(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

読書 (続)『燃える男』(A.J.クイネル)後編

2021-08-29 | 読書
ブログ (『燃える男』(後編)後編

 (ゴゾでの日々)
マルタ共和国の中に、「ゴゾ」という小さな島がある。フェリーで1時間ほどだ。この前、訪ねた時クリーシーはゴゾが気に入った。この社会には階層がない。もっとも貧しい漁師でさへ、もっと豊かな地主となんら変わりないと思っている。騒々しくて、陽気でたびたび知り合いになったら親しくなる。そういう島民気質がある。クリーシーは「谷間の鷲」という酒場からグイドーに紹介された農場主のポール・シェンブリに電話した。やがて、若い男が走り込んできた。グイドーの妻(故人)ジュリアの弟のジョーイだった。農場に着くと、背の高い、でっぷりした女(ラウラ)が暖かく迎えて呉れた。家族団らんの場である巨大なキッチンに案内され、そこで談笑した。そのうち主のポール・シェンブリが帰ってきた。

グイドーが「ゴゾを根拠地に使え」と提案をしてくれたのだが、それは気の利いたものだった。クリーシーは数室の続き部屋を専用に与えられた。シェンブリ家の人々は素朴な農民だった。ジョーイは母親似で、好奇心が強く、ひとのいい青年だった。

 クリーシーは、夜明け前に起きて走りに行き、それから海で泳いだ。朝食の後は畑仕事に取り組んだ。接着剤を使わず、目の粗い石垣を築く作業をした。石を選んで、一個一個きちんと積み上げていった。正午になると、昼食のあと昼寝をし、その後再び泳ぎに行った。

土曜日にナディアが家に帰ってきた。グイドーの妻のジュリアがいた頃、まだお下げ髪の少女だった。彼女は知的な顔をしていた。まだ明らかな色気が残っていた。結婚した頃、彼女の夫はハンサムで素晴らしい機知と知性を持っていた。ところが、彼には同性愛傾向があり、ある時、夫は酔いつぶれ、若い海軍候補生と裸になって抱き合っていた。次の日、ナディアは飛行機でマルタに帰った。ナディアは、結婚取り消しの裁定に時間がかかり、面倒なことで嫌気が指していた。

 夕方になるとナディアは水着を持って小道を下り、入り江に行って泳いだ。沖ではクリーシーが泳いでいた。二人は、やがて岩棚に戻り、並んで寝転んだ。
ポールの甥のジョージ・ザミット警部がマルタの対テロリスト特務班の班長なのを知り、クリーシーは班の訓練に加えてもらえるよう頼んだ。すぐ了解が得られた。特務班は撤退したイギリス陸軍から寄贈された武器を使っていた。スクリーン・サブマシンガンやさまざまな小型武器だった。彼の腕は錆びついていたが、今後の数週間で改善されるだろう。射撃訓練のあと、非武装格闘も練習した。班のメンバーは、まだ未熟なところもあったが、熱意とファイトがあった。

ザミットは、クリーシに特務班の実情を話し、協力を求めた。”われわれには戦闘のあらゆく局面に熟練した指導する余裕がないんだ。実戦経験もない。私自身、戦闘経験がないんだ”。 クリーシーは同意し、”できるだけのことをしよう”といい、特務班の装備のことなどを尋ねた。実戦さながらの大規模訓練にクリーシーも立ち会った。訓練時間は5分だったが、事後報告は1時間に及んだ。クリーシーは、”全体としてはうまくいった”、といい詳細な指摘をした。”現実の戦闘なら、君たちの半分は死んだり、傷を負ったりしただろう。グラツイオ、君の弾倉交換は、ひどくのろい。あれは君が最も無防備になる時間だ。指が痛みだすまで練習しなければいかんん、反射的になるまでだ。君たち、全員がそうだ。” クリーシーは特務班の全員の行動について批評し続けた。・・・。隊員たちは、すでにサブマシンガンの弾倉を交換するクリーシーの手つきを見ていた。目にもとまらぬ早業と切れ目なしの銃弾の糸。かれらは、また彼が発砲するところだけでなく、まるでナイフとフォークを操るように正確に、分解して組みたてるところも見ていた。素手の格闘訓練でも、彼のスピードと反射作用に目を丸くした。

 ”最初の訓練としてはみんなよくやった。しかし、決して止まってはいけない、常に動き続けることだ。動き、見張る!”  ジョージは満足した。

 クリーシーは差し迫った出発のことを考えていた。後、2週間で準備完了だ。しかし、出発のことを思うと、矛盾する感情が沸きおこった。一つは、心は先走り、肉体が追いつくのを待っていた。あと2週間で肉体と精神は一体となんるだろう。ナディアのことが、もう一つの感情だった。ナディアとゴゾでの生活。別れは最後になるだろう。ナディアとの最初の夜のあと、彼女は自分の衣類を彼の部屋に移した。一ヶ月、それで終わりだ。彼の女になりたい、と言ったが、その意味はすぐに分かった。完全な献身だった。

(ナディアとの日々)
 夜明けとともにナディアは起き出し、キッチンにいってコーヒを沸かす。クリーシーは朝の体操をしている。やがて彼が隣に来てコーヒを飲む。クリーシーは走りに出かける。今や5マイルだ。仕上げはいつも入り江で、ナディアは冷たいビールとタオルを持って待っている。彼らは半時ほど岩棚に寝そべり、太陽の光を浴びる。ナディアは、母親に代わって、クリーシーの朝食をつくる。ナディアにとって夕方は特別だった。入り江で一緒に泳いで、語り合う。何気ない語らいで気持ちは通じ合う。夕食後は、しばしば外出する。たいてい、「谷間の鷲」にいって一杯飲む。彼女は二人でいるところを人々に見てもらいたかった。クリーシーが、みんなと当意即妙の応答に耳を傾けている間、ナディアは彼の腰に手を回し、態度で所有を宣言しながら隣に座っている。ベニーやトニー、サムにとってシェンブリ家の娘とウオーモの組み合わせは、なんとなく当たり前のように思え、似合いのカップルだった。

「谷間の鷲」のあと、二人は時折食事に出かけた。締めくくりにディスコ「バルバレエッラ」で踊った。クリーシーが「踊ろう」といった時ナディイアは驚いた。彼はまったく踊るようなタイプに見えなかったが、彼は生まれつきのダンサーだった。瞑想するように目を軽く閉じ、音に身を洗われながら、完璧に音楽にあわせた動きをした。そして、いつも真夜中になる前に家に帰り、大きなベッドで愛を交わした。

 「ナディア、あと十日ほどで俺は出発する。マルセイユへ行くんだ」と言った。時は加速した。二日後には、クリーシーはマルセイユへ出航する予定だった。次の日、特務班を相手に最後の訓練を行った。彼らの進歩は目覚ましかった。終了後、彼らは批判より、多くの称賛を受けた。彼らは惜別の酒を飲もうと「谷間の鷲」に案内した。。酒場で、彼らはネクタイをプレゼントした。赤と白の縞模様、つまりマルタの色に黒鷲がプリントされていた。これは、クリーシーが非公式に隊員に加えられたことを意味した。ジョージは短いスピーチをして、今後の幸運を祈った。二、三分後に彼は別れを告げ、ナディアと共に店を出た。それから、「タ・チェンク」で晩餐を楽しんだ。

ナディアが、”今夜は満月だわ、最後の泳ぎに行かない?” と言った。二人は、冷たい水中で抱擁した。それから岩棚で愛を交わした。いつものように彼らは、ゆっくりと愛を交わし、情熱はゆるやかな曲線を描いて上昇した。月の光に濡れて輝く小さな乳房が見え、卵型の顔と、喜悦で細められた黒い目が見えた。曲線は最高潮に達し、彼女は喉元深くでうめきながら、柔らかい万力のように膝で彼を締め付けた。

