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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(13)論述

2021-07-04 | 日記
 第16問B 共同正犯と正当防衛
 甲は、日頃から不仲であったAを殺害しようと決意し、Aを痛めつけるよう乙を強く説得して、ナイフを持たせて一緒にタクシーでA宅へ向かった。甲は、Aが乙に襲いかかってくるであろうと思い、乙の行為によりAが死亡すれば好都合だと考え、タクシー内で乙に対して「やられたらナイフを使え」と指示した。A宅付近に到着後、乙をA宅の玄関付近に行かせ、自分は少し離れた場所で待機していた。乙は、みずから進んでAに暴行するつもりはなかったが、対応に出たAがいきなり金属バットで殴りかかってきた。そのため、Aの攻撃を防ぐため、とっさにナイフを取り出し、Aに重傷を負わせてもやむを得ないと思いつつ、Aの行為を阻止しようとナイフを突き出した。すると、たまたまナイフが急所に刺さったため、Aは死亡した。
 甲および乙の罪責を論ぜよ。
 論点 1共謀共同正犯 2共同正犯内の錯誤 3共同正犯と正当防衛
 答案構成
(1)乙の罪責について
1乙はAに重傷を負わせてもやむを得ないと、Aにナイフを突き出したところ、たまたまナイフが急所に刺さったためAは死亡した。乙の行為は傷害致死罪にあたるか。また、正当防衛ゆえに違法性が阻却されるか。
2人に対して故意に暴行または傷害を加え、よって死亡させた場合、傷害致死罪にあたる。
3ただし、急迫不正の侵害から自己または他人の権利を防衛するためやむを得ずにした行為は、正当防衛として違法性が阻却され、処罰されない。防衛の程度を超えた場合、過剰防衛になり、その刑を減軽・免除することができる。
4乙は、ナイフを取り出し、Aに重傷を負わせても止むを得ないと思いつつ、Aを刺し、死亡させた。傷害の故意により、Aを死亡させたので、傷害致死罪の構成要件に該当する。しかし、対応に出たAがいきなり金属バットで殴りかかってきたため、Aの攻撃を防ぐために行った。そうすると、Aによる急迫不正の侵害から、自己の生命または身体を防衛するためやむを得ずに行った行為である。金属バットで殴りかかってきた行為から自己を守るために行った防衛の意思と同時に、重傷を負わせても止むを得ないという攻撃的な意思が認められるが、防衛の意思に基づいていたといえる。結果的にAを死亡させたとはいえ、金属バットによる攻撃に対する防衛行為としては相当であったといえる。(または、金属バットによる攻撃に対して防衛行為を行ったとはいえ、ナイフで急所を刺し死亡させたのは、防衛の程度を超えており、防衛行為として相当であったとはいえない)。
5以上から、乙の行為は傷害致死罪の構成要件に該当するが、正当防衛ゆえに違法性が阻却される(または、過剰防衛であり、違法性は阻却されない)。


(2)甲の罪責について
1甲はAを殺害することを決意し、乙にAを痛めつけるよう説得して、ナイフを持たせた。タクシーでA宅に向かう途中、Aが乙に襲い掛かってくるであることを予想しながら、その場合に乙の行為によってAが死亡すれば好都合だと考え、乙に「やられたらナイフを使え」と指示した。乙はAを殺害した。甲にA殺害の教唆が成立するか、それともA殺害の共謀共同正犯が成立するか。


2教唆とは、人をそそのかして犯罪を実行させる行為である。他人に犯罪を実行させるので、その犯罪は他人の犯罪である。これに対して、2人以上の者が特定の犯罪の実行を共謀し、そのうちの者が共謀にかかる犯罪を実行した場合、共謀にだけ関与した者にも共同正犯が成立する。これを共謀共同正犯という。共謀にしか関与していなくても、他の共同正犯者の行為を利用して共謀にかかる犯罪を実現した以上、共同正犯の成立が認められている。甲は、日頃から不仲であったAを殺害しようと決意し、Aを痛めつけるよう乙を強く説得しているので、A殺害は甲自身の犯罪として捉えることができるので、本件では殺人罪の共謀共同正犯が問題になる。


3では、甲と乙は殺人罪を共謀したか。それは何時の時点においてか。甲は乙に対して当初は痛めつけるよう説得しただけである。これは傷害の共謀でしかない。そして、タクシー内で乙の行為によってAが死亡したら好都合だと考えて、乙に「やられたらナイフを使え」と指示し、乙にナイフを持たせた。したがって、甲には殺人を行う認識があったといえ、殺人罪の共謀はタクシー内において成立している。


4甲には殺意があったが、乙には進んで暴行するつもりはなかった。つまり、甲には殺人罪の故意があったが、乙には傷害の故意しかなかった。このような場合でも両者は共同正犯の関係にあるのか 。このような場合、甲が実現しようとした犯罪と乙が実現した犯罪の構成要件が重なる範囲で共同正犯が成立する。つまり、傷害罪の範囲において共同正犯が成立し、傷害から死亡が生じているので、傷害致死罪の共同正犯が成立する。さらに殺意のあった甲については、殺人罪の単独正犯が成立する。甲の傷害致死罪と殺人罪は1個の共謀行為によって実現されているので、観念的競合の関係に立つ(いわゆる部分的犯罪共同説からの論証)。
 さらに、乙は正当防衛(または過剰防衛)にあたり、その傷害致死罪の違法性が阻却される(または減少する)が、その効果は甲の殺人罪にも及ぶのか。乙は、Aの急迫不正の侵害がら自己の生命を防衛するため、やむを得ずに行ったが、甲はAが乙に襲い掛かってくることを予期しながら、乙の行為によってAが死亡れば好都合だと考えていたのであるから、甲には乙による積極的な加害を期待する意思があったといえる。そうすると、Aの侵害は、甲との関係においては急迫性が否定されると解すべきである。共同正犯者の間における正当防衛は、積極的加害意思や防衛の意思の有無によって個別的に判断され、その違法性阻却の可否も個別的に判断されると考えられるので、乙に正当防衛(または過剰防衛)が成立しても、その効果は甲には及ばない。
5以上から、甲には殺人罪が成立する。


(3)結論
 甲と乙には傷害致死罪の共同正犯が(刑60、205)、甲には殺人罪の単独正犯(刑199)が成立する。
 甲の傷害致死罪の共同正犯と殺人罪の単独正犯は、観念的競合の関係に立つ(刑54①前段)。
 乙の傷害致死罪は、正当防衛(刑36)ゆえに、違法性が阻却される(過剰防衛ゆえに、違法性は阻却されず、刑を減軽・免除することができる)。
甲の殺人罪には、正当防衛(または過剰防衛)は成立しない。