(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

読書 『経済学は現実にこたえうるか』(余滴)

2014-01-30 | 読書
読書 『経済学は現実にこたえうるか』(伊藤光晴 岩波書店 1984年5月)(余滴)

 「経済に関連がないならば、経済学には何の魅力もありえない。及ぼすところの実践的な効果を度外視して、それらの固有の魅力のゆえに探求に値するような主題を望む人は、経済学の講義などには出てこないだろう。その人は、たとえば純粋数学をやるか、それとも鳥類の生態を研究するかにちがいない」ージョーン・ロビンソン(ケンブリッジ大学)
 この現代経済学者の言うところと、同じ確信を抱いた著者は、本書の後半では現代日本が抱える医療、老齢化、高等教育、公共投資、流通、エネルギー問題などをとりあげ、ファクトファインディングと経済理論適用ゆえの問題点のクローズアップと、問題に背後にひそむ体制問題の析出との三つを軸に、”もう一つの政策提言をしようとした。

 この「余滴」では、それらについていちいち述べる事はしないが、現代ににも通じる医療の問題の論点を整理し、また公企業の経営と活性化に関するエピソードをご紹介するに留めたい。念のためであるが。この本は、30年も前のものである。そのことを念頭において読むと、著者の慧眼の鋭さに感嘆する。

(現代医療経済の問題点)

 ”医療は、自由な市場にこれを全面的にゆだねることができない分野である。医師はその知識によって、医療需要を作り出すことが可能であるし、またつくりだしている。それは供給が需要をつくる特殊な市場なのである。と同時に、苦しみや生命のためであるならば、患者はいかなることをしても支払いに応ずるという可能性を持っている。”

 著者は、医師と経済学者との優れた共同研究に着目して、新しいファクトファインディングに基づく新しい論点を提示している。
 注)浅井一太郎虎の門病院長/三好和夫沖中研究所所長/都留重人/伊東光晴/宇沢弘文らによる研究。その成果は、「増大かつ多様化する医療需要に対する医療組織の対応に関する研究』(1980年)と「21世紀の医療」(1982年)として 発 表されている。

 この調査研究の結果、得られた結論は、医療関係の研究者が等しくもっていた実感と完全に一致した。医療費高騰をもたらしている主因は、乱診、薬多投、機械乱用だけでなく、医療技術進歩そのものの中にあるーいずれの事例も、新しい医療技術の開発、成功、治療方法の改善、画期的な精密検査の導入ーこれが確実に、医療費曲線の上昇となってあられている。逆にいうならば、乱診乱療などの社会的な無駄、不正の除去は、現実の医療費上昇曲線を下にシフトさせはするものの、上昇傾向の性質そのものを帰るものではない。一例をあげれば、医療用電子機器の急増がある。たとえば頭部用のCTスキャンは一億円を超えるが。これが急速に導入されている。大型機器を導入して医療費高騰を引き起こしている分野は、第三次(高次医療)の分野である。そうして医療技術の高度化は、あるべき医療サービスをますます特権財にかえていく可能性を持っている。また医療サービスにとって、もっとも大切なのはプライマリーケアであり、それが適切な措置を誤るとき、病気は悪化し、長期化し、結果として医療費は増大する。

 最終的に著者は、医療サービスの乱費の抑制のための社会的教育と、21世紀の医療を考える経済的基盤として、使用用途を限定した福祉税の設置による医療基盤の拡大、と健康保険制度の転換ー現行とは逆に、高額医療を要する分野は保険で手厚くおおい、低額の分野ではわずかでも自己負担を増やすという制度をリンケージしなければならない、と説いている。

 笑い話のようになるが、ある医院でのこと。数人が話しているのを聞いていると、”今日は、なんとかちゃんが来ておらんなあ。”と常連のうわさ話。それに対する、ほかのメンバの発言ー”なんとかちゃんは、今日はちょっと具合がわるいらしで、(別な)病院へいっとるで・・・”  要すれば、どうでもいいことで病院へいって、世間話をして暇つぶしをしているのである。こんなことも健康保険での支払対象として、ムダヅカイとなっているのである。


 高次医療の発展にともなう医療費増大に、どのように対処するか今後ますます重要な視点である。なおこの問題について、畏友柳居子氏は、そのブログ<柳居子徒然>で再三発言をしておられる。一度、その一端をのぞかれることをおすすめする次第である。



(公企業の経営と活性化)ここで採り上げられた国鉄の再生問題については、その後1987年4月に、中曽根政権の折に国鉄そのものが民営化されたので終止符をうたれた。ただ、この著書の中で、これに関連して印象深い記述があったので、ここにご紹介する次第である。

 それは、「徹夜の除雪運転」と題する一文である。

 ”国鉄の労働組合は過疎線撤去に反対し、住民のための足を確保せよと主張する。この主張は正しい。しかしそういうことを言う以上、その経営を維持する力と能力を持たねばならない。国鉄労働組合の人たちは、自分でこの経営を買ってでて   運営する意思と力があるのであろうか。

