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Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(03)演習

2021-04-25 | 日記
033 正当防衛(1)
(1)甲は、以前から不和であったAから、自宅(マンション6階)の玄関扉を消火器で叩かれたり、電話で怒鳴られるなどの嫌がらせを繰り返し受け、立腹していた。ある日の深夜、甲が自宅にいたところ、Aから電話があり、「今、お前のマンションの前にいる。男だったら逃げるな。出てこい」などと呼び出されたため、甲は何らかの凶器を用いた喧嘩になると思いつつ、自宅にあった包丁を携帯して、自宅マンションの路上に赴いた。甲を見つけたAは、同人を殴打しようとハンマーを振り上げて甲の方に駆け寄ってきた。甲は、Aに包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることなく、歩いてAに近づき、甲のハンマーによる行動を避けながら、包丁を取り出し、殺意をもって、Aの胸部を包丁で強く突き刺し、同人を殺害した。甲について正当防衛または過剰防衛が成立するか。
(2)(1)において、甲が自宅マンションの前に赴いた後、ハンマーを振り上げるAの姿を見て、急に怖じ気づき、逃げ出したが、Aに追い詰められ、逃げ場を失ったため、やむを得ずに包丁による刺突(しとつ)行為に及んだ場合であれば、結論が異なってくるか。


(0)甲が包丁でAの胸を刺し、死亡させた場合、甲の行為は殺人罪の構成要件に該当します。その行為は原則的に殺人罪の違法性を備えていますが、正当防衛(刑36①)などの違法性阻却事由の要件を備えている場合には、その違法性は例外的に阻却されます。刑法では、正当防衛は「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」(刑36①)と明記されています。甲がAを包丁で突き刺して殺害する行為が殺人罪の構成要件に該当しても、Aが甲に対して急迫不正の侵害行為を行い、それに対して甲が生命などの自己の権利を防衛するため、やむを得ずにAの生命を侵害したという場合、殺人罪の違法性が阻却され、無罪になります。
 侵害の不正性とは、一般には侵害の違法性を意味します。ただし、犯罪の違法性であることを要しません。Aが甲にハンマーを振り上げて駆け寄ってきた場合、その侵害の不正性を認めることができます。
 侵害の急迫性とは、侵害が差し迫っていること、また現に行われていることを意味します。まだ迫っていなければ急迫性は認められません。また侵害が終了した場合でも同じく急迫性は認められません。防衛行為者が不正の侵害を予期している場合でも急迫性が認められる場合があります。ただし、予期された侵害に乗じて、積極的に害を加える意思に基づいて反撃した(積極的加害意思に基づく)場合、侵害の急迫性が否定されると認定するのが通説・判例の立場です。甲は何らかの凶器を用いた喧嘩になると、Aによる不正の侵害を予期していましたが、それを理由に侵害の急迫性を否定できませんが、Aの侵害に乗じて害を加える意思に基づいていたなら、Aの侵害の急迫性が否定されます。さらに、甲がAによる侵害を予期しながら、Aを待ち構えて反撃した場合、甲はAの侵害を自ら受け入れたと認定できるなら、積極的加害意思の有無にかかわらず、客観的な状況を全体として踏まえて、Aの侵害の急迫性を否定するという判断を示した判例もあります。侵害の急迫性の存否は、「対抗行為(甲の反撃行為)に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきであ」ると述べられています。具体的には、予期されたAの侵害の内容・程度、Aの侵害を回避する容易性、Aが侵害をする場所に甲が出向く必要性、甲がその侵害場所にとどまる相当性、甲がAに対して対抗行為を行う準備の状況、Aによる現実の侵害と甲が予期していたAの侵害の異同、甲が侵害に臨んだ状況およびその際の意思内容などが考慮されます。甲が積極的加害意思に基づいていなくても、予期された侵害を事前に回避することができ、またそれが期待できたにもかかわらず、甲がAの侵害を受け入れて行為に及んだという客観的な状況を踏まえ、Aの侵害の急迫性を否定し、甲の殺人罪は正当防衛はもちろん過剰防衛にあたらないと判断することができます。
 やむを得ずにした行為とは、急迫不正の侵害から自己または他人の権利を防衛する必要性、その相当性と理解されています。甲がAに反撃しなければ自己の生命を防衛できません。甲の行為に必要性が認められます。ただし、必要であれば何をやっても許されるわけではありません。自己の権利を防衛するのに相当な行為でなければなりません。防衛のための必要で最小限の行為であれば、「やむを得ずにした」行為であると認定できます。ハンマーを振り上げて駆け寄ってきたAに対して、包丁を突き刺して死亡させる行為は、たとえAの侵害が急迫不正であり、甲が自己の生命を防衛するために必要であっても、相当であったとはいえないでしょう。そのような場合、防衛の程度を超えていた、つまり必要最小限の程度(相当性の程度)を超えていたので、過剰防衛になります(刑36②)。ただし、甲が包丁を持たず、その場に落ちていた鉄の棒を拾い上げ、「死亡させるかもしれない」と認識しつつ、とっさに投げてAを死亡させたというような状況であれば、Aを死亡させた結果は同じであっても、防衛行為の相当性を認めることができます。
 なお、「自己又は他人の権利を防衛するため」と規定されていることから、通説・判例は正当防衛の要件として「防衛の意思」が必要であると解しています。ただし、防衛の意思を持ちながら、相手を攻撃する意思をも併存して持っていた場合でも、防衛の意思はなおも認められる場合があります。また、乙がBを射殺したところ、その直前にBが乙を射殺しようとしていたというような場合、乙には防衛の意思がなかったので、正当防衛にはあたりません(偶然防衛の事案)。
(1)甲は、Aによる凶器を用いた侵害を予期していました。甲はAの呼び出しに応ずる義務がないにもかかわらず、自宅マンション前に路上に赴きました。そのとき喧嘩になることを想定し、包丁を持参しました。Aがハンマーを振り上げて駆け寄ってきましたが、甲は包丁でAを威嚇することなく、歩いてAに近づき、Aの侵害を避けながら、殺意をもって包丁でAの胸をさして殺害しました。甲に積極的加害意思があったかは明らかではありませんが、これらの客観的状況を踏まえると、甲はAの侵害を自ら受け入れて行為に及んだといえるので、正当防衛の前提要件であるAの侵害の急迫性が否定され、甲には正当防衛はもちろん、過剰防衛も成立しないと判断することができます。
 ただし、急迫性とはAの行為が甲の権利に及ぼそうとしている有害な作用であり、それは純粋に客観的に判断することができ、判例のように複雑な方法を用いる必要はないとも言えます。そうすると、Aの侵害は急迫であったと言うこともできそうです。しかし、判例によれば、侵害の急迫性の存否は、甲の反撃行為を正当防衛として扱うべきか否か、殺人罪の違法性を阻却するにの相応しい状況であったか否かが重要なので、急迫性は客観的な状況を踏まえて判断するのではなく、全体状況を踏まえて総合的に判断されることになります。
(2)甲が自宅マンションの前に赴いた後、ハンマーを振り上げるAの姿を見て、急に怖じ気づき、逃げ出したが、Aに追い詰められ、逃げ場を失ったため、やむを得ずに包丁による刺突行為に及んだ場合、甲がAの侵害に恐怖を感じたこと、その場から逃げ出したこと、Aに追い詰められ逃げ場を失った状況を踏まえるならば、Aの侵害の急迫性を肯定できる余地もあります。
034 正当防衛(2)
 甲は、アパートの2階の通路で、突然、背後からAに鉄パイプで頭部を殴打された。甲は、Aから鉄パイプを取り上げようとしたが、Aは鉄パイプを放そうとせず、両者は激しいもみ合いになった。その後、Aが鉄パイプを振り上げて甲を殴打しようとしたため、甲は1階に通じる階段の方に向かって逃げ出したが、Aは鉄パイプを振り回した勢いでバランスを崩し、鉄パイプを握りしめたまま、通路に設置された(階段の)手すりに上半身を前のめりに乗り出した状態になっており、直ちに殴打行為に転ずることが困難な状況になった。そこで、甲は再びAに近づくと、同人の左足を持ち上げて、同人を手すりから転落させて、重傷を負わせた。
(1)甲がAを手すりから転落させる暴行に出た際にも、Aによる急迫不正の侵害は継続していたと評価できるか。それとも、直ちに殴打行為に及ぶ(転ずる)ことが困難であった以上、侵害行為は終了していたと評価すべきか。
(2)仮に(1)について侵害の継続性が認められる場合、Aを転落させて重傷を負わせる行為は「やむを得ずにした行為」にあたるか。


