刑法Ⅱ(各論) 国家的法益に対する罪――国家の作用に対する罪
第14回 犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪
(1)犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪
犯人蔵匿罪および証拠隠滅罪もまた、逃走罪と同様に、国家の刑事司法上の作用を害するという性格を持っています。
1犯人蔵匿罪・犯人隠避罪
刑法103条 罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
ⅰ保護法益
犯人蔵匿罪は、犯人の発見や身柄の拘束を妨げる行為です。国の刑事司法の作用の迅速かつ確実な執行を保護するために設けられた規定です。
ⅱ客体
本罪の行為客体は、「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」です。罰金(1万円以上)以上と規定されているので、それ以下の刑である拘留(1日以上30日未満の刑事施設への収容)や科料(千円以上1万円未満の財産刑)の刑にあたる罪は、本罪の対象から除外されます。例えば、侮辱罪(231条)や軽犯罪法違反の行為は除外されます。
「罪を犯した者」の要件については、争いがあります。判例によれば、本罪の保護法益を刑事司法の作用、特に犯罪捜査の迅速かつ確実な執行にあり、その立法目的の達成との関係で理解するならば、犯罪の真犯人だけでなく、被疑者として捜査の対象とされている者を含む(被疑者説)と解されます(最判昭24・8・9刑集3・9・1440)。しかし、刑事司法の目的は、「事実の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現すること」(刑訴法1条)なので、真犯人に限定すべきと解する立場もあります(真犯人説)。
ⅲ行為
本罪の行為は、蔵匿または隠避です。
「蔵匿する」とは、逃避者(罪を犯して逃げている者)に捜査機関による発見を免れるために場所を提供することです。隠れ家としての住居を提供するのがその典型です。本罪の成立には、蔵匿にあたる行為が行われていることで足り、実際に発見を免れたことを要しないと解されています(抽象的危険犯)。
「隠避させる」とは、蔵匿以外の方法によって捜査機関による発見や逮捕を免れさせることをいいます。「隠避」するのは逃避者なので、本罪の行為は「隠避をさせる」こと、つまり逃避者以外に者が逃避者に逃避の便益を与えることです。蔵匿と同様に、隠避にあたる行為が行われることで足り、捜査機関による発見や逮捕から免れさせることは必要ではないと解されています(抽象的危険犯)。具体的には、逃避者に対して、その留守宅の状況、家族の安否、捜査の状況などを知らせる行為(大判昭5・9・18刑集9・668)、犯人の発見・逮捕を免れさせるために参考人が捜査官に虚偽の供述をすることなどは(和歌山地判昭36・8・21下刑3・7=8・783)、逃避の便益を与える効果を持つとして、隠避罪の成立が認められています。
被疑者の逮捕・勾留中に、身代わり犯人として警察へ出頭するよう仕向けた行為につき、その行為が現に行われている身柄拘束から免れさせる性質を持っていることを理由に、出頭した者には犯人隠避罪の成立が、出頭するよう仕向けた者には犯人隠避の教唆の成立が認められています(最決平元・5・1刑集43・5・405)。
また、捜査機関が犯罪の被疑事実を確認しながらも、その被疑者が誰なのか分かっていない段階で、すでに真犯人は死亡しているにもかかわらず、捜査機関に対して自らが犯人である旨の虚偽の申告をした場合、それは捜査妨害になるので、犯人隠避にあたると判断されています(札幌高判平17・8・18判時1923・160)。つまり、真犯人が逮捕・勾留されていても、また死亡していても、刑事司法の作用を妨害する以上、犯人隠避罪の成立が認められます。
ⅳ故意
