Nо.045 中止犯(1)
中止犯に関する次の1から5までの各記述を判例の立場に従って検討した場合、甲に( )内の罪が成立するのはどれか。
(1)甲は、自殺を決意すると同時に母の行く末を不びんに思って殺害しようと考え、母の頭部を殴打したが、頭部より血を流しながら痛み苦しんでいる母の姿を見てにわかに驚愕恐怖し、その後の殺害行為を続行することができなかった。(殺人罪の中止未遂が成立する)→成立しない。
→殺害の意思をもって、母の頭部を殴打した時点で、殺人罪の実行の着手を認めることができます。しかし、頭部から血を流しながら痛み苦しんでいるのを見て、驚愕・恐怖し、その後の殺害行為を続行することができなかった。判例の立場に立って判断した場合、この事案について中止の任意性と中止行為の要件を満たすでしょうか。
(2)甲は、乙と共謀のうえ、乙が包丁をAに突きつけ「金を出せ」と申し向けた際に、傍らでジャックナイフをちらつかせて脅迫に加わった。Aの妻が「Aは教師だから金はない」、「学校の公金が7000円ほどある」と対応したのに対し、甲は、「そんな金はいらん」と言い、Aの妻がたんすの中から出してきた900円についても、「そんな金はいらん。俺も金に困って入ったのだから、お前の家も金がないのならば、そのような金はいらん」と言い、乙にも「帰ろう」と言って、金を受け取ることなく先に外に出た。ところが、乙は、Aの妻から900円を受け取って外に出てきた。(強盗未遂罪の中止未遂は成立しない。強盗既遂罪が成立する)→成立する。
→中止未遂が成立するためには、犯罪の実行に着手した後、結果の発生を、1自己の意思により、2中止したことが必要です。一般には、単独正犯の場合、中止の任意性が認められる場合、犯罪の中止行為の要件としては、実行行為の開始後、その継続を中止する不作為(着手未遂=未終了未遂)と実行行為の終了後、結果の発生を防止する作為(実行未遂=終了未遂)が問題になります。共同正犯の場合でも同じですが、共同して犯罪の実行に着手した全員が中止行為を行わなければなりません。つまり、実行行為が終了していない段階において、自分だけがその継続を中止するだけでは十分ではありません。また、実行行為が終了した段階において、他の者に結果発生の防止を任せただけでは十分ではありません(真摯な努力が必要です)。
(3)甲は、乙・丙・丁と相談のうえ、A宅において強盗しようと企て、乙が出刃包丁、丙が縄をそれぞれ携えて、4名でA方に赴いた。しかし、甲は、乙がA方の表戸を叩き「警察の者だが」といって家人を起こしている様子を見て、あまりにも自己の罪業の深さに気づき、任意に犯行を中止し、一目散に自宅へ帰った。(強盗予備罪の中止未遂が成立する)→成立しない。
→「強盗予備罪の中止未遂が成立するか」という問題は、正確に説明すると、強盗予備を行った後、強盗罪の実行に着手するのを自己の意思により中止した場合に、成立している強盗予備罪に対して中止未遂の規定を適用ないし「準用」(類推適用)することことができるかという問題です。中止未遂とは、犯罪の実行に着手し、自己の意思により犯罪を中止した行為に適用される規定であるので、犯罪の実行に着手する前の行為に適用されません。このように解すると、強盗予備罪に中止未遂の規定を「適用」できません。しかし、殺人予備罪などと比較すると、量刑判断が不均衡になる恐れがあります。殺人予備罪のただし書きには、情状による刑の任意的な免除が定められています。殺人予備後に殺人罪の実行に着手するのを自己の意思により中止した人について情状を理由に任意的に刑を免除することができます。しかし、強盗予備罪にはこのような刑の任意的な免除の規定がありません。強盗予備後に強盗罪の実行に着手するのを自己の意思により中止しても刑が免除されないというのは、殺人予備罪の場合に比べると不均衡は否めません。そうすると、このような強盗予備罪の刑を必要的に減軽または免除するために、中止未遂の規定を「準用」する必要があるのではないかという問題が提起されてきます。