  東北地方のある私鉄では、今晩から明日の朝にかけて雪が降るなと思うと、組合の委員長は委員たちと夜中、30分おきに電車を走らせる。そうして雪を除去し、ポイントを竹ぼうきではき、油をさし、翌朝を迎える。翌朝雪が降って道路は止   まり、マイカーは動かず、この私鉄にお客が集まる。こうした組合の責任者もいるということを忘れてはならないのである。

  「士信ずるに足らず」といった明治の先人がいる。大言壮語する武士に建設的な仕事  はできないという。労働組合にとって今日必要なことが、新しい社会の運営を担いうる能力をもつ人間をつくるべきであるということは、、社会主義国の現   実、とくに経済の混乱をみれば明白なことである。とするならば、労働組合が庶民の足の確保を主張するのであれば、それを実現するためにこれらの線を分離し、自分たちの力によってこれを維持するということを大衆の前に示すことである。   大衆はそれを見ることによって組合の主張を信ずるようになるのではないだろうか。”


 著者のいいたいのは、経営の「規模の合理性」という、経済をみる基本的な線にそって、地方支線であるところの地方交通線は、全国を一つの組織体にいれるのには適さないということを見ぬくことである。これらを分離し、それぞれの地域に応じ、特性を発揮し、経営競争のなかにこれを投げ込むべきであろう。もちろんその経営を担当する人間は、鉄道運営に習熟していなければならない。それらの人は国鉄の中から生まれるであろう。


昨今のJR北海道の不祥事、事故頻発、さまざまな隠蔽操作、まさに憂慮に堪えない。JR北海道の関係者は、組合も従業員また幹部も、もう一度上記のような原点に立ち戻って考えて欲しい。経済学以前に使命感がなければ何事も前には進まないのである。
 


注)冒頭の写真は、鉄道を愛好するなめくじ会の<鉄道風景>というサイトの写真を掲載させていただきました。雪の万字線です。この線は、北海道岩見沢の万字炭鉱からの積み出し線でしたが、1985年に廃止となってしまいました。


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読書 『経済学は現実にこたえうるか』(伊東光晴)

2014-01-18 | 読書
読書 『経済学は現実にこたえうるか』(伊東光晴 岩波書店 1984年5月)

 昨年秋に発表されたノーベル経済学賞は、株式や債券、住宅などの資産価格がどのように形成されるかを実証的に分析した米国の三氏に授与された。その是非はともかく。現実の経済の動きにまで踏み込んだ研究内容である。残念ながら、日本の経済学分野では、こういうことは研究の対象にあまりなっていない。現実の世界から、やや乖離したようなアカデミックな研究か、あるいは欧米の経済学の紹介にとどまっているものが多い。またマルクス主義の影響を強く受けていたという側面もあるのかもしれない。

 さて今回読書の対象としてとりあげたこの本は、ほぼ30年前のものである。”日本経済への政策提言”とサブタイトルに書かれているように、いくつかの経済政策にかかわる問題について、経済学の視点から考察したものである。いわく、成田空港の問題、たかりの構造と自治の問題、老後保証の問題、公的企業の経営、医療問題などなど。それも空理空論でなく、具体的にそれらの問題の解決策などにまで踏み込んだ力作である。今日、読み返しても、なおその価値は失われていない、好著である。あえて、ここにその説くところをご紹介する次第である。

各論に立ち入る前に、著者のスタンスについての言葉をご紹介する。

 ”いま、本書の収めた第二論文(成田空港問題の提起するもの)に例をとれば成田問題をひきおこす羽田空港の過密という現実的な問題に対して、経済学はその体系から、どのような答えを用意することができるかを問うことであった。それはまず広く人々に受け入れられる通念に沿って問題を提起し、ついで計量経済学、イコール・フッティング論、市場欠落論、コスト・ベネフィット分析という経済技術学を適用して、現実を社会科学の中でリンケージし、それなしには得られない事実発見から、この現実を捉え直し、問題解決への政策提起へと進もうとするものである。それは今日、現実遊離の前提の上での数理的展開やイデオロギーの呪術性ゆえに、経済学の有効性への不信と批判が多とき、経済学はなお、現実にこたえうるものを持っていること示そうとしたものである。”

 さてそのスタンスを踏まえた上での各論をご紹介する。


(たかりの構造と自立の思想)
著者は二つの村の財政を示す書類から話を始める。一つは新潟県「守門村」の決算書であり、もう一つは岩手県「沢内村」の昭和41年から10年間の村の財政を示す決算書である。この二つの村には、なんの関係もなり。一方が「たかりの構造」につながるものであり、もう一つは「自立の思想」につながるものである。

