ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

数えずの井戸

2010-01-29 19:55:29 | Weblog
京極 夏彦著、中央公論新社刊。

「番町皿屋敷」。
帯にある「数えるから、足りなくなる」は、なんとも意味深長なことばだ。

昔話には、もともと現代に通じる人のサガが織り込まれているものだけど、
舞台設定は江戸時代なのに、まるで今のことのように自然に読ませてしまうあたりが、
やはり上手だなあと思う。

ここで描かれるお菊さんは、数えなくても常にこの世は満ちている、と思っている。
数えない。
自分のことはノロマでバカだと思っている。
そして、分をわきまえ、足りている。

私の仕事仲間に、すごく似たような感覚をもった少し年下の女性がいる。
確かに要領はよくないし、シングルタスクだ。
ひたすら自分が直面していることだけに集中していて、ときにその前に言われたことを忘れる。
実直で、素直。さぼろう、なんて意識はない。
言い訳よりも前に、まず謝ってしまう。
そして、他人と自分を比べ、人を妬むことがない。悪口を言わない。
たぶん、その回路がない。

最初に会った頃、本当にこんな人がいるとは信じられなくて、
いつ本性が出るのかと思っていた。
でも、2年経っても、彼女は同じだった。

周囲の人たちは、私のような仕事に効率を求める人間は、
絶対に彼女と一緒にいられないだろうと言っていた。
いまでもそう言われるし、なかなか覚えないから彼女とは一緒に仕事できない、という人も多い。

でも、私は彼女と一緒に、協力しながら仕事をするのが大好きだ。
妬まないし謗らないから、率直に話ができる。
「これは、たぶん私のほうが得意。でも、これはあなたのほうが得意。
だから、こんなふうに分担してできたらいいと思うんだけど、協力してもらえる?」と聞ける。
すると、彼女は何に自信がないのかを、あらかじめ言ってくれる。
その自信がないこと、というのは、世間一般と比較すると非常によくできていることもあり、
本人に自信がないだけの場合もある。

向上心がないのではなく、人一倍ある。
ただ、それが他人への攻撃となってあらわれることがないというだけ。
本人が努力して、こういうキャラクターになったというよりは、もともとそうだったのだろう。
だから尊敬しているとまでは言えないけど、とても好きだ。
もともと、他人と戦う回路がないのだから、かばってやりたくもなる。

いっぽう、この本の大久保の姫君のように、なんでもかんでも手に入れたい人もいる。
頭もいいし、手に入れるための方法も、非常に戦略的にたてられる。
でも、ものごとはいつも戦略どおりに進むとは限らないから、
どこかイライラしているし、うまくいかない理由ばかり考えていて、
それがときに、他人への攻撃となる。
そういう人とは、短期のプロジェクトであったら楽しく仕事ができるかもしれないけど、
常に一緒にいるのは、私には無理だろうと思う。

いま、菊さんのような彼女とは、同じ空間で仕事ができなくなってしまったけど、
いつも「元気にしているかなあ」と気になっている。
でも、私がおせっかいなメールを出したら、彼女が困惑するだけだろうから、
それも出来ないまま月日が流れている。

私は、なかなかなれないのだけど、常に「足るを知る」人間になりたいと思っている。