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(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

読書『マティスを追いかけて』(その4)「赤い食卓」と短歌連作

2008-07-17 | 時評
(その4)マティスの絵についてー「赤い食卓」と黄色そして青の作品
(写真の絵は、「赤い食卓」(エルミタージュ美術館蔵)

 今回は、本からすこし離れマティスの絵をいくつか鑑賞してみたい。いわば”箸やすめ”的な雑談なので、話があちこち飛ぶことをお許しいただきたい。

 まずはマティスの「赤い食卓」。このカラフルな、ある意味強烈な色彩の絵について。赤という色は、ジムもこの本の中で色彩論にすこし触れているところがある。インテリア装飾家の友人エレン・ケノンによれば、「赤は、権力、力強さ、行動、情熱、欲望の色であって、生命力、エネルギー、独立心の原動力となる」、と。そのような専門家の色彩論は、いざ知らず、個人的な好みでいえば、この絵の赤にはそのようなぎらぎらしたものは感じない。この絵のダイニング・ルームにあわせてどんな洋服を着たらいいのだろうか、と心中遊んでみる。この作品は、1908年から1909年にかけて制作された。ピカソと出会った頃で、まだモロッコには行っていない。2メートル近い大作で、今はエルミタージュ美術館にある。
マティスは、この作品に至るまでは、フォーヴィズムの色彩が氾濫したような絵を
描いていたが、この作品ではそれを最小限に止めている。そのせいか赤という色遣いもふくめ、画面にうるさいというような感じはしない。むしろしっとりした落ち着きがあるように思う。みなさんは、如何でしょう?

 すこし脱線するが、この絵を題材にした短歌を見つけた。これは偶然見つけたものだが、東郷雄二という京都大学の先生のサイトに紹介されている。この先生は、
京都大学の言語学・フランス語学の専門であるが、なかなかの趣味人。短歌のコラムも書いておられる。「橄欖追放」 その中の6月2日の記事に歌人中川宏子の
短歌についての紹介がある。

 ”わたくしの夕暮れてゆく街にある影といふ名の数多のimages(いまあじゅ)”
                                中川宏子『いまあじゆ』
          ~~~~~~~~~~~~~~

 ”このような中川の短歌の傾向は、巻頭の「マティスに捧ぐ」でも遺憾なく発揮されている。マティスの絵の題名に自由な連想から紡ぎ出された歌が添えられている連作である。

 (ピアノレッスン)
   無理強いはもうしないと言つたのに 素手で潰したデリシャスりんご
 (ルーマニア風のブラウス)
   妻といふ過飽和物を包んでる白い上着のギザギザもやう
 (窓)
   帆船のあかく染まつたゆふまぐれ時間は窓の外を歩みぬ
 (赤の食卓)
   薔薇みちる昼の食卓囲むときLandladyは「嘘」とつぶやく

  たとえば「赤の食卓」はエルミタージュ美術館にある有名な絵だが、中川が添えた歌はまるで一編の掌編小説のような趣がある。ちなみにLandladyはイギリスの下宿屋の女主人で、イギリス小説ではしばしば重要な役割を演じる。「マティスに捧ぐ」は歌集巻頭に据えられているため、まだ入り口にいる読者はこれらの歌をどのように受け取ってよいのかとまどうのだが、これらは属目ではなく、また単純な「写実」や短歌の〈私〉に収斂しない仕掛けの施された歌と解釈すべきだろう。”

 こんな想像力を飛翔させたような短歌も悪くないなあ、と思いつつ、では俳句にしたらどうなるかと遊んでみる。

 ”夕凪ぎて赤の食卓マイバカラ”

           ~~~~~~~~~~~~~ 

 マティスは、フォーヴィズム派(野獣派)などと呼ばれているが、現代の私たちの感覚からすれば、そんなに仰天するようなものではなく、むしろ柔らかく、自由奔放な線そして単純化され、鮮やかな色彩は人を惹きつける魅力があるように思う。