やがてクリーシーは語った。これからしようとしていることと、その理由を彼女に語った。彼がナポリに着いた時の心理的、肉体的状態を説明した。そして、グイドーとエリオが彼に仕事の世話をしてくれた経緯を話した。最初の日々、故意にピンタを遠ざけたこと、それから徐々に、しかし動かしがたく二人が結びついていったことを。彼は雄弁だった。生まれて始めて彼は自己の感情を如実に述べることができた。彼は、ピンタが十字架をくれた、山での一日の事を語った。その日を生涯で最も幸福な、最も屈託のない一日として描きあげた。彼の言葉は、ピンタを蘇らせ、彼が少女の意識や好奇心や単純な生きる歓びについた語ると、ナディアは強く頷いて理解を示した。そして、最後の日。誘拐と、彼が芝生に倒れた時に彼の名前を呼んだピンタの叫び。病院で意識を回復して生死の境をさまよったこと。最後の叫び声、苦悩に満ちたピンタの声がいつも離れなかったこと。それから、ピンタは死んだとグイドーが告げたこと。

 「生き残れるチャンスはどのくらいあるの?」とナディアは聞いた。「ほとんどないね」と彼はそっけなく答えた。「でも、も生き残ったら私のところへ帰ってきてくれる?}クリーシーーは言った。「もちろんだ。しかし待たないでくれ。1パーセントのチャンスがある限り、俺は自分からは死なない。ナディア、望みはせいぜい1パーセントだ、だか待たないでくれ」

クリーシーは一番のフェリーでマルタへ渡る予定だった。ナディアはフェリーまで見送らないことに決めていた。夕方、ナディアは小道を歩いてラムラへ行き。高い崖の上に立った。グランド・ハーバーから出て、蒸気を吐きながら北へ向かう白い船が遠くに見えた。船は水平線の彼方の夕闇のなかへ消えた。彼女は母屋の方へ、踵を返し、のろのろと歩いて行った。二人で使っていた部屋へ上がると、彼女は服を脱ぎ、ベッドへ上がった。そして彼が使っていた枕を引き寄せ、それを胸に抱きしめた。それから、彼女は夜通し泣いた。


(仕事の準備)
 マルタから船でマルセイユへ渡ったクリーシーは、武器商人のルクレールから武器を調達した。ルクレールは、ベトナムやローデシアでクリーシーの借りをつくっていたのだ。武器の他にパスポートや運転免許証など偽造書類も入手した。それから鉄道の荷物預かり所で黒革の書類入れを受け取った。それには、一個の鍵とマルセイユの市街図、これから借りるヴァンの書類があった。パスポートその他の書類は、偽造屋が自慢の街でも、一番優れた作品だ。1週間以内に殺しが始まる。

 クリーシーは、小さなホテルへルイジ・ラッカ名でチェックインした。それからルクレールが指定した倉庫へ行き、武器の数々を確認した。

 ・ピストル(コルト1911とウエブリ32)
 ・サブマシンガン(イングラム モデル10)と八個の弾倉
 ・二丁の狙撃用ライフル ウーバー照準器のついた改良型M14

 ・それにバズーカ砲
 ・二挺身ショットガン
 ・信号手榴弾

 ・最後に雷管を手にとり時限装置を差し込んだ。長さ2インチ足らず、直径4分の3インチ。
 ・プラスチック爆弾 1キロ

ルクレールには、これほどの武器でどれほどの破壊が行われるか容易に想像することができた。

クリーシーは、漁港近くのホテルへ戻った。彼はホテルで着替えをすませデニムとジーンズ姿で郊外へ出かけた。共同住宅や小さな作業場、工場の類が立っていた。しばらく行きくと施錠された車庫が並んでいた。ナンバー11を見つけると、鍵を出して錠を開けた。トヨタハイエースの車体には、黒文字で「ルイジ・ラッカ 青果商」と書かれていた。ヴァンの偽造パネルの奥に、細工した木材をはめ込んだ。翌朝、武器類や手榴弾の箱などを所定の位置にはめ込んだ。その上へ偽造パネルをはめ込んだ。武器運搬車は積荷を終え、準備が整った。

 ヴァンは、マルセイユからシチリアのパレルモへ到着した。検閲官は、書類を丹念に調べ、そしてクリーシーーに返した。グイドーに電話で連絡し、近くのレストランで会った。グイドーは布製のバッグを開け。五個の鍵束と二枚の市街図などを渡した。鍵束にはそれぞれ札がついていた。彼は言った。「ミラノのアパート、ミラノ郊外のヴィジェンティーノの山荘、アルフェッタGT、最後はローマに置いてあるルノー20だ」 グイドーは市街図を広げて、ミラノのアパートと市外の山荘を示す丸印を指した。”山荘はかなり辺鄙なところにあって、錠つきの車庫がある。アルフェッタが中にある。 ローマのアパートと山荘には缶詰類を貯蔵しておいた。そこから近くにある車庫にはルノーがおいてある。”

グイドーは第二落下傘連隊で一緒だったウエツルアのことを言い出した。”彼はシチリアのカンタレッラのもとで親衛隊員として働いていたんだが、奴はカンタレッラにひどく好意を失っている。やつから、ヴィラコラッキとそこの装備についてあれこれ聞き出したよ。” そういって、ヴィラとその敷地の略図や、細部のメモを示した。 ”グイドー、こいつは大助かりだ。恩に着る”、とクリーシーは答えた。実際、ヴィラコラッキは要塞堅固である。

 二人は、ナディアのことについて話をした後、グイドー、”いつ始めるのかね”と聞いた。クリーシーは身を乗り出して云った。

 ”今日、俺は車でミラノに立つ。明日の早朝には山荘へ着くだろう。ラッビアとサンドリが最初の標的だが、話を聞くのは一人だけでいい。多分ラッビアのほうだ。あの男は腕っぷしは強いが、血の巡りは悪い。サンドリより簡単に口を割るだろう”。

(復讐のはじまり)
 真夜中だった。ジョルジョ・ラッビアは、バーを終えこれからクラブの仕事にかかろうとしていた。彼は、ナイトクラブ前に愛用のランチアを乗りいれた。「パパガヨ」に入ってゆくと支配人はスコッチを差し出し、されから札束を渡した。通りに戻り、車に乗り込んでイグニッションキーに手をかけようとした時、首筋に冷たい金属が触れ、”動くな”という声が聞こえた。”君は、ジョルジョ・ラッビア、二度としゃべったら、お終いだ” ”エンジンをかけ、ゆっくり車を走らせろ。ラッビアは、指示通り街を走り抜け、次第に舗装のない小道に入っていった。ヘッドライトに照らされ、山荘が現れた。
”ここで止めろ、ハンドブレーキをかけ、エンジンを切るんだ”ラッビアが前にかがむと冷たい金属も一緒についてきた。彼はゆっくりと体を立て直した。次の瞬間、目から火花が散った。

感覚を取り戻すと、後頭部がズキズキ痛み、手が動かなかった。左の手首は椅子の腕木に粘着テープで巻きつけられていた。そこから拷問が始まった。クリーシーが云った。”俺がこれから質問をする。正直に答えなければ、君の左手にハンマーで鉄串を打ち込む。次は、ナイフで指を一本、一本切断する。それでも喋らなければ次は君の足だ。非情な拷問が続き、ラッビアは口を聞くようになった。”ではバレット事件から始めよう。娘を凌辱したのは誰だ”
「サンドリ」という答えが返ってきた。誘拐を指示したフォッセラのことも聞いた。サンドリはフォッセラの甥だった。

クリーシーは、ラッビアからありとあらゆる事を聞き出した。フォッセラのことも。コンティやカンタレッラのことも。質問が終わり、ラッビアの恐怖は最高潮に達した。クリーシーは、銃口にサイレンサーをねじ込み、ラッビアの左目のすぐしたの頬に押し当てた。 ”地獄へ行ってもらおう!”