(4)甲は、殺意をもって短刀でAの胸部を突き刺したが、Aの胸部から噴き出した血を見て恐怖心にかられて攻撃を続行せず、Aを殺害するにはいたらなかった。(殺人罪の中止未遂が成立する)→成立しない。
→中止未遂の要件には、中止の任意性と中止行為の2つがあります。中止の任意性に関しては、大きく見て客観説と主観説の対立があります。そして、主観説の内部では、中止の任意性の認定犯意を限定する限定主観説が主張されています。犯罪の実行の着手後、行為者が外部的な事象を認識し、その後、犯罪の中止を意思決定した場合、その事象が行為者の意思決定に影響を及ぼしたのか否か、及ぼして意思決定したのであれば、それは内発的・自発的な意思決定とはいえません。客観説は、中止の任意性は内発的・自発的な意思決定の場合にだけ認めます。これに対して、主観説は、行為者がどのような外部的な事情を認識しようとも、自己の意思により決定した以上、中止の任意性を認めるべきだと主張します。しかし、被害者の胸部から血が流れているを見て怖くなったので、逮捕されるのがいやだったので、「犯罪を中止することを決意しました」という場合にまで中止の任意性を認めることになってしまいます。ただし、中止の任意性の有無は、中止未遂の制度の趣旨に照らして判断されるべきです。中止の任意性の要件を充たしているか否かは、中止未遂による刑の必要的減免に値する意思決定であったかどうかを基準に判断すべきです(刑事政策説からは「褒賞」を与えるに相応しいかどうか、法律説からは非難可能性の減少を認めうるかどうか)。そうすると、主観説の判断は、中止の任意性を不当に拡大するという問題があります。限定主観説は、犯罪の実行の着手後、行為者が外部的な事象を認識し、その後、犯罪の中止を意思決定した場合、その事象によって行為者が悔悟、同情、憐憫など反省の情を抱き、それによって犯罪の中止を決意した場合にだけ、中止の任意性を認め、主観説の認定の拡大を限定します。
(5)甲は、長屋の床下に手製の発火装置を設置し、導火線である麻縄の端に点火した。点火後、甲は後悔して火を揉み消そうとしたが成功せず、火は発火装置に燃え移ったが、床板の裏面を焦がした時点で住人に発見され消火された。(現住建造物等放火罪の中止未遂が成立する)→成立しない。
→中止未遂の要件には、中止の任意性と中止行為の2つが必要です。中止行為は、実行に着手した後、実行行為が終了する前の段階では、実行行為を継続しない不作為で足りますが、実行行為が終了した後では犯罪の結果発生を防止する作為(真摯な努力)が必要です。この中止行為と結果発生の防止との間に因果関係が必要です。中止行為とは別の要因で結果の発生が防止された場合、中止行為が行われたとはいえません。ただし中止行為を試みたので、放火未遂(障碍未遂)に対して刑法66条を適用して、酌量減軽することは必要でしょう。
Nо.046 中止犯(2)
(1)中止犯が成立する場合、必ずその刑が免除される。
→刑法43条ただし書きは、「刑を減軽し、または免除する」と定めています。「する」と定めているので、「必ずする」という意味です。そのため「必要的」という形容詞が付されます。これに対して、43条本文は「刑を免除し、または減軽することができる」と定めているので、「することもある」という意味になります。そのため、「任意的」という形容詞が付されます。刑法43条本文は「任意的減軽または任意的免除」を定めています。
では、「刑を減軽し、または免除する」というのは、どのような意味かというと、「必ず刑を減軽する、さらには免除することもある。少なくとも、必ず減軽する」という意味になります。したがって、43条ただし書きは、「必要的減軽または任意的免除」を定めています。→必ずその刑が免除されるという記述は、間違いです。
(2)甲は、恋敵Aを殺害しようとして、A宅に忍び込んだが、良心のかしゃくを感じてAに気づかれる前にA宅から出た。この場合、甲には殺人罪の中止犯が成立する。
