刑法Ⅱ(各論) 個人的法益に対する罪――財産に対する罪
第06週 財産犯総論
財産に対する罪は、人の経済的・物質的な法益を侵害する犯罪であり、生命、身体、自由、名誉などの個人的法益に対する罪の次に重要な犯罪です。その条文数や適用例も多く、論点も多岐にわたり、学説や判例の集積も豊富です。
(1)財産に対する罪:総論
1財産犯の種類と分類
財産犯は、①窃盗罪、②不動産侵奪罪、③強盗罪、④詐欺罪、⑤恐喝罪、⑥横領罪、⑦背任罪、⑧盗品等に関する罪、⑨器物損壊等の毀棄罪・信書隠匿罪から成り立っています。これらは、財産の侵害という点において共通していますが、財産の侵害方法・態様や財産の性質に特徴や違いがあります。
ⅰ財産の侵害方法・態様の違いによる分類
財産犯は、財産侵害を特徴とする犯罪です。財産侵害という点において共通していても、その方法・態様いかんによって成立する犯罪が異なります。侵害の方法・態様を基準にして財産犯を分類すると、次のようになります。
第1は、領得罪と毀棄罪の違いです。
領得罪とは、他人の財産を「自分のものにすること」です。毀棄罪とは、「自分のものにせずに、たんに破壊すること」です。領得罪の典型は、窃盗罪(10年以下の懲役または50万円以下の罰金)です。毀棄罪の典型は、器物損壊罪(3年以下の懲役または30万円以下の罰金)です。領得者は、盗品を自分のものとして利用し、そこから不法に利益を得るため、たんに破壊するだけの毀棄罪に比べて、法定刑が高く設定されています。
第2に、直接領得罪と間接領得罪の違いです。
直接領得罪は、他人の財産を「直接的に自分のものにすること」であり、間接領得罪は、「間接的に自分のものにすること」です。前者は、窃盗罪、強盗罪、横領罪、恐喝罪などであり、後者は盗品等に関する罪(盗品有償譲受罪など)です。
第3に、直接領得罪のなかでも、財産の移転を要件とする場合と移転を要しない場合です。前者の典型は窃盗罪であり、後者は横領罪です。
第4に、直接領得罪で、かつ財産の移転を要件とするものなかでも、被害者の意思に反して行われる場合を「盗取罪」といい、被害者の(瑕疵ある)意思に基づいて行われる場合を「交付罪」といいます。前者は窃盗罪などであり、後者は詐欺罪・恐喝罪です。
第5に、「盗取罪」のうち、暴行・脅迫を手段行為とする場合とそうでない場合があります。前者の典型は強盗罪、後者の典型は窃盗罪です。
ⅱ行為の違いによる分類
財産犯を行為客体の性質を基準にして分類すると次のようになります。
第1に、客体が「財物」である「財物罪」と「財産上不法の利益」である「利益罪」に区別されます。窃盗罪、横領罪、盗品等に関する罪、毀棄罪の行為客体は「財物」に限られます。それに対して、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪については、「財物」だけでなく、「財産上不法の利益」も行為客体に含まれます。
第2に、「個別財産に対する罪」と「全体財産に対する罪」に分類されます。
「個別財産に対する罪」とは、被害者が占有する個々の「財産」を喪失することによって成立する犯罪です。窃盗罪、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪、横領罪などが典型です。その事実の実現によって、犯罪として成立し、「財産的損害」の発生は法文上要件とはされていません。
「全体財産に対する罪」とは、被害者の財産状態が不良的に変化していることが成立要件とされている犯罪です。したがって、「財産的損害」の発生が必要です。その例としては背任罪だけです。それ以外の犯罪は全て「個別財産に対する罪」として分類されています(ただし、「財産的損害」の要否をめぐっては学説の争いがあります)。
第3に、条文解釈によって導き出された分類ですが、「動産」のみを客体とする場合と「不動産」をも含む場合である。窃盗罪と強盗罪の行為客体は動産だけですが、詐欺罪、恐喝罪、横領罪、盗品等に関する罪、毀棄罪については、動産・不動産の両方が含まれると解釈されています。ちなみに、不動産を盗む行為は不動産侵奪罪にあたり、暴行・脅迫を用いて不動産を盗む行為は不動産侵奪罪と暴行罪・脅迫罪にあたります(併合罪)。
ⅲ財物と財産上不法の利益
①財物
1)財物とは何か――有体性説と物理的管理可能性説
財物とは、五感の作用によってその存在が確認できる「有体物」をいいます(有体性説)。従って、頭なかで浮かんだアイデアや耳にしか聞こえない音声やメロディーなど、財物ではありません。ただし、「電気」は財物と見なされます(245条)。旧刑法の時代、盗電事件に関して、電気は有体物ではないが、物理的に管理可能であることを理由に財物であると判断し(管理可能性説)、盗電行為を窃盗罪として処罰したことがあります(大判明36・5・21刑録9・874)。その判例が、現行刑法245条において明文化されました。ただし、現行刑法においても、財物は原則的に有体性であり、電気についてのみ物理的管理可能性を理由に例外的に財物と見なされているだけです。
