刑法Ⅱ(第11回)練習問題
第41問A 文書偽造罪②
甲は、私立A大学を受験しようとしたが、受かりそうにもなかったので、乙に代わりに受験してもらうよう依頼した。乙は、甲の代わりに答案用紙に甲の名前を記載し、マークシート式試験を受験し、無事甲は合格することができた。
入学後、甲は国が設けた障害者のための授業料の免除制度を利用しようと考え、国立病院のB医師に、自分は重度の難聴であると虚偽の報告をし、うその診断書を作成させた。
そして、それを文部科学省に提出した。その結果、甲は免除資格を得ることができた。
甲および乙の罪責を論ぜよ。
論点
(1)乙が甲の代わりに受験して、マークシート式の解答用紙に甲の名前を記載して提出した。回答欄にマークした。この行為が私文書偽造罪、同行使罪にあたるか。
私文書の定義
偽造の定義 しかも作成者(替え玉受験者)が名義人(志願者)から許可を得た場合
甲が乙に身代わり受験を依頼した行為は、私文書偽造罪、同行使罪の教唆にあたるか。
教唆・幇助などの共犯の成否が問題になる場合、まず正犯の罪責を明らかにして、その共犯について解説する。
(2)甲が、国立病院の医師Bに虚偽の報告をして、うその診断書を作成させ、それを甲に交付させた行為は、虚偽診断書作成罪、同行使罪の間接正犯にあたるか。
公文書偽造、同行使罪は、公務員という身分を有する者が行う真正身分犯・構成的身分犯であり、公務員の身分を持たない者は単独で公文書偽造罪などは行いえないが、事情を知らない身分者を利用した真正身分犯の間接正犯の成立は一般的に認められている。
ただし、公文書偽造に関しては、公文書の間接正犯が一律的に成立するのではなく、公正証書などの公文書に限定されている(157条)。そこからは公務員の医師が作成する診断書は除外されているので、事情を知らない国立病院の医師を利用して虚偽診断書を作成させても、虚偽診断書作成罪の間接正犯にはあたらない。
(3)甲がうその診断書を文部科学省に提出して、授業料免除資格を得た行為が利益詐欺罪にあたるか。
解答例
(1)乙の行為について
1乙の行為は私文書偽造罪にあたるか。
2私文書偽造罪とは、行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して、権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画(とが)を偽造するなどの行為である。
文書とは、実際の社会生活を送るうえで交渉を有する事項に関する文書をいう。偽造とは、名義人でない者がその名義を冒用して文書を作成することをいう。
3乙は甲から依頼を受けて受験し、マークシート解答用紙に正解を記入して提出した。
4マークシート式の解答用紙は、文書にあたるか。文書とは社会生活において他者と交渉するための権利、義務などの事実を証明する文書であるが、本件のマークシート解答用紙は、受験者が正解であると判断した意思内容を記載し、それによって入学許可の可否が判断されるものであり、出題に対してどれほどの正解を答えたかについて事実を証明する文書であるといえる。
また、乙は甲から甲名義の文書の作成の依頼を受けて作成しているので、偽造にあたらないという見解もあるが、私文書偽造は名義人の文書作成権ではなく、私文書の社会的信用性を保護法益とするものなので、甲が許可してことによって、乙の行為が偽造にあたらないとすることはできない。乙は甲名義の解答用紙を作成したので、名義を冒用であり、偽造にあたる。、
5乙が甲の代わりにマークシート式の解答用紙に正解と思われた番号などにマークをした行為は私文書偽造にあたり、それを亭主した行為は偽造し文書行使罪にあたる。
また、甲は乙に身代わり受験を依頼して、それをさせたので、その行為は、私文書偽造罪、同行使罪の教唆にあたる。
(2)甲の行為について
1甲の行為は虚偽診断書作成罪、同行使罪の間接正犯にあたるか。
2虚偽診断書作成罪とは、医師が公務所に提出すべき診断書などに虚偽の記載をする行為であり、虚偽診断書行使罪とは、それを申請者に交付する行為である。
3甲は国立病院の医師Bにうその報告をして、虚偽診断書を作成させ、交付させた。