 今度は黄色。マティスの作品には写真の絵「黄色のハーモニー」や前掲の「黄色のインテリア」のように黄色を使ったものが少なくない。また「生きる喜び」、あるいは「青い静物」などのように絵を引き締めるように黄色を使ったものも多い。色相の中で一番明るい黄色はコミュニケーションの色と言われる。連想イメージは明朗、活発 、希望、上昇志向、平和などなど。心理的には、黄色を好む人は新しいことや冒険好き・・・といわれている。私も黄色は好きな色だ。しかし石蕗の花のような冷たい黄色(レモンイエロー)より、明るい黄色たとえばミモザやひまわりの色などがいい(カドミウム・オレンジに近い。マティスの黄色は、見るものの心を明るく元気にしてくれる。メイクアップ・アーティストの藤原美智子は、このように言っている。

 ”それらの、どの黄色にも「幸せ」が宿っていると感じるのは私だけではないはず。彼のクリーンで温かみのある黄色は、人に「生きる喜び」を感じさせる色なのだ。『マティス 画家のノート』(みすず書房)で彼は語っている。「私が夢みるのは疲れを癒す(文中省略)よい肘掛け椅子に匹敵する何かであるような芸術である」と。”


 
(写真の絵は、「ジャズのイカルス」(ニューヨーク近代美術館蔵)
 そしてなんと言っても青だ。マティスの青の魅力は独特だ。この本の著者のジムは後述するモロッコの章でこう語っている。

 ”私の色は青だ。フレンチブルー(青紫)、ハヴァナブルー、プルシアンブルー(紺青色)、デルフトブルー(藍色)、コバルトブルー、ウルトラマリン(群青色)、ペリウインクル(青紫色)・・・・どれであろうと、とにかく青がいい。なぜこれほどまでに青が好きなのか自分でもよく分からない”

 マティスは、青い色を多用している。「ブルー・ヌード」、ジャズの「イカルス」、「青に溶けるコンポジション」、「青いシートと黄色の背景」等々限りない。みんな好きな絵だ。これらの作品の青を実際に絵の具を塗ってチェックしてみると(フレンチ)ウルトラマリンに近い。ウルトラマリンは、暖色系の青で透明色である。マティスの最後の傑作といわれるヴァンヌのロザリオ礼拝堂。ここの壁面を飾るステンド・グラスも、黄色に淡い緑と青の模様が巧みに配置され、心が安まる思いだ。(残念ながら、実物は見ていない。九分九厘さんの話から調べてみました。これを紹介する現地の教会(Les Dominicaines du Rosaire)のサイトで、その雰囲気をご覧下さい)
(画面左端のサイトマップをクリックし、次の画面で右列のThe Chapel をクリックそしてInside The Chapel で内部が現れます)


ジムは旅をしながら、マティスの作品を日々、新鮮な目で見つめ直す。そんな中かからの文をひとつ取りあげ、この章を締めくくる事としたい。

 ”「もしセザンヌの絵画が一時的な均衡をあらわしているとすれば」そんな書きだしを、ジョン・エルダーフィールドの『アンリ・マティス回顧展』に見つけた。「マティスの絵画は潜在的な統一性をあわらしているーこのことは、彼が人生の終わりに近づいて悟った、自分の探索は終わることがないとい認識と一致する。同様に、絵を描くという旅の目的地とは、決して到達できない場所なのである。そのためマティスの芸術はこれでもかというほど反復が繰り返されるのだ。彼は、同じ主題を何度もやりなおし、すでに取りあげた主題に幾度となく戻っていった。・・・・・」ここに、マティスを現代的ならしめている理由があるのだと、プジョーを走らせながら、考えた。”


(次は、鮮烈の青。モロッコの旅です)
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絵と短歌、両方楽しみました。 (ハミングバード)
2008-07-17 22:48:13
ゆらぎ様

