刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――財産に対する罪
第06週 窃盗の罪
(1)窃盗罪
刑法235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。未遂も罰する(243条)。
1行為客体
窃盗罪の行為客体は、「他人の財物」です。「財物」については、すでに解説しました。
「占有」とは、どのような意味でしょうか。占有説によれば、「他人が占有する財物」と解されています。本権説によれば、「他人が占有する所有物」と解されます。所有権は、財物の占有を害することによって侵害されるので、占有説だけでなく、本権説からも、占有の意義が問題になります。
①占有の意義
財物の占有とは、財物に対する「事実上の支配」をいいます。代理占有(民181)や占有の継承(民187)もまた「占有」ですが、事実上の支配していないので、窃盗罪における「財物の占有」にはあたりません。従って、事実上の支配が及んでいない財物については、窃盗罪は成立しません。遺失物横領罪(刑254)などが問題になるだけです。
占有とは「事実上の支配」と解されていますが、この「事実上の支配」にあたるか否かが問われた事案が数多くあります。例えば、自宅でカギを紛失した場合でも、カギが自宅にある限り、事実上の支配は認められます(大判大15・10・8刑集5・440)。また、自宅外であっても、その持ち主が客観的に推測できる場合にも、事実上の占有は認められます(福岡高判昭30・4・25高刑集8・3・418、東京高判昭36・8・8高刑集14・5・316)。家の前に停めてある自転車、玄関の前に置かれた小荷物などは、その家に居住する人のものであることが推測されるので、事実上の占有が及んでいると認定されます。
屋外の場合でも、例えばバス乗り場の行列に並び始めた時にイスにカメラを置き、そのまま行列の進行とともに19・58メートル移動し、置き忘れたカメラのことを思い出し、約5分後に戻ってきた事案(最判昭32・11・8刑集11・12・3061)、15、6メートル離れた後で1、2分後に財布を置き忘れたことに気づいた事案(東京高判昭54・4・12刑月11・4・277)、またスーパーの6階から地下1階に移動し、10分後に財布を置き忘れたことを思い出した事案(東京高判平2・11・26判時1400・128)などにおいても、財物の事実上の支配が肯定されています。カメラや財布が不自然に置かれいるため、誰かが置き忘れ、その人が付近にいることが推定できるので、置き忘れてから1、2分ないし10分経過していても、離れた距離も20メートル離れていても、財物に対する事実上の支配が肯定されています。さらには、放し飼いされている飼い犬などについても、飼い主のもとに戻ってくる習性があるので、事実上の支配は一般的に認められています(最判昭32・7・16刑集11・7・1829)。
宿泊客が旅館の共同トイレに財布を置き忘れた場合はどうでしょうか。このような場合、宿泊客の事実上の支配が財布に及んでいないとしても、旅館の経営者による事実上の支配が肯定されています(大判大8・4・4刑録25・382)。これに対して、列車の網棚の置き忘れられた荷物については、持ち主だけでなく、列車の係員による事実上の支配が否定され、遺失物にあたると判断されています(大判大15・11・2刑集5・491)。その理由は、旅館の場合、そこに出入りする人は特定された宿泊客だけであり、その忘れ物については、旅館側が管理・保管することになっているからです。それに対して、列車の場合については、そこは不特定または多数の利用者が自由に出入りできる場所であるため、忘れ物が拾得物として列車の係員に届られるまでは、その事実上の支配は及んでいないと考えられるからだと思います。例えば、タクシー内の忘れ物の場合は、乗客忘れ物は運転者の事実上の支配が及ぶと判断されるでしょう。公衆電話機内に残された硬貨は、電話機の管理者である電話局長または電話分局長の管理下にあると認められていますし(東京高判昭33・3・10高刑裁特5・3・89)、ゴルフのロストボールは、元の所有者がその所有権を放棄していても、それがゴルフ場の敷地内にある限り、ゴルフ場の管理者が事実上支配していると判断されています(最決昭62・4・10刑集41・3・221)。
②占有の帰属
ある人が単独で財物を支配している場合、その占有を認めることは困難ではありません。しかし、複数の人が共同して支配している場合に問題になります。例えば、対等な関係にあるAとBが財物を共同して支配している場合、Bが不在の間に、Aがそれを事実上支配すれば、Bの占有に対する侵害が認められます(最判昭25・6・6刑集4・6・928)。「複数の占有者の間に上下関係・主従関係がある場合」、占有しているのは上司や主人であり、部下や従者はそれに協力しているだけであるので、部下や従者がそれを支配すれば、占有侵害にあたります(大判大7・2・6刑録24・32、大判大12・11・9刑集2・778)。