本罪の故意は、「罰金刑以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者」の蔵匿・隠避の認識です。その成立には、罪を犯した者または拘禁中に逃走した者であることの認識で足り、その罪の法定刑が罰金刑以上であることまで認識していることを要しません(最決昭29・9・30刑集8・9・1575)。窃盗犯を収賄犯と錯誤しても、「罪を犯した」ことを認識していれば、本罪の故意は阻却されません(大判大4・3・4刑録21・231)。
争いがあるのは、真犯人ではないと誤信して蔵匿・隠避した場合、故意が否定されるかです。本罪の行為客体を真犯人に限るならば(真犯人説)、故意の成立には真犯人である認識が必要であり、真犯人でないと認識した場合、それは事実の錯誤であり、故意の成立が否定されます。判例の立場(被疑者説)からは、真犯人でないと確信していても、被疑者であることを認識していれば、故意が成立します。
ⅴ共犯
本罪は、罪を犯した者を第三者が蔵匿し、隠避させる行為です。本人が自ら隠れても、本罪にはあたりません(自己蔵匿・自己隠避)。被疑者が自ら逃亡するのは防御権の行使です。捜査機関に出頭する義務はありません。それを期待することもできません。隠れて逃亡しても、それを非難することはできません。
では、被疑者Aが他人Bに依頼して蔵匿・隠避させた場合、どのように解すべきでしょうか。Bには、犯人蔵匿罪または隠避罪が成立します(正犯)。Aはその教唆犯にあたるでしょうか。判例は、自ら逃亡することは「防禦権の行使」として許されても、他人を巻ぞいにするのは、「防禦権の濫用」であることを理由に、犯人蔵匿罪・隠避罪の教唆の成立を認めています(最決昭40・2・26刑集19・1・59)。被疑者には国家の刑罰権から自己の権利を防御することが認められていますが、それは自己負罪拒否権=黙秘権や弁護人選任権など憲法・刑事訴訟法で保障された権利を行使することによって行なうべきです。他人に犯人蔵匿などの違法な行為をさせてまで、自分を防禦することまで認められません。
判例が、他人に蔵匿・隠避を依頼した真犯人・被疑者に対して、犯人蔵匿罪や犯人隠避罪の教唆の成立を認めるのは、理論的には「共犯の処罰根拠論」における「堕落説」(不法共犯説ないし責任共犯論)の考えがあるからではないかと思います。これに対して、「惹起説」(因果的共犯論)の立場は、犯人蔵匿罪の教唆の成立を否定する可能性があります。それは「共犯の処罰根拠」として議論されている問題に関連します。共犯が処罰されるのはなぜかというと、それは共犯が正犯の結果をの「間接的」に惹起した点にあります。その正犯の結果は、共犯者がそれを直接自らが惹起した場合にも処罰される違法なものでなければなりません。Bが行った犯人蔵匿・隠避は、Aから見れば、「自己蔵匿・自己隠避」であり、直接自ら惹起しても処罰されないので、教唆犯は成立しないということです。
2証拠隠滅罪
刑法104条 他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、または偽造若しくは偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
ⅰ行為客体
本罪の行為客体は、他人の刑事事件に関する証拠です。証拠とは、犯罪の成否、犯罪の態様、刑の軽重に関係を及ぼす情状を決定しうる一切のものです(大判昭7・12・10刑集11・1817)。証拠の典型は、犯行を目撃した証人、被疑者の供述内容が記載された供述調書です。これらを「証拠方法」といいます(証明のための方法・手段)。これに対して、供述調書などに記載された証人の証言内容や被疑者の供述内容そのものを「証拠資料」といいます(証明のための資料)。供述物証だけでなく、証人や参考人の人証も含まれます(最決昭36・8・17刑集15・7・1293)。本罪の行為客体は、隠滅・偽造・変造の大砲なので、「証拠方法」に限られます。
自己の刑事事件に関する証拠を隠滅などしても、本罪は成立しません。判例は、AとBが共同正犯の関係にあり、Aが事件の証拠を隠滅した場合、自分のためにする意思で行った場合、それは自己の刑事事件に関する証拠であるため、本罪にあたらないと判断しています(大判大8・3・31刑録25・403)。