4虚偽診断書作成罪、同行使罪は、医師という身分を有する者が行う真正身分犯・構成的身分犯であり、医師資格のない非身分者にはそれを行いえない。ただし、一般に構成的身分犯については、非身分者が事情を知らない身分者を介して、それを間接的に実行することができると解されている。従って、甲は医師Bにうその報告をして、虚偽診断書を作成させ、交付させたので、虚偽診断書作成罪、同行使罪の間接正犯が成立するように思われる。
ただし、刑法は公文書偽造の間接正犯については、その客体を公正証書などに限定して成立を認める規定を設けている(157条の公正証書原本不実記載罪)。これは、公文書偽造の間接正犯は公正証書などに限定され、それ以外の文書については、間接正犯の成立を否定する趣旨であると理解することができる。
5そうすると、甲には虚偽診断書偽造罪、同行使罪の間接正犯は成立しない。
(3)甲の行為について
1甲が文部科学省に虚偽診断書を提出して、授業料免除資格を得た行為は利益詐欺罪にあたるか。
2利益詐欺罪とは、人を欺いて財産上不法の利益を得たり、第三者に得させる行為をいう。
3甲は、医師Bに作成させた虚偽診断書を文部科学省に提出して、授業料免除資格を得た。
4甲は、難聴であることの虚偽内容の診断書であることを秘して、文部科学省に提出したのは、欺く行為にあたる。また、担当職員に授業料免除資格を認めさせたのは、納付すべき授業料の納付義務を免れることであり、財産上の利益にあたる。国家機関である文部科学省の財産であっても、刑法の利益詐欺罪によって保護されると解される。
5従って、甲には利益詐欺罪が成立する。
(4)以上から、乙には私文書偽造罪、同行使罪が成立する。両罪は牽連犯の関係に立つ。
甲には、私文書偽造罪、同行使罪の教唆犯が成立する。両罪は、1個の行為で行われているので、観念的競合の関係に立つ。
甲にはさらに利益詐欺罪が成立する。
甲が行った前者と後者の罪は、併合罪の関係に立つ。
第42問A 文書偽造罪③
甲は、多重債務を負担し、生活に困窮したので、「X」という架空の氏名で就職しようと考えた。
甲は、履歴書の用紙に「X」の氏名、虚偽の生年月日、虚偽の住所等を記入したうえ、「X」と刻した印鑑を押印し、さらに甲自身の顔写真を貼付して履歴書を作成した。
その後、甲は、当該履歴書をパソコンに画像データとして取り込み、求人案内を出していたA社ホームぺージを通じて、A社に送信した。
後にA社人事部長Bの面接試験を受け、A社に入社した。デジタル処理された自己の顔写真つきのX名の社員証を用いて、金融機関C社D支店からX名義で30万円借りたが、当初の計画に従って期限内に利息分を含めて返済した。
甲の罪責を論ぜよ。
論点
(1)甲が、実在しない「X」という人物を名義人とする履歴書を作成し、それに自分の顔写真を張り付けた行為は私文書偽造にあたるのか。それをA社に送信した行為が同行使罪にあたるか。
(2)A社の社員証を用いて、金融機関C社D支店から30万円借りた行為は、詐欺罪にあたるか。
(*)偽造私文書を提出して、A社の面接担当者Bの面接を受け、A社に入社した行為は、罪に問われるか(例えば、社員としての地位が財産上の利益にあたるとするならば、利益詐欺罪に問われるか)。
解答例
(1)甲がXの氏名等を記入して、履歴書を作成した行為について
1甲の行為は、私文書偽造罪、同行使罪にあたるか。
2私文書偽造罪とは、行使の目的で、他人の権利、義務などの事実証明に関する文書を偽造する行為であり、同行使罪とは、それを会社などに提出するなどして他人に交付する行為である。
3甲が、実在しない「X」という人物を名義人とする履歴書を作成し、それに自分の顔写真を張り付け、それをA社に送信した。
4私文書偽造罪における「他人の文書」とは、他人の権利、義務などの事実証明に関する文書であり、履歴書は、受験や入社など実社会において交渉するにあたって様々な事項を証明するための文書であるので、本罪における文書にあたる。
では、架空の人物である「X」の名義の文書は「他人の文書」といえるか。「他人」が実在の人物である場合、他人名義で文書を作成することが偽造にあたることは明らかであるが、文書の社会的信用性を保護法益とする本罪においては、他人が実在の人物である場合だけでなく、架空の人物であっても、そのような人物が一般に実在していると誤信させるおそれがある限り、「他人の文書」といえる。甲が「X」の氏名などが記載された履歴書を作成した行為は、その名義人と作成者の人格的同一性に齟齬を生じさせるので、偽造にあたる。
