Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(01)基礎編(構成要件論)

2020-04-07 | 日記
 刑法Ⅰ(第01回) 基礎編(構成要件論)
(1)刑法とは
 刑法とは、犯罪と刑罰に関する法律です。その法律に関しては、犯罪と刑罰に関する一般的な理論と個々の犯罪に関する特殊的な理論、また判例があります。前者が刑法総論、後者が刑法各論です。

(2)犯罪とは
 どのような犯罪であれ、それが成立するためには一定の要件がそろっていなければなりません。その要件のうち1つでも欠ければ、処罰することは許されません。そのようなあらゆる犯罪に共通する成立要件を取り扱う領域が刑法総論(つまり刑法Ⅰ)です。ある行為が犯罪にあたるように見えても、それが正当防衛状況において行われたことが証明されれば、違法な行為とはいえないため、処罰されません。また、正当防衛状況において行われたのでなくても、行為当時、行為者は責任能力を欠いていたならば、違法な行為であっても、それに対して責任を問えないため、処罰されません。刑法総論では、あらゆる犯罪に共通する問題を扱います。
 これに対して、犯罪には殺人罪や窃盗罪、放火罪などの様々な種類があり、その成立要件は個々の犯罪によって異なります。殺人罪に関する学説や判例は、窃盗罪や他の犯罪には適用することはできません。個々の犯罪の特徴を踏まえ、刑法の条文解釈を通じて成立要件を明確にし、刑法の適用範囲を明確にすることが求められます。刑法各論では、そのような個別の犯罪に特有の問題を扱います。

(3)今回の学習課題
 今回は、刑法総論の入門編の第1回目なので、次のことを学習します。
1犯罪の成立要件
 犯罪の概念は、「構成要件に該当する、違法で、かつ有責な行為である」と定義されています。この定義に基づいて、刑法総論の理論は体系化されています。つまり、構成要件論、違法性論、責任論の3要素を順に学んでいくことになります。未遂犯や共同正犯・共犯は、修正された構成要件と呼ばれているので、それは3要素を学んだ後に学習することになります(犯罪概念の第1要素である「構成要件」は、修正される前の構成要件なので、「基本構成要件」と呼ばれることがあります)。

2構成要件
 まず構成要件について説明します。構成要件(こうせいようけん)という言葉は耳慣れないですが、刑法学では、「XはナイフでAの胸を突き刺して殺した。Xの行為は、殺人罪の構成要件に該当すると評価することができる」というように用います。つまり、ある行為が殺人罪にあたり、処罰すべきであると主張するためには、その行為が殺人罪の構成要件に該当していることが必要です。構成要件該当性が犯罪成立の第1要素であることは、殺人罪だけでなく、窃盗罪や放火罪などの他の犯罪にもあてはまります。
 では、ある行為が特定の犯罪の構成要件に該当しているという評価・判断は、どのようにしてなされるのでしょうか。「Xはひどい奴で、前にも人を怪我させたことがある。今回の被害者Aは死んでいるのだから、Xは当然のこととして殺人罪で処罰されるべきだから、Xの行為は殺人罪の構成要件に該当していると判断すべきである」。このように説明をする人がいるかもしれません。また、この説明で納得する人もいるかもしれません。しかし、それは殺人罪の構成要件該当性の判断が成り立つ理由としては不的確です。このような理由は、Xの人格→前科・前歴→Aの死亡結果→Xを殺人罪で処罰する必要性→Xの行為の殺人罪の構成要件該当性という論理に基づいていますが、Xに殺人罪の規定を適用して処罰すべきなので、Xの行為は殺人罪の構成要件に該当しているという判断論法は結果を先取りしたものであるため、不的確です。Xの行為は殺人罪の構成要件に該当しているので、殺人罪で処罰すべきである(ただし、さらに違法であり、かつ有責であるという判断が成り立って)という論法でなければ、的確とはいえません。
 では、あらためて問いますが、ある行為が特定の犯罪の構成要件に該当しているという評価・判断は、どのようにしてなされるのでしょうか。それは、個別の犯罪(例えば殺人罪)を規定している条文を読み、その条文から当該犯罪(殺人罪)が成立するための要件を導きだし、行為者の行為(XがAを殺害した行為)がその犯罪の成立要件を満たしているかどうか、満たしていれば、その行為は犯罪(殺人罪)の構成要件に該当しているという判断できます。条文から犯罪の成立要件を導き出す作業を「法解釈」といいます。犯罪の構成要件は、外部的・客観的要素としては、実行行為、結果、両者の間の因果関係、そして内心的・主観的要素としては、故意または過失によって構成されています(ただし、構成要件は犯罪成立の第1要素であり、それは外部的・客観的要素によって成り立つので、あえて故意・過失という内心的・主観的要素を取り上げる必要はないと考えることもできます。その場合、故意・過失は第3要素である責任(有責性)を判断する際に問題にすることになります)。判例は、犯罪の構成要件該当性を判断するためには、その判断対象として、行為の外部的・客観的な側面だけでなく、内心的・主観的な側面を位置づけているようです。