では、製品開発に関する情報や企業秘密などは、財物とみなされるでしょうか。現行刑法では、電気について財物とみなすとしているだけなので、情報などはそれ自体としては財物にはあたりません。情報がフッロッピーディスクなどによって物理的に管理できることを理由にして、それを財物とみなし、情報を盗む行為と窃盗罪で処罰するのは、罪刑法定主義からも問題があります。ただし、情報がインプットされたフロッピーを盗む行為は、フロッピーという財物を盗んでいるので、それを窃盗として処罰することに問題はありません。もっとも、そのフロッピーはたんなる「プラスティックの板」ではなく、情報を伝達する高価な媒体物です。裁判例でも、フロッピーの経済的価値は、「情報と媒体が合体したものの全体」によって決まると判断したものがあります(東京地判昭59・6・28判時1126・3)。つまり、フロッピーの財物性を判断するにあたって、その素材だけでなく、それにインプットされた情報を考慮に入れる必要があります。
2)財物――経済的・財産的価値の要否
財物とは何か。それは有体物です。では、有体物であれば、それは財物といえるのでしょうか。その有体物の財産的価値は、財物であるかどうかを判断するうえで、考慮に入れる必要があるのでしょうか。
有体物であることを理由に、それが財物であると評価するとしても、財産的な価値をまったく無視してもよいとは思えません。財産的な価値がゼロの「有体物」を盗んだ行為を、「財物」を窃取したとして、窃盗罪で処罰するというのは無理があります。この点に関して、判例では、財物であるかどうかは、所有権の目的物ないし占有の対象物であるかどうかで決まり、それが経済的・財産的な価値を有しているかどうかは関係はないという立場をとってきました。例えば、脅迫して作成させたた「法的に効力のない約束手形」(大判明43・2・15刑録16・256)、支払期日が過ぎたため無効になった小切手(最決昭29・6・1刑集8・6・787)、消印の押してある使用済みの収入印紙(最判昭30・8・9刑集9・9・2008)など、経済的・財産的に価値のない物であっても、財物として保護されると判断してきました。
このような判例は、有体物であれば、なんでも財物として保護する極端な立場に立っていると見えるかもしれません。しかし、脅迫により作成した約束手形は、脅迫罪や強要罪を裏付ける証拠となるものですし、消印の押してある使用済みの収入印紙もまた消印の日付を証明する文書となるものです。社会的に見て価値や有用性があります。そのようなものも保護する必要性があると考えるならば、判例の立場は、必ずしも極端なことを述べているわけではありません。なお、判例では、一定の経済的価値について言及したものもありますが(最判昭26・3・15刑集5・4・512、最判昭27・4・15裁判集63・243)、経済的・財産的な価値が財物性を判断する要件であるとは言っていません。従って、経済的・財産的な価値だけでなく、社会的な有用性がなくても、財物といえるのかという問題については、判例の立場は必ずしも明らかであるとはいえません。
ただし、下級審では、有体物が財物であるためには、一定の経済的価値ないし主観的価値が必要であると判断したものがあります。例えば、窃取した財物がメモ一枚であった事案について、メモ一枚にはそれが備わっていないために、財物とはいえないとし、窃盗既遂罪の成立を否定したものがあります(ただし、窃盗未遂罪の成立を肯定)(大阪高判昭43・3・4下刑集10・3・225)。また、チリ紙13枚について、社会通念上、主観的・客観的価値がない、あるいは極めて微小な有体物について、刑法上の保護に値しないので、財物性を否定し、窃盗既遂罪を否定したものがあります(窃盗未遂罪の成立を肯定)(東京高判昭45・4・6判タ255・235)。メモ一枚、ちり紙13枚は、その経済的・財産的価値がわずかであるため、刑法上の財物ではありません。したがって、財物の窃取という事実はなく、窃盗既遂罪の構成要件該当性を認めることはできません。
なお、これらの事案において、窃盗未遂罪の成立が認められたのは、行為の時点において、行為者本人が認識した事実や一般人であれば認識したであろう事実を基準にして考えるならば、そこには(財布などの)財物が存在していたと考えられるので、その存在しえた財物の窃取の具体的な危険性を認定することができるからです(総論・不能犯論)。
3)禁制品の財物性
財物とは、所有・占有の目的物であり、一定の経済的・財産的価値を有する有体物と定義することができます。では、覚せい剤や大麻、拳銃のような所持が法的に禁止されている物(禁制品)については、どうでしょうか。それは所有・占有の目的物ではなく、また合法的な経済的価値を有してもいないので、財物にはあたらないといえます。
戦前の判例では、所有することが認められない偽造証書を騙し取っても、それは財物にあたらないという理由で、詐欺罪の成立を否定したものがあります(大判大元・12・20刑録18・1653)。また、アヘンを盗んでも窃盗罪は成立しないと判断したものがもあります(関東庁高等法院大9・7・24新聞1738・16)。しかし、隠匿物資である軍用アルコールを騙し取った戦後の事案に関して、刑法は「財物に対する事実上の所持」(占有説)を保護する目的を有しているので、法が隠匿物資の所持を禁止していようとも、人が財物を所持している事実がある限り、隠匿物資もまた財物にあたると判断したものがあります(最判昭24・2・15刑集3・2・175)。「隠匿された軍用アルコール」を騙し取っても、詐欺罪の被害はないといえても、それが隠匿されたものであることは、行為の時点において明らかでない場合もあるので、そのような場合を含めて、一応は所持されているアルコールは、財物として保護する必要があると思います。
