梅様のその日暮らし日記

その日その日感じた事や世間で話題の事について自分なりの感想や考えを書いていきます。

騒ぎたがる若者たち

2016-01-28 08:47:25 | 日記
   ハロウィンの日に書こうと思ったテーマなのですが、その日には書けず、タイミングを逃してしまった話があります。いや、恥ずかしながら「ハロウイン」という名称を度忘れしてしまったので、思い出したら書こうとしてタイミングを逃してしまったのです。最近は時々脳の血管が詰まっているのかと思うことがあります。特に固有名詞を忘れます。OSK・・・これは大丈夫。多分死ぬまでO.K.。M.M.これも大丈夫。ええと、葛飾区のあの子・・・苗字何だっけ・・・。自分の苗字を忘れないのが不思議です。
   
   「騒ぎたがる若者たち」・・その前に「群れて」という一言を付け加えた方が正確なのかもしれません。昨今の騒ぎたがる若者たちの代表と言えば、「ハロウインでコスプレして騒ぐ若者達」・「SEALDs」のように政治に参加している(つもり)で騒ぐ若者たち」・「成人式で酔っ払って騒ぐ若者たち」の3種だと思うのですが、いかがでしょう。もちろん、この内二つにまたがっていた若者もいれば、三つとも皆勤したという若者もいるかもしれません。

   あの日渋谷でヤクザのコスプレをして若者たちにインタビューした藤原新也氏によれば、集まった若者たちの多くが、貧困に悩まされている人たちなのだそうです。貧困家庭に育った私に言わせれば、結構金のかかった扮装を用意し、渋谷までの交通費を惜しまず、恐らく大騒ぎした後は仲間と飲み会を開くであろう若者たちが真の貧困層なのか疑わしくはあるのですが、とりあえず氏のインタビューではそういう結果になったそうです。

   私の分析はこうです。ハロウインに集まった若者たちは、若さの真っただ中にいながら、何をしたら良いのか皆目見つけられないでいる人たち。私に言わせればその部分は自己責任で行うべきものであり、ハロウインでバカ騒ぎする位なら、家に帰って瞑想でもして自分を見つめ直したらどうなのかと思います。啓発本のはしごを永遠に続けている若者たちの方が、人に迷惑をかけない分だけ、こうした若者たちよりましというところでしょうか。

   SEALDsを始めとする反政府デモに参加するような若者たちもまた、ハロウインに結集した若者たちとそれほど変わるところはありません。彼らは自分たちが政治に目覚め、国を改革するために立ち上がったヒーローだと考えている節がありますが、実態は(共産党から貸与された)宣伝カーの屋根に乗って、「戦争ハンタイ・戦争ハンタイ」とラップで歌い続けるような連中・揃って喪服でコスプレし、小太鼓を叩きつつ安倍政治ハンタイを叫びながらデモ行進をする連中。共通しているのは、ただ皆で騒いでいるだけの場に結集しているということです。

   実は彼らは単に大勢で集まって騒いでいるだけであって、政治や歴史について勉強している訳ではありません。SEALDsの代表者が国会で訴えかけをする機会を与えられていましたが、居並ぶ議員たちを前に、しっかり考えてくださいというばかりで、自分たちがなぜ安保法案に反対するのか、安保法案を成立させなかった場合、どうやって国を守るのかということに関しては何一つ発言することはありませんでした。(この点は野党の全てがそうなので、彼らばかりが愚かなのではありませんが。)それは彼らが自己満足のために騒いでいるだけで、真摯に学習した上で、あるべき国の姿を語ろうとしているのではないことを、図らずも露呈する場となっていました。

   第三の、成人式で荒れる若者たち。彼らの方がある意味では前の二つのタイプより正直者であるという気がします。底辺校で教鞭をとっていた私の目には、彼らは何か実のあることをやりたいのにその場が与えられなかったり、自分自身にその能力が無いことに気付いてしまっており、日常的に苛立ちを募らせている連中に見えます。自分たちが無知であることに気づいていない前二者と比べた時、自分たちが無知であることを知ってしまった若者たちの、20年間ため込んだうっぷんを公衆の面前で爆発させてやろうという、潜在意識が垣間見られるのです。

   ある種の大人たちには、また別の無知が存在します。こうした若者たちが騒ぐ姿を目の当たりにして、「みんな日教組が悪いんだ!日教組の教師連中こそ諸悪の根源だ!」と叫ぶ人たち。日教組の組織率なぞ全教員の20パーセントほどでしかないことも知らずに、分かったような気になっています。彼らはネット上の政治問題を扱うサイト上で大暴れして溜飲を下げています。こちらもまた知識を深める努力を怠ったまま、つたない知識と思い込みで騒ぎたがる人たちです。青空の下デモ行進をする若者たちよりも、もしかしたらこうした大人たちの方が罪深いものがあるかも知れません。

   深層心理を探れば、結局は騒ぐことによって日常生活では得られない高揚感と自己陶酔を得られるが、しかしそれ以上の物ではないのではないか、と思います。怖いのは、こうした心理とはは関わりなく、彼らが表面上装っている、また彼ら自身もそれが本当の動機だと信じ込んでまっている、意味の無い上辺だけの現象が独り歩きし、社会的問題として真面目に取り上げられてしまうことではないでしょうか。