つれづれなるままに 430   ヨガ体験

2008-01-31 17:03:54 | 雑記

ヨガは歴史が古く、紀元前2500年頃の古代インドの遺跡で、ヨガポーズ(座法)の座像が発掘されています。

ヨガのポーズは「難しい、きつい」とのイメージがあり、また「体が硬いからできない」、と思われる方も多いようですが、長く続けていくうちに、筋肉の意識の集中を高め、呼吸法を組み合わせながら、自然と出来るようになるとか、「出来る、出来ない」は関係なく「楽しみながら身体と向き合う気持ちのよさ」これが体験できれば最高でだそうです。

  

今日は、体の健康に大切な重心とバランス、余り使う事のない筋肉、姿勢の改善から始まり、独特な呼吸法、ゆっくり様々なポーズを学び、身体の歪み矯正、血液循環などの改善に繋がると2時間、足から頭の先まで、意識を集中させての教室、初めての経験には、リラックスするどころか疲れました。


つれづれなるままに 429 男・女 それぞれの言い分

2008-01-30 11:10:48 | 雑記
昨日の講義は興味のある講義内容でした。
この世の中、男と女、産業革命以前は男・女・老人・子供が年齢や性別に関係なく、家族の為に協力していた時代でした。しかし産業革命が始まると、いろいろ役割分担が確立、男は外で働き、女は家で育児、家事に専念する。
しかし戦後、女性達が立ち上がりました。今まで家に閉じ込められていた女性達が男女同権を訴え、男と女は平等と主張、「男は男らしく」、「女は女らしく」と教育を受けた人たちも、男も女もなく「自分らしく」、男とて育児の、家事もしたいそんな人々が登場、ゲイ、やレスビアンなど性的障害を持った人達、つい最近まで病気、と考えれれていましたが、今は少しずつ社会的地位も認められ、女性達も多くの方々が活躍、社会進出を果たしています。それによって子供の犯罪、離婚が増えているのも現状ですが、今の若い夫婦を観ていると、男、女と言う関係を保ちなからもお互いができる事やる、家事にせよ、育児にせよ、これで良いのではないかと思います。男だ女だと主張する時代ではないような気がしました。

後半
ビデオ鑑賞、映画 「フォーエバーフレンズ」 女の言い分
      〃 「クレイマー、クレイマー」男の言い分
      〃 「フィラデルフィア」同性愛多様な性を持つ人の言い分

時間の関係最後の場面のみ、ビデオを借りてきて全編見たいそんな気分にさせてくれました。
         

つれづれなるままに  428  世界一の長寿国

2008-01-28 16:19:45 | 雑記
日本は世界一の長寿国、平均寿命はその国の社会情勢の影響をうけ変動します。
日本は第2次世界大戦後の経済的繁栄により生活水準がよくなり30歳以上も平均的寿命を伸ばしたといわれていますが、1980年以降HIV(エイズ)が猛威を振るっているサハラ以南のアフリカ、或いは社会不安を抱えているロシアなど平均寿命は短くなったと言われます。
しかし医療の発達、栄養状態の改善により、乳幼児の死亡率が低下により少しづつは寿命が延びているようです。

今回訪ねようとしているアフリカ、エジプトは68.9歳、南下してエチオピアは42.1歳、ザンビア36.9歳、ボツワナ38.1歳、ジンバブエ39歳、南アフリカさえ46.5歳と60歳を超える国はありません。原因はやはり乳幼児の死亡、そしてHIVの流行によるそうで、ボツワナでは3人に1人がHIVそして毎月2000人が感染70人が死んでいくそうです。
日本が生活習慣病(ガン、脳梗塞、心筋梗塞)と死亡の上位を占めていますが、発展途上国はこれに代わり感染症や寄生虫での死亡、日本だとて生活習慣病の他に、仕事による過労、ストレスによる自殺者が急増しています。

