ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

蒼き狼の血脈

2010-01-08 23:26:40 | Weblog
小前亮著 、文藝春秋刊

チンギス・カンの長子ジュチの子バトゥの物語。

書名に「蒼き狼」とあり、しかも、ジュチの子バトゥが主人公とは。
完璧に「やられた」という感じだ。
書店の店頭でこの本を見かけた瞬間、「はい。ターゲットは私です」と
手を挙げた気分になって購入した。

著者は、大学での専攻が中央アジア・イスラーム史というだけあって、
史実を丹念に調べ上げた結果の作品と思う。
しかも、モンゴル高原など現地にも行って、
実際にそこの風を受けた経験も豊富なのだろう。
小説の内容だけではなく、歴史小説の方向性として、すごく共感した。

私は学生時代に、モンゴル帝国の歴史にハマって、
自分なりにかなり一生懸命に調べた。
そのなかでも、一番興味があったのは、ジュチだった。

ジュチはチンギス・カンの妻ボルテが、
メルキト族に捕われていた時期に身ごもった子どもと言われ、
チンギス・カンの実子ではないと言われていた。
チンギス・カンも「客人」=「ジュチ」という名をつけたほどだ。
そのため、血統を重んじるモンゴルにおいて、
ジュチはチンギス・カンの後継者から脱落する。
そして、ジュチは一生涯をかけて、
自分がモンゴルの血をひく人間であることを実証するため、
モンゴル高原を西へと戦っていった人物だ。

ジュチが亡くなる間際、
体調が悪くて父チンギス・カンの召還に答えることができなかったとき、
父から謀反の心ありと疑われた。
もし、もっと長くジュチが生きていたら、親子の戦争があったかもしれない。
ジュチはチンギス・カンよりも先に亡くなり、それは回避された。

ジュチは絶えず、自分は何者なのかを問いながら生きた人物だと思う。
そのジュチの子バトゥは、「賢明なる王」と呼ばれるにいたった。
モンゴル高原の中心で、酒と権力に溺れていたモンゴルの正統筋よりも、
ジュチ・ウルスは、ずっとモンゴル的だった。

本書の内容は、日本人には馴染みのうすい中央アジアの地名や歴史が出て来るし、
登場人物の血縁関係は複雑だ。
でも、こういった本をとおして、モンゴルの世界を一人でも多くの人に知って欲しいと思うし、
このような文章を書ける著者に、今後の活躍を期待する気持ちでいっぱいだ。
読みながら久しぶりに体中があつくなった。