刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――財産に対する罪
第06週 不動産侵奪罪
(1)不動産侵奪罪
刑法235条の2 他人の不動産を侵奪した者は、10年以下の懲役に処する。
未遂は処罰する(243条)。
1立法の経緯
財物、つまり動産を窃取する行為は、窃盗罪として処罰できますが、土地や建物などの不動産を不法に占拠し、持ち主の利用を妨げる行為は、どのように扱われるのでしょうか。このような問題に対応するために、1960年(昭和35年)の刑法の一部改正によって、不動産侵奪罪が境界損壊罪(262条の2)とともに創設されました。
2行為客体
不動産侵奪罪の客体は、「不動産」です。不動産とは、土地とそれに定着している建物、その地上の空間と地下も含まれます。集合住宅の一室も建物として扱われるので、それも不動産です。定着物が土地から分離し、独立して存在している場合には(駐車場の自動車など)、動産(財物)として扱われます。
不動産は、「他人の不動産」、つまり他人が事実上支配している不動産です。所有権が及んでいる必要はありません。不動産登記などの法的手続が完了していなくても、不動産が事実上支配されていれば足ります。会社の代表者が土地・建物ともに所有していたが、姿をくらましたため、会社が廃業状態になり、土地・建物の法的に管理することが困難になっていても、不動産に対する事実上の支配は失われていないと判断したものがあります(最決平11・12・9刑集53・9・1117)。これに対して、「財物」(動産)の場合は、占有者がどこにいるか分からなくなれば、事実上の支配は否定されるので、不動産に対する事実上の支配は、財物の場合よりも緩やかに解されているといえます。
自己所有の不動産を他人が占有している場合には、「他人の不動産」とみなされます(242条)。
3行為
侵奪とは、不動産に対する他人の支配を排除して、それを事実上支配することであり、窃盗罪の窃取に対応する行為です。不動産登記簿を改ざんし、虚偽の申請によって不動産を不正に取得しても、事実上の支配が行われていない場合、偽造公文書行使や詐欺罪が成立しても、不動産侵奪罪は成立しません。また、賃貸借契約終了後に、不動産の占有を継続しても、改めて不動産を侵奪する行為が外部から行なわれていないので、侵奪にはあたりません(東京高判昭53・3・29高刑集31・1・48)。
侵奪の典型は、人の土地に建物を建てる、他人の農地を勝手に耕作する(新潟地相川支判昭39・1・10下刑集6・1=2・25)、自分の建物を増築して、隣の土地の上に突出させる(大阪地判昭43・11・15判タ235・280)などの行為です。他人の土地を掘り崩して土砂を運搬したり、他人の土地に廃棄物を投棄する行為も、自分の土地であるかのように使用して、持ち主の使用を妨げているので、侵奪にあたります(大阪高判昭58・8・26判時1102・155)。
ただし、賃貸借契約の終了後、既存の家屋を増築した場合、その規模が小さく、解体・撤去が容易で、原状回復が可能であるならば、それは家屋の占有状態を変化させただけで、新たに侵奪を行なったとはいえません(大阪高判昭41・8・9高刑集19・5・535)。これに対して、無断で一時使用していた土地の上に、コンクリート塀の倉庫を築造した事案では、従前の一時使用という状態から「侵奪」という状態へと質的な変化を遂げたと判断されています(最決昭42・11・2刑集21・9・1179)。また、土地の所有者に無断でまた借りし、そこにあった簡易施設の骨組みを利用して、構造が大きく異なる本格的な店舗を構築した事案でも、所有者の土地・建物に対する占有を排除し、新たな占有を設定したと判断されています(最決平12・12・15刑集54・9・1049)。
4既遂と未遂
侵奪を開始し、他人の占有を排除するに至らなかった場合、侵奪の未遂です。他人の農地を耕作するために、周囲の打ち込まれている棒や杭(くい)を抜き始めたり、他人の家屋を改造するために、玄関のカギを外して中に入り、資材の搬入を始めれば、実行の着手が認められます。