(0)急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、たとえ傷害罪などの構成要件に該当しても、その違法性が阻却され、処罰されません。正当防衛が成立するためには、相手の行為が急迫不正の侵害であることが前提です。急迫性とは、相手の行為によって自己または他人の権利への侵害が間近に迫っていること、法益侵害の危険が切迫していること、緊迫していることを意味します。相手が鉄パイプなどを振り上げて襲いかかってきた場合、自己の生命や身体に対する侵害が間近に迫っているので、急迫性を認めることができます。また、相手が鉄パイプで一度殴打し、その侵害を実現した後であっても、さらに殴打するおそれがある場合には、新たな法益侵害の危険が迫っているので、侵害の急迫性の急迫性は継続していると認定することができます。第1殴打と第2殴打に分けて、第2殴打の急迫性を第1殴打と分離して認定する必要はありません。確かに、Aは甲に対して2回の殴打行為を行っていますが、甲に対して1個の侵害意思に基づいて行っているので、Aの殴打行為をその意思内容を踏まえて評価すると、全体として一連・一体の1回の殴打行為であると認定できるので、1回の殴打行為は時間的に継続して行われ、その急迫性も継続していると判断できます。ただし、第1殴打行為と第2殴打行為が時間的にも場所的にも近接していなければ、殴打行為の1個性を認めるべきではありません。第1殴打から第2殴打に至るまでの間に、一定の時間が経過し、場所も異なる場合には、2個の殴打行為に分けて認定すべきでしょう。なお、第1殴打行為が終了し、もはや第2殴打行為に出るおそれがなくなった場合には、不正の侵害の急迫性は終了しているので、正当防衛は認められません。
 では、相手の侵害が「中断」した場合、なおも侵害の急迫性の継続性を認めることができるでしょうか。それとも、侵害の「中断」をもって「終了」したと評価すべきでしょうか。例えば、Bが鉄パイプを振り上げて乙を追いかけたが、乙の走る速度が速く、鉄パイプが重かったため、Bが息切れし、走るのを途中で中断したような場合、客観的に見れば侵害は終了してるので、侵害の急迫性を否定することもできそうです。しかし、Bがなおも走って乙を追いかけを侵害を加えようと思っていた場合、Bの認識では侵害の急迫性は継続していたと言うこともできます。また、Cが建物の2階の廊下で鉄パイプを振り回して丙に襲いかかったが、空振りして態勢を崩し、2階の窓から外側に身を乗り出したところ、丙がCの足を持ち上げて、窓の下に転落させた場合、Cに侵害を継続する意思はあっても、それは実際には困難な場合もあります。このような場合、Cが身を乗り出して転落しそうになっていたのか、それとも身体をそらして、間もなく態勢を立て直して侵害に及ぶことができる状況にあったのか、いずれなのかによって侵害の急迫性が継続しているかどうかの判断も変わってくるでしょう。間もなく態勢を立て直して侵害に及ぶことができる状況にあったなら、侵害は中断していますが、その急迫性は継続していると認定できます。このように、侵害行為者の主観的な認識と客観的な状況を考慮しながら、侵害の急迫性の継続性の有無を判断することが求められます。