5甲は、「X」名義の履歴書を作成し、それに印を押したので、有印私文書偽罪(刑法159条)にあたる。
それをA社のホームページから送信した行為については、「X」名義の履歴書は「前2条の文書」(刑法161条)にあたり、それをA社のホームページから送信し、A社が受信した結果、面接が実施されているので、偽造私文書行使罪にあたる。
(2)A社の社員証を用いて、金融機関C社D支店から30万円借りた行為は、詐欺罪にあたるか。
1甲が金融機関C社D支店から30万円を借りた行為は財物詐欺罪にあたるか。
2財物詐欺罪とは、他人を欺いて財物を交付させる行為である。
3甲は、A社の社員証を用いて、金融機関C社D支店から30万円借りた。
4甲は「X」名義の履歴書を作成して、A社の入社面接を受けて採用され、「X」社員を得て、それを金融機関C社D支店に提示している。これによってD支店は甲が「X」であると錯誤に陥れられたのであるから、甲の行為は欺く行為にあたる。
そして、錯誤に陥れられたD支店がそれに基づいて甲に30万円を貸したので、それは財物の交付にあたるといえる。
確かに、甲は当初の計画どおり期限内に利息分を含めてC社D支店に返済しているので、財産的な損害は発生していないかにみえるが、財物詐欺罪は個別財産に対する罪であると解されているところ、他人を欺いて財物を交付させている以上、その成立は否定できないものと思われる。
5したがって、甲には財物詐欺罪が成立する。
(3)以上から、甲には有印私文書偽造罪、同行使罪が成立する。両罪は牽連犯の関係に立つ。
また、詐欺罪が成立する。前者の罪と後者の詐欺罪とは、併合罪の関係に立つ。
(*)「X」名義の履歴書を送って、入社面接を受けて、採用を得た場合、利益詐欺罪にあたるかについては、社員としての地位それ自体は財産上の利益とはいえないので、利益詐欺罪の成立は否定される。ただし、多くの企業・公務所は、履歴書などに虚偽内容が記載されている場合には、採用それ自体(雇用契約)を取り消すことが事前に告知されているので、民事的な対応によって対処可能である。
第41問A 文書偽造罪②
甲は、私立A大学を受験しようとしたが、受かりそうにもなかったので、乙に代わりに受験してもらうよう依頼した。乙は、甲の代わりに答案用紙に甲の名前を記載し、マークシート式試験を受験し、無事甲は合格することができた。
入学後、甲は国が設けた障害者のための授業料の免除制度を利用しようと考え、国立病院のB医師に、自分は重度の難聴であると虚偽の報告をし、うその診断書を作成させた。
そして、それを文部科学省に提出した。その結果、甲は免除資格を得ることができた。
甲および乙の罪責を論ぜよ。
論点
(1)乙が甲の代わりに受験して、マークシート式の解答用紙に甲の名前を記載して提出した。回答欄にマークした。この行為が私文書偽造罪、同行使罪にあたるか。
私文書の定義
偽造の定義 しかも作成者(替え玉受験者)が名義人(志願者)から許可を得た場合
甲が乙に身代わり受験を依頼した行為は、私文書偽造罪、同行使罪の教唆にあたるか。
教唆・幇助などの共犯の成否が問題になる場合、まず正犯の罪責を明らかにして、その共犯について解説する。
(2)甲が、国立病院の医師Bに虚偽の報告をして、うその診断書を作成させ、それを甲に交付させた行為は、虚偽診断書作成罪、同行使罪の間接正犯にあたるか。
公文書偽造、同行使罪は、公務員という身分を有する者が行う真正身分犯・構成的身分犯であり、公務員の身分を持たない者は単独で公文書偽造罪などは行いえないが、事情を知らない身分者を利用した真正身分犯の間接正犯の成立は一般的に認められている。
ただし、公文書偽造に関しては、公文書の間接正犯が一律的に成立するのではなく、公正証書などの公文書に限定されている(157条)。そこからは公務員の医師が作成する診断書は除外されているので、事情を知らない国立病院の医師を利用して虚偽診断書を作成させても、虚偽診断書作成罪の間接正犯にはあたらない。
(3)甲がうその診断書を文部科学省に提出して、授業料免除資格を得た行為が利益詐欺罪にあたるか。
解答例
(1)乙の行為について
1乙の行為は私文書偽造罪にあたるか。