→中止未遂の規定の適用は、犯罪の実行に着手した後に問題になります。甲は、Aを殺害することを計画し、その準備をしました。そして、A宅に侵入しました。この時点において殺人予備罪と住居侵入罪が成立しています。その後、中止未遂が問題になるのは、甲が殺人罪の実行に着手した場合です。甲は、Aに気づかれる前にA宅から出ています。この時点では、まだ殺人罪の構成要件該当行為の一部を開始していませんし、またAの生命侵害の危険性を発生させてもいません。したがって、殺人罪の実行に着手しているとはいえないので、中止未遂の成立は問題にはなりません。→中止犯は成立しません。誤りです。
この事案では甲には、殺人予備罪(刑201条・2年以下の懲役)と住居侵入罪(刑130条前段・3年以下の懲役または50万円以下の罰金)が成立します。2個の犯罪を行っているので、併合罪(刑45)とした場合、その処断刑はどのようになるかというと、刑法47条によると、重い方の犯罪の法定刑の長期に2分の1を加えたものが処断刑の長期になります。殺人予備罪と住居侵入罪の法定刑を比べると、住居侵入罪の方が重いので、その法定刑の長期の3年の懲役に2分の1の1・5年を加えることで、処断刑は「4年6月以下の懲役または50万円以下の罰金」になります。
ただし、甲は殺人予備後、良心のかしゃくを感じて殺人罪の実行に着手することを自己の意思により中止しています。実行の着手前なので中止未遂の規定を適用できないとしても、殺人予備罪には情状による刑の任意的免除があるので、これに該当するなら、検察官は殺人予備罪については起訴猶予処分または不起訴処分にして、住居侵入罪だけ起訴することもできるでしょう。そうすると処断刑は住居侵入罪の法定刑(最高で懲役3年)になります。しかし、殺人予備罪の刑を免除し、起訴猶予処分にするという判断に至らなければ、そうはなりません。そうならなければ、殺人予備罪と住居侵入罪で起訴することになります。処断刑は、最高で懲役4年6月のままです。かりに、殺人予備罪に中止未遂の規定を「準用」できるなら、その刑は懲役1年まで減軽されるので、それを起訴しても、住居侵入罪を併合加重して、最長で4年の懲役にできる可能性があります(刑47)。この問題はあまり議論されていませんが、興味深い解釈問題を含んでます。
(3)共犯者の1人について中止犯の成立が認められる場合でも、中止犯の効力は他の共犯者には及ばない。
→中止未遂の法律効果は、犯罪の実行に着手し、自己の意思による犯罪を中止した人にだけ適用されます。共犯の場合、2人以上の者が犯罪の着手し、そのうちの1人に中止未遂の規定が適用される場合、他の者にも適用できるかというと、他の者が同じように自己の意思により中止していなければ、適用できません。他の者には通常の未遂(障碍未遂)であり、刑を減軽することができるだけです。なぜならば、自己の意思により中止していない人には、刑の必要的減軽・免除という褒賞を与える必要はなく(刑事政策説)、その未遂の違法性・有責性は減少していないからです(法律説)。→中止犯の効力は他の共犯者には及びません。正しい。
問題になるのは、甲が家人を脅している間に、乙が財物を強取するという強盗罪を計画し、その実行に着手して、乙が自己の意思により、分担していた財物の強取をすることなく、その場から立ち去った場合です。甲がその代わりに財物を強取して、これを遂げたならば、甲の立場からは強盗罪は既遂ですが、乙の立場からはどうでしょうか。乙の立場から強盗罪を中止したといえるでしょうか。乙は強盗の構成要件該当行為のうち分担した財物強取を中止しましたが、その全体を中止したわけではありません。共同正犯の事案において、実行に着手した後、犯罪の中止行為が認められるのは、自己のみならず他の共犯者の行為をも中止した場合だけです。共同正犯には、一部実行の全部責任の原則が妥当します。共犯者は個々の行為を分担実行していますが、他の共犯者の行為を相互に利用しあい、また相互に補充しあっていので、この原則が妥当するのです。そうすると、犯罪を中止する場合でも、相互利用・相互補充の関係を消滅させなければなりません。
(5)甲は、放火の実行に着手したが、結果の発生を防止するため、現場を通りかかったAの援助を受けながら積極的に努力して火を消しとめることができた。この場合、単独で結果防止行為を行っていない以上、甲には中止犯が成立しえない。