 1976年12月、四面楚歌の中でロッキード選挙を戦った田中角栄元首相に対し、新潟三区は、この時、17万票という大量得票で田中角栄を当選させた。朝日新聞の本田勝一記者は新潟三区、とくに田中支持の強かった守門村に、行き、何日も泊まって、村民と酒を酌み交わし、口の重い農民から田中支持心情を聞き出した。聞き出したのは、明治以来、政治と社会の”日の当たらぬ場所”でありつづけた裏日本の人たちの表に対する怨みと怒りであり、”一種の怨念”ともいうべき必死の叫び”であった。”若人たちは村を離れだし、仕事も少なく、沈んでゆく村に、国から金をとり、橋をつけ道をつくってくれたのは田中さんだ、そのお陰で村は生きることができた”

 この本田記者の記事を読んだとき、著者はもう一つの雪に閉ざされた東北の村、岩手県沢内村のことを思い出した。

《沢内村》岩手県のこの寒村は貧しいむらで、かつては無医村であった。冬、雪に閉ざされた時、腰まで埋もる雪を漕ぐようにして、六時間もかかって医者を呼びに行った人もいる。それが、昭和30年代を通じて大きな変化を遂げた。昭和37年、乳児死亡率がゼロを記録した。村を変えたのは、理想に燃えた一人の人間~沢内村村長の深沢 晟雄(ふかさわまさお)と彼を支えた村民たちであった。

 

深沢は昭和32年村長となったのだが、村民を守るため全力を挙げた。村の金で保健婦の育英制度をつくり、村の女性を送り出し、31年末に10年ぶりに保健婦を二人迎え入れる。村営の診療所にも、理想を共にする医者を受け入れる。昭和33年には、ブルドーザーを買い入れ、冬の雪と戦いだした。次第にブルは増え、36年には村の幹線28キロの雪が取り除かれ、村は雪に閉ざされた村から脱したのを知った。

深沢は医療も無料化した。それがため乱費が起こるかもしれないと考え、予防医学に力を注いだ。 →『沢内村奮戦記』(太田祖電ほか あけび書房)
このような沢内村の福祉中心の行政は、中央から予算をとって行われたものではない。深沢市は、予算をとるために、東京に行ったことは一度もない。このような地方財政を支える経済的基礎としては、戦後のシャウプ財政による地方財政改革がある。(詳しく述べれているが、ここでは省略する)沢内村と守門村の決算をみると、基礎的財政需要、交付税など財政規模ではほとんど差がない。では、沢内村の場合、何が違ったのか?


著者は、問題を二つに分けて議論する。第一に、沢内村が、いかに理想にあふれる村長を擁しようとも。戦前のような地方財政制度の下では、今日のような福祉行政を行うことはできない。それを可能にしたのは、シャウプによる戦後の地方財政改革である。その上で、著者は言う。その可能性を、現実化しうるかどうかは、それぞれの地方の地方自治の内実に深く関わっている。沢内村は、深沢氏が村長になるまで、得体のしれない政争に明け暮れていたという。深沢氏の選挙での公約は、ただひとつー「私は村びとの生命を守る」だったという。すべての行政に先んじて、村民の命を守るーそのために村の予算の10%をこれに投入する。この結果は、乳児死亡率最高の村を、5年にして最低の村へと変えたのである。深沢氏のやったことは、自分たちの村にとって、今必要なものはなにかを村民に問い、行政の上からの縦のベルトを断ち切って、自らの足の上にたつ予算をつくるということであった。だが新潟県の三区を象徴する守門村はどうか。守門村のみならず、新潟三区の実情は、典型的な日本の地方政治のそれである。政治家の秘書が国家老として地元をとりしきり、地方の陳情に応じて、公共予算を村々にわりふっていくのである。・・・・票と公共事業とのバーターである。だがそした公共事業が、たとえ国の仕事であっても地方分担金があることを忘れてならない。もしそれが過大になるならば、村民のシビルミニマムを守る基礎的予算は、そのために削られ、村民の福祉は損なわれていくのである。

 そこにあるものは度を過ぎれば、中央から予算をとって地方へという、「一億たかりの構造」であり、それが怨念の解消のように見えて、実は中央からとれば、自己分担金を出さざるを得ないとい自縄自縛の悪循環なのである。



(成田空港問題の提起するもの~経済学は現実にこたえうるか

 本書の中で、白眉ともいうべき章である。成田空港問題を分析し、東京海上空港案をコストベネフィット・アナリシスなど最新の経済学的視点で、考察し、今もなお(1984年時点で)、”だが私は今も東京国際飛行場として、東京湾海上飛行場案がもっともすぐれている”と主張している。その後の展開をみれば、そのようになって行ったのである。 著者の説くところを見てみよう。