そうすると、同じ行為を他人のためにする意思から行なわれた場合、処罰されることになりそうです。意思内容によって、行為客体が変化するからかのか、それとも自己利益のために行なった場合、故意が否定されるからなのか、判例の立場は明らかではありませんが、証拠が自己の刑事事件と関連している場合、意思内容や動機のいかんにかかわらず、自己の刑事事件の証拠と解すべきでしょう。
ⅱ行為
本罪の行為は、証拠の隠滅と偽造・変造です。
隠滅とは、証拠の顕出を妨げ(隠す行為)、またはその効力を滅失させる行為をいいます(消滅させる行為)。証拠の蔵匿(大判明43・3・25刑録16・470)、証人・参考人を隠避させる行為も隠滅に含まれます。
偽造とは、実在しない証拠を新たに作り出すことです。変造とは、既存の証拠に変更を加えることをいいます。
宣誓していない証人や参考人が、捜査官に対して、虚偽の供述を行い、虚偽内容の供述書を作成させたとします。宣誓していないので、虚偽の供述をしても、偽証罪にはあたりません。判例は、本罪の行為客体が「証拠方法」に限定されていることを理由に、「虚偽の供述を行うこと」それ自体は、証拠偽造罪にはあたらないと判断していました(大判昭9・8・4刑集13・1059)。最近でも、参考人が虚偽の供述をすること自体は、証拠偽造にはあたらないと認定されています(千葉地判平7・6・2判時1535・144)。従って、証人や参考人が虚偽の供述を行なっても、証拠偽造にはあたりません。
では、虚偽内容の証拠を作り出したとして、証拠偽造罪が成立するでしょうか。虚偽の供述ではなく、それによって虚偽内容の供述証拠(証拠方法)を作成した場合です。このような場合、供述証拠を作成したのは捜査官なので、供述者は証拠偽造には問われないでしょう。ただし、虚偽内容の上申書を作成して、それを捜査官に提出したような場合、証拠偽造罪にあたります(東京高判昭40・3・29高刑集18・2・126)。その理由は、参考人が「虚偽内容の上申書」という証拠書類(証拠方法)を作成し(証拠偽造)、それを捜査官に提出した(偽造証拠使用)ことが重視されているからでしょう。ただし、宣誓していない証人や参考人が上申書を作成するときでも、そこに真実を記載する義務がないなら、そのような行為は一般に証拠偽造罪にはあたらないと解することもできます。
3親族による犯罪に関する特例
刑法105条 前2条の罪については、犯人又は逃走した者の親族がこれらの者の利益のために犯したときは、その刑を免除することができる。
ⅰ親族の特例
犯人蔵匿・犯人隠避または証拠隠滅・偽造・変造が、親族間で行なわれた場合、その刑が裁量的に免除されます(任意的免除)。犯罪としては成立しますが、刑が免除されるだけだと考えることができます(一身的刑罰阻却事由説)。これに対して、適法行為の期待可能性が減少するので、責任(非難可能性)が減少・阻却されると解することもできます(可罰的責任阻却事由説)。犯罪を犯した者をその身内の者がかくまうというのは、違法であっても、非難できないという主旨です。
ⅱ共犯
①親(犯人)が子を教唆して隠避させた
犯罪を行なった父親Aが教唆して、子どもBに隠れ家を提供させた場合、Bの犯人隠避罪は、刑を任意的に免除されます。Aの自己隠避は犯罪にはあたりませんが、判例によれば、「防禦権の濫用」を理由に、犯人隠避罪の教唆にあたります。ただし、惹起説からは自己隠避を理由に非難可能性が否定され、犯人隠避罪の教唆の成立は否定されます。
②子が教唆して親(犯人)を隠避させた
子どもBが教唆して、犯罪を行なった父親Aに隠れるよう説得した場合、Aの自己隠避(正犯)が不処罰である以上、Bがそれを教唆しても罪にはなりません(教唆は「犯罪の教唆」だけが処罰されます)。
③子が第三者に依頼して親(犯人)を隠避させた