「マティスを追いかけて」(その4)、楽しく拝見しました。マティスの絵ももちろんいいし、中川宏子という歌人の短歌もいいですね。マティスの教会のステンドグラスのサイトも開いてみましたし、何とか言う京都大学の先生のサイトからゆらぎさんご紹介以外の中川宏子氏の短歌も拝見しました。そこで、昨夏楽しませていただいた句会に登場の歌人、岡井喬も出てきたりして、この世界はどこかで繋がっているのだと思いました。中川宏子という歌人はとても現代的な短歌を詠みますね。よく分る短歌が多い気がします。
 さて、肝心のマティスですが、難しいことは分りませんが、赤、黄、黒、青などの強い色を多く使っていても洗練されたものがあり、静物も人物も抽象化されていて決してうるさくはなく、モダンな感じの絵ですね。このような色彩、形に辿り着くまでに、永い苦闘があったものと思われますが...。それが、(その3)までの書き込みに見られるのでしょう。

さて、また短歌に戻りますが、挙げられた歌で次のものが印象に残りました。

(窓)
”帆船のあかく染まつたゆふまぐれ時間は窓の外を歩みぬ”
 
(赤の食卓)
”薔薇みちる昼の食卓囲むときLandladyは「嘘」とつぶやく”

 ”わたくしの夕暮れてゆく街にある影といふ名の数多のimages(いまあじゅ)”

 この最後の歌は特に、ご紹介の先生の解説にもあるように、色々と解釈できる歌だと思いました。

 最後に馬鹿な質問ですが、ゆらぎ様のお句の

”夕凪ぎて赤の食卓マイバカラ”
 最後の「マイバカラ」って、マイは My だと思うのですが、バカラって何ですか? 無知を曝け出して、お尋ねします。

ともかく、楽しい絵と短歌のご紹介、有難うございました。







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マティス(その四) (九分九厘)
2008-07-17 23:22:29
「Matisse-ing」を夫婦で楽しむモーガン夫妻、まことに羨ましい限りであるが、この本に共鳴し想像力を発揮して美意識の間口を広げていかれるゆらぎさんも素晴らしい。この第4回のブログは圧巻だと感じ入っております。そして、俳句でマティスに関しクロスポイントが出てきたことに驚愕! ゆらぎさんのブログの感性と平行線を保ったままのマティス論の展開にいささか戸惑いを感じつつ、今回も以下書かせていただきます。

この「Matisse-ing」の感覚を他人に伝えるのは、真に曰く言い難しの、非常に難しい技であるとハンフリー教授は説いている。人間だれしも、内なる世界の経験が己の存在の証しとなることを知っているわけだが、社会的関与の中に生存している人間として、その経験即ち感覚をいかなる方法で他人に伝えるかが生来の課題である。最も先に来るのは、この宇宙で己が直接支配権を握る部分、すなわち自分の身体を使うことであるという。笑う、叫ぶ、涙を流すことなどである。次に自分の表現できる言語を使うことをだれしもが考える。書くなら散文、そして更に詩になると幅が広くなる。言語で不十分であると思うと非言語的な方法がある。絵画や音楽である。

ゆらぎさんが、主人公ジムの「Matisse-ing」の感覚を表す言葉を、この場合は散文であるが、上手にまとめておられる。ジムの言葉として表現されたもので、印象的なものをピックアップしてみる。

      ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
  あの絵(「アネモネとざくろ」)は昼間みても、夜みたのとおなじように、目も醒める美しさだった。色は鮮やかだー赤、青、黄色の花々が銀白色の水さしに活けられ、その下には明るい黄色のなにかーおそらくレモンだろうーが置かれ、その隣には黒い種をみせたざくろの薄切りがある・・・・この絵がなぜ私に、マティスの作品同様、これほどまでに訴えかけてくるのか知りたかった。・・・

  ここでのリズムはすべてを心地よく満たしている。ひさびさに味わう、食事をつくる楽しみ、新しい料理に挑戦し、夜遅くまでかかって食し、音楽に耳を傾け、仕事をし読書し絵を描く。まるで天国にいるような日々ー

 海へ下る坂道の途中に、焼けたテラコッタの家があった。灰色の窓台のうえでオレンジ色の百合が花ひらいた様子は、まるで光と色がはじけて溶けあっているようだ。たとえほかのすべてが違っていたとしても、1898年当時もこの百合だけは、まさしく今とおなじインパクトをもって咲き誇っていたことであろう。おなじくオンジウムや白い花をつけたヒース、ピンク色のロックローズもきっとそうだったはずだ。マティスにとってそれらの花の姿は、度肝を抜かれるほど新鮮だったにちがいない。彼はまさに幼子のような目でみたはずだ。鮮やかな色彩に香りにそして南国の光に、五感を荒々しく刺激されながら