宅配便や郵便小包の物品について、それを占有しているのは誰でしょうか。配達員でしょうか、それとも配達の依頼主でしょうか。判例では、物品の状態によって異なる判断が示されています。封緘された郵便物の内容物については、依頼主の占有が認められ、配達員がそれを開封して、なかの物を取り出す行為は占有侵害にあたると判断されたものがあります(大判明45・4・26刑録18・536、最決昭32・4・25刑集11・4・1427)。これに対して、開封せずに郵便小包の全体を自分のものにする場合は、小包の占有は配達員にあるので、業務上横領罪が成立すると判断されています(大判大7・11・19刑録24・1365)。判例では、郵便小包とその内容物について、占有する者がそれぞれ異なると判断していますが、財物に対する事実上支配しているのは配達員であると考えるべきでしょう。従って、いずれも占有侵害ではなく「横領」であり、成立するのは(業務上)横領罪でしょう。
③死者の占有(ないし死後の占有)
他人の財物とは、他人が事実上支配している財物です。この他人は、「自然人」です。したがって、死者は自然人ではないので、財物を占有することはできません。それゆえ、死者から財物を奪っても、占有を侵害していないので、窃盗罪は成立しません。一般的には占有離脱物横領罪にあたると考えられます。ただし、人から物を奪うために、殺害して、その「死者」から物を奪った場合には、あらかじめ財物を奪取する意思があったので、自然人から財物を奪ったと認定されます。
問題は、人を殺害した後(殺人罪が成立した後)、その直後に、その現場で、財物奪取の意思が生じて、財物を奪ったような場合、占有侵害は認められるでしょうか。この場合、殺害と財物奪取が時間的・場所的に近接した関係において行われ、また自分で作り出した殺害という状況を利用して、財物を奪っているので、占有侵害が認められています(大判昭16・11・11刑集20・598、最判昭41・4・8刑集20・4・207)。これに対して、殺害した後、一旦その現場から離れ、9時間後に戻ってきて、財物を奪った場合については、自ら作り出した殺害の状況を利用していますが、時間的・場所的な近接性が認められないため、占有侵害は認められず、占有離脱物の横領と認定されています(東京地判昭37・12・3判時323・33)。AがXを殺害した後、BがXから財物を奪取した場合、殺害と財物奪取との間に時間的・場所的な近接性がありますが、利用した殺害の状況はBが作り出したものではないので、占有離脱物横領罪が成立するだけです(大判大13・3・28新聞2247・22)。
2行為
「窃取」とは、他人が占有する財物を、その意思に反して自己または第三者の支配領域内に移転することをいいます。被害者が同意している場合、財物を移転していても、「窃取」にはあたらず、窃盗罪の構成要件には該当しません。明示的な同意がなくても、それが合理的に推定できる場合(隣の友人の消しゴムを使うために、それを自己の支配領域に移転した)。
特殊な体感器を使って、パチスロ機の当選を引き当ててメダルを取得する場合も、体感器の性能いかんにかかわらず、窃取にあたると判断されています(最二小決平19・4・13刑集61・3・340)。しかし、体感器の性能・作動、当選の引き当て、メダル取得の間に因果関係が必要であると思われます。
3未遂と既遂
他人が占有している財物を、その占有を侵害して自己または第三者の支配下に移転させれば、窃盗罪は既遂に達します。窃盗罪の実行に着手し、財物の移転を遂げなかった場合は未遂です。
では、窃盗の実行の着手時期は何によって判断されるのでしょうか。例えば、住居侵入後に窃盗を行う場合、住居侵入と窃盗罪の行為客体も、実行行為も異なるため、住居に侵入しただけで窃盗の実行の着手を認めることはできません。では、住居への侵入後に何を行なえば、窃盗の実行に着手したと認定できるのでしょうか。
判例では、住居への侵入後、金品を物色するために、「タンスの方に近づいた」時点で窃盗の実行の着手を認めたものがあります(大判昭9・10・19刑集13・1473)。「タンスに近づく」ことは、他人による財物の占有を侵害する行為を構成するものではありませんが、それに密接な行為であり、財物の占有に対する具体的な危険が発生していることを理由に、窃盗の実行の着手が認められています。電器店に侵入後に、現金のありそうな「タバコ売場に方に行きかけた」という事案でも、窃盗の実行の着手が肯定されています(最決昭40・3・9刑集19・2・69)。