子どもBが、第三者Cに依頼して、犯罪を行なった父親Aに隠れ家と提供させた場合、Cの立場からは、Aは自分の親族ではないので、犯人隠避罪(の正犯)が成立します。Bの立場からは、Aは自分の親族であるが、第三者を巻き込んで行うのは「庇護の濫用」であるので、判例によれば、犯人隠避罪の教唆の成立が認められます(大判昭8・10・18刑集12・1820)。ここには不法共犯論ないし責任共犯論の考えが伺われますが、因果的共犯論からは、Bの立場からはAは自分の親族であるので、犯人隠避罪の教唆の刑が任意的に免除されます。
④第三者が子に依頼して親(犯人)を隠避させた
子どもBによる犯罪を行なった父親Aの隠避については、刑を任意的に免除されます。Cの立場からは、Aは自分の親族ではないので、犯人隠避罪の教唆が成立します。その刑は任意的に免除されません。
4証人等威迫罪
刑法105条の2 自己若しくは他人の刑事事件の捜査若しくは審判に必要な知識を有すると認められる者又はその親族に対し、当該事件に関して、正当な理由がないのに面会を強請し、又は強談威迫の行為をした者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
ⅰ基本的性格
本罪は、昭和33年(1958年)の刑法改正で取り入れられた規定です。暴力団による「お礼参り」を防止し、処罰する規定である。刑事司法の作用を円滑かつ適正に遂行すると同時に、証人などの安全と私生活の平穏を守るという個人的法益の保護の側面も兼ね備えています。暴行・脅迫を用いて面会を強要した場合、強要罪にあたると思われます。
ⅱⅡ行為客体
自分の刑事事件についても成立し、親族に関する特例は適用されません。「捜査若しくは審判に必要な知識を有すると認められる者又はその親族」とは、刑事事件の被害者、証人、参考人、鑑定人およびその親族です。捜査・審判前およびその途中において、不当な圧力から被害者や証人を守るだけでなく、捜査・審判後の報復的な行為の予防のための運用が求められています。
面会の強請とは、相手の意思に反して面会を要求することです。強談威迫とは、相手に対して自己の要求に応ずるよう言動をもって強く求めることをいいます。
第14回 犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪
(1)犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪
犯人蔵匿罪および証拠隠滅罪もまた、逃走罪と同様に、国家の刑事司法上の作用を害するという性格を持っています。
1犯人蔵匿罪・犯人隠避罪
刑法103条 罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
ⅰ保護法益
犯人蔵匿罪は、犯人の発見や身柄の拘束を妨げる行為です。国の刑事司法の作用の迅速かつ確実な執行を保護するために設けられた規定です。
ⅱ客体
本罪の行為客体は、「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」です。罰金(1万円以上)以上と規定されているので、それ以下の刑である拘留(1日以上30日未満の刑事施設への収容)や科料(千円以上1万円未満の財産刑)の刑にあたる罪は、本罪の対象から除外されます。例えば、侮辱罪(231条)や軽犯罪法違反の行為は除外されます。
「罪を犯した者」の要件については、争いがあります。判例によれば、本罪の保護法益を刑事司法の作用、特に犯罪捜査の迅速かつ確実な執行にあり、その立法目的の達成との関係で理解するならば、犯罪の真犯人だけでなく、被疑者として捜査の対象とされている者を含む(被疑者説)と解されます(最判昭24・8・9刑集3・9・1440)。しかし、刑事司法の目的は、「事実の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現すること」(刑訴法1条)なので、真犯人に限定すべきと解する立場もあります(真犯人説)。
ⅲ行為
本罪の行為は、蔵匿または隠避です。