②財産上不法の利益
1)財産上不法の利益とは何か
財産上不法の利益とは、不法に得られた財産上の利益のことです。法的に認めらない不法な利益ではありません。強盗罪、詐欺罪、恐喝罪については、各条の1項で財物を行為客体とし、2項で財産上の利益を行為客体としています。そのため、例えば益強盗罪は「2項強盗罪」と呼ばれます。利益は、財物ではないので、財産上不法の利益を窃取し、横領し、有償で譲り受け、損壊しても、窃盗罪、横領罪、盗品有償譲受罪、器物損壊罪は成立しません。
では、財産上不法の利益とは、何でしょうか。それは、「積極的な利益」(騙して得た債権)や「消極的な利益」(騙して免れた債務)、また「永続的な利益」(永久に免れた債務)や一時的な利益(一時的に免れた債務)など様々です。
このように利益は、請求する権利や履行する義務が法的に裏付けられています。では、一定の作業に従事させた場合(労務の提供)は、どうでしょうか。そのような場合でも、「財産上の利益」にあたると判断されていますが、その労務提供の形態が、通常は契約に基づいて行われるような場合に限られると考えるべきでしょう(大判昭6・6・8刑集10・205)。例えば、典型的には騙してタクシーで野球場まで走行させたような場合です。ただし、野球場が空いていることを確認するために、騙して見に行かせた場合にまで利益詐欺罪が成立すると判断する必要はないでしょう。
2)債務を免れるための殺人は利益強盗殺人にあたるか
被告人が、債務を免れるために、債権者に暴行を加え(または、殺害し)た場合、財産上不法の利益を強取し(殺害し)たとして、利益強盗罪や利益強盗殺人罪にあたるでしょうか。判決では、被告人が債権者に暴行を加え(殺害し)た後、姿をくらまして、債権の相続人が被告人を発見できず、そのため債権を行使することが著しく困難になった場合には、利益強盗財や利益強盗殺人罪の成立が認められています(大阪高判昭59・11・28高刑集37・3・438)。
債権者が死亡しても、債権は相続人に引き継がれるので、債権と債務の関係は消滅しません。消滅しないということは、債権は行使可能であるということです。債権が行使可能であるということは、利益は失われていないということです。そうすると、利益強盗罪や利益強盗殺人罪は成立しないと解することもできます。しかし、債務者が姿をくらましたため、相続人がそれをすぐに行使できないため、債務者は「一時的」に債務を免れ、その間、財産上の利益を得たということもできます。かりに被告人以外に債権・債務の関係を知る者がいないとうならば、債権者が死亡した時点において、債務を「永続的」に免れたということができます(最判昭32・9・13刑集11・9・2263)。
3)財産を相続するために両親を殺害した場合、利益強盗殺人にあたるか
被告人が、両親の所有している財産を相続するために、両親を殺害した場合、殺害して相続権という利益を得たとして、利益強盗殺人にあたるのでしょうか。それが成立するためには、実行の着手の時点において、行為客体である相続権が存在していなければなりません。相続とは、生前の意思に基づく遺贈などとは違い、人の死亡を唯一の原因として始まります。つまり、相続権は両親の死亡以降に発生するものです。したがって、被告人が両親を殺害に着手した時点においては、「相続権」は存在してません(総論・不能犯→客体の不能)。その時点では、財産上の利益は存在していないので、利益強盗殺人罪は成立しえません(東京高判平元・2・27高刑集42・1・87)。ただし、行為時における行為者の認識内容に基づけば、利益強盗殺人罪が認められる理論的な余地があります。その場合、利益が存在しないので、「利益強盗」の部分は未遂ですが、殺人の部分が既遂に達しているので、成立するのは利益強盗殺人罪です(財物強盗殺人利益強盗殺人は、既遂だけでなく、未遂も処罰されますが、その未遂とは、殺人の未遂であって、強盗の未遂ではありません、したがって、殺人が既遂に達している以上、強盗の部分が未遂であっても、強盗殺人罪が成立すると解されています)。
2財産犯(財物罪)の保護法益
財産犯、とくに窃盗罪などの財物罪の保護法益は、どのようなものでしょうか。
ⅰ財産犯の保護法益――本権説と占有説
財物罪の保護法益をめぐっては、本権説と占有説の間で激しい対立があります。本権説によれば、その保護法益は所有権その他の本権(質権、賃借権、債権など)であると解されています。占有説によれば、財物の占有それ自体であり、その成立に所有権の侵害を要しないと解されています。
①判例の動向
戦前の判例においては、偽造証書や禁制品であるアヘンなどを騙取したり、窃取したりしても、詐欺罪や窃盗罪にはあたらないと判断されていました。財物とは、所有権という民法上の権利の目的物であり、偽造証書やアヘンはそのような目的物にはなりえず、従って刑法上の財物にはあたらないと考えられていたからです。このような理解は、本権説に基づいています。