世界平均寿命は66.7歳ですが、日本は女性85歳を向かえ男子だとて、80歳に届くのももう直ぐでしょうか。
南アフリカ、ザンビア36.9歳からすると倍以上長生きする事はできますが、このままでいきますと、日本の高齢者(65歳以上)は3人に一人、生産低下、福祉、医療の負担とこれから、さまざまな問題を抱える事になるます。
世界一の長寿国として喜んでばかりはいられません。

つれずれなるままに  427 降りました、積もりました

2008-01-26 11:02:12 | 季節感

 昨日は1日中、夜も降り続いていました。

朝、定山渓から戻りその後、外へ出ることもなく、家の中に、夕方娘が帰ってきて、「我が家だけよ玄関前雪かきしてないのはと」夕食後、娘は一汗かいてくれましたが、朝起きてこれまた、すごい雪、私の出番かなと、1メートルとはいかないでしょうが、玄関ドアが開かないほどの、雪、玄関脇に寄せながら、この雪、ただ脇に寄せるのはもったいない、その雪で「雪だるま」でも作ろうーと、楽しみながら雪かき。

 

       

 

 

     これは正月頃、1月半ばも雪が余り無く、植木が顔を出していましたが、                           

 

 

昨日の大雪同じ場所とは思われません。

 

 これでも何時もの年よりまだ少ないのだそうで、雪が止んだ景色は本当に美しい

 

 

 ダニーが外を見ていました。エイヤーと雪の中に、雪を掻き分け、掻き分け、それでも脱出できず、どんどん雪の中に・・・。たまに運動しなさいーと。

  


つれづれなるままに 426  定山渓温泉「悠久の宿 白糸」

2008-01-25 13:06:21 | 雑記
昨日は朝から雪が降り続き、朝、昼と雪かき追いつかず、出掛け、玄関前、出られません、雪を踏みしめながら出かけました。
午後、まだ大粒の雪が降りしきる中、定山渓温泉「悠久の宿 白糸」での新年会へ、泊まり、定山渓温泉、わが町から車を走らせる事30分、とは言え道路は除雪機が入らず、でこぼこの雪道を走り、今回のお宿「悠久の宿 白糸」は初めてのお宿です。

「悠久の宿 白糸」は最も札幌街寄り、国道230号線沿いに在りました。最近、リニューアルされたそうで、民芸調に変身、囲炉風のロビーがあり、部屋数14とか、ご家族で経営されている、定山渓で最も小さな宿でもあるようです。

お風呂も、男女入れ替わり、露天風呂もありますが、露天風呂は離れている為、残念ながら内風呂から服を着て、行かねばなりません。内風呂はいたってシンプル、眺めがなく淋しい感じがしますし、朝、露天風呂に行って見ましたがこの冷え込み、湯温が低く寒くて湯船から出ることも出来ず、急いで服を着、内風呂へ暖まりに行きました。内風呂はこれまたやや熱め、しかし源泉かけ流し、少し白湯もある透明、味はかなり塩辛い、石鹸のあわがたたないはずです。

料理はボリョーウムがあり美味しい、朝の食事も品数多く、最後はコーヒーのサービス、大きな温泉宿と違い、手を尽くしてのサービスには満足しました。

ただ部屋が、隣との壁が薄いのでしょうか、お隣の話し声が手に取るように聞こえて、うるさくて眠れませんでした。私達団体なら隣も仲間、しかし他人では耐え難い事でしょう。

友達2~3人、或いは夫婦連れでのんびりと美味い物を食べ、湯に浸る、お客さまが少ないときを見計らって行くならお薦めです。

つれづれなるままに  425  降りだした雪

2008-01-24 10:05:03 | 季節感

昨日は雪が少ないと言うのに、月、2回目の排泄日、少ないとは言え玄関前の雪は綺麗になりましたが、顔を出している植木鉢はシバレ、雪をかけておかないと寒さでだめなるよ、と言われましたがもはや遅いことでしょうか。が