「蔵匿する」とは、逃避者(罪を犯して逃げている者)に捜査機関による発見を免れるために場所を提供することです。隠れ家としての住居を提供するのがその典型です。本罪の成立には、蔵匿にあたる行為が行われていることで足り、実際に発見を免れたことを要しないと解されています(抽象的危険犯)。
「隠避させる」とは、蔵匿以外の方法によって捜査機関による発見や逮捕を免れさせることをいいます。「隠避」するのは逃避者なので、本罪の行為は「隠避をさせる」こと、つまり逃避者以外に者が逃避者に逃避の便益を与えることです。蔵匿と同様に、隠避にあたる行為が行われることで足り、捜査機関による発見や逮捕から免れさせることは必要ではないと解されています(抽象的危険犯)。具体的には、逃避者に対して、その留守宅の状況、家族の安否、捜査の状況などを知らせる行為(大判昭5・9・18刑集9・668)、犯人の発見・逮捕を免れさせるために参考人が捜査官に虚偽の供述をすることなどは(和歌山地判昭36・8・21下刑3・7=8・783)、逃避の便益を与える効果を持つとして、隠避罪の成立が認められています。
被疑者の逮捕・勾留中に、身代わり犯人として警察へ出頭するよう仕向けた行為につき、その行為が現に行われている身柄拘束から免れさせる性質を持っていることを理由に、出頭した者には犯人隠避罪の成立が、出頭するよう仕向けた者には犯人隠避の教唆の成立が認められています(最決平元・5・1刑集43・5・405)。
また、捜査機関が犯罪の被疑事実を確認しながらも、その被疑者が誰なのか分かっていない段階で、すでに真犯人は死亡しているにもかかわらず、捜査機関に対して自らが犯人である旨の虚偽の申告をした場合、それは捜査妨害になるので、犯人隠避にあたると判断されています(札幌高判平17・8・18判時1923・160)。つまり、真犯人が逮捕・勾留されていても、また死亡していても、刑事司法の作用を妨害する以上、犯人隠避罪の成立が認められます。
ⅳ故意
本罪の故意は、「罰金刑以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者」の蔵匿・隠避の認識です。その成立には、罪を犯した者または拘禁中に逃走した者であることの認識で足り、その罪の法定刑が罰金刑以上であることまで認識していることを要しません(最決昭29・9・30刑集8・9・1575)。窃盗犯を収賄犯と錯誤しても、「罪を犯した」ことを認識していれば、本罪の故意は阻却されません(大判大4・3・4刑録21・231)。
争いがあるのは、真犯人ではないと誤信して蔵匿・隠避した場合、故意が否定されるかです。本罪の行為客体を真犯人に限るならば(真犯人説)、故意の成立には真犯人である認識が必要であり、真犯人でないと認識した場合、それは事実の錯誤であり、故意の成立が否定されます。判例の立場(被疑者説)からは、真犯人でないと確信していても、被疑者であることを認識していれば、故意が成立します。
ⅴ共犯
本罪は、罪を犯した者を第三者が蔵匿し、隠避させる行為です。本人が自ら隠れても、本罪にはあたりません(自己蔵匿・自己隠避)。被疑者が自ら逃亡するのは防御権の行使です。捜査機関に出頭する義務はありません。それを期待することもできません。隠れて逃亡しても、それを非難することはできません。
では、被疑者Aが他人Bに依頼して蔵匿・隠避させた場合、どのように解すべきでしょうか。Bには、犯人蔵匿罪または隠避罪が成立します(正犯)。Aはその教唆犯にあたるでしょうか。判例は、自ら逃亡することは「防禦権の行使」として許されても、他人を巻ぞいにするのは、「防禦権の濫用」であることを理由に、犯人蔵匿罪・隠避罪の教唆の成立を認めています(最決昭40・2・26刑集19・1・59)。被疑者には国家の刑罰権から自己の権利を防御することが認められていますが、それは自己負罪拒否権=黙秘権や弁護人選任権など憲法・刑事訴訟法で保障された権利を行使することによって行なうべきです。他人に犯人蔵匿などの違法な行為をさせてまで、自分を防禦することまで認められません。