 次のターゲットは二人の上にいてピンタの誘拐を指示したディーノ・フォッセラの「処理」だ。フォッセラは、ボスのカンタレッラに譴責され腹立たしかった。ひどく不満だった。水曜日は、いつも母親とともに食事をした。これができないと、母親は腹を立てる。彼の母親が腹をたてたら、カンタレッラでさえ叶わいないのだ。彼は用心を怠らなかった。彼の車の前後には護衛を満載した二台の車が走っていた。彼は石段を登り、小さな家に入っていった。母親は怒り狂った目で彼を睨んだ。白い粘着テープで口をふさがれ、手足も足首も椅子に縛られてた。雲をつく大男がショットガンを持って母親のそばに立っていた。銃口は彼女の左耳に突きつけられていた。”ちょっとでも音を立てれば、あんたはたちどころに孤児になる”。フォッセラは命令されるままに壁を向いて両手をつき、脚を広げた。音もなく近づいてきた男の一撃で、なにも考えられなくなった。

彼が意識を取り戻した時には、両足の膝と足首にきっちりテープが巻かれ、両手首も縛られ、口は塞がれていた。その状態で彼は担ぎ挙げられ家の裏手にあるヴァンに投げ込まれた。車が走り出して二時間の間には、彼の手足は硬直して痛み、やがて麻痺した。暫く行くと小さな山荘があり、フォセッラはそこの石の床に放り出された。恐怖に震えていたが、ベルトが緩められ、ズボンのジッパーが外されると、彼は困惑を覚えた。腹ばいにさせられ、両足を手荒にひろげられ、困惑を覚えて仰天し、ひどく慌てふためいた。男は尻に両手をかけ、押し広げた。”おかまを掘られてしまう!” 耳の後ろを殴りつけられ、フォッセラは気を失った。男は、空洞の管を直腸に押し込んだ。その金属管にはプラスチック爆弾を押し込み、時限装置も差し込んだ。”10時に爆発するようになっている。ただし、いくつかの質問に十分かつ誠実に答えれば、爆弾を取り外してもいい、ということだった。彼は、ついに口を割った。男は、”コンティとカンタレッラにことを知りたい。だが、その前にあんたほど頭がいい男が金のない実業家の娘を誘拐したのかが知りたい”、と訊ねた。9時53分に質問は終わった。男は、メモしたノートを拾い上げると、外へ出た。9時58分に目覚ましが鳴ると、フォセッラの気力は崩壊した。二分後に肉体も崩壊し、ばらばらに吹き飛んだ!


 ここで。サッタという男が登場する。憲兵隊(カラビニエリ)の大佐である。サッタは、ひときわ目立つハンサムな男だ。名門の家に生まれ、38歳の若さでその地位につくのは、異例の出世だった。彼は良質な警察官だった。誠実さなためか、腐るほどある私有財産のためか、彼は個人的腐敗には無縁だった。彼が成功したのは、ありあまるエネルギーと結びついた鋭敏な分析精神のおかげだった。仕事は彼の人生を支配する四つの情熱の一つだった。ほかの三つとは、うまい食物と美女とバックギャモン(世界最古のボードゲーム)だ。今は、憲兵隊で組織犯罪を専門とする部門に配置され、今はイタリアのマフィアについて誰よりもよく知っている。今は、イタリアのマフィアについて、誰よりもよく知っている。この二、三ヶ月間はアブラータやフォッセラ率いるミラノの二大ファミリーに全力を投入し、売春やら脅迫やら薬物に関する証拠を辛抱強く集めていた。彼は、ジョルジョ・ラッビアの死体やサンドリ殺しの手口から、犯行は「コルシカ人同盟」(マフィア)の仕業と断定的に考えていた。

 ところが、フォッセラの死についての病理学者の報告書を見るに及んで ”「コルシカ人同盟」は、シロだ、”連中にはこういう想像力はない。ナイフやショットガンやリボルバーなら話はわかる。爆弾でも話は分かるが、直腸に仕掛たりはしない、これは別な精神の持ち主だ”、とサッタは断定した。

それからサッタは仕事に没頭した。ラッビア、ヴィオレンテ、サンドリ、フォッセラ~この四人のあらゆる順列組合せをやってみた。そして、方程式からヴィオレンテを差し引いた結果、彼は関連性を見出した。そして、バレット誘拐事件が、扇の要であることに気づいた。フォッセラは事件の張本人だ。

 次にバレット本人を吟味した。しかし、彼は復讐行為に金をだしていることはあっても、直接手を下してはいないだろうと速断し、次にボディガードへ関心を向けた。しかし、当初雇われた男は「プレミアムボディガード」に過ぎず、しかもアル中ということで、無視しようとした。しかし、彼が入っていた病院の外科医に話を聞くと、ボディガードが奇跡的な回復を果たし、肉体鍛錬にに異常な執念を燃やしていたことが分かった。次にボディガード斡旋所に聞いたところ、彼は傭兵上がりの男だった。グレード1の緊急照会がパリに送られ、その返事が返ってきた。それを見たサッタは、”プレミアム・ボディガードは恐ろしい人間だ”、とそっと呟いた。彼は唐突に立ち上がった。、”コモまでドライブしてバレット夫妻に会ってみよう”

 コモ湖畔にあるバレット夫妻の家のドアが開いて、クリーシーが現れた。彼は、”俺はあんたの奥さんと話がしたい”、と言ってフォッセらから聞き出した話をリカにした。まずピンタの誘拐は仕組まれたものだった、と云った。契約金詐欺が目的だった。エットレ・バレットはロンドンのロイド商会と20億リラの保険を契約する一方で、フォッセラと取引し、身代金の半分をエットレへ払い戻すことにしたのだった。仲介に立ったのはヴィーコ・マンスッティイだった。彼は、組織犯罪とコネがあって、手数料を受け取った。クリーシーーは、うなずいた。”利益を得たものは一人残らず殺すつもりだ。そこにはローマのボスも、パレルモの大物も含まれている”。クリーシーは、”俺は彼を殺しに来たんだ。しかし、彼のことはあんた(リカ)に任せるべきかも知れない。”、とリカに云った。

ヴィーコ・マンスッティは、自宅のアパートでエットレから電話をうけ、その支離滅裂な内容に、”私が30分でそちらへ行く。しかかりするんだ”、と言い、地下の車庫で愛用のメルセデス・ベンツに乗り込み。イグニッションキーを回した。すると半キロのプラスチック爆弾に点火した!

 憲兵隊(カラビニエリ)大佐のサッタは、マルタ島の特務班のジョージ・ザミットを通じて、グイドーがクリーシーと近いことを知り、グイドーに会いに行った。そして、、クリーシーーがまだこれから復讐を続け、コンティとカンタレッラ命を狙っているという事実が判明した時、驚愕した。サッタの状況判断は分裂した。クリーシーの行動はマフィアの心臓部を直撃していた。たった一人で。もし考えられない事が起こり。カンタレッラが殺されでもすれば、マフィアの傷は致命的なものになる。他方、誰を殺そうと、理由が何であれ、彼の任務は殺人者を逮捕することだった。問題は正当性の危機だった。彼の哲学では、法は曲げることができるし、またそうすべきものだった。しかし、、法の施工者のみが法を曲げる権利を持つべきなのだ。そういうわけで、クリーシーは葛藤の種だった。彼は、上司の高官のもとに出向き、すべての経緯を話した上で、妥協案を説明した。将官は、サッタを信頼しており、サッタはこの事件の全権を委任された。こうしてサッタは、南ナポリに向かった。

 その同じ日に、憲兵隊内部にいるマフィアのスパイは、憲兵隊の極秘文書を読み、その内容を洩らした。今や、ミラノのボスにおさまったアブラーから、それを聞いたローマのコンティは信じがたいという顔つきであった。コンティは、パレルモの特別番号の電話でカンタレッラに報告した。その時、殺人者の正体よりもむしろ、警察と憲兵隊がほとんどまったく動いていないという、驚くべき事実を報告した。この電話のあと、コンティはカンタレッラの声にかすかな恐怖があるのを感じとった。コンティはには興味深い発見だった。そして、我が身を守るための指令を出した。彼は十回建てのビルを保有し、そのビルの屋上のペントハウスにいた。オフィスのあるビルも彼のものだったが、そこでも警備が強化された。二つのビルの往復には、三インチの装甲鋼板で造られ、防弾ガラスが窓にはまった特殊なキャディラックを使っていた。護衛たちの車も常時キャディラックから離れないように命令されていた。

 クリーシーが予め用意をしたRPG7ストロークは二個のロケットと共にローマの街を運ばれていた。クリーシーは、コンティのビルに近い老夫婦の家に入り込み、”なにも危険なことはない。あなたたちを傷つけるつもりはない”、と断わって、バズーカ砲を準備した。そして、静かに裏にはへ出て、低い石垣越しにミサイルをセットした。きっかり二時半に、コンティのビル地下ガレージから、コンティの乗ったキャディラックが出て、護衛車とともに、傾斜路を登っていった。通りの高さに達すると、太陽の光が差し込み、その前方にゴーグルで目を隠した男が太い管を右肩に担いでいるのが目に入った。大きな炎のかたまりが管から噴出し黒い物体が飛び出してきた。ミサイルが車のラジエーターの真ん中に命中し、エンジンを破壊し、内部のあらゆるものを燃やして灰にした。二発目のミサイルが命中すると5トンの車体は後方へ吹っ飛んだ。