2私文書偽造罪とは、行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して、権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画(とが)を偽造するなどの行為である。
文書とは、実際の社会生活を送るうえで交渉を有する事項に関する文書をいう。偽造とは、名義人でない者がその名義を冒用して文書を作成することをいう。
3乙は甲から依頼を受けて受験し、マークシート解答用紙に正解を記入して提出した。
4マークシート式の解答用紙は、文書にあたるか。文書とは社会生活において他者と交渉するための権利、義務などの事実を証明する文書であるが、本件のマークシート解答用紙は、受験者が正解であると判断した意思内容を記載し、それによって入学許可の可否が判断されるものであり、出題に対してどれほどの正解を答えたかについて事実を証明する文書であるといえる。
また、乙は甲から甲名義の文書の作成の依頼を受けて作成しているので、偽造にあたらないという見解もあるが、私文書偽造は名義人の文書作成権ではなく、私文書の社会的信用性を保護法益とするものなので、甲が許可してことによって、乙の行為が偽造にあたらないとすることはできない。乙は甲名義の解答用紙を作成したので、名義を冒用であり、偽造にあたる。、
5乙が甲の代わりにマークシート式の解答用紙に正解と思われた番号などにマークをした行為は私文書偽造にあたり、それを亭主した行為は偽造し文書行使罪にあたる。
また、甲は乙に身代わり受験を依頼して、それをさせたので、その行為は、私文書偽造罪、同行使罪の教唆にあたる。
(2)甲の行為について
1甲の行為は虚偽診断書作成罪、同行使罪の間接正犯にあたるか。
2虚偽診断書作成罪とは、医師が公務所に提出すべき診断書などに虚偽の記載をする行為であり、虚偽診断書行使罪とは、それを申請者に交付する行為である。
3甲は国立病院の医師Bにうその報告をして、虚偽診断書を作成させ、交付させた。
4虚偽診断書作成罪、同行使罪は、医師という身分を有する者が行う真正身分犯・構成的身分犯であり、医師資格のない非身分者にはそれを行いえない。ただし、一般に構成的身分犯については、非身分者が事情を知らない身分者を介して、それを間接的に実行することができると解されている。従って、甲は医師Bにうその報告をして、虚偽診断書を作成させ、交付させたので、虚偽診断書作成罪、同行使罪の間接正犯が成立するように思われる。
ただし、刑法は公文書偽造の間接正犯については、その客体を公正証書などに限定して成立を認める規定を設けている(157条の公正証書原本不実記載罪)。これは、公文書偽造の間接正犯は公正証書などに限定され、それ以外の文書については、間接正犯の成立を否定する趣旨であると理解することができる。
5そうすると、甲には虚偽診断書偽造罪、同行使罪の間接正犯は成立しない。
(3)甲の行為について
1甲が文部科学省に虚偽診断書を提出して、授業料免除資格を得た行為は利益詐欺罪にあたるか。
2利益詐欺罪とは、人を欺いて財産上不法の利益を得たり、第三者に得させる行為をいう。
3甲は、医師Bに作成させた虚偽診断書を文部科学省に提出して、授業料免除資格を得た。
4甲は、難聴であることの虚偽内容の診断書であることを秘して、文部科学省に提出したのは、欺く行為にあたる。また、担当職員に授業料免除資格を認めさせたのは、納付すべき授業料の納付義務を免れることであり、財産上の利益にあたる。国家機関である文部科学省の財産であっても、刑法の利益詐欺罪によって保護されると解される。
5従って、甲には利益詐欺罪が成立する。
(4)以上から、乙には私文書偽造罪、同行使罪が成立する。両罪は牽連犯の関係に立つ。
甲には、私文書偽造罪、同行使罪の教唆犯が成立する。両罪は、1個の行為で行われているので、観念的競合の関係に立つ。
甲にはさらに利益詐欺罪が成立する。
甲が行った前者と後者の罪は、併合罪の関係に立つ。
第42問A 文書偽造罪③
甲は、多重債務を負担し、生活に困窮したので、「X」という架空の氏名で就職しようと考えた。
甲は、履歴書の用紙に「X」の氏名、虚偽の生年月日、虚偽の住所等を記入したうえ、「X」と刻した印鑑を押印し、さらに甲自身の顔写真を貼付して履歴書を作成した。