 暗緑色の山並み、コバルト色の海、教会、砦、シャトー、城、風車、釣り船、枝の曲がったプラタナスの並木、ブールゲーム、港に面したカフェ・・・。瓦屋根をかぶる家々の壁はピンク、黄土色、碧青色(コバルト・ターコイズ)、赤褐色、それに青紫(ペウインクル)色に彩られ、それぞれが太陽に美しく映えるようにわざと閉められている鎧戸の鮮やかな色とうまく調和している
 
 20世紀を生きる人間の目からみても、マティスのコリウールでの油絵は衝撃的だ。それらは基本的に、色をつけた自由な素描といっていいー淡く、自発的で、奔放で、ときにはある種の派手さをもつ。やわらかな春色に固い鉱物が混ぜあわさったような緑。ほとんど罪なほどに爛熟したピンクとすみれ色。振動する青に、光り輝くオレンジ。これらの色が描く世界はみずみずしいと同時にたくましく、官能的な猛々しさにはじける熱帯のジャングルだ・・・”         
            ^^^^^^^^^^^^^^^^^
上記のジムの記述は、もともと彼が職業的著述を業としていただけに、彼なりに相当苦慮しながら書いたと想像するが、読んでいて<わくわく>させるところが素晴らしい。腕利きのソムリエがワインコンクールでその味を表現するのには、やはり日常使う言葉を使用する以外にすべはない、ということを思い出すのである。ゆらぎさんの紹介する、この本はおそらく著述業を自負するジムが精魂かけて、この「Matisse-ing」する「感覚」を記述することに、本来のこの本の目的があったのであろう。その本をまだつぶさに目にしない状態でこんなブログ書き込みをするなんて、大変失礼なことなのだろうと思い始めた。
第4回のゆらぎさんのブログを見て、中川宏子の短歌を知った。東郷雄二さんの「橄欖追放」も楽しく読ませて貰った。世の中にかくもセンシティブな人達もいるものかと別な意味で驚いた。絵を見た感覚をどのように表現するかという問題を追っかけていただけに、このブログの紹介に、なにかしら天啓を得たような気がした。「小説を書くように詩を、詩を書くように短歌を」そして願わくば、「短歌を書くように俳句を」の気持ちにさせてくれたのです。中川宏子のマティスに捧ぐ短歌と、ジムの散文の二つを比較しても、各々目的の違うことから意味がないとは思うものの、詩の持つ意味の重さを改めて感じさせてくれたようです。



 さて、次の課題は自然の刺激を受けてその「感覚」を非言語の方法、すなわち絵画にゆだねたマティスそのものに興味がわいてくる。ジムが「Matisse-ing」するとことと、同じ実験心理学のハンフリー理論に従って分析していきたい。「赤」のみでない、多彩な色彩を含む自然をどのようにとらえていくのか。ゆらぎさのブログに出てくるマティスあるいはデュフィの言葉を抜粋してみる。

         ^^^^^^^^^^^^^^^^^
 われわれが日常見ているものはすべて、多かれ少なかれ、それまでの人生で身についてしまった習慣によって、ゆがめられている。ゆがみのないまっすぐな目で見るためには、ある種の勇気が必要だが、その勇気こそが、画家にとって命ともいうべき大切なものだ。すべての事物を、あたかも初めて見るかのように、それも幼い子供の視線でみること。その力を失えば、画家は独創的・個性的な方法で自分を表現することが、もはやできなくなってしまう。 

大胆にも、主流だった茶色や灰色のの色調を捨て、当時では危険さえともなった、みずみずしい色彩を信条に掲げた。写実的な描写法をも拒み、真の芸術家とは、外面ではなく、内なる感情を表現するものだと言い放った。

ゴヤの絵は真の生命に満ちあふれていて、マティスの教師たちが求めるような、冷たい完璧な絵とはまるで違っていた。その時私は理解したのだ、絵とは言葉になりうるのだということ。