 
(最後の攻撃の準備)

 右腕だったコンティの死はカンタレッラの恐怖の核心をついた。子分共に命令し城塞の外壁とそこから200メートルの範囲内を投光照明で照らすこと、半径1キロメート以内のすべての建物を買い上げ、打ち壊すこと。全域の24時間パトロールと番犬の入手。総員18名の護衛をヴィラに宿泊させ、彼らおを24時間体制で働かせること。いかなる車も内外の点検をすることなく封鎖地点を通してはならないこと。車両は一切、ヴィラの敷地にいれないこと・・などを指示し、実行させた。

 カンタレッラは苛立っていた。”警察は? 憲兵隊はまだなにもしとらんのか?” 子分のグラッヴェリは、”憲兵隊のサッタは問題を起こしています。パレルモは奴の部下によって厳重な取締りが行われています。アブラータは孤立無援になって、ひどく苛立っているんです。”、と答えた。 カンタレッラは、身を乗り出して(クリーシー)の身上調書を開けた。表紙の内側にクリーシーの写真がクリップで止められていた。

しばらく考え込んでいたカンタレッラは、”明朝、この国のあらゆる新聞の第一面にこの写真を載せてもらいたい”、と言った。そして、彼は目論見を話した。”こいつは一目でわかる顔だ。傷跡や目を見ればいい。何千人もの人間がこの男を探すことになる。”

 その写真は新聞にのり、マフィアの連中はクリーシーの容貌を知った。しかし、皮肉なことに新聞は事件の全貌を書き、クリーシーが一人でマフィアと戦っていることを報道した。すると、記事を読んだ市民は、熱狂し、ローマと北部では、娘たちが彼の写真と「がんばれ、クリーシー」と言う文字をプリントシアTシャツを着るようになった。

 クリーシーを応援するのは若い娘たちだけではなかった。ローマに観光にきていたオーストラリア人夫妻(ウオリーとガールフレンドのバディ・コリンズ)もそうだった。キャンピングカーのモーベックスを買って、それに乗ってヨーロッパを東方へ旅することにしていた。ところが、バディが黄疸で入院するはめになり、車を売る羽目になってしまった。オーストラリア大使館の前に座り、車を買う客を待っていた。そこに、顔に傷のある大男が近づいてきて、”売りものかね”と訊ねた。クリーシーは、一千万リラを即金で出し、ローマ市外のモンテ・アンネ・キャンプ場に来てくれ、と云った。どこへ行くのかと聞かれ、「ブリンディシ」と答えた。ブリンディシは、ローマ街道の果に港町である。バディは、なぜか彼が気に入った。

 男はあまりしゃべらなかった。アベツアーノ郊外の一点を地図で指し、そこでキャンプしようと提案した。ウオリー夫妻は、町へでてニューススタンドの前で、呆然とした。一ダースもの新聞の第一面から、「男」の顔がこちらを睨んでいた。バディは、”彼は一人っきりだわ、たった一人でやっているのよ。おまけに警察もいる。彼には支援が必要なのよ。私は彼を支援する”、云い、ウオリーも同調した。車は、ウオリーが運転し、クリーシーは車の後部に隠れていた。彼らは、アドリア海に面した町バーリー近郊のキャンプ場で三日間過ごした。クリーシーは、飛行機で城塞の上に侵入する事を考えていた。そこで、ウオリーにきちんとした紳士の格好をさせ、豪華なホテルの最上階の部屋に泊まらせ、最良の料理と飲み物に惜しみなく金を使い、利用できる最高級の車を借り・・・つまり本物の紳士然と振る舞ってもらった。そして、彼に土地の飛行クラブでセスナ機を一機確保させた。クリーシーではなく、ウオリーというお金持ちのビジネスマンが借りたということなのだ。

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(おことわり)ここまで読んでこられて、みなさんは、”長いなあ! もうそろそろ締めくくってくれ!、と思われるかも知れません。しかし今回の記事は、要約をすることではなく、クリーシーなど登場人物の感情や行動を詳らかに描写して、読者の皆さんに私と共感を持っていただきたいのです。しばらくのご辛抱お願いする次第です。本の頁にして、たかだか30ページですので。

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 クリーシーはウオリー夫妻に、今後の行動について話をした。彼は、地図を取り、小さな飛行場を指差した。”ここは、レッジオ・ディ・カプリカラブリアの飛行クラブ本部だ。今から車を飛ばして、そこへ行き、セスナ機を一機チャーターしてもらいたい。シチリア島西海岸のトラバーニまで飛んで欲しいと言うんだ。” ウオーリーに飛行クラブで話してもらいことがもう一つあった。出発時間がまだ決まっていないこと、飛行機を6時間ごとに待機させて欲しいこと、そして向こう三日以内には確実に出発できると。 これは、天候次第であることと月がほとんど出ていないという条件が絡んでいるからだ。

二日後、吹きすさぶ北風は弱まった。予報では、今後24時間、穏やかな風になるという。クリーシーは準備にかかった。フランス製(ミストラル)のパラシュートを身に着け、武器類も装備した。そして昔の迷彩戦闘服を着てた。そこからウオーリーたちは、車で20分の飛行場までクリーシーを連れて行ったウオーリーは格納庫の裏手に車を止め、ドアを開けた。”幸運を祈るよ、クリーシー”、”ありがとう、ウオーリー。チャオ!”

 空軍で訓練を受けたことがある操縦士のチェザーレ・ネリは始動点検にかかっていた。”出発の準備はできました” エンジンが回りだした。”トラパーニまでどれくらい?” "一時間足らずです” 十分後、彼らはメッシナ海峡の上空千フィートを上昇していた。シチリアの明かりが前方に見えた。

 チェザーレには、客が誰か分かっていた。二人は、チェザーレの飛行地図を見た。トラパーニへのルートが鉛筆で示されていた。クリーシーは、”信号塔がある。パレルモの南5キロ、モンレアーレの東3キロ地点にある。クリスマスツリーのように明るい”、”俺はハロードロップをやるんだ。開く高度は自由落下時の漂流具合にもよるが、2千フィートより上のことはない、風は東寄り10ノットだから、目標の少し手前で降りたい”、と言った。すると、チェザーレは、”あのあたりは、山に近いところで、よく下降気流が発生するので、もっと南寄りの地点で飛ぶほうがいい”、とアドバイスした。その声には明らかに誠意が感じられた。 ”よし、分かった、あんたに落下合図を任せたいね”、とクリーシーは言った。チェザーレは、しばらく黙り込み、やがて感傷的な調子で言った。

”この私が選ばれて光栄です。たくさんの人、いや、ほとんどの人があなたの味方です。私の家族は何世代もカラブリアに住んできました。あの連中(マフィア)の横暴さは、身にしみています。私たちはみんな、あなたに感激しているんです。拍手を送っているんです。私は光栄です。間違いなく正確に合図しますよ”

 その頃、サッタ、腹心の部下のベルー、そしてグイドーはグランドホテルのテーブルで食前のカクテルを飲んでいた。その時、開いた窓から。ごくかすかに、飛行機のブーンという音が聞こえてきた。”クリーシーだ! 彼がやってくる。彼はパラで・・・”とグイドーは叫び、行こう!と言った。

 クリーシーの乗った飛行機のドアが開けられた。パイロットの顔は真剣そのものだった。彼は機体をゆっくり横に傾けながら、目を忙しく左右に配り、方位を見ては羅針盤で確かめていた。彼は右手を突き出した。 
”がんばれ、クリーシー!”