     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 1960年頃から航空機需要が物凄い勢いで増加し、した。羽田の利用者が年30パーセントずつ増加している。、これへの答えを無視して成田問題は、あり得ない。三里塚農民の悲劇についてプラグマティズム哲学の研究者市井三郎氏は、”しかし今目前の、三里塚闘争終局的な”どたんば”において、直接には自分が何も成しえない、という意識が私をうなだれさせる”、と書いている(『展望』総合雑誌)そこには、市井さんの人間性と世界観はにじみでている。だが、市井さんのープラグマティズムは首うなだれているとしか思えない。なぜなら、プラグマティズムの目は、羽田を見落としはしないからである。いったい法律学はこの問題にどう応えるのであるか。雑誌『自由』はその巻頭言でいう。
 「不可解なのは、成田新空港建設問題をめぐる公団側と農民との対立についての若干の新聞および社会党の態度である。新聞の報道を見ていると、むしろ農民側の肩をもつような記事が少なくないし、社会党議員のなかには、成田委員長いか建設予定地で一坪地主となり、建設阻止に加担している人もすくなくない。

 新聞の論説にも、公共の福祉と私権の尊重を如何に調和させるかが問題である、などと毒にも薬にもならなあいことを書いているものもあった。しかし羽田空港がパンク寸前にある以上、新空港の建設が必要であること反対の人は少ないであろう。新空港建設が公共の福祉であるかぎり、この場合も、公共の福祉のため農民の私権の制限が必要であることは自明のことではないか。もし、この場合、農民の私権の方が大切であるからといって、空港建設をやめる前例をつくれば、日本中で空港建設はもちろん、道路の拡張、その他の公共事業は全部やめねばならなくなる。」

 「もちろん何が公共の福祉であるかについては、人々の間で意見の差があるであろう。しかしそれは国民の多数の意見を代表する国会で決定されねばならぬ。民主主義の原理にしたがって成立した法律を適法に施行するのを私権の尊重の口実のものち妨げていれば公共の福祉すなわち国家の存在そのものが否定されることにあるであろう。一方では公害問題の解決などの公共の福祉のため、政府に大胆な政策を要求しながら、他方においてその政府の公共福祉のための政策に反対するのは、おかしいではないか。」

 空港は必要だ、しかし強制収用には反対、という新聞社のとった基本的態度は、成田の農民に対する人間的感情との妥協かも知れない。しかし、こうした態度は、すぐれて文学者的発想であって、それは論理との戦いにおいて『自由』の巻頭言氏の主張を覆しえないのも明らかである。


 著者は計量経済学などの観点から、好むと好まざるにかかわらず、飛行機の大型化とコスト低下は今後なおつづくと見る。また新幹線の料金と飛行機料金の比較も試みている。新幹線と飛行機とのイコールフッティングを考えると、両者の相対価格関係は大きく変わらざるを得ない。新幹線は安く、飛行機料金は上がる。

 では何故飛行機に対する需要が年々30%も増え、その結果羽田が安全限界に達してしまったのか。良心的な行政官をして、航空旅客の安全性を確保するために、どうしても新東京国際空港を必要とさせたのは、何か?その大きな公共料金体系のイコールフッティング視覚の欠落である。

 さらに言う。ジェット機のばい煙の大気汚染問題、などなど。これに関連した大蔵省は土地が安く、付近に公害を出さない土地に新空港予定地を求めていく。羽田は都心から14キロ、成田は66キロである。しかし都心から離れたところに空港をつくると、高速道路によるアクセスに巨額の費用がかかり、社会的総費用は必ずしも安くない。ここで、著者は、地元と住民の対話のもとに設定されたロンドン第三空港の例をひき(後述)、飛行機が本来分担すべき費用が飛行機料金には欠落していると主張する。それゆえ、政府による補助金が増え、その結果航空料金は相対的に正常値より安く、そのためそれへの需要がふえ、さらに空港が必要とされる、そういう悪循環がはじまろうとしている・・・。

 
 ”こうした悪循環をたちきり、交通機関の料金体系を正し、公害補償を十分に行わせ、必要とする建設費を飛行機にもたせることーもしそうするならば将来予想される第二、第三の空港建設に伴う農民の悲劇をわれわれは未然に予防することができる。 言葉をかえていえば相対化価格関係の変化は、短期的に航空需要を抑え、長期的にはそこから上がる収益が飛行場建設費用に積み立てられ、十分公害防止を考慮した空港が、適地に設定される経済的基礎をつくってくる。昭和45年、東京で開かれた世界の空港の会議において、日本代表の報告は羽田を拡張し、海から入、海へ飛ぶことで騒音公害を予防し、その能力を年17万5000回から同47万回に引き上げるというものであった。そのための費用ー1メートルを超えるヘドロの深い海を埋め立てる費用は、もし遠距離に空港をつくった場合、それにアクセスの費用を加えたものと比較するならば、十分合理的なものとして成り立つのである。”