判例が、他人に蔵匿・隠避を依頼した真犯人・被疑者に対して、犯人蔵匿罪や犯人隠避罪の教唆の成立を認めるのは、理論的には「共犯の処罰根拠論」における「堕落説」(不法共犯説ないし責任共犯論)の考えがあるからではないかと思います。これに対して、「惹起説」(因果的共犯論)の立場は、犯人蔵匿罪の教唆の成立を否定する可能性があります。それは「共犯の処罰根拠」として議論されている問題に関連します。共犯が処罰されるのはなぜかというと、それは共犯が正犯の結果をの「間接的」に惹起した点にあります。その正犯の結果は、共犯者がそれを直接自らが惹起した場合にも処罰される違法なものでなければなりません。Bが行った犯人蔵匿・隠避は、Aから見れば、「自己蔵匿・自己隠避」であり、直接自ら惹起しても処罰されないので、教唆犯は成立しないということです。
2証拠隠滅罪
刑法104条 他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、または偽造若しくは偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
ⅰ行為客体
本罪の行為客体は、他人の刑事事件に関する証拠です。証拠とは、犯罪の成否、犯罪の態様、刑の軽重に関係を及ぼす情状を決定しうる一切のものです(大判昭7・12・10刑集11・1817)。証拠の典型は、犯行を目撃した証人、被疑者の供述内容が記載された供述調書です。これらを「証拠方法」といいます(証明のための方法・手段)。これに対して、供述調書などに記載された証人の証言内容や被疑者の供述内容そのものを「証拠資料」といいます(証明のための資料)。供述物証だけでなく、証人や参考人の人証も含まれます(最決昭36・8・17刑集15・7・1293)。本罪の行為客体は、隠滅・偽造・変造の大砲なので、「証拠方法」に限られます。
自己の刑事事件に関する証拠を隠滅などしても、本罪は成立しません。判例は、AとBが共同正犯の関係にあり、Aが事件の証拠を隠滅した場合、自分のためにする意思で行った場合、それは自己の刑事事件に関する証拠であるため、本罪にあたらないと判断しています(大判大8・3・31刑録25・403)。
そうすると、同じ行為を他人のためにする意思から行なわれた場合、処罰されることになりそうです。意思内容によって、行為客体が変化するからかのか、それとも自己利益のために行なった場合、故意が否定されるからなのか、判例の立場は明らかではありませんが、証拠が自己の刑事事件と関連している場合、意思内容や動機のいかんにかかわらず、自己の刑事事件の証拠と解すべきでしょう。
ⅱ行為
本罪の行為は、証拠の隠滅と偽造・変造です。
隠滅とは、証拠の顕出を妨げ(隠す行為)、またはその効力を滅失させる行為をいいます(消滅させる行為)。証拠の蔵匿(大判明43・3・25刑録16・470)、証人・参考人を隠避させる行為も隠滅に含まれます。
偽造とは、実在しない証拠を新たに作り出すことです。変造とは、既存の証拠に変更を加えることをいいます。
宣誓していない証人や参考人が、捜査官に対して、虚偽の供述を行い、虚偽内容の供述書を作成させたとします。宣誓していないので、虚偽の供述をしても、偽証罪にはあたりません。判例は、本罪の行為客体が「証拠方法」に限定されていることを理由に、「虚偽の供述を行うこと」それ自体は、証拠偽造罪にはあたらないと判断していました(大判昭9・8・4刑集13・1059)。最近でも、参考人が虚偽の供述をすること自体は、証拠偽造にはあたらないと認定されています(千葉地判平7・6・2判時1535・144)。従って、証人や参考人が虚偽の供述を行なっても、証拠偽造にはあたりません。
では、虚偽内容の証拠を作り出したとして、証拠偽造罪が成立するでしょうか。虚偽の供述ではなく、それによって虚偽内容の供述証拠(証拠方法)を作成した場合です。このような場合、供述証拠を作成したのは捜査官なので、供述者は証拠偽造には問われないでしょう。ただし、虚偽内容の上申書を作成して、それを捜査官に提出したような場合、証拠偽造罪にあたります(東京高判昭40・3・29高刑集18・2・126)。その理由は、参考人が「虚偽内容の上申書」という証拠書類(証拠方法)を作成し(証拠偽造)、それを捜査官に提出した(偽造証拠使用)ことが重視されているからでしょう。ただし、宣誓していない証人や参考人が上申書を作成するときでも、そこに真実を記載する義務がないなら、そのような行為は一般に証拠偽造罪にはあたらないと解することもできます。