(1)Aは手すりで前のめりに身を乗り出し、直ちに殴打行為に及ぶ(転ずる)ことが困難な状態になっていました。Aが直ちに殴打行為に及ぶのは困難だったことを踏まえると、たとえAが侵害を継続する意思を持っていたとしても、侵害は終了し、急迫性は否定されると思います。
 ただし、甲はAによって鉄パイプで頭部を殴打されるなどの侵害を受けていたので、たとえAの侵害が終了し、その急迫性が否定されても、甲自身はAの侵害が継続する危険性があったと認識して、Aを転落させたということもありえます。甲がそのような認識からAを転落させたような場合、Aの侵害の急迫性が否定される前後において甲の行為を2分割して、前半の「もみ合いになった行為」(暴行罪)と、後半の「転落させ重傷を負わせた行為」(傷害罪)と評価するのではなく、2個の行為の時間的・場所的な近接背と甲の防衛の意思の1個性に基づいて、1個の傷害罪が成立すると判断できます。ただし、防衛の程度を超えていたなら、過剰防衛の規定が適用されます(このような過剰防衛を量的過剰防衛といいます。その判断は(2)で解説します)。


(2)仮に(1)について侵害の継続性が認められる場合、Aを転落させて重傷を負わせた傷害罪の構成要件に該当する行為が「やむを得ずにした行為」にあたり、正当防衛の成立を認め、無罪とすることができるでしょうか。つまり、甲の行為が「やむを得ずにした行為」にあたるかどうか、防衛行為の相当性が認められるか否かの問題です。急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するための必要で最小限である場合、防衛行為の相当性が認められます。相当性が認められれば、たとえ防衛した自己の権利よりも侵害した相手の権利の方が大きくても、違法性が阻却されます。正当防衛の規定は、緊急避難の規定(刑37①)と比較すると、防衛した権利と侵害した権利の比較衡量をする必要はありません。とはいえ、防衛のためであれば何を行っても正当防衛として正当化され、違法性が阻却されるわけではありません。それには自ずと限界があります。その限界が「防衛の程度」(刑36②)です。
 この「防衛の程度」を超えていたかどうかを判断するにはやはり、防衛された権利と侵害した権利の内容と程度を比較衡量は必要ですが、さらに相手の権利を侵害するときの行為の方法や態様、さらにその際の認識などを踏まえて行わなければなりません。階段の手すりで前のめりに乗り出している状態にあるAに近づいて、その左足を持ち上げるという行為は危険な態様であり、そこから生じた重傷という結果も重大です。しかも、甲は自己の行為の危険な態様を認識していました。重大な結果も予見可能でした。このような点を踏まえると、甲の行為は防衛の程度を超えていたので、過剰防衛にあたると思います。


035 正当防衛(3)
(1)甲は、以前から不和であったAを殺害しようとして、深夜の暗闇の中でAを待ち伏せしていた。甲は、Aが近づいてきたことから、同人を狙って拳銃を発砲し、Aを殺害した。もっとも、Aも甲を発見した直後に、甲を殺害しようと思って拳銃を構えていたが、甲はそのような状況を認識していなかった。甲に正当防衛が成立するか。
(2)乙は、夫であるBから日常的に暴力を受けていたが、ある日、これまで以上に激しい暴行を受けた。乙はキッチンの包丁を取り出すと、殺意をもってBの胸を刺し、同人に重傷を負わせた。乙は、Bの暴行に生命の危険を覚え、これを排除しようとしていたが、同時に、今回の暴行をきっかけにBに対する憤懣(ふんまん)が爆発して、同人に対する強い加害意思を有していた。乙に正当防衛が成立するか。
(3)丙とCは飲酒中、口論になり、興奮したCは立ち上がり、丙に対して包丁を突き付けた。もっとも、高齢のCは泥酔しており、包丁を持つ手も震えており、また、直ちに丙を刺すようなそぶりも示していなかった。丙はCのことが怖いとは思わなかったが、その態度に激高して、ウイスキーの空き瓶を手に取ると、これで同人の頭を多数回殴打し、同人を死亡させた。丙に正当防衛が成立するか。


(0)正当防衛が成立するためには、急迫不正の侵害に対して、やむを得ずにした行為が、「自己又は他人の権利を防衛するため」に行われたことが必要です。この「自己又は他人の権利を防衛するため」という要件は、通説・判例によると、自己または他人の権利の防衛に客観的に役立っているというだけでなく、行為者が主観的にも防衛の意思に基づいて行っていると解釈されています。いわゆる防衛の意思必要説が通説・判例の立場です。
 ある行為が傷害罪などの構成要件に該当し、それが正当防衛にあたる場合には、その違法性が阻却され、処罰されません。正当防衛にあたるためには、防衛の意思が必要とされていますが、それはなぜなのでしょうか。
 例えば、甲がAにケガを負わせました。甲は自己の行為かAが負傷することを予見していました。甲の行為は客観的には傷害罪にあたり、また主観的にも傷害の故意がありました。このようにの甲の行為の客観面と主観面を総合的に評価することによって、甲の行為が傷害罪の構成要件に該当すると判断することができ、原則的に傷害罪の違法性があるという推定が成り立ちます。この推定された違法性を例外的に阻却するのが、正当防衛などの違法性阻却事由です。例えば、甲がAにケガを負わせたのは、Aが甲に襲いかかってきたからで、甲はとっさの判断でやむを得ずにAに反撃したような場合、甲の行為は傷害罪の構成要件に該当し、その違法性が推定されますが、正当防衛の要件を満たしているので、例外的に違法性が阻却されます。
 なぜ違法性が阻却されるのかというと、傷害罪の違法性は、甲がAにケガを負わせたという客観面と甲がその結果を予見していたという主観面から成り立っていますが、その違法性が阻却されるのは、甲の行為がAの急迫不正の侵害から自己の身体などを防衛したという客観面と甲が自己を防衛する意思を有していたという主観面を備えているからです。
 このように考えると、正当防衛の成立要件として「防衛の意思」が必要であると解する通説・判例の立場を理解できると思います。