 このあと著者は、「ロンドン第三空港と東京湾海上飛行場案」と題する附案を提示し、計量経済学、交通経済学などの視点から詳しく二つの案を分析・検討している。伝統的な行政思考方式から抜け出せない大蔵省主計局の発想や、埋め立てに反対した東京都港湾局などの考え方を強烈に批判している。


     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

長くくなるので、このへんで筆をおく。しかし、現代医療経済の問題点や公企業経営と活性化~とくに国鉄の経営問題など、そうそう見過ごすことができないケースが語られているので、本記事の(余滴)として、次項に書くつもりである
まずは、著者の提起した「経済学は、現実にこたえうるか」について、少しでも納得いただければ幸いである。









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気まぐれ日記/エッセイ  冬の一日

2014-01-13 | 読書
気まぐれ日記/エッセイ 冬の一日

 昨年の夏に書いた「夏の一日」から、半年が経ちました。それとの対比で「冬の一日」を書いてみました。できるだけ一日を追って書きますが、そこら中で脱線致します。なにとぞお許しください。


     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 『枕草子』第一段では、四季の好ましい時分の描写があります。冬は早朝(つとめて)とあり、雪の降り積もった景色、真っ白に霜がおりた様子、また火をおこし炭火をあちこちの部屋に持ってゆくのも、実に冬らしいと云っています。しかし、現代とりわけ温暖な気候のわが街では、様子が異なります。雪は滅多に降らない、あっても二三日、六甲山を超えてくる風花が舞う程度。部屋にはエアコン。フロアにはパネルヒーターがあるので、炭火なぞある訳はない。昔子供の頃住んでいた名古屋の一戸建ての家は寒くこたつや炭火のアンカで暖をとっていましたが・・。という次第で、清少納言の説くところとは様子が違います。

 まず朝は5時頃には目が覚めています。まだ外は暗い。布団の中で、ポケットレシーバのスイッチをいれ、NHKのラジオ深夜便を聞く。この間は、版画家の川瀬巴水のことを紹介していた。懐かしい名前である。江戸版画の世界を現代において再現しようと活躍した木版画家である。1980年代の半ば、東京は銀座のある美術展に巴水の版画がかかっていた。そこを訪れた一人の外国人、ジーンズ姿だ。一枚買って帰り、名刺を置いていった。そこには、「スティーブ・ジョブズ}とあった。当時アップルコンピューターのCEOであった。数日後、秘書から電話が入り、すべての版画を買い上げたのである。その一年後、当時銀座で呑む機会が多かった私は、行きつけの店のある八丁目の渡辺ビルの一階にある渡邊木版美術店をのぞいた。そこは川瀬巴水の版画でぎっしり埋まっていた。それもそのはず、川瀬巴水を応援して世に出したのは、先々代の渡邊庄三郎なのである。ひと目見て、惹きつけられ、衝撃を受けて以来熱心なファンとなった、という思い出がある。


 

 しばらくすると起きだし、メールチェック、フェイスブックの記事をチェックする。毎朝、楽しみにのぞいている記事がある。京都のS兄は、根っからの京都人。京都のことを中心になにがしかの記事を毎日書いている。海外のことも出てくる。ノーベル文学賞の受賞者であるオルハン・パムクの記事には驚いた。多分今年中には、通算3000回連続という偉業を達せられるであろう。まことに敬服に値する。毎朝というは易いが、”酣宴爛酔”(かんえんらんすい~足利尊氏のエピソードから)の果てでも、種を拾い、文章を作り上げ、一日たりと疎かにせず、記事をブログにポストする、というのは、常人にはできぬことである。ただし、こんな時間はまだ早いので、実際目にするのはもう少しあと。フェイスブックは、はじめて一年になるが、大分”友達”が増えてきた。男性もいれば、女性も。分野も違い、年齢も違い、考え方も違うが、それ故に、みんなの記事を見るのは楽しみでもあるし、刺激も受ける。それにみな私より、若いので、大いに刺激もらう。そうこうしているうちに小腹が空くので、ビーフコンソメやオニオンスープなどを飲む。7時になると、自動的に(笑)、朝食が出てくる。ハムエッグやベーコンエッグとトースト、果物というメニューが普通。時折、朝食をがまんして、10時頃まで待ち、ブランチにすることがある。手近なところで御影の<にしむら珈琲>にいくこともある。またたまには、車を走らせ六甲の山並みを越えて三田(さんだ)にあるパティシェ<エス小山>まで出かけることもある。ここのミートパイは絶妙に旨いのだ!誰を案内しても喜ばれる。

 

そうでないときは、自宅で。チーズオムレツかシャンピニオン入りのオムレツ。たまにはスリーエッグ・オムレツとなる。白ワインの一杯くらい、いいかなあ。たいていはオーストラリアのジェイコブス・クリークのシャブリである。チーズトーストを焼いてもらうこともある。