3実行行為と結果の因果関係
 XがナイフでAの胸を突き刺して殺害した行為が殺人罪の構成要件に該当しているという判断が成り立つらめには、XがナイフでAの胸を刺したこと(実行行為)、Aが死亡したこと(結果)、Xの行為が原因となってAが死亡したこと(因果関係)、XがナイフでAの胸を刺し、それによって生命侵害を認識・予見していたこと(故意)が明らかにされなければなりません。胸を刺されたAが救急車で病院に搬送中に交通事故に遭遇して事故死したように別の理由で死亡した場合、Xの行為に殺人罪の構成要件該当性を認めることはできません。ただし、殺人罪は、実行行為と結果発生の間に因果関係がなくても、結果発生の危険性を発生させ、それとの間に因果関係が認められれば、殺人未遂罪の構成要件該当性の判断は成り立ちます(窃盗罪や放火罪は、既遂犯だけでなく、未遂犯をも処罰する条文が設けられていますが、多くは未遂犯処罰の規定がありません。したがって、一見すると結果が発生しているように見えても、実行行為との間に因果関係がなければ、処罰されません)。構成要件該当性の判断において、因果関係の有無は非常に重要な論点になります。
 XがナイフでAの胸を突き刺した行為とAが死亡した結果の間に因果関係がある、したがってXの行為は殺人罪の構成要件に該当していると判断することができると思います。では、次のような場合はどうでしょうか。Xが冬の寒い日の夜、ナイフでAの腹部を突き刺し、重傷を負わせ、その場から立ち去った。そこにAの友人Yがバイクで通行中にAを発見し、Aに対して「大丈夫か!」と声をかけた。Aは「このままでは死んでしまう。病院に連れて行ってくれ」と頼んだところ、Yはバイトに行かなければならなかったので、Aを後部座席に乗せ、近くの交番の玄関で降ろして、Aに「後は自分で警察に助けを求めてくれ」と言い残して、置き去りにした。Aはその場で動けなくなり、意識を失った。その時、交番の警察官Cは巡回中で、巡回から帰ってくきて、Aを発見し、そのまま病院に搬送したが、体温が非常に下がっていたため、応急措置の甲斐もなく死亡した。Aの様態は、Yがすぐに病院に搬送すれば助かる見込みが高かった。
 このような場合、Aが死亡したのは、Yが病院に搬送せずに交番の前に置き去りにしたからですが、そもそもXがナイフでAの腹部を刺さなかったならば、このようなことは起こらなかったのは明らかです。そうすると、Xの行為とAの死亡との間に因果関係が成立するといえそうです。しかし、Xの側からは、「確かに私はAの腹部をナイフで刺し、重傷を負わせ、失血死の危険を発生させたが、その時点で即死するとまではいえなかった。Aを死の危険にさらしたのは確かであるが、その危険が出血死という結果に至る前に、その後YがAをバイクに乗せたので、Aの生死はYの手にゆだねられたといえる。YはAを交番の前に置き去りにしたことで、Aを低体温の状態にし、それが原因で死亡したのであるから、私の行為から生じたのはAを出血死の危険にさらしたところまでである。従って、私の行為とAの死亡との間には因果関係はなく、殺人既遂罪の構成要件には該当しない。せいぜい殺人未遂罪の構成要件に該当するだけである」。
 もしも、Xの主張が認められ、殺人未遂罪の構成要件該当性しか認められないとすると、Aの死亡結果は誰のどの行為と因果関係が成立するのでしょうか。