今朝、起きてびっくり、一晩で50㎝も積もったでしょうか、玄関前も、道路も真っ白け、やっぱり札幌の冬はこの景色が似合います。雪不足の「雪祭り」ホットしていることでしょうか。

    

 

    これでも今年は昨年の半分、これからでしょうか。今も降り続いています。

            ダニーちゃんの足跡、びっくりして直ぐ戻ってきました。


つれづれなるままに 424  ビクトリアフォールズ(ビクロリアの滝)

2008-01-23 22:28:15 | 旅行
アフリカ旅行の目的はまずビクトリアの滝の観光
ビクトリアフォールズ(ビクトリアの滝)へ行くには、、日本からの直行便はなく、香港経由かシンガポール経由でヨハネスブルグまでいきます。

ヨハネスブルグは1886年この地で金が発見され一擭千金を狙って移民が流れ込み、世界中がゴールドラッシュでおおいに沸かせた町でもあります。
南アフリカが金鉱、ダイヤモンドの国として世界経済に躍り出てから100年の間世界で最も移り変わりの激しい都市として知られていましたが、今は「世界で一番危ない都市]として悪名をこうむりながら、不思議なエネルギッシュな雰囲気を漂わせている都市でもあります。

ヨナネスブルグから乗り継いで空路ジンバブエのビクトリアフォールズ(ビクトリアの滝)現地の人々は「雷鳴のとどろく水煙」モシ・オア・トゥンヤと言います。

南米のイグアナの滝、北米のナイヤガラの滝と共に世界3大瀑布に数えられ、ビクトリアとは、発見された、当時のイギリスのビクトリア女王の名を取りビクトリアフォールズと命名されたようです。

ビクトリア滝は、アフリカの南端を緩やかに流れるナイル川、ザィール川、ニジェール川についでアフリカ大陸第4の長さのザンベジ川、ジンバヴエ、ザンビアとの国境に位置しモザンビーク海峡、インド洋へ流れていきますが、そのザンベジ川の中間にビクロリアの滝があります。

ビクトリアと言えばカナダにもビクトリアと言う都市があります。
カナダにナイヤガラの滝を観光、その時立ち寄りました。
バンクーバー島の南端に位置し、三方を海で囲まれた美しい庭園都市でもあり、四季折々の花が美しい所でした。ここは早くから保養地とされ人気を集め、イギリス本土以上にイギリスの良き時代の雰囲気を残している街でもあります。

カナダのビクトリアは海上防衛の要所として価値が認識され、イギリスがこの地に要塞を築かせました。当時のビクトリアもイギリスと深いかかわりを持っていたようです。

「午後の紅茶」アフターヌーン・ティーの始まりもビクトリア女王の時代から始まったようで、当時のイギリスの公爵夫人が午後5時頃小腹がヘリ、お茶、ケーキを食べたのが今も、アフターヌーン・ティーとしてこの地の残り、イギリスのみならず、ビクトリアの人々の習慣にもなっているとか、イギリスがいかに世界を制覇していたかが分かるような気がします。

つるづれなるままに  423  アフリカの旅

2008-01-20 17:01:14 | 旅行
昨年3月、エジプトへ古代遺跡が詰まっている、歴史有る街を観て回りました。

旅行の最後に立ち寄った、エジプト最南端アブ・シンベルのあるナセル湖、夕日が沈むのを眺め、もう湖の対岸はスーダンの国、この先はどんな大地が広がっているのだろうかと、今年は何としてもエジプト以外のアフリカの国を観てみたいと思いました。