しかし、戦後は、隠匿物資である軍用アルコールを騙し取った事件について詐欺罪の成立が認められました。また、担保に供しても無効で、返還請求できる「国鉄年金証書」を騙し取られた事案においても、詐欺罪の成立が肯定されました(最判昭34・8・28刑集13・10・2906)。これは、保護されるのは財物の占有それ自体であり、所有権やその他の本権が及ぶものに限定されないと、解されるようになったからです。このような理解は、占有説に基づいています。
現在では、判例は一般に占有説を採用していると評価されています。例えば、債務者が譲渡担保として債権者からお金を借り、返済の期日を過ぎた後に、債権者がその自動車を無断で運び去った事案で、自動車の所有権の法的な帰属関係が民事上確定しがたいとして、債務者の自動車の占有が侵害されたことを理由に窃盗罪の成立が認められた事案があります(最判昭35・4・26刑集14・6・748)。さらに、被告人(金融業者)が被害者との間に自動車購入契約を結んで、自動車の所有権を取得すると同時に、買戻期限の到来までは被害者にその占有を許可する買戻約款付自動車売買契約を結び、その期限が経過した後に被害者が占有する自動車をレッカーで引き揚げた事案につき、被告人に自動車の所有権があっても、被害者による自動車の占有を侵害したとして、窃盗罪の成立を認めています(最決平元・7・7刑集43・7・607)。いずれも占有説の立場から示された判断であると解されています。
②学説の動向
学説では、占有説が支配的です。ただし、そのなかでも、違法な占有であっても、占有である以上すべて保護されると主張するものもありますが(①説)、それは極端であり、「平穏な占有」や「合理的な理由のある占有」に限定すべきです(②説)。本権説においても、民事上保護される所有権その他の本権だけが財産犯の保護法益たりうると主張する見解もありますが(③説)、それを修正して所有権その他の本権に加えて、「民事上保護される占有」を本権のなかに含める見解もあります(④説)もあります。この争いは、「盗品の奪回」や「禁制品の窃取」をめぐって活発です。
1)盗品の奪回の場合
窃盗の被害者が、犯人から自分の財物を奪い返す行為は、窃盗罪にあたるでしょうか。窃盗罪の保護法益を「財物の占有」と捉えると、窃盗犯の盗品の占有は違法な占有であっても、その占有も保護すべきであり、、被害者が盗品を取り返す行為もまた窃盗にあたるという議論が可能になります(①説。東京高判昭29・5・24高刑判特40・118)。そうすると、窃盗犯が被害者の奪還を防ぐために、暴行を加える行為が正当防衛にあたるとして、違法性が阻阻却されてしまいます。しかし、それは刑法238条の主旨に矛盾します。そうすると、全ての占有を保護することは現行刑法の立場とは相容れないことになります。したがって、平穏な占有や合理的な理由のある占有に限って保護すべきであるという②説が、占有説としては妥当であると思われます。
これに対して、本権説からは、窃盗犯による盗品の占有は、所有権、その他の本権に基づいていないので、窃盗の被害者が奪い返す行為は窃盗にはなりえません(③説)。ただし、所有権、その他の本権に基づいていなくても、民法上保護される余地がある場合には、窃盗罪が成立する可能性があります(④説)。④説は、②説と同じ結論です。
2)禁制品の窃取
ピストルや覚せい剤などの禁制品を窃取した場合は、窃盗罪が成立するでしょうか。
禁制品を占有することは違法です。しかし、それは犯罪捜査機が関証拠として収集すべきものなので、それを奪う行為は禁止しなければなりません。そのために、禁制品であっても、その占有は一応保護される必要があります(①説・②説)。本権説からも、禁制品は所有権その他の本件の目的物にはなりえないものですが(③説)、覚せい剤や拳銃は「法定の除外事由」(病院・警察など)がある場合、「民法上保護される占有」(④説)と認められる余地があります。
ⅱ刑法242条の解釈
窃盗罪の保護法益をめぐる以上の議論は、最終的に刑法242条の解釈に帰着します。
242条は、「自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章については、他人の財物とみなす」と規定しています。自己の所有物であっても、他人が占有し、または警察署が押収等によって保管・看守している場合には、「他人の財物」として扱うという趣旨です。①説からは、他人の占有や警察署の保管・看守は全面的に保護されます。②説からは、「合理的な理由のある占有・保管・看守」に限定されることになります。いずれも、242条の規定は、財物が自己の所有物であっても、窃盗罪が成立する場合があることを所有者に注意を促すために設けられた規定であると解されています(242条は「注意規定」といわれています)。
①説からは、他人の占有や警察の保管・看守を侵害しても、それが自己の所有物である以上、窃盗は成立しないが、適法に成立している占有・保管・看守の場合は、例外的に窃盗罪の成立が肯定されると説明されます。④説からは、その占有が「民法上保護される占有・保管・看守」である場合には、例外的に自己の所有物であっても例外的に窃盗罪にあたると解釈されます(242条は「例外規定」といわれています)。
質問は、keiho2honda@yahoo.co.jp へ。