質問は、keiho2honda@yahoo.co.jp へ。
第06週 不動産侵奪罪
(1)不動産侵奪罪
刑法235条の2 他人の不動産を侵奪した者は、10年以下の懲役に処する。
未遂は処罰する(243条)。
1立法の経緯
財物、つまり動産を窃取する行為は、窃盗罪として処罰できますが、土地や建物などの不動産を不法に占拠し、持ち主の利用を妨げる行為は、どのように扱われるのでしょうか。このような問題に対応するために、1960年(昭和35年)の刑法の一部改正によって、不動産侵奪罪が境界損壊罪(262条の2)とともに創設されました。
2行為客体
不動産侵奪罪の客体は、「不動産」です。不動産とは、土地とそれに定着している建物、その地上の空間と地下も含まれます。集合住宅の一室も建物として扱われるので、それも不動産です。定着物が土地から分離し、独立して存在している場合には(駐車場の自動車など)、動産(財物)として扱われます。
不動産は、「他人の不動産」、つまり他人が事実上支配している不動産です。所有権が及んでいる必要はありません。不動産登記などの法的手続が完了していなくても、不動産が事実上支配されていれば足ります。会社の代表者が土地・建物ともに所有していたが、姿をくらましたため、会社が廃業状態になり、土地・建物の法的に管理することが困難になっていても、不動産に対する事実上の支配は失われていないと判断したものがあります(最決平11・12・9刑集53・9・1117)。これに対して、「財物」(動産)の場合は、占有者がどこにいるか分からなくなれば、事実上の支配は否定されるので、不動産に対する事実上の支配は、財物の場合よりも緩やかに解されているといえます。
自己所有の不動産を他人が占有している場合には、「他人の不動産」とみなされます(242条)。
3行為
侵奪とは、不動産に対する他人の支配を排除して、それを事実上支配することであり、窃盗罪の窃取に対応する行為です。不動産登記簿を改ざんし、虚偽の申請によって不動産を不正に取得しても、事実上の支配が行われていない場合、偽造公文書行使や詐欺罪が成立しても、不動産侵奪罪は成立しません。また、賃貸借契約終了後に、不動産の占有を継続しても、改めて不動産を侵奪する行為が外部から行なわれていないので、侵奪にはあたりません(東京高判昭53・3・29高刑集31・1・48)。
侵奪の典型は、人の土地に建物を建てる、他人の農地を勝手に耕作する(新潟地相川支判昭39・1・10下刑集6・1=2・25)、自分の建物を増築して、隣の土地の上に突出させる(大阪地判昭43・11・15判タ235・280)などの行為です。他人の土地を掘り崩して土砂を運搬したり、他人の土地に廃棄物を投棄する行為も、自分の土地であるかのように使用して、持ち主の使用を妨げているので、侵奪にあたります(大阪高判昭58・8・26判時1102・155)。
ただし、賃貸借契約の終了後、既存の家屋を増築した場合、その規模が小さく、解体・撤去が容易で、原状回復が可能であるならば、それは家屋の占有状態を変化させただけで、新たに侵奪を行なったとはいえません(大阪高判昭41・8・9高刑集19・5・535)。これに対して、無断で一時使用していた土地の上に、コンクリート塀の倉庫を築造した事案では、従前の一時使用という状態から「侵奪」という状態へと質的な変化を遂げたと判断されています(最決昭42・11・2刑集21・9・1179)。また、土地の所有者に無断でまた借りし、そこにあった簡易施設の骨組みを利用して、構造が大きく異なる本格的な店舗を構築した事案でも、所有者の土地・建物に対する占有を排除し、新たな占有を設定したと判断されています(最決平12・12・15刑集54・9・1049)。
4既遂と未遂
侵奪を開始し、他人の占有を排除するに至らなかった場合、侵奪の未遂です。他人の農地を耕作するために、周囲の打ち込まれている棒や杭(くい)を抜き始めたり、他人の家屋を改造するために、玄関のカギを外して中に入り、資材の搬入を始めれば、実行の着手が認められます。
質問は、keiho2honda@yahoo.co.jp へ。