財物の移転の時期、つなわち既遂の時期についてはどうでしょうか。それは、財物の大小、軽重、形状、搬出の容易性・困難性などを考慮して判断されています。例えば、①スリが店内で商品を懐中に収めたときに、窃盗は既遂に達したと認定されています(大判大12・4・9刑集2・330)。また、②他人の住居内でその衣類を取って、荷造りしたときにも、既遂が認められています(東京高判昭27・12・11高刑集5・12・2283)。③駐車中の自動車を道路まで押して移動させ、配線を操作してエンジンを始動させ、発進可能な状態にしたときも既遂に達したと認定されています(広島高判昭45・5・28判タ255・275)。これに対して、④高さ3尺(90cm)、幅4尺(120cm)、重量約12貫(12×3.75=45kg)のもめんを一梱(こり)(181.44kg)を被害者宅のひさしまで運んだところ、家人に発見され、そのまま逃走した事案(名古屋高判昭24・11・12高刑判特3・93)、⑤障壁や守衛などの設備のある工場内から重量物を運び、構外に出ないうちに発見された事案(大阪高判昭29・5・4高刑集7・4・591)では、いずれも既遂ではないと判断されています。
①と②については、財物の大きさと形状、ポケットの中や梱包の状態から考えて、他人の占有を侵害・排除して、それを自己に移転していると判断することができると思います(ただし、店舗内での窃盗は、スーパーやコンビニの場合、支払いレジを通らずに、店舗外に出た時点で既遂に達すると考えることもできます)。③については、エンジンを始動し、発進可能になっているので、自動車の占有は移転し、既遂に達したと認定できます。④と⑤については、財物の大きさ、その搬出の可能性などを考えると、敷地の外に持ち出し、トラックに積むなどしない限り、占有の移転は認められないでしょう。
4不可罰的事後行為ないし共罰的事後行為
窃盗が既遂に達した後、盗品は一般的には犯人によって使用されます。例えば、自転車を盗んで、それを解体して、重要部分だけ残して、残りを投棄した場合、窃盗後の行為は他人の器物の損壊行為ですが、この行為は、窃盗に含めて評価されるので、それ自体として独自に器物損壊を構成しません(不可罰的事後行為ないし共罰的事後行為)。器物の損壊は、窃盗の被害状態の範囲を超えていないと考えられるからです。ただし、窃取した貯金通帳と印鑑を窃取して、それを使って銀行の窓口で行員をだまして預金を引き出した場合は、窃盗罪とは別に詐欺罪の成立が考えられます。詐欺の被害は、窃盗の被害とは別の客体のところで発生しているからです。
5不法領得の意思
ⅰ窃盗罪の主観的要件――故意と「不法領得の意思」
窃盗は、他人が占有する財物をその意思に反して自己または第三者に移転する行為であり、それを故意に行った場合に成立します。さらに、占有移転の認識=窃盗の故意に加えて、不法領得の意思が必要であると解されています。この「不法領得の意思」とは何でしょうか。
例えば、少しのあいだ借りるつもりで、自転車や雨傘を持ち出して、返す前に発見された場合(使用窃盗)、また相手を困らせてやろうと思い、その人宛ての信書を破棄または隠匿するためにカバンから取り出したところを発見された場合(毀棄・隠匿目的による財物の占有移転)、他人が占有する財物をその意思に反して自己または第3者に故意に移転しているので、窃盗の故意が認められますが、ちょっと借りるだけとか、イタズラのつもりの場合まで、窃盗罪で処罰する必要はありません。しかも、隠匿する目的でカバンから信書を取り出した行為は、信書隠匿罪(6月以下の懲役・禁錮など)の予備か、その未遂でしかありません。しかも、それは不可罰な行為です。そのように処罰されない行為を窃盗罪(10年以下の懲役など)として処罰する必要はないでしょう。
「使用窃盗」や「毀棄・隠匿目的による財物の占有移転」は、客観的には窃盗罪の行為と同じです。しかも、占有移転の認識があるので、窃盗罪の故意が認められます。しかし、窃盗罪の主観的要件には、その故意に加えて、「不法領得の意思」が必要であると考えれば、使用窃盗などには、それがないので、窃盗罪として処罰することを控えることができます。
ⅱ不法領得の意思
①不法領得の意思の定義
判例は、不法領得の意思を次のように定義しています。それは、「権利者を排除して、他人の物をあたかも自己の所有物のように、その経済的用法に従って利用・処分する意思」です(大判大4・5・21刑録21・663)。「権利者排除意思」と「経済的利用・処分意思」の二つの要素から構成されています。
使用窃盗には、「経済的利用・処分意思」はありますが、「権利者排除意思」がなく(大判大9・2・4刑録26・27)、また毀棄・隠匿目的による財物の占有移転には「権利者排除意思」はありますが、「経済的利用・処分意思」がないので、客観的には窃盗罪の要件を満たしていますが、主観的要件が欠けるため、窃盗罪の成立が否定されます。
②不法領得の意思の存否が争われた事案
1)使用窃盗の事案