第06週 財産犯総論
財産に対する罪は、人の経済的・物質的な法益を侵害する犯罪であり、生命、身体、自由、名誉などの個人的法益に対する罪の次に重要な犯罪です。その条文数や適用例も多く、論点も多岐にわたり、学説や判例の集積も豊富です。
(1)財産に対する罪:総論
1財産犯の種類と分類
財産犯は、①窃盗罪、②不動産侵奪罪、③強盗罪、④詐欺罪、⑤恐喝罪、⑥横領罪、⑦背任罪、⑧盗品等に関する罪、⑨器物損壊等の毀棄罪・信書隠匿罪から成り立っています。これらは、財産の侵害という点において共通していますが、財産の侵害方法・態様や財産の性質に特徴や違いがあります。
ⅰ財産の侵害方法・態様の違いによる分類
財産犯は、財産侵害を特徴とする犯罪です。財産侵害という点において共通していても、その方法・態様いかんによって成立する犯罪が異なります。侵害の方法・態様を基準にして財産犯を分類すると、次のようになります。
第1は、領得罪と毀棄罪の違いです。
領得罪とは、他人の財産を「自分のものにすること」です。毀棄罪とは、「自分のものにせずに、たんに破壊すること」です。領得罪の典型は、窃盗罪(10年以下の懲役または50万円以下の罰金)です。毀棄罪の典型は、器物損壊罪(3年以下の懲役または30万円以下の罰金)です。領得者は、盗品を自分のものとして利用し、そこから不法に利益を得るため、たんに破壊するだけの毀棄罪に比べて、法定刑が高く設定されています。
第2に、直接領得罪と間接領得罪の違いです。
直接領得罪は、他人の財産を「直接的に自分のものにすること」であり、間接領得罪は、「間接的に自分のものにすること」です。前者は、窃盗罪、強盗罪、横領罪、恐喝罪などであり、後者は盗品等に関する罪(盗品有償譲受罪など)です。
第3に、直接領得罪のなかでも、財産の移転を要件とする場合と移転を要しない場合です。前者の典型は窃盗罪であり、後者は横領罪です。
第4に、直接領得罪で、かつ財産の移転を要件とするものなかでも、被害者の意思に反して行われる場合を「盗取罪」といい、被害者の(瑕疵ある)意思に基づいて行われる場合を「交付罪」といいます。前者は窃盗罪などであり、後者は詐欺罪・恐喝罪です。
第5に、「盗取罪」のうち、暴行・脅迫を手段行為とする場合とそうでない場合があります。前者の典型は強盗罪、後者の典型は窃盗罪です。
ⅱ行為の違いによる分類
財産犯を行為客体の性質を基準にして分類すると次のようになります。
第1に、客体が「財物」である「財物罪」と「財産上不法の利益」である「利益罪」に区別されます。窃盗罪、横領罪、盗品等に関する罪、毀棄罪の行為客体は「財物」に限られます。それに対して、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪については、「財物」だけでなく、「財産上不法の利益」も行為客体に含まれます。
第2に、「個別財産に対する罪」と「全体財産に対する罪」に分類されます。
「個別財産に対する罪」とは、被害者が占有する個々の「財産」を喪失することによって成立する犯罪です。窃盗罪、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪、横領罪などが典型です。その事実の実現によって、犯罪として成立し、「財産的損害」の発生は法文上要件とはされていません。
「全体財産に対する罪」とは、被害者の財産状態が不良的に変化していることが成立要件とされている犯罪です。したがって、「財産的損害」の発生が必要です。その例としては背任罪だけです。それ以外の犯罪は全て「個別財産に対する罪」として分類されています(ただし、「財産的損害」の要否をめぐっては学説の争いがあります)。
第3に、条文解釈によって導き出された分類ですが、「動産」のみを客体とする場合と「不動産」をも含む場合である。窃盗罪と強盗罪の行為客体は動産だけですが、詐欺罪、恐喝罪、横領罪、盗品等に関する罪、毀棄罪については、動産・不動産の両方が含まれると解釈されています。ちなみに、不動産を盗む行為は不動産侵奪罪にあたり、暴行・脅迫を用いて不動産を盗む行為は不動産侵奪罪と暴行罪・脅迫罪にあたります(併合罪)。
ⅲ財物と財産上不法の利益
①財物
1)財物とは何か――有体性説と物理的管理可能性説
財物とは、五感の作用によってその存在が確認できる「有体物」をいいます(有体性説)。従って、頭なかで浮かんだアイデアや耳にしか聞こえない音声やメロディーなど、財物ではありません。ただし、「電気」は財物と見なされます(245条)。旧刑法の時代、盗電事件に関して、電気は有体物ではないが、物理的に管理可能であることを理由に財物であると判断し(管理可能性説)、盗電行為を窃盗罪として処罰したことがあります(大判明36・5・21刑録9・874)。その判例が、現行刑法245条において明文化されました。ただし、現行刑法においても、財物は原則的に有体性であり、電気についてのみ物理的管理可能性を理由に例外的に財物と見なされているだけです。