(最後の攻撃)
 クリーシーは、カンタレッラのいる城塞の城壁を乗り越えて舞い降りた。彼は、果樹園のすぐ脇の草地に着地した。サイレンサー付きのコルトを握り、暗視鏡でヴィラの側面を観察した。音もなく襲いかかってきた二頭のドーベルマンは心臓を打ち抜かれて死んだ。

キッチンの男たちはサッカーを見ていた。すべての目がテレビ画面に集中していた。ユベントス対ナポリ戦だ。そこへガラス窓が破られ、手榴弾が弧を描いて飛び込んできた。三人は即死だった。また二人は、榴散弾にやられて麻痺した。爆風から守られた他の男達はただ呆然となった。そこへ、クリーシーがサブマシンガン胸に構えて現れた。イングラムの銃口がうなり、白くチカチカと光った。生命は部屋から一掃された。新しい弾倉をかちりとはめ込むと、彼はドアのそばの壁を背にして、聞き耳をたてた。なんだ、どうしたという叫び声が通路に谺し、ドアが次々と開いた。クリーシーは、身を屈め、イングラムを低く構え、ドア口から飛び出して弾丸を噴射した。三人がぶっ倒れた。クリーシーは前進しながら、イングラムに次々と装填した。彼は急造宿営室の前をすべり抜けながら、ドアめがけて手榴弾を放った。爆発と同時に吹き飛ばされてきた男が、もがきながらもショットガンを構えようとした。クリーシーは、マシンガンに指先をかる触れ、半秒ほど掃射すると、くるりと向き直って階段の登り口に達した。

二階では、カンタレッラが右手にピストルを持って、書斎の戸口に立っていた。ディカンディア、グラヴェッリ、アブラータの三人が階段の降り口に立ち、ピストルを下に向けていた。カンタレッラが、”行け”と叫ぶと、そろそろ階段を降り始めた。そこへ、クリーシーの銃撃が襲ってディカンディアが倒れ、階段を落ちて行った。グラヴェッリとアブラータは降り口から後退りした。そこへ、手榴弾が二人の真ん中に投げ込まれ、破裂した。カンタレッラは完全に恐怖の虜となった。彼は用心棒を前へ押しやり、自分は書斎の中へ駆け込んだ。クリーシーは階段の最上段に達し、通路の端へゆっくりと近づいた。右手でイングラムを構えたまま、左手で手榴弾のクリップを外し、通路の方へ蹴り出した。

爆風を感じてカンタレッラは窓から振り向いた。ドアが蝶番から外れ、用心棒が後ろ向きに吹き飛ばされてきた。ボスはドアから目を離さずに大きな机の後ろへしゃがみ込みピストルを突き出した。クリーシーが低い姿勢でドアから飛び込み、死んだ用心棒を飛び越えて、体を一回転させ、部屋の中央に膝を立てて身を起こした。カンタレッラは二発撃った。でたらめ撃ちだったが、一発は幸運だった。クリーシーは斜め後方へのけぞった。彼は、右肩を打ち砕かれ、腕が使えなかった。しかし、イングラムはまだ彼の首にぶら下がっていて、クリーシーはそれを左手で掴むと、横殴りに掃射した。カンタレッラは、仰向けに倒れ、両手で腹を抑えていた。彼はクリーシーの顔を見上げた。恐怖と憎しみと哀願の入り交じる目だった。クリーシーは、彼を見下ろして立ち、傷を観察した。致命傷だと判断した。彼は、大きなブーツを彼の喉元に滑り込ませて言った。”カンタレッラよ、あの子はこんなふうに窒息して死んだのだ。、こんあふうに”彼は足に体重をかけた。

 城門から二人の警備員が駆けつけ、階段を登った。戸口から書斎の中を窺った。聞こえる物音は、低い、喘ぐようなうめき声だけだった。呻きはやがてやんだ。警備員は二人一緒に、サブマシンガンを固く握りしめて、にじりよった。机の後ろで下を向いている男が目に入ると、彼らは即時に発射した。男の体は背後の壁に叩きつけられ、ずるずる沈みはじめた。しかし、男はすぐに立ち直った。イングラムが火を噴き、弾丸が乱れ飛んだ。

 車が軋みながら城門の外で止まり、サッタと部下のベルーが飛び出した。そこへ、背後からクラクションが鳴り、大型警察車がやってきた。グイドーは、蝶番に近い門扉に狙いを定め、車を突っ込んだ。一瞬のうちに、グイドーは隙間を通り抜け、小道を駆け出して行った。彼の後を追って、サッタとベルーがキッチンに辿り着いた時には、すでにグイドーは姿を消していた。二人はキッチンの中を通り、いくつかの死体をまたぎながら、書斎に入って行った。グイドーは机のう後ろで屈み込んでいた。 ”急いでくれ、助けがいるんだ!” クリーシーの顔を覗き込むと、その目は開いていた。彼は歯を食いしばって痛みをこらえていた。二人は、クリーシーの腕の動脈を強く抑え、打ち砕かれた手首とほとばしる血を見つめていた。指先が疲れてきたが、サッタは力を緩めなかった。目の前の男の命は、文字通り、サッタの手の中にあった。騒々しい音が聞こえてきた。サイレンの鳴る音だったった。グイドーは手当を続けながら、無念のあまりすすり泣いていた。

 死との戦いには一進一退を繰り返した。最初、ほとんど望みはないと言われていた。しかし、クリーシーはしぶとく頑張っていた。二週間後、憲兵隊の特別機が彼をナポリに運んだ。サッタの兄の率いる医師団が、クリーシー命を救う戦いに参戦した。医師団は粘り強く戦い、最初は希望が見えた。しかし、傷はあまりにも甚大だった。強靭な肉体を持ち、生きる決意を固めている男にとってさえ、手に余った。

 葬儀にはかなり参列者があった。きびしい冬のはじまりを告げる寒い日で、ナポリの街を見下ろす丘の上では、風が肌を刺した。口を開けた墓の周りには少人数の人々がいた。新聞記者たちもいた。グイドーとエリオ、その母親、そしてフェリチとピエトロ、サッタとベルーたち。司祭が祈りを終え、引き下がると棺は静かに沈んで行った。


(エピローグ)
 新年を迎えた日は、深夜を過ぎていた。冷たい北東風が吹いてきて、ゴゾ島の荒涼とした山々を吹き抜けた。「谷間の鷲」のバルコニーでは、人影が動いていた。ベニーは入り江を見下ろし、切り立った崖の方を眺めた。彼らは防波堤のはるか彼方を眺めていて、いち早く波に揺られながら港に向かってくる灰色の船に気づいた。

 ジョージ・ザミットは警察機動艇の操舵室の中で足を踏ん張っていた。船が港の凪いだ海へ入り込むと、ジョージは狭い甲板に出た。谷間の鷲の物陰から、一台のジープが短い坂道を下り、突堤の先端まで出て行った。ジープは10メートル先に駐車していた。手前にいる人物がドアを開け、外へ降り立った。この人物は女で、外套の上からでさえ、腹部が大きくふくらんで重そうな様子だった。男は操舵室を出て、突堤へ上がった。男はゆっくりと女の方へ歩いて行った。奇妙な歩き方をする大男だった。女が歩み寄り、男の腕に抱かれた。ジョージの乗る機動艇は港から離れていった。彼は船尾へ歩いて行き、抱擁する男と女のタブローを振り返って見た。


     ~~~~~~~~~~~~~


 この小説を読み終えて、感想として二つのことを書かなければならない

(1)仏教学者の紀野一義師が、なぜこの小説に関心を示したのか?
 紀野さんが、ご自分の著者でどのようにこの物語が紹介されていたのか、記憶は定かではない。ほとんど内容については触れられていなかったように思う。ただ、”気になった本”、という一言であった。あえて私が推測するとすれば、紀野さんは剛直な人であった。気性が強く、信念を曲げない人であった。彼が戦争に駆り出され、そこで上司からいわれのない嫌がらせやいじめを受けた事があった。剣道の訓練の時、彼はいつか機会があったら、その上司(伍長?)を突き倒してやろうとの思いで、訓練に参加していたくらいである。この『燃える男』のクリーシーが、ただ一人敢然とマフィアという巨悪と戦うのは、それが法的にみてどうであれ、紀野さんは共感を覚えたのではないか。


(2)「復讐」の法的問題ならびに社会的な意味合いは?
 クリーシーは、マフィアのボスやその構成員たちを殺害した。法的にみれば、殺人罪に問われることになる。一方のマフィアという巨悪は、拉致や殺戮、麻薬取引、司法や警察もふくめ政府機関の関係者に賄賂を贈り、それらを支配する動きすらある。では、肝心の司法は、それらを取り締まっているのか。たしかに、そうした動きはある。が、自らの内部に優秀な弁護士団を抱えて、容易に検察の動きを許さない。日本だけでなく、ニューヨークのマフィアを見ても、そうである。今回の物語では、クリーシーは死んだことになり、ゴゾ島の関係者や憲兵隊はは口を閉ざしている。法的追求はされていない。事実、彼はナディアとの間に可愛らしい女の子をもうけ、安寧な生活を送ったという。