→犯罪の中止行為を行うのは、その犯罪の実行に着手した者ですが、それを単独で行わなければならないか、それとも他人の協力を得て行うことでもよいか。犯罪の種類によっては、その結果を防止するためには、他人の協力を得なければできないものがあります。生命侵害の防止という中止行為の場合、医師の協力を要するでしょうし、放火による家屋の焼損の防止という場合、消防士の消火活動が必要でしょう。そうすると、中止行為は他人の協力を得て行うこともあります。
ただし、殺人罪の実行に着手した後、被害者が死亡する前に救急車を手配しただけ、放火の実行に着手した後、家屋が焼損する前に消防署に通報しただけというのでは、たとえ結果の発生が防止された場合であっても、中止行為が行われたとはいえないでしょう。そのような行為は、刑の必要的減軽・免除という褒賞を与えるのに相応しい中止行為とはいえませんし。また未遂の違法性・有責性が減少する中止行為とはいえないでしょう。被害者の生命侵害を単独で防止できないため、医師に処置を依頼する場合でも、手段や侵害の内容・程度について詳細な情報を提供したり、また消防士に消火活動を依頼する場合でも、それに懸命に協力するなどの「真摯な努力」が必要でしょう。そうすれば、単独で結果防止行為を行っていなくても、中止行為を認めることができます。
→単独で結果防止行為を行っていない以上、甲には中止犯が成立しえないというのは間違いです。
No.047 未遂犯と不能犯
未遂と不能犯に関する次の1から5までの各記述を、判例に従って検討した場合、明らかに誤っているといえないものを2個選びなさい。
(1)甲は、乙らと共謀し、Aを殺害する目的でAの両腕の静脈内に蒸留水5ccとともに空気30ccから40ccを注射したが、致死量にいたらなかったため、殺害目的を遂げなかった。この場合、致死量以下の空気を人体に注入しても、人を殺すことは不可能であるから、甲には不能犯が成立する(不能犯という犯罪はないので、「甲には不能犯が成立する」という文章には違和感を覚えます。「不能」という言葉を用いるなら、「甲が用いた行為は『方法の不能』であるため、甲には殺人未遂罪は成立しない」と書くべきでしょう)。
→犯罪の実行に着手したが、結果が発生しなかった場合、未遂犯が成立します。ただし、結果が発生しなかったから未遂犯が成立するのではなく、犯罪の実行に着手したからです。結果発生の危険性があったからです。未遂犯が成立しないという場合、たんに結果が発生しなかっただけでなく、犯罪の実行に着手したとはいえないからです。つまり、そのような行為を開始しても、結果はおよそ発生しえない、そもそも結果発生の危険性は生じ得ないという場合には、実行の着手は認められません。
では、結果はおよそ発生しえない、そもそも結果発生の危険性は生じ得ないというのは、どのような場合でしょうか。それには、2種類あります。客体の不能と方法の不能の場合です。客体の不能とは、構成要件の行為客体が存在しないため、それに該当する行為を開始しえない場合です。したがって、客体が存在しないため、それが担っている保護法益に対する危険性も発生し得ません。これに対して方法の不能とは、行為客体は存在しましが、それに対して行われた行為では、構成要件の実行行為を開始したとはいえない場合です。したがって、行為が開始されていないため、保護法益に対する危険性も発生し得ません。
設問は、方法の不能が問題になる事案です。致死量以下の空気を人体に注入しても、人を殺すことは不可能であるから、方法の不能にあたり、殺人未遂は成立しません。このような結論もありえますが、学説を踏まえて判断すべきです。客観的危険説と具体的危険説の双方から判断すると、前者からは、方法の不能という判断を導けますが、それは判例の立場ではありません。判例は具体的危険説に立ち、行為時に行為者が認識していた事情および一般人が認識し得た事情を踏まえて、結果発生の危険性の有無を判断します。行為者。甲は、静脈に蒸留水5ccと空気30ccを注射することによってAを殺害できると認識していました。一般人であれば、どうでしょうか。「命の危険がある」と感じたでしょうか。それとも、「およそ死ぬことなどありえない」と思ったでしょうか。「命の危険がある」と思ったのではないでしょうか。そうすると、殺人未遂罪が成立する余地はあります。したがって、殺人未遂罪が成立しないという結論は、明らかに間違っています。