その後、甲は、当該履歴書をパソコンに画像データとして取り込み、求人案内を出していたA社ホームぺージを通じて、A社に送信した。
後にA社人事部長Bの面接試験を受け、A社に入社した。デジタル処理された自己の顔写真つきのX名の社員証を用いて、金融機関C社D支店からX名義で30万円借りたが、当初の計画に従って期限内に利息分を含めて返済した。
甲の罪責を論ぜよ。
論点
(1)甲が、実在しない「X」という人物を名義人とする履歴書を作成し、それに自分の顔写真を張り付けた行為は私文書偽造にあたるのか。それをA社に送信した行為が同行使罪にあたるか。
(2)A社の社員証を用いて、金融機関C社D支店から30万円借りた行為は、詐欺罪にあたるか。
(*)偽造私文書を提出して、A社の面接担当者Bの面接を受け、A社に入社した行為は、罪に問われるか(例えば、社員としての地位が財産上の利益にあたるとするならば、利益詐欺罪に問われるか)。
解答例
(1)甲がXの氏名等を記入して、履歴書を作成した行為について
1甲の行為は、私文書偽造罪、同行使罪にあたるか。
2私文書偽造罪とは、行使の目的で、他人の権利、義務などの事実証明に関する文書を偽造する行為であり、同行使罪とは、それを会社などに提出するなどして他人に交付する行為である。
3甲が、実在しない「X」という人物を名義人とする履歴書を作成し、それに自分の顔写真を張り付け、それをA社に送信した。
4私文書偽造罪における「他人の文書」とは、他人の権利、義務などの事実証明に関する文書であり、履歴書は、受験や入社など実社会において交渉するにあたって様々な事項を証明するための文書であるので、本罪における文書にあたる。
では、架空の人物である「X」の名義の文書は「他人の文書」といえるか。「他人」が実在の人物である場合、他人名義で文書を作成することが偽造にあたることは明らかであるが、文書の社会的信用性を保護法益とする本罪においては、他人が実在の人物である場合だけでなく、架空の人物であっても、そのような人物が一般に実在していると誤信させるおそれがある限り、「他人の文書」といえる。甲が「X」の氏名などが記載された履歴書を作成した行為は、その名義人と作成者の人格的同一性に齟齬を生じさせるので、偽造にあたる。
5甲は、「X」名義の履歴書を作成し、それに印を押したので、有印私文書偽罪(刑法159条)にあたる。
それをA社のホームページから送信した行為については、「X」名義の履歴書は「前2条の文書」(刑法161条)にあたり、それをA社のホームページから送信し、A社が受信した結果、面接が実施されているので、偽造私文書行使罪にあたる。
(2)A社の社員証を用いて、金融機関C社D支店から30万円借りた行為は、詐欺罪にあたるか。
1甲が金融機関C社D支店から30万円を借りた行為は財物詐欺罪にあたるか。
2財物詐欺罪とは、他人を欺いて財物を交付させる行為である。
3甲は、A社の社員証を用いて、金融機関C社D支店から30万円借りた。
4甲は「X」名義の履歴書を作成して、A社の入社面接を受けて採用され、「X」社員を得て、それを金融機関C社D支店に提示している。これによってD支店は甲が「X」であると錯誤に陥れられたのであるから、甲の行為は欺く行為にあたる。
そして、錯誤に陥れられたD支店がそれに基づいて甲に30万円を貸したので、それは財物の交付にあたるといえる。
確かに、甲は当初の計画どおり期限内に利息分を含めてC社D支店に返済しているので、財産的な損害は発生していないかにみえるが、財物詐欺罪は個別財産に対する罪であると解されているところ、他人を欺いて財物を交付させている以上、その成立は否定できないものと思われる。
5したがって、甲には財物詐欺罪が成立する。
(3)以上から、甲には有印私文書偽造罪、同行使罪が成立する。両罪は牽連犯の関係に立つ。
また、詐欺罪が成立する。前者の罪と後者の詐欺罪とは、併合罪の関係に立つ。
(*)「X」名義の履歴書を送って、入社面接を受けて、採用を得た場合、利益詐欺罪にあたるかについては、社員としての地位それ自体は財産上の利益とはいえないので、利益詐欺罪の成立は否定される。ただし、多くの企業・公務所は、履歴書などに虚偽内容が記載されている場合には、採用それ自体(雇用契約)を取り消すことが事前に告知されているので、民事的な対応によって対処可能である。