 新聞は朝はあまり見ない。むしろ登録してある日経の電子版をチェックする。気になる記事は、保存できる。場合によっては、コピペでエバーノートのソフトに移す。このソフトは便利だ。使いやすいし、PCがクラッシュしても、データはここに残っている。メールもグーグルのGmailに転送するよう設定してあるので、消えてしまうことはない。

 一服したら、今の季節は近くのプールへ出かける。一時間位泳いで、それからお風呂でのんびり温まってくる。クラブに備え付けの雑誌をみる。「あまから手帖」などの、気になる記事は、iPadで写真を撮って残す。見る時もピンチアウトできるので、活字も大きくでき、見やすい。備え付のサーバーで珈琲を飲む。

 プールに行かない時はウオーキングに出る。町を囲んでいる一周6キロ近い散歩道(シティヒル)があるので、そこを歩く。コンデジは常時携帯。ここぞと云う時は200ミリの望遠レンズをつけたニコンの一眼レフを持ち歩く。これは、マニュアル・フォーカスができるし、望遠レンズなので、いわゆる”ぼけ”のある写真が取れる。たまには、花などを接写で取りたいので、最近出た「タムキュー」、タムロンのマクロ・レンズが欲しいところである。人工的につくられた島であるが、緑がふんだにあり、小鳥もやってくる。結構、楽しめるところである。花々の枯れた冬でも、いろいろな彩りがある。




 たまに、わが町にある小磯記念美術館へ絵を見にゆく。小磯良平の絵は、穏やかで心やすまるものが多い。「斉唱」~女の子たちのひたむきな眼差しが好きだ。またあまり知られていないが、線描が素晴らしい。「小豆島にて」~ペンの白黒だけでこれだけの表現ができる。感嘆するのみ!




 チェロの個人レッスンを受けているので、気が向くと復習する。年を重ねると指の動きも固く、左手で弦を抑える動きもままならない。最近、ようやく音が少しは安定するようになってきた。でも、焦らない、あわてない。90歳までやれば、少しは弾けるようになるだろう。あはは(笑)

  

 また先月から習字を再開したので、その復習も時々。だが、高校生の頃ならった顔真卿や王羲之など大家の書を習うのではなく、気ままに己の好きな詩文や印象に残った文などを書き散らす。いつぞや。、このブログでも紹介した小野道風(とうふう)の玉泉帖などもいずれ書いて見たいと思っている。



 ”道風が自在の筆のあと見れば玉泉帖は字ごと飛ぶらし” (吉井勇)


先ごろ見たベン・シャーンの絵ように詩文の周囲を花のスケッチで縁取り絵のように仕上げるのもいいなあ、と夢はふくらむのである。


 さていつもいい天気と云うわけにはいかない。雨が降るときもある。でも小雨なら心も沈潜してきて悪くない。夕方になると、何故か昔からドライシェリーのグラスを傾けるのが常である。もちろん、ティオ・ぺぺがお決まり。シェークスピアのころから、英国人はシェリーを珍重している。淡く黄金色に輝く優雅な色合いと香り、たまりませんなあ!

 

 ”キリリと冷えたドライシェリーは、一日の喧騒から帰還した男を癒す極上の一杯である! と誰かが言っていた。


 そうして一杯やっていると、冬の詩を思い出す。津村信夫の詩。

 (冬の夜道~『晩夏』から)

 冬の夜道を
 一人の男が帰ってゆく
 激しい仕事をする人だ
 その疲れきった足どりが
 そっくり
 それを表している
 月夜であった
 小砂利を踏んで
 
 やがて 一軒の家の前に
 立ちどまった
 それから ゆっくり格子戸を開けた
 「お帰りなさい」
 土間に灯が洩れて
 女の人の声がした
 すると それに続いて
 何処か 部屋の隅から
 一つの小さな声が云った
 また一つ別な小さな声が云った
 「お帰りなさい」
 
 冬の夜道は 月が出て
 随分と明るかった
 それにもまして
 ゆきずりの私の心には
 明るい一本の蝋燭が燃えていた 
 

 こんな家庭のだんらんは慎ましいのもであろうが、いいなあと思う。心が安らぐ。


 夕食は、寒い時は鍋に限る。小鍋に入れた湯豆腐はいい。京都の青課堂で求めた錫のぐい呑を愛用している。酒は、もっぱら新潟の銘酒「久保田」を愛飲している。もっと地元の灘の生一本を飲まねばと思うのだが・・・。鍋で、変わったものといえば、トマト鍋、キムチ鍋、カレー鍋、どれも最近のものは美味しい。しかし、やはり豚しゃぶがお決まりではある。これで、付き合ってくれる相方がいれば申し分ないのだが・・。酒とくれば、まずは、若山牧水の歌を思い出す。晩酌と題した歌。





 ”口にしてうまきこの酒こころにはさびしみおもひゆふべゆふべ酌む”

そういえば、牧水には<友をおもふ歌>という絶唱がある。その中のひとつをあげよう。

 ”逢ひてただ微笑みかはしうなづかば足りむ逢なり逢はざらめやも”