では、製品開発に関する情報や企業秘密などは、財物とみなされるでしょうか。現行刑法では、電気について財物とみなすとしているだけなので、情報などはそれ自体としては財物にはあたりません。情報がフッロッピーディスクなどによって物理的に管理できることを理由にして、それを財物とみなし、情報を盗む行為と窃盗罪で処罰するのは、罪刑法定主義からも問題があります。ただし、情報がインプットされたフロッピーを盗む行為は、フロッピーという財物を盗んでいるので、それを窃盗として処罰することに問題はありません。もっとも、そのフロッピーはたんなる「プラスティックの板」ではなく、情報を伝達する高価な媒体物です。裁判例でも、フロッピーの経済的価値は、「情報と媒体が合体したものの全体」によって決まると判断したものがあります(東京地判昭59・6・28判時1126・3)。つまり、フロッピーの財物性を判断するにあたって、その素材だけでなく、それにインプットされた情報を考慮に入れる必要があります。
2)財物――経済的・財産的価値の要否
財物とは何か。それは有体物です。では、有体物であれば、それは財物といえるのでしょうか。その有体物の財産的価値は、財物であるかどうかを判断するうえで、考慮に入れる必要があるのでしょうか。
有体物であることを理由に、それが財物であると評価するとしても、財産的な価値をまったく無視してもよいとは思えません。財産的な価値がゼロの「有体物」を盗んだ行為を、「財物」を窃取したとして、窃盗罪で処罰するというのは無理があります。この点に関して、判例では、財物であるかどうかは、所有権の目的物ないし占有の対象物であるかどうかで決まり、それが経済的・財産的な価値を有しているかどうかは関係はないという立場をとってきました。例えば、脅迫して作成させたた「法的に効力のない約束手形」(大判明43・2・15刑録16・256)、支払期日が過ぎたため無効になった小切手(最決昭29・6・1刑集8・6・787)、消印の押してある使用済みの収入印紙(最判昭30・8・9刑集9・9・2008)など、経済的・財産的に価値のない物であっても、財物として保護されると判断してきました。
このような判例は、有体物であれば、なんでも財物として保護する極端な立場に立っていると見えるかもしれません。しかし、脅迫により作成した約束手形は、脅迫罪や強要罪を裏付ける証拠となるものですし、消印の押してある使用済みの収入印紙もまた消印の日付を証明する文書となるものです。社会的に見て価値や有用性があります。そのようなものも保護する必要性があると考えるならば、判例の立場は、必ずしも極端なことを述べているわけではありません。なお、判例では、一定の経済的価値について言及したものもありますが(最判昭26・3・15刑集5・4・512、最判昭27・4・15裁判集63・243)、経済的・財産的な価値が財物性を判断する要件であるとは言っていません。従って、経済的・財産的な価値だけでなく、社会的な有用性がなくても、財物といえるのかという問題については、判例の立場は必ずしも明らかであるとはいえません。
ただし、下級審では、有体物が財物であるためには、一定の経済的価値ないし主観的価値が必要であると判断したものがあります。例えば、窃取した財物がメモ一枚であった事案について、メモ一枚にはそれが備わっていないために、財物とはいえないとし、窃盗既遂罪の成立を否定したものがあります(ただし、窃盗未遂罪の成立を肯定)(大阪高判昭43・3・4下刑集10・3・225)。また、チリ紙13枚について、社会通念上、主観的・客観的価値がない、あるいは極めて微小な有体物について、刑法上の保護に値しないので、財物性を否定し、窃盗既遂罪を否定したものがあります(窃盗未遂罪の成立を肯定)(東京高判昭45・4・6判タ255・235)。メモ一枚、ちり紙13枚は、その経済的・財産的価値がわずかであるため、刑法上の財物ではありません。したがって、財物の窃取という事実はなく、窃盗既遂罪の構成要件該当性を認めることはできません。
なお、これらの事案において、窃盗未遂罪の成立が認められたのは、行為の時点において、行為者本人が認識した事実や一般人であれば認識したであろう事実を基準にして考えるならば、そこには(財布などの)財物が存在していたと考えられるので、その存在しえた財物の窃取の具体的な危険性を認定することができるからです(総論・不能犯論)。
3)禁制品の財物性
財物とは、所有・占有の目的物であり、一定の経済的・財産的価値を有する有体物と定義することができます。では、覚せい剤や大麻、拳銃のような所持が法的に禁止されている物(禁制品)については、どうでしょうか。それは所有・占有の目的物ではなく、また合法的な経済的価値を有してもいないので、財物にはあたらないといえます。
戦前の判例では、所有することが認められない偽造証書を騙し取っても、それは財物にあたらないという理由で、詐欺罪の成立を否定したものがあります(大判大元・12・20刑録18・1653)。また、アヘンを盗んでも窃盗罪は成立しないと判断したものがもあります(関東庁高等法院大9・7・24新聞1738・16)。しかし、隠匿物資である軍用アルコールを騙し取った戦後の事案に関して、刑法は「財物に対する事実上の所持」(占有説)を保護する目的を有しているので、法が隠匿物資の所持を禁止していようとも、人が財物を所持している事実がある限り、隠匿物資もまた財物にあたると判断したものがあります(最判昭24・2・15刑集3・2・175)。「隠匿された軍用アルコール」を騙し取っても、詐欺罪の被害はないといえても、それが隠匿されたものであることは、行為の時点において明らかでない場合もあるので、そのような場合を含めて、一応は所持されているアルコールは、財物として保護する必要があると思います。