判例には、他人の自転車を無断使用し、その後乗り捨てた事案で、無断使用する時点では一時的使用の意思しかなかったため、「権利者排除意思」はなく、不法領得の意思はないと判断したものがあります(大判大9・2・4刑録26・27)。他人の自転車の無断使用は、不法領得の意思にもとづいて行われていませんが、その後の乗り捨てについては、占有する他人の物を故意に廃棄しているので、横領罪にあたる可能性があります。従って、自転車の無断使用する時点において、すでに乗り捨てる意思があった場合には、権利者排除意思が認められ、窃盗罪が成立することになります(最判昭26・7・13刑集5・8・1437)。
このように占有移転の時点において、「権利者排除意思」があったかどうかが、窃盗罪を主観面から限定位するうえで重要なポイントになります。しかし、その後の判例は、当初から返還の意思があっても、なおも「権利者排除意思」を肯定したものがあります。例えば、後に返還するつもりで、4時間ほど他人の自動車を乗り回した事案について、不法領得の意思が肯定されています(最決昭55・10・30刑集34・5・357)。「一時使用の時間」が長すぎたため、その間は「権利者を排除する意思」があったと認定されたのではないかと思われます。
また、会社の重要機密文書を無断で持ち出し、コピーをして2時間後に元の場所に戻した事案については、不法領得の意思が肯定されています(東京地判昭55・2・14刑月12・1=2・47、東京地判昭59・6・15刑月16・5=6・459)。会社の文書は、会社内で使用するのが基本であり、それを社外に持ち出すのは、たとえ一時的ではあっても権利者を排除することを意味するからです。
2)毀棄・隠匿目的による財物の占有移転の事案
毀棄・隠匿目的による財物の占有移転については、判例では、校長を困らせるつもりで、学校に保管された「教育勅語」を自分の教室の天井裏に隠匿するために、それを持ち出した事案では、隠匿目的は「教育勅語の経済的用法に基づいた利用目的」ではないとされたものがあります(大判大4・5・21刑録21・633)。また、被害者を殺害した後、犯行を隠す目的で腕時計を投棄するために、それを死体から取り去った事案についても、「腕時計等から生ずる何らかの効用を享受する意思があったということはできない」として、経済的用法に基づく利用の意思があったとはいえないと判断されています(東京地判昭62・10・6判時1259・137)。刑務所に収容してほしいので、最初から自首するつもりで財物を奪った事案では、「経済的用法に従った利用又は処分の意思は全く認めることができない」だけでなく、「一時的にせよ権利者を排除する意思はなかった」として、不法領得の意思が完全に否定されています(広島地判昭50・6・24刑月7・6・692)。自首の際に盗品を警察に差し出し、それは持ち主のところに確実に返されるので、利用意思も、排除意思もなかったということです。
経済的利用意思・処分意思は、腕時計であれば、腕にはめて時間を確認するために利用する意思であり明らかですが、ものによっては、様々な使用が考えられるので、利用意思の内容を狭く限定するのは妥当ではありません。例えば、会社の重要機密文書をコピーする目的で無断で持ち出した事案では、文書に記載された情報を獲得する(使用する)目的があれば足りると判断されています。性的意図を満たす目的で女性の下着や児童の上履きを取る行為もまた、ひろく「経済的使用目的」にあたると判断されています(最決昭37・6・26裁判集刑143・201)。
「経済的用法」の意味は、相当広く理解されています。
③学説
以上のように、不法領得の意思は、「権利者を排除して、他人の物をあたかも自己の所有物のように、その経済的用法に従って利用・処分する意思」と定義されていますが、それを満たすかどうかは、かなり幅広く認められています。
学説では、そもそも窃盗罪の条文を見る限り、そのような不法領得の意思は書かれていないので、不要であると主張する学説もありますが、使用窃盗など不可罰な領域を明確にするための要件として、これを求める学説が多数です。ただし、その理解にも幅があり、判例に従う見解(権利者排除・経済的利用説)もあれば、「権利者排除意思」を重視する見解(権利者排除意思説)と「経済的利用意思」を重視する見解(経済的利用意思説)に分かれています。
窃盗事案では、窃取後に財物の領得行為、つまり経済的使用が行われることが多いのですが、犯罪としては窃取の時点で、つまり権利者を排除した時点で成立します。その客観的要件としては、権利者を排除する行為が行われたことに加え、経済的用法に従った使用へと行き着く危険性が発生するが必要であると思います。従って、その主観的要件としても、経済的利用意思を基本とすべきでしょう。そのように解することによって、毀棄・隠匿目的の場合について不可罰とすることができます。一時使用の場合は、経済的利用意思がありますが、それが短時間の利用であった場合には、権利者を排除する意思がなかったと判断すればよいと思います。