(1)甲は、Aを殺害しようとして、拳銃を発砲してAを殺害しました。その行為の客観面と主観面を総合すると、(故意の)殺人罪の構成要件に該当します。ただしAも甲を殺害しようとして拳銃を構えていたので、甲はAを殺害することによって、自己の生命を防衛したことになります。客観的に見れば正当防衛にあたるといえそうです。しかし、正当防衛が成立するためには、「防衛の意思」が必要です。防衛の意思に基づいて行った場合にだけ、殺人罪の違法性が客観的にも、主観的にも阻却されます。
 甲は、Aが自分を発見した直後に、殺害しようと思って拳銃を構えていたことを認識していませんでした。つまり、甲は純粋にAを殺害することしか認識していませんでした。このような場合、自己の生命を防衛する意思があたっとはいえないので、正当防衛は成立しません。このような事案を「偶然防衛」といいます。通説・判例の防衛の意思必要説からは、偶然防衛の場合、正当防衛は成立しません。


(2)このように正当防衛が成立するためには、防衛の意思が必要です。防衛の意思とは、自己または他人の権利を防衛する意思です。相手から急迫不正の侵害を受けそうになっていることを認識している場合、行為者は自己の権利を防衛しようと考えるので、急迫不正の侵害を認識していれば、防衛の意思があったと認めることができそうです。この急迫不正の侵害の認識に加えて、さらに侵害を排除する意思が必要でしょうか。侵害を避けようとする心理状態が必要でしょうか。防衛行為者が急迫不正の侵害を認識した上で、その侵害を排除または回避する意思を生ずるのは自然であり、一般的には、防衛の意思を認定するためには、そのような心理状態を要すると言えます。
 問題なのは、侵害を排除または回避するためには、侵害者に対して行為を行い、攻撃・反撃することが必要です。つまり、急迫不正の侵害を認識し、その侵害を排除する意思・回避する意思がある場合には、防衛の意思を認めることができますが、同時に防衛行為者は侵害者に攻撃する意思をも持つため、防衛の意思と攻撃の意思とが併存する場合がでてきます。このように防衛の意思と攻撃の意思とが併存している場合、防衛の意思を認めることができるのでしょうか。通説・判例は、このような場合でも防衛の意思を認めることができるとしています。乙は、Bの暴行に生命の危険を覚え、これを排除する意思があり、防衛の意思を認めることができますが、同時に今回の暴行をきっかけにBに対する憤懣(ふんまん)が爆発して、同人に対する強い加害意思を有し、攻撃の意思もありましたが、防衛の意思を認めることができます。ただし、Bの暴行に生命の危険を覚え、これを排除する意思があり、防衛の意思を認めることができても、今回の暴行をきっかけにBに対して積極的に害を加える意思があった場合(攻撃意思というよりも、積極的加害意思があった場合)、そもそもBの暴行の急迫性が否定されます。もちろん、防衛の意思も否定されるでしょう。


(3)Cは、興奮して立ち上がり、丙に対して包丁を突き付けましたが、Cは高齢で泥酔しており、包丁を持つ手も震えており、直ちに丙を刺すようなそぶりも示してませんでした。丙はCのことが怖いとは思いませんでした。つまり、Cの急迫不正の侵害はなく、丙もそれを認識しておらず、したがってそれを排除する意思も回避する意思もありませんでした。したがって、防衛の意思を認めることはできません。丙は、Cの態度に激高して、ウイスキーの空き瓶で同人の頭を多数回殴打しました。これは、純然たる攻撃意思に基づいているだけです。


036 正当防衛(4)
(1)甲は自動車の駐車位置をめぐってAと口論になった。その後、Aが「お前、殴られたいのか」と言って手拳を前に突き出し、足を蹴り上げる動作をしながら、甲に近づいてきたため、甲は、年齢も若く体格も優れたAから殴られるかもしれないと思って怖くなったが、自動車の車内に菜切包丁を置いていることを思い出し、これを取り出すと、右手で腰のあたりに構えたうえ、Aに対して「殴れるのなら殴ってみろ、切られたいのか」などと申し向けた。甲はAを包丁で刺すような態度を示しておらず、あくまでも防御的な行動に終始していた。甲のAに対する脅迫行為について、正当防衛が成立するか。
(2)乙(女性)は、夜道を1人で歩いていたところ、突然、B(男性)に襲われ、性的暴行を受けそうになった。乙は手をのばしたところ、大きな石があることに気づき、これをBの頭部に振り下ろし、同人に重傷を負わせた。行為当時、周囲には誰もおらず、助けを求めることも不可能であり、乙にとっては、本件行為が、性的暴行を確実に回避するためにとりうる唯一の手段であった。乙の殴打行為について、正当防衛が成立するのか。


(0)正当防衛が成立するためには、急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為であることが必要です。侵害の不正性と急迫性、自己又は他人の権利の防衛に役立つ行為、防衛の意思、その必要性と相当性の要件がそろっていることを要します。「やむを得ずにした行為」は、一般に防衛行為の相当性と呼ばれますが、それは判例では、「急迫不正の侵害に対する反撃行為が、自己または他人の権利を防衛する手段として必要最小限のものであること、すなわち反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであること」と判断されています。その上で、「侵害に対する防衛手段として相当性を有する以上、その反撃行為により生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても、その反撃行為が正当防衛でなくなるものではない」として、防衛行為によって侵害された相手方の法益が、侵害されようとした防衛行為者の法益よりもたまたま大きくても、必ずしも防衛行為の相当性が否定されるものではないと判断を示しています。
 例えば、判例では、Aが甲の指を締め上げたために、甲がAを突き飛ばして、加療45日を要する頭部打撲傷を負わせた行為について、防衛行為の相当性を認め、傷害罪の違法性が阻却されています。ただし、相手に指を締め上げられたなら、加療45日を要する頭部損傷を与えてもかまわないと理解してはいけません。Aが甲の指を締め上げたとき、それを回避するためには甲はAを突き飛ばす以外になかった、Aの侵害を排除するためには突き飛ばすのが必要最小限の行為であったので、その行為から加療45日の頭部損傷を生じさせ。たまたま侵害が避けられた甲の法益が小さく、侵害されたAの法益の方が大きくても、防衛行為の相当性はなおも肯定されるということです。したがって、最初から甲がAに加療45日の頭部損傷を与えることを意図していた場合には、それは「たまたま」ではなかったので、防衛行為の相当性が肯定されるとは限りません。
 このように侵害者が素で、防衛行為者も素手のような事案では、防衛行為の相当性を判断することは比較的容易です。では、侵害者が素手で、防衛者が包丁のような事案、また侵害者が素手、防衛者がこぶし大の石のような事案の場合、防衛行為の相当性はどのように判断すればよいでしょうか。過去には、「武器対等の原則」という考えのもとにおいて、侵害行為の方法・態様と防衛行為の方法・態様を形式的に外形的に比較検討し、侵害者が素手の場合、防衛行為者も素手で対抗していなければ、それだけで防衛行為の相当性を否定し、過剰防衛の成立が認められていました。しかし、近時においては、侵害行為と防衛行為の形式的な比較ではなく、侵害行為の危険性と防衛行為の危険性を実質的に捉えるべきことが主張されています。実質的な捉え方とは、侵害者と防衛者の性別、年齢、体格などを踏まえ、侵害者の行為の方法・態様、防衛者の行為の方法・態様(攻撃的であったのか、それとも防御的であったのか)などを比較しながら判断する方法です。


