若い人のグループや陽気に騒ぐ外国人達や家族連れやもちろんカップルもいた。クリスマスのしっとりしたムードではなく、南米料理屋らしく明るく賑やかな雰囲気だった。タコスやトルティーヤやアボガドのサラダなどを一通り頼むと、とりあえず乾杯をした。
「じゃあ、また会えたことに。そして香織さんが元気だったことに。」
健一さんはそう言うと、瓶のまま来たビールを少し持ち上げて私のカクテルのグラスにカチンとぶつけた。
「乾杯。」
今日急に会うという展開になって、少し不安や戸惑いがあったものの、こうして向かいあって座っていると、まるで今までずっと友人かなにかの知り合いでいたような感じがしてきた。もう緊張感はなく、私はすっかり健一さんといるペースに馴染んでいった。
「香織さんは、あの時の香織さんとは別人のようですね。」
トルティーヤのチップスをつまみながら、健一さんはまじまじと私を見て言った。
「そうですか?」
私は不意に、あのとき健一さんが、あなたが自殺をしなくてよかったと呟いたのを思い出した。
「そういえば、私が自殺するんじゃないかと思った、って言ってましたよね。そんなに私は死にそうな顔をしていたんでしょうか?」
健一さんはしばらく考え込んでいるかのように間を置いて、それから言った。
「そうですね。なんというか、魂が抜けてたっていうか。」
私は笑いそうになった。確かにあの時の私は、心ここにあらずで、通彦を未練がましく思うことでいっぱいいっぱいだったのだ。
「でも今日の香織さんは、かなり吹っ切れたような感じがに見えますが。」
健一さんがこちらを向いた。店内の薄暗い照明のせいか、陰影のついた顔つきは先ほどの印象とは少し違って見えた。もしかしたらこの人は、優しそうという第一印象に隠れてしまっているけれど、かなり整った顔をしているのかもしれないと思った。
「そうですね。もう、あの時のように、自分が不幸のどん底にいるとは思っていないから。」
確かに、あれからずっと引き篭もりがちで、お世辞にも社交的とはいえない自分をもて余し気味だったけれど、あの時の気分に比べたら、もう私は吹っ切れていると言ってもよかった。
「なんだかこうして、楽しいと思って出掛けるのが、すごく久しぶりで。」
私は感じていることをそのまま言った。
「楽しいと思ってくれているのですね。それはよかった。」
健一さんがその部分を繰り返したので、そういえば人見知りな自分が、こうして初対面も同然の人と打ち解けているというのが珍しいことだと改めて思った。
「健一さん、ほんとうに今日は予定がなかったのですか?正直びっくりしました。もう二度と会うことはない方だと思っていたから。」
私は正直に言った。あの日駅で降ろしてもらったとき、もう二度と、会うことはないと思ったのだ。
「僕もそう思っていました。」「でも何でしょうね、僕はとても、話下手なんですよ。でも、香織さんと一緒だったあの僅かな時間は、僕にとって珍しく居心地の悪いものではなかったんですよ。」
私たちは話をしながらもどんどん食べた。暖房がかなり効いていたのもあって、冷たい飲み物は進んだし、お上品に食べなくてもよい料理は私たちを余計にリラックスさせたのかもしれない。私は健一さんが、以前付き合っていた女のひとに、あなたはつまらないと言われた、と言ったことを思い出した。なぜそんなことを憶えていたのかといえば、自分とまったく同じだと思ったからだった。そして今健一さんが言ったことは、またしても自分がぼんやりと感じていたことと同じことだと思った。
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