質問は、keiho2honda@yahoo.co.jp へ。
第06週 窃盗の罪
(1)窃盗罪
刑法235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。未遂も罰する(243条)。
1行為客体
窃盗罪の行為客体は、「他人の財物」です。「財物」については、すでに解説しました。
「占有」とは、どのような意味でしょうか。占有説によれば、「他人が占有する財物」と解されています。本権説によれば、「他人が占有する所有物」と解されます。所有権は、財物の占有を害することによって侵害されるので、占有説だけでなく、本権説からも、占有の意義が問題になります。
①占有の意義
財物の占有とは、財物に対する「事実上の支配」をいいます。代理占有(民181)や占有の継承(民187)もまた「占有」ですが、事実上の支配していないので、窃盗罪における「財物の占有」にはあたりません。従って、事実上の支配が及んでいない財物については、窃盗罪は成立しません。遺失物横領罪(刑254)などが問題になるだけです。
占有とは「事実上の支配」と解されていますが、この「事実上の支配」にあたるか否かが問われた事案が数多くあります。例えば、自宅でカギを紛失した場合でも、カギが自宅にある限り、事実上の支配は認められます(大判大15・10・8刑集5・440)。また、自宅外であっても、その持ち主が客観的に推測できる場合にも、事実上の占有は認められます(福岡高判昭30・4・25高刑集8・3・418、東京高判昭36・8・8高刑集14・5・316)。家の前に停めてある自転車、玄関の前に置かれた小荷物などは、その家に居住する人のものであることが推測されるので、事実上の占有が及んでいると認定されます。
屋外の場合でも、例えばバス乗り場の行列に並び始めた時にイスにカメラを置き、そのまま行列の進行とともに19・58メートル移動し、置き忘れたカメラのことを思い出し、約5分後に戻ってきた事案(最判昭32・11・8刑集11・12・3061)、15、6メートル離れた後で1、2分後に財布を置き忘れたことに気づいた事案(東京高判昭54・4・12刑月11・4・277)、またスーパーの6階から地下1階に移動し、10分後に財布を置き忘れたことを思い出した事案(東京高判平2・11・26判時1400・128)などにおいても、財物の事実上の支配が肯定されています。カメラや財布が不自然に置かれいるため、誰かが置き忘れ、その人が付近にいることが推定できるので、置き忘れてから1、2分ないし10分経過していても、離れた距離も20メートル離れていても、財物に対する事実上の支配が肯定されています。さらには、放し飼いされている飼い犬などについても、飼い主のもとに戻ってくる習性があるので、事実上の支配は一般的に認められています(最判昭32・7・16刑集11・7・1829)。
宿泊客が旅館の共同トイレに財布を置き忘れた場合はどうでしょうか。このような場合、宿泊客の事実上の支配が財布に及んでいないとしても、旅館の経営者による事実上の支配が肯定されています(大判大8・4・4刑録25・382)。これに対して、列車の網棚の置き忘れられた荷物については、持ち主だけでなく、列車の係員による事実上の支配が否定され、遺失物にあたると判断されています(大判大15・11・2刑集5・491)。その理由は、旅館の場合、そこに出入りする人は特定された宿泊客だけであり、その忘れ物については、旅館側が管理・保管することになっているからです。それに対して、列車の場合については、そこは不特定または多数の利用者が自由に出入りできる場所であるため、忘れ物が拾得物として列車の係員に届られるまでは、その事実上の支配は及んでいないと考えられるからだと思います。例えば、タクシー内の忘れ物の場合は、乗客忘れ物は運転者の事実上の支配が及ぶと判断されるでしょう。公衆電話機内に残された硬貨は、電話機の管理者である電話局長または電話分局長の管理下にあると認められていますし(東京高判昭33・3・10高刑裁特5・3・89)、ゴルフのロストボールは、元の所有者がその所有権を放棄していても、それがゴルフ場の敷地内にある限り、ゴルフ場の管理者が事実上支配していると判断されています(最決昭62・4・10刑集41・3・221)。
②占有の帰属
ある人が単独で財物を支配している場合、その占有を認めることは困難ではありません。しかし、複数の人が共同して支配している場合に問題になります。例えば、対等な関係にあるAとBが財物を共同して支配している場合、Bが不在の間に、Aがそれを事実上支配すれば、Bの占有に対する侵害が認められます(最判昭25・6・6刑集4・6・928)。「複数の占有者の間に上下関係・主従関係がある場合」、占有しているのは上司や主人であり、部下や従者はそれに協力しているだけであるので、部下や従者がそれを支配すれば、占有侵害にあたります(大判大7・2・6刑録24・32、大判大12・11・9刑集2・778)。