(1)Aは、「お前、殴られたいのか」と言って手拳を前に突き出し、足を蹴り上げる動作をしながら、甲に近づいてきました。Aは甲よりも年Aも若く、体格も優れていた。甲はAに殴られるのでないかと怖くなりました。このようなAの(非接触型の)暴行または脅迫は、甲にとって急迫不正の侵害にあたります。甲がそれに対して自己の権利を守るためには、何ができるでしょうか。「武器対等の原則」の考えにこだわると、甲も素手で応戦しなければなりませんが、それは形式的には対等かもしれませんが、甲とAとの間にある実質的な不平等を無視することになってしまいます。したがって、甲が菜切包丁を用いたからとはいえ、防衛行為の相当性が否定されるわけではありません。
 ただし、年齢と体格に差があるからといって、致命傷を与えうる包丁を用いることが防衛のために無条件に許されるわけではありません。包丁の大きさ、長さはどのようなものだったのか。侵害者と防衛者はどの程度の距離を保っていたのか。包丁をどのように用いたのか。侵害者に向けて斬りつけたのか(攻撃的な使用)。それとも、身を守るように威嚇しながら構えただけなのか(防御的な使用)。このような事情を踏まえて、防衛行為の相当性を実質的な観点から判断する必要があります。
 甲は、年齢的にも若く、体格的にも優れているAが手拳を突き出し、足蹴りの動作をして迫ってきました。Aの非接触型の暴行または脅迫は、甲にとって急迫不正の侵害にあたり、甲は自己の権利を防衛する意思に基づいて、菜切包丁を右手で腰のあたりに構えたうえ、Aに対して「殴れるのなら殴ってみろ、切られたいのか」などと申し向けました。甲の行為は、「暴力行為等処罰ニ関スル法律」(暴力行為等処罰法)第1条の示凶器脅迫罪の構成要件に該当しますが、甲はAを包丁で刺すような態度を示しておらず、あくまでも防御的な行動に終始していたので、防衛行為の相当性が認められ、正当防衛が成立するといえます。


(2)乙は大きな石でBの頭部を殴打し、重傷を負わせました。それは傷害罪の構成要件に該当します。しかし、乙はBに襲われ、性的暴行を受けそうになり、周囲には誰もおらず、助けを求めることも不可能でした。このような状況において乙が自己の性的自由を守るために、どのような行動に出れるでしょうか。乙はBに押さえつけられ、身動きが取れません。そのような状況において、手をのばしたところ、大きな石がありました(その向こうには、それより小さな石がありましたが、手が届かなかったとします)。乙がBの性的暴行を回避し、自己の性的自由を防衛するためにとりうる唯一の手段は、この大きな石でBの頭部または背中などを殴打する以外にはなかったといえます。かりに大きな石で殴打する行為の防衛行為としての相当性を否定するならば、乙はBの侵害を甘んじて受け入れるか、傷害罪(過剰防衛)として処罰されるか以外の選択の余地がないことになります。そのような結論は妥当ではないでしょう。
 乙とBの性別、年齢差、体格・腕力の違いなどを実質的に考慮することによって、乙の傷害罪は正当防衛にあたり、その違法性は阻却されると判断できます。
037 正当防衛(5)
 Aが自転車に乗ったまま、歩道上に設置されたごみ集積所にごみを捨てていたところ、帰宅途中に通りかかった甲は、その捨て方を注意したところ、両名は言い争いとなった。甲はいきなりAの左頬を手拳で1回殴打し(第1暴行)、直後に走って立ち去った。Aは「待て」と言いながら、自転車で甲を追いかけ、第1暴行の現場から約80メートル離れた歩道上で甲に追いつくと、自転車に乗ったまま、甲の背後から、同人の背中や首あたりを狙って、プロレスのラリアットのような暴行を加えた(第2暴行)。甲は、Aの攻撃によって前方に倒れたが、起きあがり、護身用に携帯していた特殊警棒を衣服から取り出すと、Aの顔面や左手を数回殴打する暴行を加え(第3暴行)、同人に傷害を負わせた。
(1)甲の第3暴行について、正当防衛が成立するか。
(2)甲が第1暴行に出たのではなく、侮辱的な発言によって、Aの攻撃を招いた場合はどうか。