エジプトのカイロを南下、スーダン、エチオピア、ケニア、タンザニア、ザンビア、ジンバブエ、ボツワナ、そして南アフリカ共和国のケープターンの喜望峰まで縦走とは行きませんが、ネットで南アメリカとその周辺を調べると、数多くのツアーが有りますが、ほとんど現地ガイド、英語ガイド、乗り継ぎ、全て個人のツアーが多く、アフリカ行きは、まだ観光客が少ないのでしょうか。
英語に自信がない私は団体ツアーで連れて行っていただくことしかありません。団体ツアーの中から2~3件、取り出し地図や本を広げて、動物に会うには、マサイ族と会うことが出来るのはと思案、この時が一番楽しい時間です。

南アフリカは日本とは気候が反対とは言え、東京の気温と余り変りがなく、イギリス領でもあった事から、ホテルや、街並み全て都会と変わりがないようです。ヨハネスブルグ、フレトリア、ケープタウーンなど気候の良さはアフリカのハワイとも呼ばれているそうです。

今回は奇しくもお正月、アフリカ関係のテレビが放映されました。
「虹の国を行く鶴田真由の南アフリカ紀行]の再放送
「アフリカ縦走114日の旅」カイロを出発、最南端ケープタウーンまで114日、トラックでの移動、途中、キロマンジャロへも3人挑戦、各国々から老若男女、日本からも学生3人、最年長者はオーストラリアから62歳の男性、4回シリーズで放映、わくわくしながらテレビに噛り付いて観ていました。

まだまだうーんと若かったら、参加してみたかったなーと思いながら、今年は67歳、体力的に余力のある今、行かねばと思いながら、せめて南アフリカのみでもと、本「地球の歩き方、南アフりカ」を買い求め、早速、読み出しました。

アフリカは、熱帯、砂漠、黒人の町等これしか知識のない私ですが、ワインの有名な産地であったり、ダイアモンドの産出国であったり、これから少しずつ、アフリカの事。ブログで紹介していきたいと思います。私の出発の日まで。

つれづれなるままに   422  真の友とは

2008-01-17 22:24:04 | 雑記
家族はいずれ去り一人になります、その後、残るのが友人、どんなに遠くに離れていようが、久しぶりで会っても、昨日分かれたばかりのように、直ちに旧友を温めることが出来る真の友、必要な時、駆けつけてくれ、慰めてくれ、話を聞いてくれ、気持ちを分かち合える友こそ、真の友なのではないでしょうか。

しかし、「一緒に居て楽しい]「話が面白い」と話題に豊富な人でも単なるおしゃべりだったり、他人の事を考えず、一方的に自分の話ばかりをする人は、一緒に居ても居心地が悪いものです。穏やかに、他人の話を良く聞いて要所でピタリと反応する、歳を取って世俗的な利害から離れ、これからは良い相手と良い時間を過ごすためにエネルギーを使いたい物ですね。限られた命ですもの。
本当の大切なことは自分の理解者だと思われる友人が、この世のどこかに居て、いつも手を振れば堪えてくれる、そう思える友がいたらどんなに幸せな事かとおもいます。

ご飯を食べる相手も、何を食べるかではなく、誰と食べるかが大事な事で、余り多い人数では、話が見えてこないし、話の話題が共有できません。皆で食事をする意味がない様に思います。せめて同じ話題になるような人数で行きたいものですね。

また、たまの女性だけの集まり「おしゃべり」には男性抜きの方がいい時もあります。男性が居ると話題が変わりますし、女は女同士、話が弾むこともあるのです。私ばかりでしょうか。
しかし、男性と食事をするときは、好きな人と差し向かえ、不純であろうが純粋であろうが、グループ交際の異性交友より、二人きりがいいのに決まっています。その時だけは相手はわたしの専属、一緒に向き合ってくれるような気がします。本当に大切なのは友人は沢山は要らない、真の理解者が欲しい。老いると言うことはこのようなことなのでしょうか。