 みなさんは、イタリアの庶民がこぞって、”クリーシー、がんばれ”と声援を送ったことをどう思われるでしょうか。テレビドラマ「相棒」で、水谷豊演ずる特命係の杉下右京が、犯人を捕まえて、最後に、”法律を守らなかればなりませんから・・・”、と云う。たしかに法的にはそうだが、心情的には、目をつぶってやれないかなと思うこともある。イタリアと日本の違いかも知れないが、割り切れない思いをする時「も」ある。



  長文にお目通し頂き、ありがとうございました。





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読書 『燃える男』(A.J.クイネル) (前編)

2021-08-15 | 料理
読書 『燃える男』(A.J.クイネル)

 A.J.クイネルの『燃える男』という本について、ご存じの方はあまりおられないのではないだろうか。長年ミステリーを読んで来た私自身、知らなかった。それが、ふとしたきっかけで紀野一義師(仏教学者)の描かれた文中で知ることになった。  彼が、なぜ、およそ縁もゆかりもなさそうなこの本を取り上げたかは、後ほど触れることにする。ちなみに、万巻の書を読んできたと豪語されていた児玉清さん(故人)もご存じなかった。

 『燃える男』というのは、ミステリーというよりもある種の冒険小説(あるいはアクション小説)である。ベトナム戦争に参加し、後に傭兵となった男が、故国シチリアのパレルモに帰る。ふとした縁で、ナポリに住む少女のボディガードになったが、その少女が誘拐・殺害され、その復讐のために独りで立ち上がる。壮絶な戦いの末にシチリアマフィアのグループを全滅させる。その間の、はらはらドキドキする活劇の様子を読むだけでも面白いが、それだけではない。故郷に還った男が生きる目的をも失い、自暴自棄で酒浸りになり、身体そのものも衰える。では、なぜそんな状態の彼が立ち上がったのか。そのあたりの描写が優れれており、単なるアクションドラマではない。

     ~~~~~~~~~~

 物語は、外人部隊で活躍した傭兵クリーシーが、コルシカからマルタにやってきたところから、始まる。

 ○クリーシーはアメリカ人。彼はアメリカ海兵隊の勤務を経て、ベトナムで6年間戦った。そしてあらゆる武器のエキスパートにして生まれつきの戦略家であった。とくにサブマシンガンの操作に長けていた。ディエンビエンフーでは、陣地奪還に成功し、最も有能な傭兵と評された。アメリカはその頃すでにベトナムに深入りしていて、今の戦闘要員と武器だけでは、十分出ないことが明白になりつつあった。そこで、CIAは秘密軍隊の兵士募集と訓練に余念がなかった。その頃、イタリア人のグイドーはアルジェリアでの戦争の折に、クリーシーからの教育・訓練を経て、クリーシーの片腕とも評価されるようになり、二人は親友とも言える間柄になっていた。

二人は、CIAの隠れみの会社で働き、ジャール高原のメオ族を訓練して、侵略部隊の育てあげた。これは傭兵集団で、北ベトナムとカンボジアに侵入し、ベトコンの補給路を妨害した。しかし、その戦争で侵略部隊の四分の三を失った。二人は、永続的な休暇をとろうとして、ヨーロッパに旅立ち、マルタに帰った。グイドーは姉妹島のゴゾで、ジュリアと出会い結婚した。そして二人は別々の道を歩んだ。
 
 それから5年の歳月が流れた。クリーシーはローデシア(現在のジンバブエ)に行き、そこで腰を落ち着けようと努め、若い白人新兵の訓練に従事した。しかし、ローデシアは所詮別な世界で、彼は同化できなかった。恐ろしい不毛感だった。ディエンビエンフー、アルジェリア、カタンガ、二度目のベトナム、そして愛国心と大義名分について語り、決して死のことを口にしない人々のために戦う不毛の戦闘。しかし、死を免れるものは皆無なのだ。彼は自分の行く末いを思い、変えようなない帰結を予見した。彼は、一切のことに興味を失ってしまった。大酒を呑み始め、肉体は弛緩し、無気力になった。そしてマルセイユ行の船に乗り、そこから衝動的にコルシカに渡った。翌日、リボルノ行の船に乗って、グイドーに会いに行った。

 ○(クリーシーとピンタの出会い)クリーシーの友人、グイドーは生きる望みを失って無気力になっているクリーシーのために、なにかできることはないかと考えていた。そんな時、ミラノの会計事務所に勤めている弟のエリオから実業家にボディーガードを斡旋している保安斡旋所があることを聞いた。それによると需要が大きいいわりに、訓練されている人材が不足しているとのことだった。報酬は素晴らしいらしい、”この話をクリーシーにどうか?”、と聞かれた時、グイドーは、クリーシーには向かない仕事だと思ったが、プレミアムボディガードの話を聞いて興味を示した。それは、保険料割引に役に立つもので、この種のボディガードは誘拐犯の撃退にはあまり役に立たないが、保険料割引の対象になり、費用も安いとのこと。グイドーがこの話をクリーシーにすると、何のかといっていたクリーシーは、”では、二三日ミラノへ遊びがてら行って、どんな仕事にありつけるか見てくるか、と言い出した。

グイドーは、外人部隊におけるクリーシーの経歴から、アフリカ/中東/アジアのおける戦歴や彼が熟知している武器の一覧表を書いた。勲章についても触れた。

 クリーシーは、その書面を持ってミラノの実業家エットレ・バレットに会いに行った。エットレとその妻、リタには11歳になる娘がいて、最近の事件から娘ピンタが誘拐されるのではないかと心配し、ボディガードをつけて娘を守らせることを考え、顧問弁護士のヴィーコ・マンスッティに相談の結果、ボディガードを雇うことにしたのである。ボディーガードの仕事は、ピンタの学校への送り迎えと、その間にリタの運転手としての仕事である。夫妻は、クリーシーの経歴書などを見て、クリーシーを雇うことに決めた。

クリーシーは、子供の扱いが上手くなかった。しかし、ピンタは好奇心をいだき、自分の部屋へとクリーシーを案内し、、その間ずっと喋り続けていた。句
クリーシーの到来は、彼女の人生で大事件であり、単なるボディガード以上のものと見なした。彼女は、アメリカのことから始まって、あれこれクリーシーを質問攻めにした。彼女は、クリーシーという存在に熱狂していたのだ。ピンタは、母親のリタに、”友人の熊みたい”と言った。そして、”クリーシーベアと呼ぶことにした。、”

 クリーシーは、ピンタの学校に行き、視察して危険と思われる場所を観察した。女性の校長にも会った。日が経つにつれ、クリーシーは次第に気ままで、気楽な感じになっていった。当面、彼は仕事に満足し、飲酒癖もいくらか収まってきた。

日課が定着した。クリーシーは、朝はピンタを学校に送り、5時に迎えに行った。その間の時間は、自由だ。時折、ミラノの街へ行って好きな音楽のカセットや本を買たりした。エレット家の広大な庭の手入れもした。両親が旅にでていて、留守にしている夕方、彼らは早めの夕食をとった。ピンタは旺盛な好奇心から使用人のマリアやブルームにひんぱんに質問を投げかけた。

ベトナムについてピンタが聞いた時、マリアもブルームも知らなかった。クリーシーは、興味を掻き立てられ、初めて会話に引き込まれた。南ベトナムからの難民の大量脱出(ボート・ピープル)のことや、統一ベトナムでの中国人のこと。マレーシアやインドネシアでの中国人の影響力などの話もした。インドネシアでは、共産主義クーデターの失敗後、十万人以上の中国人が虐殺された。あれこれ話をしているうち、クリーシーは突然話をやめた。柄にもなく喋りすぎたからだ。彼は、そっけなくおやすみを云って部屋へ上がって行った。ピンタは内心でニンマリした。”第一歩よ、クリーシーベア”、と彼女は独り言を言った。