宅配便や郵便小包の物品について、それを占有しているのは誰でしょうか。配達員でしょうか、それとも配達の依頼主でしょうか。判例では、物品の状態によって異なる判断が示されています。封緘された郵便物の内容物については、依頼主の占有が認められ、配達員がそれを開封して、なかの物を取り出す行為は占有侵害にあたると判断されたものがあります(大判明45・4・26刑録18・536、最決昭32・4・25刑集11・4・1427)。これに対して、開封せずに郵便小包の全体を自分のものにする場合は、小包の占有は配達員にあるので、業務上横領罪が成立すると判断されています(大判大7・11・19刑録24・1365)。判例では、郵便小包とその内容物について、占有する者がそれぞれ異なると判断していますが、財物に対する事実上支配しているのは配達員であると考えるべきでしょう。従って、いずれも占有侵害ではなく「横領」であり、成立するのは(業務上)横領罪でしょう。
③死者の占有(ないし死後の占有)
他人の財物とは、他人が事実上支配している財物です。この他人は、「自然人」です。したがって、死者は自然人ではないので、財物を占有することはできません。それゆえ、死者から財物を奪っても、占有を侵害していないので、窃盗罪は成立しません。一般的には占有離脱物横領罪にあたると考えられます。ただし、人から物を奪うために、殺害して、その「死者」から物を奪った場合には、あらかじめ財物を奪取する意思があったので、自然人から財物を奪ったと認定されます。
問題は、人を殺害した後(殺人罪が成立した後)、その直後に、その現場で、財物奪取の意思が生じて、財物を奪ったような場合、占有侵害は認められるでしょうか。この場合、殺害と財物奪取が時間的・場所的に近接した関係において行われ、また自分で作り出した殺害という状況を利用して、財物を奪っているので、占有侵害が認められています(大判昭16・11・11刑集20・598、最判昭41・4・8刑集20・4・207)。これに対して、殺害した後、一旦その現場から離れ、9時間後に戻ってきて、財物を奪った場合については、自ら作り出した殺害の状況を利用していますが、時間的・場所的な近接性が認められないため、占有侵害は認められず、占有離脱物の横領と認定されています(東京地判昭37・12・3判時323・33)。AがXを殺害した後、BがXから財物を奪取した場合、殺害と財物奪取との間に時間的・場所的な近接性がありますが、利用した殺害の状況はBが作り出したものではないので、占有離脱物横領罪が成立するだけです(大判大13・3・28新聞2247・22)。
2行為
「窃取」とは、他人が占有する財物を、その意思に反して自己または第三者の支配領域内に移転することをいいます。被害者が同意している場合、財物を移転していても、「窃取」にはあたらず、窃盗罪の構成要件には該当しません。明示的な同意がなくても、それが合理的に推定できる場合(隣の友人の消しゴムを使うために、それを自己の支配領域に移転した)。
特殊な体感器を使って、パチスロ機の当選を引き当ててメダルを取得する場合も、体感器の性能いかんにかかわらず、窃取にあたると判断されています(最二小決平19・4・13刑集61・3・340)。しかし、体感器の性能・作動、当選の引き当て、メダル取得の間に因果関係が必要であると思われます。
3未遂と既遂
他人が占有している財物を、その占有を侵害して自己または第三者の支配下に移転させれば、窃盗罪は既遂に達します。窃盗罪の実行に着手し、財物の移転を遂げなかった場合は未遂です。
では、窃盗の実行の着手時期は何によって判断されるのでしょうか。例えば、住居侵入後に窃盗を行う場合、住居侵入と窃盗罪の行為客体も、実行行為も異なるため、住居に侵入しただけで窃盗の実行の着手を認めることはできません。では、住居への侵入後に何を行なえば、窃盗の実行に着手したと認定できるのでしょうか。
判例では、住居への侵入後、金品を物色するために、「タンスの方に近づいた」時点で窃盗の実行の着手を認めたものがあります(大判昭9・10・19刑集13・1473)。「タンスに近づく」ことは、他人による財物の占有を侵害する行為を構成するものではありませんが、それに密接な行為であり、財物の占有に対する具体的な危険が発生していることを理由に、窃盗の実行の着手が認められています。電器店に侵入後に、現金のありそうな「タバコ売場に方に行きかけた」という事案でも、窃盗の実行の着手が肯定されています(最決昭40・3・9刑集19・2・69)。