色は、想像力を使って考えだされなければならない。想像力なくして美しい色など生み出せない。

原色を使って、古い巨匠の色調以上の輝きを表現できることに気がついた。それはわたしにとって進化の第一歩だった。パリに帰った私はルーヴルの影響から解き放たれ、色に向かって進みはじめたのだ。

絵画というものは、光をうみだす真の力をもっていなければならない。

色彩はデッサンによって生きるもの、デッサンは色彩によって生きるもの。(デュフィ)
色は魂を直接揺さぶる力だ。色は鍵盤、目はハンマー、魂はたくさんの弦を張ったピアノである。(カンディンスキー:別の資料から)

        ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
以上の言葉であるが、実際の彼らの絵を見ることでしか、この言葉で書かれた意味は理解できないと考える。マティス、デュフィ、カンディンスキー、各々似たような言葉を書いているが、絵そのものは三人三様の異なった絵である。

命題である「画家の感覚」なるものをさらに探っていくために、ここに現役の現代抽象画家のブリジット・ライリーを取り上げてみる。変わった絵を書く人だなと思ってはいたが、今までそんなに真剣に鑑賞した画家ではない。彼女は同じイギリス人のせいかもしれないが、ハンフリー理論の好適画家として「赤を見る」本に紹介されている。驚くべき抽象の世界である。先ずは、次のネットを参照にしてもらいたい。

http://en.wikipedia.org/wiki/Bridget_Riley
http://www.mishabittleston.com/artists/bridget_riley/

現象的経験の本質を探究するための分析手段に絵画を使った芸術家として、高く評価されている。ライリーは感覚と知覚の区別を重要視して、外部の世界を描くにあたり、自分が知覚しているものとして、つまり非個人的な事実として描くことには興味がない。むしろ、外部世界が彼女に、そして彼女の眼や体にどのように作用するかを描きたいのだ、と言われている。

(ライリーについては次回に続きます)
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お楽しみ頂きありがとうございました (ゆらぎ)
2008-07-18 23:09:10
フェニックス様
 長文にもかかわらずお目通しいただき、ありがとうございます。短歌のセクションも楽しんでいただいたようで、ことのほか嬉しくおもいます。中川宏子さん短歌は、初めてですが、なかなか魅力があります。これからもフォローしてみたいと思っています。

 マティスの作品は、それぞれ好みがありましょうが、後年の作品になればなるほど、単純化され、精神の昇華とでもいうようなものを感じます。切り絵のジャズや、絵ではありませんがロザリオ礼拝堂にそれを感じます。いずれも好きな作品です。

 ご質問のバカラは、フランスはアルザス・ロレーヌ地方で生産される世界最高級のクリスタル・グラスです。とくにカットの美しさに定評があります。それにネームなどをいれてもらうと、”マイグラス”です。でもこの句には、後で考えると、”夜光杯”の方が、雰囲気があってよかったかな、と思案しています。
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お礼とコメント (ゆらぎ)
2008-07-18 23:46:50
九分九厘様
 いつも深く読んでいただき、ありがとうございます。また今回は過分なお言葉も頂戴し、嬉しくまた励みにもなりました。

今日の「Matisse-ing」なる感覚のことですが、ジムはマティスを全人的に追うことでその世界に入っていったのでしょう。
”この本はおそらく著述業を自負するジムが精魂かけて、この「Matisse-ing」する「感覚」を記述することに、本来のこの本の目的があったのであろう。
 ーこのことについてはほぼ同感ですが、あえてひとこと付け加えるならば、冒頭の章でも書きましたように、絵画論的なことだけでなく、ヘミングウエーと対比したマティスの生きる姿勢に、ジムは深い共感を覚えていった、その事のウエイトがむしろあったように思います。このことは最終章でも、改めて取りあげたいと思います。

 「画家の感覚」に関するブリジット・ライリーの言葉は、興味深いですね。
”むしろ、外部世界が彼女に、そして彼女の眼や体にどのように作用するかを描きたいのだ、と言われている。ーすこし勉強してみます。

 改めて、真剣な目でお読みいただいたことに感謝です。
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