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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅱ(各論)(第14回 偽証罪 2017年01月12日)

2017-01-11 | 日記
 刑法Ⅱ(各論) 国家的法益に対する罪――国家の作用に対する罪
 第14回 偽証罪

(1)偽証の罪
1偽証の罪の総説
ⅰ基本類型
 偽証の罪は、法律により宣誓した証人による偽証罪と宣誓した鑑定人、通訳人・翻訳人による虚偽鑑定罪からなりたっています。宣誓証人による偽証については、自白した場合に任意的に刑を減軽または免除することができます。

ⅱ保護法益
 現行刑法は、偽証の罪を通貨偽造罪や文書偽造罪に並んで配列しています。宣誓証人が偽証しても、何ら罪に問われないならば、裁判において行われている証言や鑑定に対する一般国民の信用は大きく損なわれることは間違いないでしょう。このように考えるならば、偽証罪の保護法益は証言や鑑定の公的信用であり、通貨や文書に対する公的信用を保護法的としている通貨偽造罪や文書偽造罪と同様に(社会的法益に対する犯罪として)扱ことができます。

 しかし、宣誓証人の証言や鑑定に対する公的信用性を保護する必要があるのは、通貨偽造罪のような経済的取引の安全性・確実性を担保する保障するためではありません。それは、司法の作用の適正さ、例えば刑事裁判において無実の人が裁かれないように、また有罪であっても不必要な刑罰が科されないようにする必要性があるからです。その意味で、偽証の罪と虚偽申告の罪は国家の司法作用に対する罪として位置付けられるべきであるといえます。改正刑法草案もまたは、「偽証および証拠隠滅の罪」という形で犯罪の分類を行っています。

2偽証罪
 刑法169条 法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、3月以上10年以下の懲役に処する。

ⅰ主体
 本罪の主体は、法律により宣誓した証人です。それ以外の者は、本罪の行為主体にはなりえません(構成的身分犯)。Aが、宣誓証人Bに対して、偽証するよう働きかけた場合、Bには偽証罪の正犯が、Aには刑法65条1項を適用して、偽証罪の教唆犯が成立します。

①事前の宣誓と事後の宣誓
 「法律による宣誓」とは、法律または法律により委任された命令において定められている場合の宣誓をいいます(刑訴法154条、民訴法201条、少年法14条、国交法16条・91条に基づく人事院規則13条・52条など)。法律に宣誓の根拠がない場合、偽証罪は成立しません。

 虚偽の陳述は、「法律により宣誓した証人」によって行なわれるので、宣誓は陳述の前に、つまり尋問の前に行なわれていなければなりません。ただし、陳述の後に宣誓が行なわれる場合もあります(民訴規則112条①)。それゆえ、宣誓が陳述の後に行なわれた場合、遡って偽証罪が成立するか否か争いがあります。

 条文の文理をそのまま解釈すれば、事後の宣誓の場合、偽証罪の成立を否定するのが素直な解釈といえます。しかし、事後の宣誓は、陳述の内容の正確さや適正さを最終確認し、それを保証する性質を持っていると考えるならば、偽証罪の成立を肯定することもできます(「私が先ほど述べた事柄には、偽りはありません。それを改めて宣誓します」)。通説・判例も、肯定的な立場に立っています。

②刑事被告人による「偽証」
 刑事被告人には、自己に不利益な供述をする義務はなく(憲38①)、法廷で終始無言のまま供述を拒否する権利があります(刑訴311①)。ただし、任意に供述することはできます(刑訴311②)。しかし、その供述は被告人としての供述であって、「証人」としてのものではありません。被告人には自己の刑事事件に対する証人としての適格性がないので、任意に行なった供述の内容が虚偽であっても、偽証に問われることはありません。

ⅱ行為
①偽証罪と証言拒否罪の違い
 本罪の行為は、「虚偽の陳述」を行うことです。それは「作為による陳述」に限られます。黙秘して証言を行わない場合については、「証言拒否罪」(刑訴161)が問題になるだけです。刑事訴訟法は、証言の拒否によって刑事司法の審判作用の適正さが害されるのを防ぐために、証言拒否罪を設けています。

 これに対して、刑法が処罰する偽証のは、審判作用の適正さを害する全ての行為ではなく、虚偽の陳述を行って審判作用の適正さを害した場合だけです。従って、証言拒否を偽証罪で処罰することはできないと解すべきです。