何も語らなくても、気持ちの通じる友と酒を酌み交わすくらい楽しいことはない。


 そしてなんといっても久保田万太郎の名前を忘れるわけにはいかない。

 ”わが胸にすむ人ひとり冬の梅”

 ”寒き灯のすでに行くてにともりたる”
   ー寒さのなか、行く手に灯が灯っている。それは恋人の部屋の灯であり、また作者の内面にともる灯でもある。

 ”熱燗のまづ一杯をこころめる”
   ー一杯目を飲んでいる句。余情として体に熱いものがじーんと沁みてゆく。


 深夜に至るともう一度新聞を丹念に見る。紙面で。線をひき、重要な記事は切り取る。 月に一度は、米国の雇用統計の発表があるので、オンラインで解説を視聴し、発表を待つ。さる10日の発表では、非農業部門の雇用者数の伸びが、予想を大きき下回り、7万人となった。為替が大きく動くので目が離せない。

 さあ、もう遅くなった。最後は、立原道造の詩「眠りの誘ひ」から。

  ”おやすみ やさしい顔をした娘たち
   おやすみ やわらなか黒い髪を編んで
   おまえらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
   快活な何かが宿っている(世界中はさらさらと粉の雪)

   私はいつまでもうたっていてあげよう
   私はくらい窓の外に そうして窓のうちに
   それから 眠りのうちに お前らの夢のおくに
   それから くりかへしくりかえして うたっていてあげよう・・・・・”



 長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。お休みなさい!




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新春のご挨拶をかねて~読書の去年今年(こぞことし)

2014-01-04 | 読書
読書 2013年の読書そして2014年読書

 遅ればせながら新春のお慶びを申し上げます。本年も、旧年中同様ひきつづきご愛読のほどお願い申し上げます。


(2013年に読んだ本で印象に残った本)10冊をご紹介いたします。

○(源氏物語 瀬戸内寂聴 現代語訳全10巻)
  ”男もすなる”と挑戦中。6巻まで読みました。同時に原本や、後述する『星のあひびき』(丸谷才一)などの源氏物語に関する評論的なものまで。果ては経済学者が、この物語を見ているかなどなど。世界最高の恋愛小説という見方と単なる色事遍歴とするものまで。読んでみると分かることもあり、やはり一度は手に取るべきと思います。

○聞き屋与平(宇江佐真理)
  時代小説です。ブログでも紹介しました。鷲田清一の『聴くことの力ー臨床哲学試論』にも比すべき、というと少々おおげさですが、その中に描写されているところは、人の話を聴く、引き出すという意味でなかなか含蓄もあり、かつ面白い小説です。

○星のあひびき(丸谷才一)
  評論・書評・随筆などなど丸谷節で語る。源氏物語については、どのような読み方をすればよいか、導いてくれる。面白さ、極まりなし。カズオ・イシグロの「夜想曲集」についても紹介。

  ”短編小説は音楽と夕暮れによく似合ふ”、と洒落たことばをつぶやく。いいなあ!

○アメリカ・ジャーナリズム(下山進)
  アメリカにおける調査報道の実態を詳述する本。著書自らニョーヨークのコロンビア大学ジャーナリズムスクールに籍をおき、アメリカのジャーナリズムの実態を報告したものです。徹底的に取材し、正確な事実を深く掘り下げて伝える。日本の新聞も見習って欲しい。1995年の本ですが、今もその価値は失っていない。そうそう、この人の本に『勝負の分かれ目』という名著がありました。


○松本清張短篇全集05「声」(松本清張)
  この人の短篇集は、全11巻あります。短編のプロットづくり、旨いなあと感嘆します。このなかの、「声」は電話交換手が深夜にかかってきた一本の電話のを記憶していたことがミステリーの伏線となっています。よませるなあ!


○吉村昭の作品「漂流」(新潮文庫)、「関東大震災」(文春文庫)
  徹底した取材にもとずく記録小説。ブログにて紹介しましたが、圧倒的な迫力で最後まで、読者を引っ張って行きます。本年の読書日記の掉尾を飾りました。


○代官山オトナTSUTAYA計画(復刊ドットコム Kindle版)
  代官山ツタヤ書店をつくった増田宗昭(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社代表取締役CEO)が、その目指したところを熱くかたりました。共感を覚えます。ブログで紹介済みです。

○還れ我が歌~モーレンカンプふゆこ歌集(冬花社 モーレンカンプふゆこ)
  オランダに長く住む日本人女性が望郷の念を抱きつつ、綴った短歌集。”国のこころに還れ”との思いが歌となったもので、感動を覚える歌が数多くあります。

    ”じんちょうげつばきからたちやまぶきと言いておぼゆる胸のときめき”