(2)甲は、通行中のAから金員を強取する目的で後方からAを引き倒して、懐にある財布を強取しようとしたが、手を入れた場所に財布が入っておらず、目的を達成することができなかった。この場合、財布を盗むことは不可能であるから、甲には不能犯が成立する(「客体の不能」であるため、甲には強盗未遂罪は成立しない)。
→この事案についても、判例の具体的符合説の立場から判断してください。これは客体の不能の事案です。
甲は、Aから金員を強取するために、引き倒して、その懐に手を入れましたが、そこには財布など金員は入っていませんでした。懐のような場所には財布などそもそも入っているはずはないというのであれば、たとえ甲が財布を取れると認識していようとも、一般人からは、そのような行為を行っても財布は取れないので、財物の占有という保護法益に対する危険性は認められません。したがって、強盗罪の実行の着手も認められません。しかし、そうでしょうか。懐には財布が入っていることがありうるのではないでしょうか。そうすると、甲の認識だけでなく、一般人の立場からも、甲がAから財布を強取しようとしていると認識しえたのではないでしょうか。そうすると、客体の不法を理由に強盗未遂罪の成立を否定するのは、明らかに間違っています。
(3)甲は、乙らと共謀し、小麦の密輸出を企て、小麦を船舶に積み込もうとしたが、上記船舶にたどりつくことができなかったため、その目的を達することができなかった。この場合、甲は小麦を密輸出することは不可能であるから、不能犯が成立する(方法の不能ゆえ、関税法などの無許可物件密輸出の未遂罪は成立しない)。
→この事案では、小麦を船舶に積み込もうとしたが、船舶にたどり着くことができませんでした。そうすると、船舶を用いた密輸出はできません。しかし、海の上に船舶が停泊していたが、波の影響から、たどり着くことができなかったのか、そもそも船舶は存在しなかったのか、いずれでしょうか。問題文からは、その詳細は明らかではありません。そうすると、甲が小麦を密輸出することは不可能であるとまでは言えないと思います。そう言い切るのは、明らかに間違っています。
(4)甲が、乙らと共謀のうえ、覚せい剤の製造をしようとしたが、知識不足および資金不足のため、覚せい剤の製造に必要な機械を用意することができず、かつ、製造に用いた塩化パラジウムの量が過少であったため、覚せい剤を製造することができなかった。この場合、覚せい剤を製造することは不可能であるから、甲には不能犯が成立する(方法の不能ゆえ、覚せい剤製造未遂罪は成立しない)。
→これは方法の不能が争われた事案です。この元になった判例の事案では、覚せい剤の製造未遂罪の成立が認められました。なぜかというと、甲・乙が製造に用いた塩化パラジウムは、覚せい剤の製造に必要な薬品であって、その量が適正であったならば、覚せい剤を製造することが可能だったからです。つまり、これは「そもそも覚せい剤など作れない」事案ではなく、「たまたま覚せい剤を作れなかった」事案でした。ただし、この事案は、材料不足に加えて、知識不足、資金不足、機材不足という事情が重なっています。したがって、覚せい剤を製造することは不可能であると言えます。そうすると、方法の不法を理由に、未遂罪の成立を否定できそうですす。
(5)甲は、乙と通じ、乙の内縁の夫Aの毒殺を共謀し、1)硫黄粉末をカレーに入れて、Aに食べさせ、さらに、2)3日後にも水薬に混ぜて飲ませたが、苦痛を増大させただけで、予期した効果が生ぜず、Aを死にいたらしめなかった。この場合、硫黄粉末を人に飲ませたとしても殺すことは不可能であるから、甲には1)については、殺人罪の不能犯が成立する(方法の不能ゆえ、殺人未遂罪は成立しない)。