3親族による犯罪に関する特例
刑法105条 前2条の罪については、犯人又は逃走した者の親族がこれらの者の利益のために犯したときは、その刑を免除することができる。
ⅰ親族の特例
犯人蔵匿・犯人隠避または証拠隠滅・偽造・変造が、親族間で行なわれた場合、その刑が裁量的に免除されます(任意的免除)。犯罪としては成立しますが、刑が免除されるだけだと考えることができます(一身的刑罰阻却事由説)。これに対して、適法行為の期待可能性が減少するので、責任(非難可能性)が減少・阻却されると解することもできます(可罰的責任阻却事由説)。犯罪を犯した者をその身内の者がかくまうというのは、違法であっても、非難できないという主旨です。
ⅱ共犯
①親(犯人)が子を教唆して隠避させた
犯罪を行なった父親Aが教唆して、子どもBに隠れ家を提供させた場合、Bの犯人隠避罪は、刑を任意的に免除されます。Aの自己隠避は犯罪にはあたりませんが、判例によれば、「防禦権の濫用」を理由に、犯人隠避罪の教唆にあたります。ただし、惹起説からは自己隠避を理由に非難可能性が否定され、犯人隠避罪の教唆の成立は否定されます。
②子が教唆して親(犯人)を隠避させた
子どもBが教唆して、犯罪を行なった父親Aに隠れるよう説得した場合、Aの自己隠避(正犯)が不処罰である以上、Bがそれを教唆しても罪にはなりません(教唆は「犯罪の教唆」だけが処罰されます)。
③子が第三者に依頼して親(犯人)を隠避させた
子どもBが、第三者Cに依頼して、犯罪を行なった父親Aに隠れ家と提供させた場合、Cの立場からは、Aは自分の親族ではないので、犯人隠避罪(の正犯)が成立します。Bの立場からは、Aは自分の親族であるが、第三者を巻き込んで行うのは「庇護の濫用」であるので、判例によれば、犯人隠避罪の教唆の成立が認められます(大判昭8・10・18刑集12・1820)。ここには不法共犯論ないし責任共犯論の考えが伺われますが、因果的共犯論からは、Bの立場からはAは自分の親族であるので、犯人隠避罪の教唆の刑が任意的に免除されます。
④第三者が子に依頼して親(犯人)を隠避させた
子どもBによる犯罪を行なった父親Aの隠避については、刑を任意的に免除されます。Cの立場からは、Aは自分の親族ではないので、犯人隠避罪の教唆が成立します。その刑は任意的に免除されません。
4証人等威迫罪
刑法105条の2 自己若しくは他人の刑事事件の捜査若しくは審判に必要な知識を有すると認められる者又はその親族に対し、当該事件に関して、正当な理由がないのに面会を強請し、又は強談威迫の行為をした者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
ⅰ基本的性格
本罪は、昭和33年(1958年)の刑法改正で取り入れられた規定です。暴力団による「お礼参り」を防止し、処罰する規定である。刑事司法の作用を円滑かつ適正に遂行すると同時に、証人などの安全と私生活の平穏を守るという個人的法益の保護の側面も兼ね備えています。暴行・脅迫を用いて面会を強要した場合、強要罪にあたると思われます。
ⅱⅡ行為客体
自分の刑事事件についても成立し、親族に関する特例は適用されません。「捜査若しくは審判に必要な知識を有すると認められる者又はその親族」とは、刑事事件の被害者、証人、参考人、鑑定人およびその親族です。捜査・審判前およびその途中において、不当な圧力から被害者や証人を守るだけでなく、捜査・審判後の報復的な行為の予防のための運用が求められています。
面会の強請とは、相手の意思に反して面会を要求することです。強談威迫とは、相手に対して自己の要求に応ずるよう言動をもって強く求めることをいいます。