②財産上不法の利益
1)財産上不法の利益とは何か
財産上不法の利益とは、不法に得られた財産上の利益のことです。法的に認めらない不法な利益ではありません。強盗罪、詐欺罪、恐喝罪については、各条の1項で財物を行為客体とし、2項で財産上の利益を行為客体としています。そのため、例えば益強盗罪は「2項強盗罪」と呼ばれます。利益は、財物ではないので、財産上不法の利益を窃取し、横領し、有償で譲り受け、損壊しても、窃盗罪、横領罪、盗品有償譲受罪、器物損壊罪は成立しません。
では、財産上不法の利益とは、何でしょうか。それは、「積極的な利益」(騙して得た債権)や「消極的な利益」(騙して免れた債務)、また「永続的な利益」(永久に免れた債務)や一時的な利益(一時的に免れた債務)など様々です。
このように利益は、請求する権利や履行する義務が法的に裏付けられています。では、一定の作業に従事させた場合(労務の提供)は、どうでしょうか。そのような場合でも、「財産上の利益」にあたると判断されていますが、その労務提供の形態が、通常は契約に基づいて行われるような場合に限られると考えるべきでしょう(大判昭6・6・8刑集10・205)。例えば、典型的には騙してタクシーで野球場まで走行させたような場合です。ただし、野球場が空いていることを確認するために、騙して見に行かせた場合にまで利益詐欺罪が成立すると判断する必要はないでしょう。
2)債務を免れるための殺人は利益強盗殺人にあたるか
被告人が、債務を免れるために、債権者に暴行を加え(または、殺害し)た場合、財産上不法の利益を強取し(殺害し)たとして、利益強盗罪や利益強盗殺人罪にあたるでしょうか。判決では、被告人が債権者に暴行を加え(殺害し)た後、姿をくらまして、債権の相続人が被告人を発見できず、そのため債権を行使することが著しく困難になった場合には、利益強盗財や利益強盗殺人罪の成立が認められています(大阪高判昭59・11・28高刑集37・3・438)。
債権者が死亡しても、債権は相続人に引き継がれるので、債権と債務の関係は消滅しません。消滅しないということは、債権は行使可能であるということです。債権が行使可能であるということは、利益は失われていないということです。そうすると、利益強盗罪や利益強盗殺人罪は成立しないと解することもできます。しかし、債務者が姿をくらましたため、相続人がそれをすぐに行使できないため、債務者は「一時的」に債務を免れ、その間、財産上の利益を得たということもできます。かりに被告人以外に債権・債務の関係を知る者がいないとうならば、債権者が死亡した時点において、債務を「永続的」に免れたということができます(最判昭32・9・13刑集11・9・2263)。
3)財産を相続するために両親を殺害した場合、利益強盗殺人にあたるか
被告人が、両親の所有している財産を相続するために、両親を殺害した場合、殺害して相続権という利益を得たとして、利益強盗殺人にあたるのでしょうか。それが成立するためには、実行の着手の時点において、行為客体である相続権が存在していなければなりません。相続とは、生前の意思に基づく遺贈などとは違い、人の死亡を唯一の原因として始まります。つまり、相続権は両親の死亡以降に発生するものです。したがって、被告人が両親を殺害に着手した時点においては、「相続権」は存在してません(総論・不能犯→客体の不能)。その時点では、財産上の利益は存在していないので、利益強盗殺人罪は成立しえません(東京高判平元・2・27高刑集42・1・87)。ただし、行為時における行為者の認識内容に基づけば、利益強盗殺人罪が認められる理論的な余地があります。その場合、利益が存在しないので、「利益強盗」の部分は未遂ですが、殺人の部分が既遂に達しているので、成立するのは利益強盗殺人罪です(財物強盗殺人利益強盗殺人は、既遂だけでなく、未遂も処罰されますが、その未遂とは、殺人の未遂であって、強盗の未遂ではありません、したがって、殺人が既遂に達している以上、強盗の部分が未遂であっても、強盗殺人罪が成立すると解されています)。
2財産犯(財物罪)の保護法益
財産犯、とくに窃盗罪などの財物罪の保護法益は、どのようなものでしょうか。
ⅰ財産犯の保護法益――本権説と占有説
財物罪の保護法益をめぐっては、本権説と占有説の間で激しい対立があります。本権説によれば、その保護法益は所有権その他の本権(質権、賃借権、債権など)であると解されています。占有説によれば、財物の占有それ自体であり、その成立に所有権の侵害を要しないと解されています。
①判例の動向
戦前の判例においては、偽造証書や禁制品であるアヘンなどを騙取したり、窃取したりしても、詐欺罪や窃盗罪にはあたらないと判断されていました。財物とは、所有権という民法上の権利の目的物であり、偽造証書やアヘンはそのような目的物にはなりえず、従って刑法上の財物にはあたらないと考えられていたからです。このような理解は、本権説に基づいています。