財物の移転の時期、つなわち既遂の時期についてはどうでしょうか。それは、財物の大小、軽重、形状、搬出の容易性・困難性などを考慮して判断されています。例えば、①スリが店内で商品を懐中に収めたときに、窃盗は既遂に達したと認定されています(大判大12・4・9刑集2・330)。また、②他人の住居内でその衣類を取って、荷造りしたときにも、既遂が認められています(東京高判昭27・12・11高刑集5・12・2283)。③駐車中の自動車を道路まで押して移動させ、配線を操作してエンジンを始動させ、発進可能な状態にしたときも既遂に達したと認定されています(広島高判昭45・5・28判タ255・275)。これに対して、④高さ3尺(90cm)、幅4尺(120cm)、重量約12貫(12×3.75=45kg)のもめんを一梱(こり)(181.44kg)を被害者宅のひさしまで運んだところ、家人に発見され、そのまま逃走した事案(名古屋高判昭24・11・12高刑判特3・93)、⑤障壁や守衛などの設備のある工場内から重量物を運び、構外に出ないうちに発見された事案(大阪高判昭29・5・4高刑集7・4・591)では、いずれも既遂ではないと判断されています。
①と②については、財物の大きさと形状、ポケットの中や梱包の状態から考えて、他人の占有を侵害・排除して、それを自己に移転していると判断することができると思います(ただし、店舗内での窃盗は、スーパーやコンビニの場合、支払いレジを通らずに、店舗外に出た時点で既遂に達すると考えることもできます)。③については、エンジンを始動し、発進可能になっているので、自動車の占有は移転し、既遂に達したと認定できます。④と⑤については、財物の大きさ、その搬出の可能性などを考えると、敷地の外に持ち出し、トラックに積むなどしない限り、占有の移転は認められないでしょう。
4不可罰的事後行為ないし共罰的事後行為
窃盗が既遂に達した後、盗品は一般的には犯人によって使用されます。例えば、自転車を盗んで、それを解体して、重要部分だけ残して、残りを投棄した場合、窃盗後の行為は他人の器物の損壊行為ですが、この行為は、窃盗に含めて評価されるので、それ自体として独自に器物損壊を構成しません(不可罰的事後行為ないし共罰的事後行為)。器物の損壊は、窃盗の被害状態の範囲を超えていないと考えられるからです。ただし、窃取した貯金通帳と印鑑を窃取して、それを使って銀行の窓口で行員をだまして預金を引き出した場合は、窃盗罪とは別に詐欺罪の成立が考えられます。詐欺の被害は、窃盗の被害とは別の客体のところで発生しているからです。
5不法領得の意思
ⅰ窃盗罪の主観的要件――故意と「不法領得の意思」
窃盗は、他人が占有する財物をその意思に反して自己または第三者に移転する行為であり、それを故意に行った場合に成立します。さらに、占有移転の認識=窃盗の故意に加えて、不法領得の意思が必要であると解されています。この「不法領得の意思」とは何でしょうか。
例えば、少しのあいだ借りるつもりで、自転車や雨傘を持ち出して、返す前に発見された場合(使用窃盗)、また相手を困らせてやろうと思い、その人宛ての信書を破棄または隠匿するためにカバンから取り出したところを発見された場合(毀棄・隠匿目的による財物の占有移転)、他人が占有する財物をその意思に反して自己または第3者に故意に移転しているので、窃盗の故意が認められますが、ちょっと借りるだけとか、イタズラのつもりの場合まで、窃盗罪で処罰する必要はありません。しかも、隠匿する目的でカバンから信書を取り出した行為は、信書隠匿罪(6月以下の懲役・禁錮など)の予備か、その未遂でしかありません。しかも、それは不可罰な行為です。そのように処罰されない行為を窃盗罪(10年以下の懲役など)として処罰する必要はないでしょう。
「使用窃盗」や「毀棄・隠匿目的による財物の占有移転」は、客観的には窃盗罪の行為と同じです。しかも、占有移転の認識があるので、窃盗罪の故意が認められます。しかし、窃盗罪の主観的要件には、その故意に加えて、「不法領得の意思」が必要であると考えれば、使用窃盗などには、それがないので、窃盗罪として処罰することを控えることができます。
ⅱ不法領得の意思
①不法領得の意思の定義
判例は、不法領得の意思を次のように定義しています。それは、「権利者を排除して、他人の物をあたかも自己の所有物のように、その経済的用法に従って利用・処分する意思」です(大判大4・5・21刑録21・663)。「権利者排除意思」と「経済的利用・処分意思」の二つの要素から構成されています。
使用窃盗には、「経済的利用・処分意思」はありますが、「権利者排除意思」がなく(大判大9・2・4刑録26・27)、また毀棄・隠匿目的による財物の占有移転には「権利者排除意思」はありますが、「経済的利用・処分意思」がないので、客観的には窃盗罪の要件を満たしていますが、主観的要件が欠けるため、窃盗罪の成立が否定されます。
②不法領得の意思の存否が争われた事案
1)使用窃盗の事案