→方法の不能の事案ですが、1)から2)の行為へと連続して行われているので、死亡の危険性が生じていると思われますが、2)の時点で死亡の危険性が認められても、1)の時点ではそれは認められないので、1)については方法の不能であるので、間違っているとはいえません。
Nо.048 具体的危険説の問題点
学生A、BおよびCが、不能犯に関する次のアからウまでの【見解】のいずれかを採って、後記【会話】のとおり議論している。A、BおよびCが、それぞれどの【見解】を採っているかを検討した場合、正しいものの組合せは、後記1から5までのうちどれか。
【見解】
ア 行為者の認識した事情を基礎として、行為者を基準に結果発生の危険を判断する見解
→行為者が結果の発生の危険があると認識していれば、実行の着手がみとめられ、行為者がそのように認識していなければ、実行の着手が認められないという見解です。これを主観説(純粋主観説または主観的危険説)といいます。主観的未遂論からの主張です。このような立場に立つと、いわゆる「丑の刻参り」の事案でも殺人未遂罪が認められることになります。いわゆる「迷信犯」にも未遂が成立するのは疑問が残ります。
イ 行為時において、一般人が認識しえた事情および行為者が特に認識していた事情を基礎として、一般人の観点から危険の有無を判断する見解
→客観的未遂論からは、法益侵害の危険性の有無によって未遂の成否を判断します。この法益侵害の危険をめぐって、具体的危険説と客観的危険説の間で対立があります。危険の有無の判断時期をどこに求めるのか、行為時を基準に一般人を基準に判断するのか、それとも事後的に明らかになった事情を踏まえて科学的に判断するのか。この点について、イの見解は具体的危険説の内容を表しています。
ウ 行為時に存在した客観的全事情を基礎として、事後的・科学的に危険の有無を判断する見解
→上記の説明からも、ウの見解は、行為時に存在した客観的全事情を基礎として、事後的・科学的に危険の有無を判断するので、客観的危険説の内容を表しています。
【会話】
学生A C君の見解によると、行為者が砂糖で人を殺せると信じて、健康な人に砂糖水を飲ませた場合にも未遂犯が成立することになるね。
→C君の見解では、行為者の主観的認識を基準に結果発生の危険を判断することになります。そうすると、C君は、ア)の純粋主観説の立場です。
C君は、アの純粋主観説に立っています。
学生B そうだね。それに、C君の見解は行為者の主観をあまりにも重視しすぎて、結果が発生する現実的危険性がないにもかかわらず未遂犯として処罰することになり妥当でないよ。刑法が行為規範であることを考えれば、僕の見解が妥当だと思うよ。
→B君は、刑法が行為規範であることを強調しています。これはどのような意味でしょうか。刑法は、法益を保護し、犯罪を予防するための法律です。そのために犯罪行為を禁止するなどの禁止・命令をすることができます。その刑法が行為規範であるということは、その禁止・命令が行為者に向けられているということです。この行為者とは、刑法の規範を受け止め、それに従って行動を律することができる行為者、そのように期待できる行為者です。つまり、一般人のことです。刑法は、このような一般人を念頭に置きながら、法益を保護し、犯罪を予防するために制定されています。そうすると、B君の見解は、イの具体的危険説だと思います。
B君は、イの具体的危険説に立っています。
学生C いやいや、B君の見解にも問題があると思うよ。たとえば、B君の見解は妥当な結論を導こうとするあまり、未遂の危険性が行為者によって相対化されてしまう点が妥当ではないと思うよ。
→C君が、B君に対して、「未遂の危険性が行為者によって相対化されてしまう点が妥当ではないと思うよ」と述べているのは、意味が不明であり、理解できません。なぜなら、C君は、純粋主観説の立場にたって、未遂の危険性を行為者の主観によって根拠づけているからです。この根拠付けは、B君のように「相対的」なものではなく、「絶対的」なものだというなら、B君に対する批判の理由も分かります。
学生A そうだね。B君の見解を一貫させれば、一般人が迷信を信じていれば、迷信犯も可罰的になるはずだけど、その結論は妥当ではないよ。