しかし、戦後は、隠匿物資である軍用アルコールを騙し取った事件について詐欺罪の成立が認められました。また、担保に供しても無効で、返還請求できる「国鉄年金証書」を騙し取られた事案においても、詐欺罪の成立が肯定されました(最判昭34・8・28刑集13・10・2906)。これは、保護されるのは財物の占有それ自体であり、所有権やその他の本権が及ぶものに限定されないと、解されるようになったからです。このような理解は、占有説に基づいています。
現在では、判例は一般に占有説を採用していると評価されています。例えば、債務者が譲渡担保として債権者からお金を借り、返済の期日を過ぎた後に、債権者がその自動車を無断で運び去った事案で、自動車の所有権の法的な帰属関係が民事上確定しがたいとして、債務者の自動車の占有が侵害されたことを理由に窃盗罪の成立が認められた事案があります(最判昭35・4・26刑集14・6・748)。さらに、被告人(金融業者)が被害者との間に自動車購入契約を結んで、自動車の所有権を取得すると同時に、買戻期限の到来までは被害者にその占有を許可する買戻約款付自動車売買契約を結び、その期限が経過した後に被害者が占有する自動車をレッカーで引き揚げた事案につき、被告人に自動車の所有権があっても、被害者による自動車の占有を侵害したとして、窃盗罪の成立を認めています(最決平元・7・7刑集43・7・607)。いずれも占有説の立場から示された判断であると解されています。
②学説の動向
学説では、占有説が支配的です。ただし、そのなかでも、違法な占有であっても、占有である以上すべて保護されると主張するものもありますが(①説)、それは極端であり、「平穏な占有」や「合理的な理由のある占有」に限定すべきです(②説)。本権説においても、民事上保護される所有権その他の本権だけが財産犯の保護法益たりうると主張する見解もありますが(③説)、それを修正して所有権その他の本権に加えて、「民事上保護される占有」を本権のなかに含める見解もあります(④説)もあります。この争いは、「盗品の奪回」や「禁制品の窃取」をめぐって活発です。
1)盗品の奪回の場合
窃盗の被害者が、犯人から自分の財物を奪い返す行為は、窃盗罪にあたるでしょうか。窃盗罪の保護法益を「財物の占有」と捉えると、窃盗犯の盗品の占有は違法な占有であっても、その占有も保護すべきであり、、被害者が盗品を取り返す行為もまた窃盗にあたるという議論が可能になります(①説。東京高判昭29・5・24高刑判特40・118)。そうすると、窃盗犯が被害者の奪還を防ぐために、暴行を加える行為が正当防衛にあたるとして、違法性が阻阻却されてしまいます。しかし、それは刑法238条の主旨に矛盾します。そうすると、全ての占有を保護することは現行刑法の立場とは相容れないことになります。したがって、平穏な占有や合理的な理由のある占有に限って保護すべきであるという②説が、占有説としては妥当であると思われます。
これに対して、本権説からは、窃盗犯による盗品の占有は、所有権、その他の本権に基づいていないので、窃盗の被害者が奪い返す行為は窃盗にはなりえません(③説)。ただし、所有権、その他の本権に基づいていなくても、民法上保護される余地がある場合には、窃盗罪が成立する可能性があります(④説)。④説は、②説と同じ結論です。
2)禁制品の窃取
ピストルや覚せい剤などの禁制品を窃取した場合は、窃盗罪が成立するでしょうか。
禁制品を占有することは違法です。しかし、それは犯罪捜査機が関証拠として収集すべきものなので、それを奪う行為は禁止しなければなりません。そのために、禁制品であっても、その占有は一応保護される必要があります(①説・②説)。本権説からも、禁制品は所有権その他の本件の目的物にはなりえないものですが(③説)、覚せい剤や拳銃は「法定の除外事由」(病院・警察など)がある場合、「民法上保護される占有」(④説)と認められる余地があります。
ⅱ刑法242条の解釈
窃盗罪の保護法益をめぐる以上の議論は、最終的に刑法242条の解釈に帰着します。
242条は、「自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章については、他人の財物とみなす」と規定しています。自己の所有物であっても、他人が占有し、または警察署が押収等によって保管・看守している場合には、「他人の財物」として扱うという趣旨です。①説からは、他人の占有や警察署の保管・看守は全面的に保護されます。②説からは、「合理的な理由のある占有・保管・看守」に限定されることになります。いずれも、242条の規定は、財物が自己の所有物であっても、窃盗罪が成立する場合があることを所有者に注意を促すために設けられた規定であると解されています(242条は「注意規定」といわれています)。
①説からは、他人の占有や警察の保管・看守を侵害しても、それが自己の所有物である以上、窃盗は成立しないが、適法に成立している占有・保管・看守の場合は、例外的に窃盗罪の成立が肯定されると説明されます。④説からは、その占有が「民法上保護される占有・保管・看守」である場合には、例外的に自己の所有物であっても例外的に窃盗罪にあたると解釈されます(242条は「例外規定」といわれています)。
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