(0)正当防衛の成立要件である「急迫不正の侵害」は、侵害者による一方的な侵害行為であることが想定されて論じられますが、防衛行為者が侵害者の不正の侵害を自ら招いた(徴発した)場合でも、その不正の侵害の急迫性を認めることができるかが問題になることがあります。これが「自招防衛」の問題です。「徴発防衛」とも言われています。」
 不正の侵害を自ら招き、またそれを誘発した場合、その不正の侵害に対して反撃した行為に正当防衛が成立するでしょうか。例えば、甲がAの左頬を手拳で殴打しました(甲の第1暴行)。さらに甲が殴打を続けようとしたので、Aが甲に対して腹部を殴打するなどの行為を行いました(Aの第2暴行)。このAの第2暴行は、甲が自ら招いたものです。甲はAの第2暴行に対して正当防衛ができるでしょうか。Aの第2暴行は甲の第1暴行によって招かれ、しかも甲の第1暴行対する正当防衛として行われているので、違法性が阻却され、不正ではありません。不正ではないAの第2暴行に対して甲が暴行を加えても(甲の第3暴行)、それに正当防衛は成立しません。また、甲が第3暴行に出たときに、すでにAの第2暴行が終了していた場合、第2暴行の急迫性は認められないので、甲の第3暴行はまた正当防衛にはあたりません。
 そうすると、上記の事案のような場合に自招防衛の問題の前提となるのは、Aの第2暴行が正当防衛にあたらない違法な行為であること(過剰防衛などの違法な行為であること)、そして甲の第3暴行が行われる時点において、Aの違法な第2暴行が終了しておらず、まだ継続している場合です。このような場合、甲が自らの第1暴行によって招いたAの違法な第2暴行に対して反撃した場合、正当防衛が成立する余地があるでしょうか。
 自らが不正の侵害を招いている以上、それに対して正当防衛することはできないと端的に主張することもできます。甲がAに対して「隙があったら、かかってこんかい」とあおって、Aを怒らせて侵害を誘発し、その侵害が現実に加えられたとき、甲がそれに対して正当防衛することは、正当防衛の権利を濫用するものだで、認められないと言うこともできます。しかし、正当防衛権の濫用という指摘は理解できますが、正当防衛にあたるか否かは、刑法36条1項の要件を充たしているか否か、どの要件を満たしているのか、どの要件を満たしていないのかという問題として議論すべきです。したがって、正当防衛の要件、とりわけ急迫性の要件の存否の問題として議論しなければなりません。
 甲がAを徴発すれば、Aが暴行に出てくることが予期されていた場合、それだけではAの不正の侵害の急迫性は否定されません。その侵害が加えられたとき、それに乗じてAに対して積極的に害を加える意思があった場合にはAの侵害の急迫性は否定されますが、積極的加害意思がなかったならば、Aの侵害の急迫性はどのように理解すればよいでしょうか。甲が自ら招いた点に着目して、急迫性を否定できるでしょうか。その根拠はどのようなものでしょうか。


(1)設問と同様の事案について、最高裁が1つの判断を示しました。それによると、次のように述べられています。「Aの攻撃(ラリアット)は、被告人(甲)の暴行(Aの左頬への殴打)に触発された、その直後における近接した場所での一連、一体の自体ということができ、被告人が不正の行為により自ら招いたものといえるから、Aの攻撃(ラリアット)が被告人の前記暴行(左頬への暴行)の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては。被告人の本件傷害行為(特殊警棒を用いた傷害)は、被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないというべきである」と述べて、甲の第3行為について正当防衛の成立を否定しました。
 この判断において、「被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況」がなかったと判断されていますが、これがAの攻撃の急迫性を否定したものであるかどうかは明白ではありませんが、論理的には急迫性を否定したものと理解しても問題はないと思います。
 この判断方法に基づくと、甲はAの左頬を殴打し(甲の第1暴行)、それによってAによる背後からのラリアットを誘発し、転倒しました(Aの第2暴行)。Aによる侵害を継続する状況があっても、そのような状況は、甲が「何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況」ではない、つまりAの第2暴行の急迫性は否定されるので、それに対する甲の第3暴行は正当防衛にはあたりません。


(2)甲がAの左頬を殴打する第1暴行ではなく、たんなる侮辱的な発言を行ったにすぎなず、それによってAのラリアットという第2暴行を招いた場合、Aの第2暴行は同じように急迫性が否定されるのでしょうか。甲は、ゴミを捨てているAに対して第1行為として侮辱行為を行ったような場合でも、それはAにとっては不正な侵害であり、それによってAの第2暴行を招いている以上、暴行か侮辱かの違いは重要ではないと考えるならば、Aの第2行為の急迫性は否定されることになります。
 しかし、Aが甲に侮辱されたからといって、甲に対してラリアットを仕掛けてくるというのは、予想外のことであると思います。そうすると、その限りでAの第2暴行(ラリアット)に急迫性を認める余地があります。ただし、甲による侮辱がなかった場合のラリアットと比べると、その急迫性の程度は小さくなると考えられます。Aが甲に対して突然仕掛けてきたラリアットと、事例のように甲のAに対する侮辱によって招かれたラリアットとでは、同じラリアットであっても、その急迫性に差が生ずるということです。したがって、それに応じて、甲による第3暴行の防衛行為の相当性の判断にも影響が出てきます。自ら招いた侵害の急迫性が認められ、正当防衛ができる状況にあっても、それは自ら招いた侵害であるがゆえに、防衛行為の相当性がより厳格に認定されることになります。


038 正当防衛(6)
 甲は以前から仲の悪かったAと口論となり、激高したAからいきなり素手で顔面を殴られた。Aが甲の胸倉を掴み、さらに殴ろうとしたため、甲は、身を守るために、Aの胸元を両手で強く突き飛ばした(第1暴行)。甲に突き飛ばされたAは、足を滑らせ、後方に倒れて、後頭部をアスファルトの地面に強く打ちつけ、仰向けに倒れたまま意識を失ったように動かなくなった。Aが動かなくなった様子を見た甲は、顔面を殴打されたことに対するAへの怒りと、以前からのAに対する嫌悪の情から、動かなくなっているAに対し、さらに暴行を加えた(第2暴行)。Aは、第1暴行に起因する頭蓋骨骨折に伴うクモ膜下出血によって死亡した。なお、第2暴行によって、Aが傷害を負うことはなかった。
(1)甲の罪責について論じなさい。