 「おひとりさまの老後」から
        読んで痛感しました。

















つれづれなるままに 421  孫

2008-01-16 13:30:05 | 雑記
今日も朝からスケートのお誘い、朝の勉強もそこそこに、娘が履いたスケート靴24・5cm持参、転んでも痛くないようにと、着込んで出かけていきました。
小学4年生の女の子、冬休みに入って直ぐ、25日には大きな荷物を持ちやって来ました。
26日からは3日間短期集中水泳教室、クロール.平泳ぎ.背泳ぎと25m泳ぎきって、楽しみ、 1月5日から3日間の林間学校、滝野でのキャンプ、夜のハイキング、夜空の星の観察と一回り大きくなって帰ってきました。終わって9日から4日間スキー教室、2級を目指し真っ黒になって滑りまくり楽しかったようです。

水泳も林間学校もスキーもまたまた来年行くからねと、今年の冬休みも楽しんだようです。

孫の特技は直ぐお友達が出来るようで、今日のスケートのお誘いは林間学校でのお友達、スキーでの友達は携帯メールで、学校の友達からは写メールが届き通信、今の子供たちはメールもパソコンも4年生なのに使いこなしているのには驚きです。
お父さん、お母さんとも、メールで通信、絵文字も入れて写真も入れたり楽しんでいるようです。

我が家に来てもお友達がいます。お友達との約束、勉強を終わって10時から遊ぶ、後は夜の6時まで、自由に遊んでよし。

食事後ピアノの練習、算数・国語・社会・理科、漢字の書き取りと10時まで問題集、解らないところは聞きなさいとは言うものの、4年生ともなれば、結構難しくなってきています、漢字の書き取り、パソコンで何でも書いてしまう私にとっいて、いかに正確に教えるか、私の勉強にもなったりしています。

お友達に勉強道具持ってきて、一緒に勉強してもいいよと、そんな時は、弁当持参でやってきます。私は側で仕事、監督なしでもお互いに教えあいながら、勉強している所を見れば、大人になったのだと感心します。
今日、お友達と最後の我が家でのお泊り会、夜更かししていくら遊んでもと、楽しみにスケートから戻ってくることでしょう。

4年生、あと私が孫と楽しめるのも5年、6年と2年位でしょうか。私が遊んでやらなくても一人の時は、一人遊びを楽しんでいる一人っ子。18日には家に戻るとか、十分に楽しませて頂きました。今年の冬休みも。

10年経てば成人式、その時はおばあちゃんに「お年玉]あげるねと、楽しみに待つことにしました。

つれづれなるままに   420 新年会

2008-01-13 22:29:00 | 雑記
いつの間にか、女性部が新年会の料理担当となっていましたが、役員不足、女性の負担が多すぎると昨年から、温泉での新年会になりました。
110戸小さな町内ですが、今日は44名参加、バス2回に分けての送迎、日頃、道端でお逢いする事は会っても、話を交わすことがない方たちとの、お酒を酌み交わしての会話がはずみます。
特に殿方とは、お目にかかることもなく、話などする機会さえありませんが、この新年会は殿方が多く、お酒を飲みながらの話は、滑らかになり、一人でも多くの方とお話をと積極的にお酌をして回りました。
参加者、ほとんど高齢者、一人暮らしの方、これからの町内会も皆、支えあって生活していかねばなりません。こんな仕事にチョッと携わっている者として、町内の高齢者の方達の事が気になります。今回は少しでも皆さんとお話をと、お酒も大分飲みました。
皆、これからはご近所と苦にならない程度のお付き合い、手助けがほしい時は直ぐ差し伸べる方が近くに、自分自身でそのような輪を広げていかねばなりません。頭も体も神経も使います。それが良いのです。このような場所に出てきて皆さんと会話を交わすだけでも気が晴れます。新年会のみならず、いろいろな行事に参加して欲しいですね。

つれづれなるままに 419  たこ焼き屋さんと検定2級合格

2008-01-12 22:10:04 | 雑記

朝からソワソワ、ドキドキ、スキー検定2級受かるかしらと落ち着かない様子、1年生で5級、2年の時は4級、3年生では3級、今は4年生、「落ちたらまた来年あるさー」と「そうだねー」とは云うものの、頑張らなくては出かけていきました。