4作為と不作為、作為犯と不作為犯
 結論的に言えば、Aの死亡結果はYが交番前に置き去りにした行為と因果関係があります。Yの置き去りとA死亡との間に因果関係があるのです。この置き去りは、それ自体としては遺棄にあたります。しかも、Aの生命や健康の安全を保護すべき地位にある者による遺棄にあたります。Yによる遺棄とA死亡の間に因果関係が成立するので、Yの行為は保護責任者遺棄致死罪の構成要件に該当すると判断することができます。
 犯罪は、「構成要件に該当する(違法で、かつ有責な)行為である」という定義に従うと、犯罪として処罰されるのは「行為」です。この行為は、生命などの法益を直接侵害するような積極的な動作(作為)によって行われる場合だけでなく、危険にさらされた生命を助けないという消極的な動作(不作為)によっても行われるものです。刑法で犯罪として処罰される行為は、一般には作為ですが、例外的に不作為も処罰されます。前者を作為犯、後者を不作為犯といいます。
 作為犯の典型は、殺人や窃盗、放火などの犯罪です。不作為犯の典型は、あまり耳慣れませんが、不退去罪(刑130条後段)や保護責任者不保護罪(刑218条後段)などがあります。刑法は人を殺してはいけない、人の物を盗んではいけない、人の家に火を放ってはいけないと、私たちに命じているので、生命侵害、財産侵害、家屋の焼失などの結果を発生させるような行為(作為)を行ってはいけないということは明らかです。どのような作為が処罰されるのかは、社会生活の経験からも理解することができます。
 しかし、不作為犯の場合はそうはいえないません。どのような不作為が処罰されるのかは、刑法の条文を見なければわかりません。不退去罪や保護責任者不保護罪のような条文は、どのような場合に退去しなければならないか、どのような場合に保護しなければならないかを明らかにし、その命令に背く不作為を処罰することを明らかにしています。作為犯であれ、不作為犯であれ、どのような作為や不作為が処罰されるのかは、刑法で明確に定められています。作為には作為犯の規定が適用され、不作為には不作為犯の規定が適用されて処罰されます。
 さらに判例や学説は、作為を処罰する規定を不作為に適用して、処罰できることを認めています。つまり、不作為には2種類あるということです。1つは不作為の形式で定められた不作為犯であり、これを真正不作為犯といいます。もう1つは、作為の形成で定められた規定を不作為に適用する場合の不作為犯であり、これを不真正不作為犯といいます。殺人罪、保護責任者遺棄罪、放火罪などの作為犯について、不作為にも規定が適用されることが認められています。

5検討課題
 では、以上の因果関係と不作為犯について、簡単な事例問題を検討してみましょう。
 まずは因果関係の正否が問題になる事例です。因果関係が成立すれば既遂の犯罪(既遂犯)の構成要件該当性が認められますが、因果関係が成立しなければ、未遂を処罰する規定がある場合には未遂犯の構成要件該当性が認められるだけです。

事例1 Xは、殺意をもって帰宅途中のAめがけてピストルを発射した。弾丸はAに命中せず、無傷であった。しかし、Aは帰宅寸前に交通事故にあって頭蓋骨骨折により死亡した。Xの行為とA死亡との間に因果関係は成立し、殺人既遂罪の構成要件該当性が認められるだろうか。理由を含め、答えなさい。

事例2 Xは、Aが飛行機事故にあって死ねば保険金が手に入ると思い、殺意をもってAに飛行機で外国に旅行することを勧めた。Aはその勧めを受けて、外国に向かう飛行機に乗った。偶然にもAが乗った飛行機がエンジントラブルを起こし墜落し、Aは死亡した。

事例3 Xは、軽傷を負わせるつもりでAの頭を軽く叩いたところ、Aの頭部は脳梅毒にかかり、細胞組織が脆弱になっていたため、脳の血管が破裂し、脳梗塞により死亡した。XはAが脳梅毒にかかっていることを知らなかった。

事例4 Xは、Aを殴って重傷を負わせた。Aは通報を受けた救急車に乗せられて病院に向かったが、途中で交通事故にあい、Aは死亡した。

事例5 Xは、殺意をもって日本刀でAに斬りつけ、重傷を負わせた。Aは通報を受けた救急車に乗せられて病院に向かったが、途中で交通事故にあい、Aは死亡した。

事例6 Xは、Aに殴る蹴るの暴行を加えたところ、Aが恐怖の余り走り出し、Xの追跡から逃れるために、高速道路の壁を登って高速道路の内部に侵入した。そのとき、制限時速を遵守して走ってきたYのトラックにはねられ、Aは即死した。

事例7 Xは、Aを殺すために、その腹部をナイフで刺した。Aが多量の血を流し、動かなくなったので、死んだと思い、犯行を隠すために、すぐさまAを近くの海岸に運び、そこに放置して帰った。死体解剖の結果、Aは海岸の砂を吸飲したため、窒息死したことが判明した。

 次に不作為犯の正否が問題になる事案です。


事例1 Xは、A宅の水道工事のために、許可を得てA宅に立ち入り、水道の工事をし終えた後、空腹のため、持参した弁当を食べようとしたところ、Aから家の外に出て食べてほしいと言われた。外は雨が降っていたので、Xは外に出ず、そのまま食べ続けた。Xが外に出なかった不作為は、刑法130条後段の不退去罪の構成要件に該当するか。

事例2 Xは、生後間もない子どもAが夜泣きをするのに困り果て、空腹になれば、夜泣きが収まるかもしれないと考え、ミルクを与えなかった。XがAにミルクを与えない不作為は、刑法218条の保護責任者不保護罪の構成要件に該当するか。