(0)甲がAを突き飛ばして、Aに傷害を負わせ、死亡させた行為は、傷害致死罪の構成要件に該当しますが、Aからの急迫不正の侵害に対して、甲が自己の身を守るためにやむを得なかったなら、正当防衛にあたります。防衛の程度を超えていたなら、傷害致死罪に過剰防衛の規定を適用することができます。
 Aは気を失って動かなくなりました。その侵害はすでに終了しています。甲は自己の身を守ることができたわけなので、それ以上、行為を続ける必要はありません。それにもかかわらず、さらに暴行を続けた場合、それは暴行罪の構成要件に該当する行為です。Aの急迫不正の侵害に対する行為でもなければ、自己の身を守るための行為でもありません。甲の前半の傷害致死罪(第1傷害)と後半の暴行行為(第2暴行)を2個に分割して事実認定すると、前半の行為は傷害致死罪の構成要件に該当しますが、正当防衛にあたります(過剰防衛の場合もあります)。これに対して、後半の行為は暴行罪の構成要件に該当しますが、正当防衛にはあたりません。
 甲は、Aに対して第1傷害と第2暴行を行ったので、その個々の行為を取り上げて刑法的に評価することもできます。しかし、この2個の行為は同じ場所で行われ、時間的にも近接した関係にあり、さらに1個の防衛の意思に基づいて行われていた場合には、この2個の行為の場所的な同一性と時間的な近接性(客観面)と1個の防衛の意思(主観面)を踏まえて、それを一連・一体の1個の行為として扱うこともでき、「防衛行為としての実体」を備えていると評価・認定できます。そのように認定ができるならば、甲の行為は傷害致死罪の構成要件に該当し、しかもAの急迫不正の侵害に対して行った防衛行為であると認定できます。ただし、防衛の程度を超えた行為であったなら、正当防衛としてその違法性を阻却できませんが、過剰防衛として扱えます(刑36②)。このような過剰防衛を「量的過剰防衛」と言います。
 このように認定すれば、甲の行為を2個に分けて認定した場合と比べると、全く異なる法的評価になることが分かります。2個に分けて評価した場合、第1傷害は傷害致死罪の構成要件に該当するが、急迫不正の侵害に対してやむを得ずに行った行為なので正当防衛にあたり、違法性が阻却されて無罪になります(ここでは過剰防衛として扱われる可能性については省略します)。そして、第2暴行については、急迫不正の侵害は終了していたので、正当防衛にはあたらず、暴行罪が成立するだけです(暴行罪の法定刑〔1月いちげつ以上2年以下の懲役もしくは1万円以上30万円以下の罰金または1日以上30日未満の拘留もしくは千円以上1万円未満の科料〕)。これに対して、2個の行為を一連・一体の行為として評価した場合、甲の行為は傷害致死罪の構成要件に該当し、それに過剰防衛の規定を適用することができます。過剰防衛の規定を適用すると、甲に対しては、傷害致死罪の法定刑(刑法205条は3年以上20年以下の懲役)を減軽(刑68①三・四)した刑(1年6月以上10年以下の懲役)が適用される場合があります。さらには、刑が免除されることもあります。
 急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するために、やむを得ずに行為をした場合、侵害が終了したにもかかわらず、防衛行為を続けてしまうことはあり得ることだと思います。そのような緊急状況におかれた行為者が、行き過ぎた行為をしてしまうことも、その心理状態から理解できます。過剰防衛にあたるとして刑が減軽されるのは、急迫不正の侵害に対する防衛行為であったことから、Aの侵害の不正性の分だけ甲の行為の違法性が減少すると解されるからです。さらに、急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するために行った心理状況は、強く非難されるものではないので、その分だけ責任(非難可能性)が減少するからです。行為者(被告人)は、違法性が減少することを理由に刑の減軽を求めることができます。また責任が減少することを理由に同じく刑の減軽を求めることができます。さらには、違法性と責任の両方が減少している場合には、刑の免除を求めることができるでしょう。過剰防衛の刑が減軽または免除される理由は、このように違法性と責任の減少にあります。
 では、う少し細かく見ていきましょう。2つの種類に分けてみます。第1は、Aが気絶して、その侵害が終了したことを甲が認識していた場合です。第2は、それを認識していなかった場合です。第1の場合、甲の2個の行為を場所的・時間的な関係を重視して、一連・一体の行為として認定することもできますが、1個の防衛の意思に基づいて行ったといえるかは議論が分かれるでしょう。かりに、Aの侵害が終了したことを認識しながらも、なおも防衛のために行ったというならば、甲の行為は一連・一体の行為であるといえます。それは傷害致死罪の構成要件に該当しますが、その違法性が減少します。ただし、急迫不正の侵害が終了したことを認識していたので、傷害罪の故意が認められるので、責任の減少は難しいように思います。これに対して、第2の場合は、急迫不正の侵害が継続していると認識していた場合です。甲はなおも防衛の意思に基づいて行為を継続しているつもりでいました。つまり、甲は自分の行為が正当防衛にあたり、違法性が阻却されると認識しているのです。一方で甲はAに傷害を負わせている事実を認識していますが、他方でそれによって自己の権利を防衛している事実をも認識しているのです。このような場合、甲には傷害罪の故意が認められません。せいぜい過失にとどまります(注意深く行動していたならば、Aが気絶し、侵害が終了していることを認識しえたはずだ)。そうすると、甲が行った一連・一体の行為は過失致傷罪(刑209)にあたります。その法定刑は、1万円以上30万円以下の罰金または千円以上1万円以下の科料です。これに過剰防衛の規定を適用して減軽すると、5千円以上15万円以下の罰金または5百円以上5千円以下の科料となります。しかも、甲の過失致傷罪は違法性が減少するだけでなく、その責任も通常の過失よりも大きくなく、非難可能性も減少するので、刑が免除される可能性が高くなると思います。


(1)甲が第2暴行を行ったとき、甲はAが動かなくなった様子を見て、それを認識していました。しかも、顔面を殴打したAへの怒りと、以前からのAに対する嫌悪の情からさらに暴行を加えています。もはや甲は防衛の意思に基づいて第2暴行を継続して行ったとは言えないでしょう。第2暴行は第1傷害と一連・一体の関係にあるとはいえません。第1の傷害致死罪は正当防衛ですが、第2の暴行罪は過剰防衛ではありません。
039 正当防衛(7)
 同一の野球チームに所属していた甲とAは、日頃から折り合いが悪かった。某日の試合の終了後、野球場のベンチ内で甲とAは、その日の試合について話をしていたが、Aが甲のエラーについて非難したために両者は口論となった。
 短気なAが、甲の態度に憤激し、側にあったB所有のバットで甲に殴りかかったため、甲は身を守るために足下にあったボールをAに向かって投げつけた(以下「第1暴行」とする)。しかし、ボールはAにあたらず、チームのマネージャーでAと交際していたC女に命中し、C女が負傷した。甲がC女に負傷させたことに激高したAが、上記B所有のバットで再び甲に殴りかかったため、甲は身を守るために、側にあったD所有のバットを、Dのものだと認識しつつ、手に取り、それを用いてAからのバットの攻撃を防いだところ、両者のバットが折れた(以下「第2行為」とする)。甲の罪責について論じなさい。(1)第1暴行、(2)第2行為。