→B君の見解は、具体的客観説です。行為の時点に立って、一般人の認識内容を基準に結果発生の危険性の有無を判断します。この一般人が迷信を信じない「文明人」であれば、丑の刻参りは、殺人未遂にあたらないと一蹴できますが、一般人が迷信を信じる「文化人」であれば、丑の刻参りは殺人未遂になります。そうすると、具体的客観説からも迷信犯は可罰的になり、それゆえ純粋主観説との違いもなくなる可能性があります。
学生B そうは言っても、結果が発生しなかったことは必ずなんらかの理由があるのだから、厳密に考えると未遂犯がほとんど不能犯になってしまうA君の見解は、未遂犯を処罰する現行法と矛盾するといえるのではないかな。
→B君は、A君の見解によると、厳密に考えると未遂犯がほとんど不能犯になると批判しています。これはどういう意味でしょうか。犯罪の実行に着手したが、結果が発生しなかった場合、未遂が成立します。しかし、なぜ結果が発生しなかったかを厳密に考えると、結果が発生しえなかったからです。例えば、けん銃を発砲したが、弾があたらなかった。殺人未遂が成立しそうです。しかし、銃口が被害者の方に向かっていなかったので、弾はあたらなかったというのであれば、結果が発生しなかった理由を事後的に明らかになった事情を踏まえて、厳密に考えると、それは方法の不能であるといえます。そうすると、厳密に考えると未遂犯がほとんど不能犯になってしまうおそれがあります。B君は、このようにA君を批判しています。
A君は、ウの客観的危険説に立っています。
(1)AアBイCウ (2)AイBアCウ (3)AイBウCア (4)AウBアCイ (5)AウBイCア
こたえ (5)
Nо.049 不能犯と実行の着手
学生A、Bは不能犯の成否の判断基準に関する次のⅠ、Ⅱの【見解】のいずれかを採って後記【事例】について後記【会話】のとおり議論している。【会話】中の①から⑩までの( )内から適切な語句を選んだ場合、後記1から5までのうち正しいものはどれか。
【見解】
Ⅰ 行為当時に一般人が認識しえた事情を基礎とし、一般人を基準として結果発生の具体的危険性があるか否かの判断による。
→これは具体的危険説の説明です。
Ⅱ 行為当時に存在したすべての客観的事情を基礎とし、結果発生の具体的危険性があるか否かの判断による。
→これは客観的危険説の説明です。
【事例】
甲は、粉末状の毒薬を夕食に混入して、健康な夫乙を殺害することを計画して、食器棚から粉末の入った瓶を取り出して乙の夕飯に加えた。しかし、甲は間違えて、毒薬の瓶の隣にあった砂糖のラベルの貼られた瓶を手にとってしまい、この瓶には実際にも砂糖が入っていたため乙は死亡しなかった。
【会話】
学生A B君の見解だと、結果の不発生には常になんらかの客観的理由がある以上、結果が発生しなかった場合に①(a不能犯 b未遂犯)が成立する余地がなくなってしまうよ。
→結果が発生しないことには、常に何らかの理由があります。そのような理由は、行為の時点にあります。客体が存在しなかったとか、方法が適切でなかったとか、そのような理由があったために、結果は発生しなかったのです。そうすると、そのような場合、結果は必然的に発生しないので、すべての未遂犯は不能犯として処罰されないことになります。A君は、B君の見解にはそのような問題があると批判しています。
B君の見解は、Ⅱの客観的危険説です。
そうすると、①(b)です。
学生B いや、僕の見解からも、まず、既遂に達しなかった原因を科学的に究明し、いかなる事情が存在していたら既遂に達しえたかを判断し、既遂をもたらす仮定的事実が存在しえた可能性の程度を危険判断に取り込むことで適切な結果を導きうるよ。前記【事例】でも、単に、②(c砂糖 d毒薬)を乙の食事に混入することの危険性を判断するのではなく、甲が誤って乙の食事に砂糖を混入した原因・経緯なども考慮すべきだ。たとえば、本件のように過誤により隣の瓶を手にとり、それが毒薬の入った瓶であることの確認を怠って、そのまま砂糖を混入したという原因・経緯はきわめてまれで異常であると考えるならば、不能犯を③(e肯定 f否定)する方向に傾くことになる。