 

 

送迎付き、食事付き4日間、我が家から程近いスキー場、毎朝バス停まで送りますが、帰りは一人で家まで、バスを降りて家までの少しに道のり、帰り道のスパーの横に、正月に正月飾りを売るのに小さい小屋が出来ました。それがいつの間にか「たこ焼き屋さん]に変身していました。、

スキーの帰り、孫はその前を通り、おじさんがたこ焼きを焼いているようだけど、お客さん居るのかなと、気になる様子。

2日目、たこ焼き屋のおじいさんとチラット眼と眼があったよ。

3日目、たこ焼き屋のおじさん今日「にこっ」と笑ったよ。

     明日は「こんにちわ」と声かけよーと。

4日目、今日はスキー教室最後の日、バス停までお迎えに行きました。

    Vサイン 合格と、ホットした顔でバスから降りてきました。

    今日はお祝いに[たこ焼き]買いましょうか。

 ところが今日は「おばさん」、孫、「おじさんは、今日どうしたの」と訪ねると、お芋を売りに行っているとか、おばさんもニッコリ笑って、「たこ焼き」おまけしてくれました。

子供心にも気になる「たこ焼き屋」のおじさんんでした。

   

 


つれづれなるままに  418  一人世帯はあたりまえ

2008-01-11 12:35:26 | 雑記
昔は、高齢者になると子供と同居があたりまえ、しかし今はどんどん減少し、高齢者の夫婦だけ、単身世帯、片方が要介護になると、夫婦の間で老老介護、そして、片方が先立たれたら、子供との同居をしぶしぶ始めざるを得ない。

80歳で独り身になった親なら、子供は50~60才前後、子供と同居となると、親の方は住みなれた家、土地を離れ、子供の住む所に移って来る。息子、娘夫婦は一家の主、嫁に従わなくてはいけないのは、姑、見知らぬ土地に来て、土地にも慣れず、他人の家風に会うわけもなく、幸せなはずがない。

「老後は子供や、孫に囲まれて暮らすのが老後の幸せ」これは昔の話のように思います。

私の義母も80歳を過ぎ我が家に送り込まれてきました。「あなた達のお世話にはなりません」とはっきり言い切つた義母でしたが、周りが「火の始末が出来なくなった」「食事の準備もしてないようだ」と「子供が居るのに」と本人の意思とは無関係に、ある日突然、心の準備をする間も無く、やって来、狭い一間を占領、姑は頑固、今までの一人の生活様式を変える様子もなく、自分の思い通りの生活を出来ると思っていたようです。私とて自分の生活スタイルを変えることも出来ずに、お互いが頑固なまま、病院入退院繰り返し13年間、知らない土地に来て、友達とて無く、来て本当に幸せだったのだろうかと思います。

老後は自分の家でと、今は在宅支援センター、地域包括支援センターと住み慣れた土地で、家でといろいろな制度が出来ています。これを活用し、24時間体制、しかし、これだけでは最後を家でとは、いきません。週に2~3回ヘルパーさんに来ていただき、食事の世話、掃除、買い物等、していただく事は出来ますが、これだけでは補いきれません、子供には面倒はかけたくないとすれば、最後は老人病院にて命の枯れるのを待つしかないのかも知れません。

昨年の暮れにご主人を亡くした彼女も80歳、娘は遠くアメリカに今日戻っていきました。要介護2、週2回ヘルパーさんをお願いしていますが、ヘルパーさんの来ない日はどうなるのだろうかと、案じています。認知症、電話応対しっかり受け答えしますが、忘れます。約束、日、時間、忘れます。周りの地域の方たちが、支えなくては、お役所仕事ではできない事が多過ぎますし有り過ぎる。
彼女の生活を見て実感しました。私とて一人、脳が順調に活用できる内に、対策考えなければと思いますが、まだまだと思っているのは本人だけ、もう手遅れなのかもしれません。
ポックリいかない限り。

