(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

奈良紀行シリーズ(その一)~秋篠寺

2018-10-11 | 日記・エッセイ
奈良紀行(その一)~秋篠寺

 秋篠ということばは何か柔らかく響きのいいことばである。奈良は西大寺の北方に「秋篠の森」というオーベルジュがある。秋篠宮という宮家がある。。秋篠というのは奈良の西大寺の北側に広がる地域を指している。また、秋篠という言葉は和歌の歌枕でもある。そして秋篠寺。

 初夏のある日。東京からの友人を案内して秋篠寺に遊んだ。近鉄の大和西大寺駅で京都から回ってきた友人と落ち合い、駅の近くで昼食をとった。秋篠寺あたりには、食事をするようなところがないので、この駅周辺で食事をしておいたほうがいい。さてここからは、集落の狭い道を縫うようにして歩く。30分くらいか。健脚の人ならば、薬師寺や唐招提寺からまっすぐに北上して流れる秋篠川に沿ってロングウォークを楽しむのも悪くない。


  



 東門から入って本堂へと続くアプローチ。それは光と影のシンフォニーさながらである。眺めているだけで気持ちがいい。そこを左折すると苔庭がある。光が差し込んできて、まさ光の庭というべきか。ガブリエル・フォーレのエレジーの旋律が聞こえてくるようだ。佇んでいるだけで、心は満たされてくる。しばし見入っていた。

     

     ”秋篠の里の小径の苔の花” (ゆらぎ)


 先に進んでいくと、砂利をしき詰めた広いところがあって、そこに本堂が建っていた。昔の講堂の跡とか。作家の堀辰雄に『大和路』というエッセイがあるが、その中で堀辰雄はここを訪れた時のことを次にように記している。

 ”ここはなかなかいい村だ。いかのもその村のお寺らしくしているところがいい。そうしてこんな何気ない御堂の中に、ずっと昔から、こういう匂いの高い天女の像が身をひそませてくだすったのかと思うと、本当にありがたい”

 このお寺は光仁天皇の勅願によって創建されたが平安末期に戦火にあい、かつて威容を誇った壮麗な七堂伽藍も失われ、また明治の頃には悪名高い廃仏毀釈によって大半の寺域をう失い、今は本堂を残すのみとなった。鎌倉時代に本堂が再建されたが、そのころ秋篠の里は「外山(とやま)のさと」と呼ばれ、歌枕として知られるようになった。

 ”秋篠や外山の里やしぐるらむ生駒の岳(たけ)に雲のかかれる” (西行)


本堂の須弥壇には本尊の薬師如来がおられ、その左右には日光・月光菩薩、不動明王さらには地蔵菩薩が並んでいる。左端にお目当ての伎芸天像がある。上掲の『大和路」の中で、堀辰雄はこう云っている。

 ”いま、秋篠寺という寺の秋草の中に寝そべって、これを書いている。この少し荒れた御堂にある伎芸天女の像をしみじみ見てきたばかりのところだ。このミューズの像は、なんだか僕たちのもののような気がせれらて、わけても慕わしい”

 この伎芸天女の像は頭をすこし左に傾げ、上のほうから私たちを見つめておられる。優しく柔らかな声で、”どうしました?何かお悩みごとでもおありですか。一緒にお祈りいたしましょう”とでも言いたげに。なんとも親しみを覚える。”僕たちのもの”のような気もしてきた。”

     

歌人の吉野秀雄は技芸天女のことを歌で、このように評した。

 ”贅肉(あまりじし)なき肉置(ししおき)のたおやかにみ面(も)もみ腰もただうつつなく”


ムダのない肉づきは、たおやかにお顔もお腰も現実のものとは思えない。この世を超越したミューズの微笑である。

 伎芸天は器楽など技芸の神さまなので、今やっている手習いが上達しますようにとお祈をしてきた。秋篠寺を見終わって南門に向かう。その手前にはいくつかの歌碑がある。おそらく堀辰雄の『大和路』に触発されたのであろう。多くの文人墨客が、この地を訪れ中でも会津八一/吉野秀雄/川田順は歌碑を残している。往時を偲ぶのも楽しい。

 
  
   


 (川田順)”諸々のみ仏の中の伎芸天 何のえにしぞわれを見たまふ”
 (吉野秀雄)”贅肉なき肉置のたおやかにみ面もみ腰もただうつつなし”
 (会津八一)”秋篠のみ寺をいでてかへりたるいこまがたけに日はおちむとす”

川田順について、榊莫山はその著『大和千年の路』のなかで、こう云っている。”秋篠寺に惚れ、伎芸天に恋したのはなんてったって川田順”  この川田順のエピソードにふれておこう。川田は住友本社の常務理事であったが、住友の総帥たる総務理事に就任が確定していたところ、”その器にあらず”として退職してしまった。歌人としては、佐々木信綱門下の歌人として活躍。その後、夫人逝きあと、京大教授中川与之助の夫人俊子と老いらくの恋におちた。世間の批判を浴びたが、中川夫妻は離婚するところとなり、老いらくの恋を果たした。辻井喬の『虹の岬』は、この老いらくの恋を端正なタッチで描き、映画にもなった。