②虚偽性の意味
1)主観説と客観説
 証人は、自己の記憶に基づいて、それに忠実に陳述しなければなりません。証言とはそういうものです。法律により宣誓したことによって、証人は自分の記憶に忠実に陳述することが義務づけられていると解するならば、陳述が虚偽であるか否かは、証人が自己の記憶に反して陳述を行ったか否かによって決定されることになります(主観説)。宣誓したにもかかわらず、記憶に反する事柄を証言するならば、司法の審判作用の適正さを害する危険性があると解されるからです(抽象的危険犯)。

 これに対して、司法の審判作用の適正さを害する危険が発生するのは、記憶に反した陳述が行われたからではなく、客観的な事実に反する供述が行われたからではないでしょうか(具体的危険犯)。このように考えると、陳述の虚偽性の判断基準は、陳述が客観的な事実に反したか否かにあることになります(客観説)。

2)記憶に反した陳述が客観的事実に合致した場合
 この対立は、宣誓証人の記憶に反して行った陳述が、客観的な事実に合致していた場合に、偽証罪の成立を認めるか否かをめぐって明らかになります。

 主観説からは、陳述した内容が客観的な事実に合致していても、記憶に反した陳述を故意に行なった以上、偽証罪が成立します。偽証罪は、「記憶に反した陳述を行なう」という証人の心理過程が「陳述」という外部的な行為において表現される犯罪、すなわち「表現犯」です。この犯罪の場合、記憶に反した事柄を述べているという主観的認識が偽証罪の構成要件該当性を肯定する決定的な要素になります(主観的違法要素)。従って、証人が自己の記憶に従って陳述を行っている限り、それが客観的事実に反し、司法の審判作用に悪影響が出ようとも、偽証罪の構成要件該当性は否定されます(その故意が否定されるのはもちろんです)。

 客観説からは、証人の陳述が客観的事実に合致している以上、偽証罪の構成要件該当性は否定されます。偽証を行っているという認識(故意)だけでは、処罰することはできません。従って、客観的事実に反した陳述を行えば、その主観的認識にかかわりなく、偽証罪の構成要件該当性が認めらます。その場合、「客観的事実に合致した事柄を述べている」という認識があるので、偽証罪の故意は否定されます。

ⅲ故意の内容
偽証罪の故意は、主観説からは「自己の記憶に反した事柄を陳述している」という認識です。従って、「自己の記憶に合致した事柄を陳述している」という認識がある場合には、主観説からは、偽証罪の構成要件該当性とその故意が認められることになります。

 これに対して、客観説からは、偽証罪の故意は、「客観的事実に反した事柄を陳述している」という認識になります。従って、「客観的事実に合致した事柄を陳述している」という認識がある場合には、陳述した事柄が客観的事実に合致していない場合、偽証罪の構成要件に該当し、それが客観的事実に合致していると認識していれば、偽証罪の故意は否定されることになります。
 故意を構成要件要素と捉えるならば、故意が否定される場合、偽証罪の構成要件該当性が否定されます。

ⅳ共犯
先に述べたように、刑事被告人は自己の刑事事件の証人になることはできません。では、刑事被告人Aが、自己の刑事事件の証人Bに対して、虚偽の陳述を行うよう依頼した場合、偽証罪の教唆にあたるでしょうか。学説には、被告人が自己の刑事事件で虚偽の供述をしても罪に問われないのは、真実を述べることの期待可能性がないからです。しかし、他人に偽証させた場合にまで、期待可能性がなかったとはいえないでしょう。このように考えるなら、教唆の成立は認められます。判例は、偽証罪の教唆の成立を認めています(最決昭27・2・14大判集(刑)60・851)。

 さらに、被告人Aが、審判が分離された共同正犯者Bの事件の証人として、虚偽の供述を行った場合、偽証罪に問われるでしょうか。審判が分離されている以上、AはBの刑事事件の証人になりえます。従って、Aが正当な理由がなく宣誓や証言を拒めば、証言拒否罪にあたり(刑訴161)、宣誓のうえ虚偽の陳述をすれば偽証罪にあたります。

3自白による刑の減免
 刑法170条 前条の罪を犯した者が、その証言をした事件について、その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前に自白したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる。

 本条は、宣誓証人が偽証を行い、誤った裁判や懲戒処分が現実のものになることを防ぐための政策的な規定です。「自白」とは、虚偽の陳述を行った事実を自ら認めることであり、それを裁判所、捜査機関、懲戒権者に対して行うことが必要です。「自白」は、追及を受けて容認するような場合も含まれ、自発的なものである必要はありません。裁判所などが虚偽であることを知っていた場合でも、自白があれば本条が適用されます。