つれづれなるままに  417 夫婦のふしぎ

2008-01-10 11:21:14 | 雑記
「おひとりさまの老後」上野千鶴子さんの本を買い求め読んでいます。

結婚しようがしまいが最後はみんな一人になる。
65歳以上の高齢者で配偶者がいない女性の割合は55%と半数以上、これに比べて男性の配偶者がいない方は17%と少数、80歳以上では女性の83%に配偶者がいない生活です。「おひとりさま」は女性達と言う時代が来るのでしょうか。

女性の平均年齢は86.5歳、男性は78.5歳と寿命はどんどん延びて生きますが、それだけ女性の割合はますます増えて行くことになります。出生率、男105:女100 とわかっているそうです。これが65~69才では男48:女52、75~79歳では男43:女57これが85歳を過ぎると男28:女72と女性5人に対し男性は2人、どりらが先か、一人になったときの心の準備をしておかなければなりません。


決して仲のよい夫婦とはいえない夫婦でも、男性は妻を亡くすと、がたがた崩れてしまう場合が多いようで、生活も感情もなにもかも妻に依存し、そのつっかえ棒が崩れると自分を見失ってしまうのでしょうか。
しかし、逆の場合だとて、あんなに憎みあっていた夫婦が、夫を亡くし悲嘆にくれる、これが夫婦のふしぎな所でしょうか。「居ないほうがいいと思っていたが、死なれてみるとこんなに寂しいものとは思わなかった」と朝起きて、寝るまで顔を合わせ、同じ食卓で夫の為作ったおかずを、無言でほおばり、眼はテレビを、しかしそこには50年間の夫婦のぬくもりが、人の気配があるだけも心落ち着く。

日々暮らしてきた相手は「空気」のようと言いますが、空気こそなくてはならないもの、愛も憎しみも、のっぴきならぬ関係を何十年も続けてきた相手を失えば喪失感の深さはわかるようなきがします。これが長年連れ添った夫婦のふしぎなところでしょうか。手からこぼれ落ちて初めてその大事さが分かるものです。

70歳過ぎ80歳でご夫婦の生活はこれまた大変なことでしょう。老々介護が始まりますが、数少ないペアです。早々と独り身になった者として、応援したいですね。身勝手でしょうか。

つれづれなるままに   416   林間学校

2008-01-07 20:16:03 | 雑記

 雪の少ない大通り公園、あと1ヶ月、2月5日から始まる雪祭りの大雪像の骨組みが始まりました。大通り公園近い市役所、子供たちの「林間学校」の解散場所です。

 

 

 

 

1年生からいろいろなキャンプ、夏、冬の林間学校と、孫は楽しんでいます。もう4年生、今年の冬も2泊3日、青少年山の家の林間学校に参加いたしました。

 

この札幌市林間学校、子供の自立心、自発性を育むためにプログラムが組まれています、その一貫として、子供自身の力で集合・解散場所から自宅までの往復を、公共の交通機関を利用して参加することも重要な学習と考え、バス、地下鉄の乗車方法等事前に下調べをする様にとのことでした。とは言え、5~6キロもありそうな荷物、一人でバス、地下鉄に乗り継いで帰ってくるには可哀想と、のこのこ迎えに行って来ました。バスから降りてくる、どの子供たちも日焼けして真っ黒、すっかりお友達と打ち解け、私の顔などチラチと横目で、よほど楽しかったのでしょう。また行くからねと念押し、やはり多くのお母様方がお迎えにこられていました。

バスの中、ナイトハイキング、キャンプファイアと真冬の夜空の星も、暗がりで友と手をつなぎ迷子にならないよう、雪明かりを頼りに歩いたと、眼を輝かせて話しは尽きず、うんうんと聞いておりましたが、そのうち静かに、バスの中で一眠りのようです。お疲れさま。