事例3 Xは、非行少年グループのリーダーのAが独裁的な振る舞いを続けていることに反対し、Y、Zら数十名と共同してAに暴行を加えるために、深夜A宅の近くに集合した。すると、そこを通りかかった警察官Bから、家に帰るよう再三言われたが、今日しかチャンスがないと思い、Bの命令を無視した。X、Y、Zらの解散しない不作為は、刑法107条の多衆不解散罪の構成要件に該当するか。

事例4 Xは、深夜、自動車を運転し、恋人Yとドライブしていたところ、青信号の横断歩道を渡ろうとしていたAに、不注意にも車体をAに追突し、横転させた。Yは、Xに「悪いのはAだから、さっさと行こう」と言った。Xは、Yに言われるまま、その場に放置して、自動車を走らせた。Xは、救護しなければ、死んでしまうかもしれないと思っていた。Aは、1時間後に事故現場で死亡した。Aは、すぐにでも病院に運ばれて手当を受ければ、助かることができた。Aの死亡と因果関係があるのは、Xの不注意な自動車運転行為(作為)か(その場浴、過失運転致死罪の構成要件該当性が認められる)。それとも、救護しなかった不作為か(その場合、道路交通法の不救護罪の構成要件該当性と、さらに刑法の殺人罪の構成要件該当性が認められる)。

事例5 Xは、深夜、自動車を運転し、恋人Yとドライブしていたところ、青信号の横断歩道を渡ろうとしていたAに、不注意にも車体をAに追突し、横転させた。Yは、Xに「Aが死ぬようなことがあったら、取り返しがつかない」と言った。Xは、Yに言われるまま、Aを自車に乗せて走ったが、Xは、Aが苦しいとうめき声を上げるので、死んでしまうかもしれないと思ってので、寒い暗い農道に自動車を停車させて、Aを降ろして置き去りにして、自動車を走らせた。Aは、1時間後に死亡した。Aは、すぐにでも病院に運ばれて手当を受ければ、助かることができた。Aの死亡と因果関係があるのは、Xの不注意な自動車運転行為(作為)か(その場浴、過失運転致死罪の構成要件該当性が認められる)。それとも、救護しなかった不作為か(その場合、道路交通法の不救護罪の構成要件該当性と、さらに刑法の殺人罪の構成要件該当性が認められる)。

事例6 Xは、会社の事務所で、机の下に電気ストーブを置いて深夜残業していた。少し疲れたため、仮眠室で仮眠をとっていると、焦げ臭いにおいがしたので、事務所に戻ると、机の下の書類などが燃えているのを発見した。Xは、自分で消火することができ、また消防車を手配することもできたにもかかわらず、失態が発覚するのを恐れ、そのまま事務所を後にした。その結果、事務所は全焼した。書類に燃え移った火を消さなかったXの不作為は、放火罪(現住建造物等放火罪)の実行行為にあたるか。

事例7 Xは、会社の事務所で、机の下に電気ストーブを置いて深夜残業していた。少し疲れたため、仮眠室で仮眠をとっていると、焦げ臭いにおいがしたので、事務所に戻ると、机の下の書類などが燃えているのを発見した。Xは、もはや自分で消火することもできず、また消防車を手配する時間的余裕もなかったため、自分の身を守るために事務所を後にした。その結果、事務所は全焼した。書類に燃え移った火を消さなかったXの不作為は、放火罪(現住建造物等放火罪)の実行行為にあたるか。

事例8 Xは、少女Aをホテルに連れ込んで、Aに覚せい剤を注射したところ、Aが錯乱状態になった。Xは、ホテルのフロントなどに連絡すると、覚せい剤使用の事実が発覚すると思い、Aを置き去りにして、ホテルから立ち去った。その後、Aは覚せい剤による急性心不全により死亡した。鑑定の結果、Aが錯乱状態に陥った時点で直ちに救急医療を施していれば、Aの救命は十中八九、確実であった。Xの不作為が、保護責任者の遺棄(不作為による遺棄)に当たるか、さらにそれとA死亡との因果関係を認めることができるか。

事例9 Xは、少女Aをホテルに連れ込んで、Aに覚せい剤を注射したところ、Aが錯乱状態になった。Xは、ホテルのフロントなどに連絡すると、覚せい剤使用の事実が発覚すると思い、Aを置き去りにして、ホテルから立ち去った。その後、Aは覚せい剤による急性心不全により死亡した。鑑定の結果、Aが錯乱状態に陥った時点で直ちに救急医療を施しても、Aの救命が十中八九、確実であったといえるかは明らかではなかった。Xの不作為が、保護責任者の遺棄(不作為による遺棄)に当たるか、さらにそれとA死亡との因果関係を認めることができるか。