(1)Aの急迫不正の侵害に対して、甲が自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、それが暴行罪や傷害罪の構成要件に該当しても、正当防衛にあたるので、その違法性が阻却され、無罪になります。しかし、このような絵に描いたような正当防衛が成立するとは限りません。甲がAに暴行し、それが予期せぬCにあたり傷害を負わせるような場合もあります。Aに対する暴行は正当防衛にあたるとしても、Cに対する傷害には正当防衛は成立しません。なぜならば、Aは甲に対して急迫不正の侵害を行っていましたが、Cは甲に対して急迫不正の侵害を行っていなかったからです。甲のAに対する行為は、暴行罪の構成要件に該当しますが、正当防衛にあたり、違法性が阻却されますが、Cに対する行為については、傷害罪の構成要件に該当する行為であり、正当防衛の「急迫不正の侵害」の要件を充たしていないので、違法性は阻却されません。
 では、甲のCに対する行為はどのように評価すればよいでしょうか。Aとの関係で正当防衛が成立するのであれば、Cに発生させた傷害についても、それらを全体的に評価して、正当防衛を認めるべきであるという主張もありますが、それはCの側からは納得いくものではないでしょう。ケガを負わされた以上、その責任を問うのは当然です。では、甲はCに対する傷害について、どのような責任があるでしょうか。
 この問題を解くためには、いくつかの理論的方法があります。
 第1は、甲はAに暴行を加える意思はありましたが、Cに暴行を加える意思はありませんでした。そこにCがいるのは認識していましたが、Cを巻き沿いにするつもりはありませんでした(具体的事実の錯誤における方法の錯誤の事案)。従って、甲はAに対する暴行の故意は認められても、Cに対する暴行の故意は認められません。Aに対して暴行罪の構成要件に該当する行為を故意に行っていますが、正当防衛にあたります。Cに対して傷害罪の構成要件に該当する行為が故意に行っていません。せいぜい過失です。したがって、過失致傷罪が成立するだけです(具体的事実の錯誤における方法の錯誤の事案について、具体的符合説を適用した場合の結論)。
 第2は、Aに暴行を加える意思は「人に暴行を加える意思」であり、「人に暴行を加える意思」に基づいていたので、Cを巻き沿いにするつもりはなかったとはいえ、「人に暴行を加える意思」に基づいてCという人に暴行を加え、傷害を負わせた以上、Cに対しても暴行の故意を認めることができると考えることもできます。そうすると、甲はCに対して傷害罪の構成要件に該当する行為を故意に行ったと認定することができます(具体的事実の錯誤における方法の錯誤の事案について、法定的符合説を適用した場合の結論)。ただし、甲はAとの関係では急迫不正の侵害が存在することを認識していたので、Cとの関係では急迫不正の侵害が存在しないにもかかわらず、それが存在すると誤信していたということができます。そうすると、これを「誤想防衛」の一種として扱うことができそうです。
 誤想防衛とは、実際には急迫不正の侵害が存在しないにもかかわらず、それが存在すると誤信して、正当防衛のつもりで行為にでる場合です。Pが手を振り上げたのをTが見て、自分に暴行を加えようとしていると誤信して、Pに暴行を加えて負傷させた場合、Tの行為は客観的に傷害罪の構成要件に該当します。またTはPに暴行を加える意思があります。しかし、Tは同時に防衛の意思に基づいていました。このように誤想防衛の場合、暴行の故意が成立しないというのが通説・判例の立場です。そうすると、Tには故意の傷害罪は成立しません。過失致傷罪にとどまります。
 このような誤想防衛の理論を甲のCに対する行為にも応用できるでしょうか。甲はAとの関係においては急迫不正の侵害が存在していましたが、Cとの関係においては急迫不正の侵害は存在していないので、「誤想防衛」にあたるように思えますが、甲はCから侵害を受けているという認識はなかったので、Cに対して防衛の意思で行為に出ているわけでもないので、「誤想防衛」といえるかは微妙です。そうすると、甲のCに対する暴行は、典型的な「誤想防衛」とはいえません。Aに対する防衛の意思に基づいて、急迫不正の侵害が存在しないCに暴行を加えたというふうに認定することによって、「誤想防衛」の「一種」として扱うことができそうです。そうすると、甲はCに対して傷害罪の構成要件に該当する行為を過失によって行ったといえるので、過失致傷罪が成立するにとどまります(結論的には具体的事実の錯誤における方法の錯誤の事案について具体的符合説を適用した結論と同じ)。
 第3は、甲が行った行為は、Aによる急迫不正の侵害から自己の身を守るために、予期せぬ第三者であるCに危難を転嫁した「緊急避難」(刑37本文)として理論構成することもできます。緊急避難は、「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、止むを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない」と定められています。甲の身体に対するAの行為は「現在の危難」にあたり、それを避けるために甲が行った行為によってCの負傷という害を生じさせましたが、それが甲が避けようとした害の程度を超えなかった場合には、傷害罪の違法性が阻却されます。


(2)甲はDのバットを用いてBとDのバットを折った。その認識・予見があったとすると、甲の行為は器物損壊罪の構成要件に該当します。ただし、AはBのバットを用いて急迫不正の侵害を加えてきたので、甲はそれに対してBのバットを折っただけなので、正当防衛が成立します。Dのバットを折った点については、Aの急迫不正の侵害に対する防衛行為の一環として、その危難を無関係なDに転嫁したといえます。甲がDのバットを折った器物損壊罪の違法性は緊急避難にあたり、阻却されます。


 なお、緊急避難については次回以降に説明します。