 南門を出るとその前は畑のあぜ道を沿う細い道である。古道をどんど南下してゆくと近鉄電車の線路と交差する。そこを少し下ってから左手に進むと西大寺があった。ちなみに西大寺と秋篠寺は、最盛期は寺領を争ったくらい、どちらも大きなお寺であった。



 西大寺は天平時代の765年に創建され、秋篠寺とも寺域を接するくらいの広大なお寺であった。ところが承和13年(846年)以降、数度の火災によって建物はほぼ焼失、鎌倉時代に叡尊によって再建されたが、その後の戦国時代に再び消失し、今は本堂(重文)愛染堂(重文)などを残すのみとなった。今は、この叡尊が始めた「大茶盛」で知られるくらい。この大茶盛りは春秋の二回に開かれるので行ってみたい。この行事は「一味和合」といわれ、一つの味をともに味わって和気あいあいとして結束を深めるという意味があるようだ。

     


寺域は、やや荒れ果てた感じがする。人気もあまりない。中央に東塔跡が残っていて、その巨大さに驚いた。高さ46メートルの五重の塔であった。この塔は奈良時代後期のものであるが、よくこんなに立派な五重塔が建立できたものと感嘆する。栄枯盛衰を感じて、しばし立ち尽くした。なお奈良朝の建築については、このシリーズのどこかで採り上げるつもりである。

      

      ”消え失せし五重塔や蝉生まる” (ゆらぎ)



 さらに、一駅まえの学園前駅にも足を伸ばし、日本画家の上村松園/松篁/淳之の三代にわたる作品を展示する松柏美術館にも立ち寄った。建物自体が、なかなかいい雰囲気のところである。また。庭にいくと「逍遥の小径」というのがあって、そこを登ると奈良平野が一望できる。眺めもいいところである。おかげで有意義な一日を過ごすことができた。


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(奈良紀行シリーズを始めるわけは?)

 このブログで「奈良」と入れて検索すると、43件の記事がヒットする。そのうち寺社仏閣に絞ってみてもかなりの数のところを訪れている。法華寺/長谷寺/浄瑠璃寺/正倉院/聖林寺/阿倍野文殊院/元興寺/東大寺公慶堂/東大寺二月堂/唐招提寺/薬師寺/法隆寺/明日香村などなど。この他にも訪ねたいところとしてたくさんある。大安寺跡/中宮寺/法起寺などなど、それに加えて南山城の古刹である観音寺。ここは正確には京都府であるが、心情的には奈良紀行の対象としてとりあげたい。

それらを改めて見直し、まだ訪れていないところは足を運び、場合によっては再訪し、「奈良紀行シリーズとして書いて見ようと思ったのは、次のような理由からである。

私たちと同年代またはそれよりも上の人たちには、奈良へ行くといえば会津八一の歌集『自註鹿鳴集』か、古くは和辻哲郎の『古寺巡礼』を携えて行く人が少なからずいたようだ。とくに、後者は初版本(大正8年、1919年)が書かれたのは著者はまだ30歳という若さであった。荒削りな文章ながら、読むものをして感動をおこさしめるようなフレッシュな感覚でみ仏たちについて書かれている。今もなお読む価値がある。また会津八一の歌集は、それを読むとき、そこへ行ってみょうという気を起こさせる。この他にも古都奈良については、白洲正子の『十一面観音巡礼』や、仏像に関しては紀野一義の『仏像を観る』など名著がある。さらに仏像の持つ精神的な面については梅原猛の『仏像の心』は見過ごすことができない。

本紀行シリーズでは、これらの名著をも踏まえ、今少し深みをもって古都奈良の寺々をたどりつつ、さらに観光案内的な要素を加味して書いてみようというのが狙いである。

そしてなによりも古都奈良は日本人の心のふるさとであるから。

 また毎回紀行文の終わりには、奈良についてのおりおりのエピソードを書いてみたいと思っている。次回では、"国際色豊かな奈良"をとりあげる予定である。







 



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(予告編) 奈良紀行シリーズ

2018-10-02 | 日記・エッセイ
古都奈良を訪れるとなると、和辻哲郎の『古寺巡礼』や会津八一の『自註 鹿鳴集』を携えてゆくというのが通例である。しかし、これらの本は実際にその地に足を運ぶという点では観光案内的な要素がなく、物足りない。そこで、、今回のシリーズでは奈良の歴史から文学的要素や仏像論、詩歌の紹介に加えて、もう少しくだけた旅の案内的な要素も加味して、実際に奈良を訪れる人たちの参考になるような文を書いてみたい。このシリーズで取り上げるのは、実地に足を運んだところである。

少し時間がかかります。しばらく、お待ちください。






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