○投資家が「お金」よりも大切にしていること(藤野英人 星海社新書 講談社)
  あるファンドマネージャーが「お金の本質とはなにか」について語った本です。こういう本は、いわゆる読書という範ちゅうに入るものではないでしょう。しかし、彼は、”世の中を良くして、明るい未来をつくること”と考えて投資行動をして  います。そのために成長する会社を中心に取り上げています。有名な投資信託のほとんどが、TOPIX型つまり大会社ばかりを相手にしていることにも批判的です。

  また、”一人の民間人である自分が、自らのお金を投じて進んで社会貢献しようとは、誰も思わない”ことに大きな疑問を投げかけています。読書というカテゴリーから離れ、こういう本を手にするのも意味のあることと思います。


○詩のこころを読む(茨木のり子)
  もともと詩には興味がありましたが、最近親しい友人から現代詩について教えてもらうようになりました。長田弘とか、石垣りんとか、大木実とか。そのなかでも、茨木のり子の詩には深く惹かれるものがあります。その彼女が、”いい詩に    は、ひとの心を解き放ってくれる力があります。いい詩はまた、行きとし生けるものへの、いとおしみの感情をやさしく誘いだしてくれます”、として好きな詩人の詩を紹介し、分かりやすく紐解いてくれます。掌中の珠のような本です。




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(2014年、これから読む本)
手元にある新着本(新刊本ではありません)をいくつかご紹介します。(写真の本です) 読み続ける『源氏物語』は別格として。



○文車日記~私の古典散歩(田辺聖子)
  日本の古典文学を、やわらかく、男女の恋愛を中心に語って、香り高くまた楽しい本です。昔の人たちの恋は奔放で、素晴らしいと感嘆。もとの物語を読んでみたくなります。

   ”もしかしたら日本の女性が美しかったのは、日本語が美しかったせいではないでしょうか。日本の若いお嬢さんに、美しい言葉を知って欲しい気がします(あけぼの・くれない)”


○石垣りん詩集~やさしい言葉(石垣りん)
  年の暮れに、親しい友人が贈ってくれました。読み終えるのも、もったいなほど 素敵な詩で溢れています。また装丁が美しい!


○本のある風景(植村達男)
  小島直記の『出世を急がぬ男達』という人物評論~もう30年以上も前の本ですが、その中で紹介されていました。”エッセイ35編をあつめた113頁のうすい本であるが、読後感の充実した手応えは、数千頁の本のそれち匹敵する”、と。 以来探し求めていましたが、ようやく最近になって手に入りました。聞けば、著者は神戸ゆかりの人とか。今から読むのが楽しみです。


○人間の詩と真実(霜山徳爾)
  (写真の中の黒いブックカバーの本)臨床心理学者の著者が、”人間の生命の流れている原初的な”調べとして詩(うた)をとりあげている。やはり臨床心理に詳しい友人が紹介してくれた。すこし難しいところもありますが、古典を引用しつつ、人間の内奥を見つめるところに興味を感じています。じっくり読む本。

 
○死をもちて赦されん(ピーター・トレメイン)
  アイルランドのミステリー。古代ケルトが舞台です。ミステリーそのものの内容もさることながら、現実社会にしっかり根ざした古代アイルランドの法律、ブレホン法にも興味を感じて手にとっています。「修道女フィデルマ・シリーズ」は、海外で大人気です。


○消えたヤルタ密約電(岡部伸)
  第二次大戦中、ストックホルム駐在武官であった小野寺信は、大戦末期のヤルタ密約の存在をつかみ、ソ連の対日参戦を打電する・・・。実在のインテリジェンス・オフィサーの活躍を描いた大作です。

○天文歳時記(海部宣男)
  少し前にブログで「星を語る」というエッセイを書きました。その中で石田五郎氏の『天文台日記』を取り上げました。その続編とも云うべきもので、著者は国立天文台台長を務めました。彼の語る「歳時記」は詩歌がふんだんに溢れ、読むのが嬉しくなってきます。まことに香り高い本です。


○私の小裂たち(志村ふくみ)
  志村ふくみには、これまでに染めて織った布の端切れを貼りためた「小裂帖」というのがあり、その実物を昨年の春に京都・岡崎にある細見美術館でみました。それに丁寧な解説を書き添えて本です。眺めているだけで、楽しい。


○男の嗜み(川北義則)
  最後は、楽しい本を。東京スポーツの記事を書き、後に出版プロデューサーなどで活躍したひと。あの「東スポ」などと馬鹿にするなかれ! とても知的な人で、魅力的な文章を書きます。。「野暮な人といわれていないか」との副題がある通り  、やさしく人としてのありかた、人生の楽しみ方を語っています。いいんじゃないの! 梅原猛の『向源寺・十一面観音 怒りも笑いも慈悲』まで出てきます。

    
    
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 こんな本たちに巡りあえて幸せを感じております。みなさまの読書は、如何でしょうか?







コメント (6)
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