 クリーシーはグイドーの弟エリオとその妻フェリチアを夕食に誘った。レストランは、ミラノにあるマリア推奨の店だった。食事も美味しく、彼らは賑やかに談笑した。エリオはクリーシーの雰囲気に驚いた。一ヶ月前とは、大変な変わりようだった。彼はフェリチアの穏やかなからかいをこだわりもなく受け止め、無味乾燥な冗談を一つ二つ飛ばしさえした。彼らのテーブルにヴィーコ・マンスッティが近づいてきた。彼が去ると、エリオはマンスッティについて、言った。”彼はやり手だ。政府や実業界とつながりもある。マフィアとつながっているという噂もある・・・”エリオによると、エットレ・バレットは工場施設の入れ替えに必要な融資保証人の手配で明らかにマンスッティの助けを借りている、マンスッティ自身が保証人になっているとの話もある。どうやらバレットの工場は資金繰りに困っているらしい。

 家に帰ると、エリオはグイドーに電話でクリーシーの様子について話をした。”だいぶ、リラックスしてきた。彼は落ち着いたようだ。冗談さえ飛ばした。エットレバレット家の娘、ピンタについて聞かれ、”どうやら詮索好きの娘らしい、クリーシーは何にでも好奇心のある娘だと言っていた”グイドーは、当惑を覚えなが電話を切った。詮索好きな娘に、リラックしたクリーシー、というのは、全くの矛盾だった。

 色々あった。ピンタがナイチンゲールの巣をみるのに急斜面で足をくじいた。クリーシーが処置をし、コモの街にある医院につれていった。医者は、肋骨の下に多少の内出血があるかも知れないが、たいした傷ではないと言った。マリアは、クリーシーの優しさと頼もしさにいたく感心した。ピンタは、5週間後に学校の運動会で100メートル走あるので、クリーシーにアドバイスを求めたが、クリーシーーは、”できるだけ痛めた足を使って歩くといい、少々痛くてもだ”と云った。

 ピンタの態度は変化していた。もはやクリーシーの友情を獲得しようとする、ただのゲームではなくなった、もはや単なる好奇心ではなかった。ピンタはクリーシーにつながる、か細い明確な輪を感じていた。

クリーシーは、両親が留守の間にピンタをエリオの家に昼食に連れていった。その時の様子をエリオは、グイドーに電話で長々と話をした。”娘はあらゆることを彼に聞くんだ。あの子には彼の言葉は一種の神託なんだ。”。エリオの妻のフェリチアも言った。”彼は絶対あの子が好きよ。夢中なのね。もしかしたら、彼は自分ではよく分かっていないのかも。・・・クリーシーーが、好きになるなんて本当にびっくりしたの”、と電話口で云った。グイドーにとっても意外なことだった。長年、クリーシーと一緒に過ごした彼にしてみれば、あの分厚い殻、一介の子供が突き破るなど、とても信じられなかった。グイドーは、友人のために嬉しかった。

エリオとフェリチアとの日曜日の昼食以来、ピンタはクリーシーの気軽に接し、彼を理解し、内面にまで入っていくこともあった。1954年のディエンビエンフーでの、降伏と屈辱そして戦犯収容所での三週間にわたる強制行軍などについても話をした。ピンタはアメリカでのことも聞いた。グイドーを別にすると十一歳の子供は、地上の誰よりも詳しくクリーシーのことを知ったのだった。

 近頃、クリーシーが飲む量は、ボトル半分以下だった。酒のよって蓄積した効果は彼に制約となり、動作を緩慢にした。しかしながら、彼の精神は再び鋭敏さを取り戻していた。彼は、自分の肉体をもとに戻そうと覚悟を固め始めてもいた。きっかけは、ピンタと、近づいてきた運動会だった。ピンタの足首が治るとすぐ、クリーシーは白線入りのスターティングブロックを作り、ピンタのスタート練習にとりかかった。彼女に反応時間について説明をし、ピストルのバンといいう音への集中の仕方を教えた。彼は手をたたいてスターティングガンの代わりとして、その日の午後だけで彼女は驚いた鹿のようにブロックから飛び出すまでになった。その晩、彼はピンタのことを考えていた。あの子はとても生き生きとして、非常に敏捷で引き締まっている。それに引き換えーと彼は自分のことを考えた。この仕事が確定したら、週に二三回夕方の時間を使って体調の回復を図ろうと決意した。彼は、少女が彼にもたらしたものに気づいた。真空は満たされたのだ。彼はピンタの成長を見守りたかった。クリーシーにとって、不毛感は無縁となった。

 ある日、リタが美容室から出て車を探して、30メートルほど先に車のそばにいるクリーシーを見つけた。そこへ歩き始めた時、赤い旅団と呼ばれるテロ集団の起こした事件に巻き込まれ、銃撃に巻き込まれた。幸い、二人は無事だったが、クリーシーーは、自分の反応の鈍さを感じた。二人組の犯人は、明らかに素人くさかった。それなのに、自分はのろまだたった。これで彼の腹は決まった。今や、放置され、錆びついた高性能マシンというわけだ。何ヶ月もかかるだろうが、段階を踏んで、最初は慎重に、自分の部屋で毎朝サーキットトレーニングをする。それからジムへ通い、ウエイトやバーを使う。体は、元へ戻るだろう。

 クリーシーは、ピンタの運動会へ行った。百メートル走で、ピンタはトレーニングの効果を発揮し、ほかの誰よりも素早くブロックを蹴って、5ヤードの差をつけてテープを切った。ピンタにとって、その日は申し分のない一日となった。ピンタはクリーシーの笑顔をはじめて見たから、とくにそうだった。二人は、マジョレ湖の上の方にある高原牧場へランチに行った。ピンタは、レースに協力してくれたお礼と云って、誕生日のお祝いに、細い金細工の鎖のついた純金の十字架を呉れた。ピンタは、クリーシーに云った。”もしあなたが悪魔に出会ったら、それを顔の前にかざさなければいけないわ”、といった。彼は苦笑いした。機関銃も代わりに十字架を持てというわけだった。

 日が暮れると、彼らはバスケットを閉めて、黄昏に中を車へ戻っていった。新鮮な空気と運動でピンタは眠くなっていた。彼女はあくびをして、次第に座席に沈み込んだ。とうとう彼女は足を座席に上げ、頭をクリーシーの膝に載せた。彼は、ゆっくりと家路へ向かう車を走らせながら、眠っている少女の顔を時折見下ろした。暮れなずむ光の中で、傷跡のある顔と物思わしげな目は、めったにない満足を示して緩んでいた。彼は安らかな気分だった。


 クリーシーに送られ、ピンタはピアノのレッスンに出かけた。クリーシーはピアノ教師のフラットを探すのに苦労した。ピンタが地図を取り出し、彼をブエノス・アイレス通りへと案内した。ピンタは、”長くはないわ、一時間だけね”、と言ってマンションの入り口に入っていった。一時間が過ぎ、マンションの玄関ドアの閉まる音を聞いて、クリーシーは目を上げた。ピンタは彼に手を振って、車の方に歩き出した。彼女がまだ40メートル先を歩いている時、黒い車がクリーシーの車の後方からやってきた。彼は、四人の男の姿を見て、すぐさま何が起こるかに気づいた。彼は銃に手をかけ、すばやく車を出た。驚いて立ち止まっていたピンタに、”走れピンタ、走るんだ”、と叫んだ。車は横滑りして彼女の前に立ち止まり、ピンタとクリーシーの間をふさいだ。彼女は伸びてきた腕をかいくぐり、車の後ろを回って逃げ出した。彼女はクリーシーの方に走り、クリーシーも走った。追いかけてきた男の一人が彼女に追いつき、、腕を素早く伸ばして捕まえ、そのまま片腕で抱き上げると車の方に戻りはじめた。クリーシーーは、もうひとりの男の胸に二発打ち込んだ。ピンタを捕まえた男には、ピンタを打つ可能性があったので、打てなかった。その男はピンタを後部座席の放り込み、銃をかまえて振り向いた。クリーシーーは、その男を狙って銃を発射した。その時、フロントシートから三発の銃弾が飛んできて、クリーシーは倒れた。車は全速力で走り出した。ピンタは、金切り声でクリーシーの名前を呼んだ。彼はほとんど動けなかった。神経組織が銃弾のために麻痺させられたのだ。彼は救助を待って、横たわっていた。苦痛と衝撃に打ちのめされながら、彼の唯一の望みは死なないということだった。彼の名前を呼んだピンタの叫びが耳に残った。