4虚偽鑑定罪
 刑法171条 法律により宣誓した鑑定人、通訳又は翻訳人が虚偽の鑑定、通訳又は翻訳をしたときは、前2条の例による。

 宣誓した鑑定人、通訳人、翻訳人が虚偽の鑑定、通訳、翻訳を行った場合、偽証罪と同様に扱われます。自白による刑の減免の規定も適用されます。

5虚偽告訴罪
 刑法172条 人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、3月以上10年以下の懲役に処する。

ⅰ虚偽の告訴
 虚偽告訴の罪とは、人に対して誤った刑事の処分または懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴などを行うことをいいます。虚偽の告訴によって、国の刑事司法または懲戒の適正な作用が害され、その作用を受けた人の権利が侵害されることは明らかです。

 保護法益として、いずれの側面を重視するかについては見解が分かれています。国の刑事司法の適正な作用を保護法益と解するならば、自分が真犯人でないにもかかわらず、警察に出頭した「自己告訴」の場合も、刑事司法の作用が誤る危険性があるので、虚偽告訴罪の成立を認めることも可能です。また、他人告訴の場合、被告訴人が承諾していても、虚偽告訴罪が成立する可能性があります。さらに、存在しない人に関する告訴の場合、誤った司法作用や処分は不能であっても、その危険性があることを理由に虚偽告訴罪の成立が認められる可能性があります。

 これに対して、誤った作用や処分を受ける人の権利を保護法益と解するならば、自己告訴や被告発人が承諾している場合には、基本的に本罪の成立は否定されます。また、存在しない人の場合でも同様に解することができます。

ⅱ行為
 本罪の行為は、虚偽の告訴、告発、その他の申告です。告訴とは、犯罪の被害者が処罰を求める意思表示です。告発とは、それ以外に者が処罰を求める意思表示です。その他の申告とは、外国政府による処罰請求や懲戒処分を求める申立です。

 これらの行為が、捜査機関に対して行なわれ、また懲戒権者またはその権限の発動を促しうる機関に対してなされることが必要です。方法は口頭でも書面でもよく、他人名義(匿名)を用いた場合でもかまわいません。ただし、根も葉もない内容では捜査機関や懲戒権者の権限の発動を促すことはできないので、犯罪または懲戒の成否に影響を及ぼすような内容でなければなりません(大判大13・7・29刑集3・721)。具体的なものであることが必要です(大判大4・3・9刑録21・273)。

ⅲ虚偽性
 虚偽性については、学説・判例は、客観的事実に反することをいうと解する点において共通しています(客観説)(最決昭33・7・31刑集12・12・2805)。虚偽であると認識しながら告訴したが、それが客観的事実に合致している場合、それによって国の刑事司法や懲戒に悪影響は及ばないので、虚偽告訴罪の構成要件該当性は否定されます。

 偽証罪との関係では、偽証の虚偽性に関して主観説を採用する論者でも、虚偽告訴罪では「客観説」の立場に立っています。偽証罪の場合は、「自己の良心に反する発言をしない」と宣誓したにもかかわらず、その良心に背いて記憶に反して偽証することが、虚偽性の本質になります。つまり、虚偽性が主観的に判断されるからです。これに対して、虚偽告訴罪の場合は、告訴が客観的事実に合致しているならば、国の司法作用の適正さは害されず、また被告訴者が受ける利益侵害が「不当」なものにはならないからです。

ⅳ故意
 本罪の故意は、告訴内容が虚偽であることの認識です。客観的に虚偽であっても、真実であると認識していた場合、故意は否定されます。虚偽性については、未必的なもので足ります(最判昭28・1・23刑集7・1・46)。

 主観的要件としては、故意のほかに、「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的」が必要です(目的犯)。この「目的」は、刑事の処分などが課されることの未必的な認識(「処分を受けるだろうなぁ」)で足りると解するならば、それを意欲していることは必要ではありません(大判大6・2・8刑録23・41)。本罪は「目的犯」ですが、その目的を実現するのは虚偽告訴を行った者ではなく、刑事裁判官や懲戒者なので、通貨偽造罪のように偽造者自身が「行使の目的」を実現する典型的な目的犯と同じように解することはできないと考えられているからでしょう。確かに、そのような違いはありますが、本罪が刑事処分を受けさせる目的に基づいて虚偽の告訴を行う行為である以上、目的の要件を緩和するのは妥当ではありません。

6自白による刑の減免
 刑法173条 前条の罪を犯した者が、その申告をした事件について、その裁判が確定する前又は懲戒処分が行われる前に自白したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる。

 本条は、虚偽の告訴を行った者が、誤った刑事処分が確定する前に自白すれば、刑を任意的に減免する政策的な規定です。
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