判例には、他人の自転車を無断使用し、その後乗り捨てた事案で、無断使用する時点では一時的使用の意思しかなかったため、「権利者排除意思」はなく、不法領得の意思はないと判断したものがあります(大判大9・2・4刑録26・27)。他人の自転車の無断使用は、不法領得の意思にもとづいて行われていませんが、その後の乗り捨てについては、占有する他人の物を故意に廃棄しているので、横領罪にあたる可能性があります。従って、自転車の無断使用する時点において、すでに乗り捨てる意思があった場合には、権利者排除意思が認められ、窃盗罪が成立することになります(最判昭26・7・13刑集5・8・1437)。
このように占有移転の時点において、「権利者排除意思」があったかどうかが、窃盗罪を主観面から限定位するうえで重要なポイントになります。しかし、その後の判例は、当初から返還の意思があっても、なおも「権利者排除意思」を肯定したものがあります。例えば、後に返還するつもりで、4時間ほど他人の自動車を乗り回した事案について、不法領得の意思が肯定されています(最決昭55・10・30刑集34・5・357)。「一時使用の時間」が長すぎたため、その間は「権利者を排除する意思」があったと認定されたのではないかと思われます。
また、会社の重要機密文書を無断で持ち出し、コピーをして2時間後に元の場所に戻した事案については、不法領得の意思が肯定されています(東京地判昭55・2・14刑月12・1=2・47、東京地判昭59・6・15刑月16・5=6・459)。会社の文書は、会社内で使用するのが基本であり、それを社外に持ち出すのは、たとえ一時的ではあっても権利者を排除することを意味するからです。
2)毀棄・隠匿目的による財物の占有移転の事案
毀棄・隠匿目的による財物の占有移転については、判例では、校長を困らせるつもりで、学校に保管された「教育勅語」を自分の教室の天井裏に隠匿するために、それを持ち出した事案では、隠匿目的は「教育勅語の経済的用法に基づいた利用目的」ではないとされたものがあります(大判大4・5・21刑録21・633)。また、被害者を殺害した後、犯行を隠す目的で腕時計を投棄するために、それを死体から取り去った事案についても、「腕時計等から生ずる何らかの効用を享受する意思があったということはできない」として、経済的用法に基づく利用の意思があったとはいえないと判断されています(東京地判昭62・10・6判時1259・137)。刑務所に収容してほしいので、最初から自首するつもりで財物を奪った事案では、「経済的用法に従った利用又は処分の意思は全く認めることができない」だけでなく、「一時的にせよ権利者を排除する意思はなかった」として、不法領得の意思が完全に否定されています(広島地判昭50・6・24刑月7・6・692)。自首の際に盗品を警察に差し出し、それは持ち主のところに確実に返されるので、利用意思も、排除意思もなかったということです。
経済的利用意思・処分意思は、腕時計であれば、腕にはめて時間を確認するために利用する意思であり明らかですが、ものによっては、様々な使用が考えられるので、利用意思の内容を狭く限定するのは妥当ではありません。例えば、会社の重要機密文書をコピーする目的で無断で持ち出した事案では、文書に記載された情報を獲得する(使用する)目的があれば足りると判断されています。性的意図を満たす目的で女性の下着や児童の上履きを取る行為もまた、ひろく「経済的使用目的」にあたると判断されています(最決昭37・6・26裁判集刑143・201)。
「経済的用法」の意味は、相当広く理解されています。
③学説
以上のように、不法領得の意思は、「権利者を排除して、他人の物をあたかも自己の所有物のように、その経済的用法に従って利用・処分する意思」と定義されていますが、それを満たすかどうかは、かなり幅広く認められています。
学説では、そもそも窃盗罪の条文を見る限り、そのような不法領得の意思は書かれていないので、不要であると主張する学説もありますが、使用窃盗など不可罰な領域を明確にするための要件として、これを求める学説が多数です。ただし、その理解にも幅があり、判例に従う見解(権利者排除・経済的利用説)もあれば、「権利者排除意思」を重視する見解(権利者排除意思説)と「経済的利用意思」を重視する見解(経済的利用意思説)に分かれています。
窃盗事案では、窃取後に財物の領得行為、つまり経済的使用が行われることが多いのですが、犯罪としては窃取の時点で、つまり権利者を排除した時点で成立します。その客観的要件としては、権利者を排除する行為が行われたことに加え、経済的用法に従った使用へと行き着く危険性が発生するが必要であると思います。従って、その主観的要件としても、経済的利用意思を基本とすべきでしょう。そのように解することによって、毀棄・隠匿目的の場合について不可罰とすることができます。一時使用の場合は、経済的利用意思がありますが、それが短時間の利用であった場合には、権利者を排除する意思がなかったと判断すればよいと思います。
質問は、keiho2honda@yahoo.co.jp へ。