 病院でクリーシーはほとんど意識がなく、薬漬けなっていた。見舞いに来たグイドーが部屋に入り、”聞こえるか、クリーシーー?” と聞いた。かすかな頷きがあった。医者によると、クリーシーは瀕死の状態で病院に運び込まれた。応急手術だった。危篤状態を切り抜けたら、体力の回復を見て完全に手術しなおす予定だった。容態はどうころぶか分からなかった。二日間、クリーシーは瀬戸際をさ迷い、それから持ち直した。大変な生存意欲だった。

翌日、クリーシーは口をきくことができた。。それから、グイドーに、ピンタのことや手術の状況などを聞いた。クリーシーは熱心に耳を傾け、それから訊いた。”俺が撃った二人は死んだかね?” グイドーはうなずいた。”一人は心臓をぶち抜かれた、もうひとりは脳みそだ。上出来の射撃だった。” クリーシーは首を振って云った、”俺はのろかった、あまりにものろすぎた”

一週間後、医師団は再手術を行った。上首尾だった。グイドーは病室に入ってきて、事件のその後のことを伝えた。”あの子は死んだよ、クリーシー”。

”偶然が重なりすぎた。身代金は二日前に払われていた。ピンタは、その晩解放されるものと思われたが、現れなかった。朝になって警察があの子を盗難車のトランクの中で見つけたんだ。赤い旅団一味に対する大規模な掃討作戦が実施されたものでね。おそらく犯人共は神経質になって、何時間か身を隠したんだろう。両手と口にテープを貼られてあの子は吐いていた。多分排気ガスのせいだろう。そういう状況になれば、どうなるか目に見えている。解剖が行われた。あの子は窒息死だった。・・・ピンタは陵辱されていた。”何度もだ。
クリーシーの顔は凍りついたままで、表情がなかった。しかし、もはやうつろではなかった。目は、憎悪でぎらぎら燃えていた。

彼の回復は順調だった。病院で彼は看護婦の一人に金を与え、誘拐事件以後のすべての新聞を持ってこさせた。後にそれよりも何ヶ月も遡る新聞を持ってこさせた。ノートにメモをとり、徐々に埋めていった。ある日、ピンタの通った学校の校長シニョール・デルカが見舞いに来た。彼女は、あの少女への彼の愛情を知っていた。クリーシーは物理療法室に通いはじめ、ゆっくりと体操をしたり、温水プールで泳いだりした。また、使える器具を全部使って体力の回復を図った。

 クリーシーは、ミラノ発の夜行列車でナポリへ向かった。ナポリ駅から、タクシーを拾い、グイドー家の住む「ペンシオーネ・スプレンディア」に向かった。”やあ、グイドー”、”やあ、クリーシー”と挨拶を交わした。二人はテラスに出て座り、クリーシーは、これからしようとしていることをグイドに静かに説明した。グイドーは、クリーシーーに”君は本当にあの子が好きだったんだな”、といった。これに対し、クリーシーは、”俺は五ヶ月前、ここに座って目の前が何も見えなかった。このまま生き続けても意味がない、という感じだった。あの子が、それを変えたんだ。あの子は、どういうわけか、俺に忍び寄ってきた。日が経つにつれ、俺の生活の中へ滑り込んだんだ”、と云った。
それなのにあのろくでなし共があの子をさらい、辱めた。自分の吐瀉物の中で窒息死させた。俺がなぜ奴らを追いかけるか、君にはわかるだろう。

グイドーは、感動し、彼にはクリーシーの感情の深さが分かった。クリーシーは、「助けが必要なんだ、グイドー」といい、分かっていることをグイドーに話した。クリーシーを撃った男サンドリこと、車の運転手ラッビアのこと、彼らは、フォッセラという男の下で働いていることなど。そして、云った。”その二人だけではない、このことに手を貸したやつやこれで儲けたやつなど一人残らず狙うつもりであること。それには最高幹部含んでいる。臭くて小汚い巣窟全体だ。”、”パレルモの太った猫、カンタレラだ”、


(第二部)復讐の時) 

復讐の序章)クリーシーは入念な計画を立てていた。彼が。それを説明するとグイドーは感服した。そして、”誰を相手にしているか知っておく必要があると云った。グイドーは考え方をまとめ、説明した。
 ”連中の力は世間が考えるよりも、ずっと強大だ。連中は警察に挑戦し、時には警察を牛耳って「いる。法廷をひっくり返す事もできる。村会議員から内閣閣僚に至る、あらゆる層の政治家へ賄賂を贈っている。”

”当局の武器である警察、憲兵隊(カラビニエリ)、法廷、監獄といったものが、しばしば腐敗し、侵されている。二三の良心的警察官や勇敢な検事や判事がいるが、制度があまりにも弱体だ。情報提供者は何千人といる。警察内部にさえ息のかかったものがいる。あらゆる都市、あらゆる規模の町に、傘下のグループがいる。

しかし、クリーシーは、そのことは承知の上で、俺にはいくつか有利な点があるといった。①警察が使えない戦術を使うことができる。例えば、恐怖を与える方法だ。②警察が手にれられない情報を、自分で一つ一つ集める。③警察と違って『俺の目的は証拠を収集して法廷に提出する「ことではない、俺の目的は奴らを殺すことだ。④俺には警察以上の動機づけがある。警官は「判事には持てない動機だ。彼らには妻があり、家族があり、考慮すべき出世に道がある。グイドーは、武器は、と聞いた。クリーシーは、マルセイユで仕事をしている武器商人のルクレールから調達することを考えていた。彼は、元外人部隊の兵士であった。その武器のリストを見たグイドーは、、”これはまるで本当の戦争だ”、と驚いた。

 クリーシーは、体調を完全に整えるのに二ヶ月をみていた。その後、マルセイユにゆき、武器は自分自身で受け取ることを考えていた。

 それから、二人はどこでクリーシーの体力を完全なものにするか話し合い、マルタ島に行くことにした。ゴゾのジュリアのところだ。グイドーの妻のジュリアは、結婚してまもなく自動車事故でなくなっていたが、そこにはジュリアの弟のジョーイや、ジュリアの母親たちもいた。クリーシーとグイドーは夜明け近くまで話をしていた、懐かしい昔へ帰ったように興奮していた。当面の課題は、クリーシーの戦える体力づくりだった。


 (ゴゾでの日々)・・・続く。


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コラム 敗戦記念日に思う~戦争を知らない子どもたち

2021-08-15 | 料理
コラム 敗戦日に思う~戦争を知らない子どもたち

 昭和二十年の八月十五日、終戦の詔勅がラジオから流れた。その日は、耳を弄するような蝉時雨の音が聞こえてきた。

 毎年、八月十五日になると太平洋戦争のことについて何かしらの記事を書いてきた。もうそろそろ打ち止めしたいと思ったが、たまたま「半藤一利スペシャルインタビュー」という記事が目に留まったので、ここにご紹介する次第である。

ところで ♫戦争を知らない子供たち♫という歌があった。1970年代のフォークである。(作詞 北山修司 作曲 杉田二郎) 反戦歌である。戦争に巻き込まれたくない、戦争をしたくない、と平和を願う歌であった。

 現代の子どもたちは、太平洋戦争のことについてほとんど知らないのではないだろうか。

たまたま亡くなられた半藤一利さん(ジャーナリスト、歴史家)のスペシャルインタビューと言う記事が目に留まった。その時、半藤さんは皇室の秋篠宮と悠仁親王に対して、太平洋戦争はなぜ起こったのか、などということについて話をされている。そのインタビューのことを紹介したあとで、半藤さんはある女子大での講演のことについて語った。


 ”『太平洋戦争において、日本と戦争をしなかった国は? ①アメリカ ②ドイツ ③旧ソ連 ④オーストラリア』と聞いた。

そうしたら、50人中実に13人がアメリカと答えた。次の週に、『僕の授業を聞いてるのに、君たち13人はふざけてるのかね?』と聞いたら、大真面目だと言う。しかもその一人が手を挙げてこう言った。

『で、どっちが勝ったんですか?』

こうやって話していると笑い話のように聞こえますが、決して笑い話じゃない。これから来る令和の時代って、きっとこういう時代なんですよ”


 後世に太平洋戦争や、そこに至る経緯などについて、学校教育の中で語り継いでいかねばならないと、思うのだが、現状はどのように教えているのであろうか?


後記

 『燃える男」の記事は、追ってアップいたします。しばらくお待ち下さい。
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