→B君のような客観的危険説の立場からも、事例の甲に殺人未遂罪の成立を認めることができると論証しています。つまり、甲は客観的には砂糖を食事に混入していますが、その行為の危険性を判断するのではなく、毒物を混入しようとしたところ、間違って砂糖を入れた経緯を踏まえると、それは偶然であり、極めて稀であったので、Cの生命に対する危険があったといえます。そうすると、殺人未遂の成立を否定する不能犯ではないと判断することができます。B君の見解からは、②(c)、③(f)です。
学生A ところで、僕は、甲の罪責については、④(g砂糖 h毒薬)を食事に混入する行為が危険であるかどうかを判断し、行為には殺人未遂罪が成立⑤(iする jしない」と考えるよ。
→B君の見解は、Ⅱの客観的危険説なので、A君の見解は、Ⅰの具体的危険説です。そうすると、行為の時点に立って、行為者の認識を基準にすると、④(g砂糖)を入れる可能性があったので、殺人未遂罪は成立⑤(jしない)と判断されます。A君の見解からは④(g)、⑤(j)です。
学生B そのように考えるると、被害者が行為者のみが知る特殊事情を利用することによって、ひん死の状態に陥れられたような事案であっても、一般人が当該特殊事情を認識できなかった場合には、⑥(k行為当時に存在した全事情を基礎として l行為当時に一般人が認識しえた事情を基礎として)判断することになるから、⑦(m未遂犯 n不能犯)が成立しないことになり、常識に反する。
→A君の具体的危険説に立つと、行為者のみが認識し、一般人は認識しえない事情がある場合には、⑥l行為時に一般人が認識しえた事情を基礎にして判断すると、⑦未遂は成立しなくなります。
A君の見解からは、⑥(l)、⑦(m)です。
学生A そのような場合、僕の立場でも、⑧(o行為時に行為者が特に認識していた事情 p事後的に明らかになっら全事情)を考慮すべきと考えるので、B君のいう事案でも⑨(q未遂犯 r不能犯)の成立を認めることができる。
→B君がA君の見解を批判したのを受けて、A君の側から反批判をしています。つまり、⑧⑨の部分について、逆の結論を出しています。⑧行為時に存在していた特殊な事情を考慮に入れて判断するので、⑨未遂の成立が認められます。A君の見解からは、⑧(o)、⑨(q)です。
学生B A君の立場からは、かりに本件で甲が、乙は重度の糖尿病であると誤信してあえて砂糖を混入していた場合には、⑩(s未遂犯 t不能犯)が成立することになるね。
→甲が、乙が重度の糖尿病であると誤信して食事に砂糖を混入した場合、A君の具体的危険説からは、行為時に重度の糖尿病という特殊事情は存在していないので、それを考慮に入れる必要はありません。そうすると、通常の健康体の乙を砂糖で殺そうとしただけなので、⑩(t方法の不能)になります。⑩(t)です。
以上から、
①b ②c ③f ④g ⑤j ⑥l ⑦m
⑧o ⑨q ⑩ t
(1)①b ②d (2)③e ④g (3)⑤i ⑥l (4)⑦m ⑧p (5)⑨q ⑩t→正解(5)
中止犯に関する次の1から5までの各記述を判例の立場に従って検討した場合、甲に( )内の罪が成立するのはどれか。
(1)甲は、自殺を決意すると同時に母の行く末を不びんに思って殺害しようと考え、母の頭部を殴打したが、頭部より血を流しながら痛み苦しんでいる母の姿を見てにわかに驚愕恐怖し、その後の殺害行為を続行することができなかった。(殺人罪の中止未遂が成立する)→成立しない。
→殺害の意思をもって、母の頭部を殴打した時点で、殺人罪の実行の着手を認めることができます。しかし、頭部から血を流しながら痛み苦しんでいるのを見て、驚愕・恐怖し、その後の殺害行為を続行することができなかった。判例の立場に立って判断した場合、この事案について中止の任意性と中止行為の要件を満たすでしょうか。
(2)甲は、乙と共謀のうえ、乙が包丁をAに突きつけ「金を出せ」と申し向けた際に、傍らでジャックナイフをちらつかせて脅迫に加わった。Aの妻が「Aは教師だから金はない」、「学校の公金が7000円ほどある」と対応したのに対し、甲は、「そんな金はいらん」と言い、Aの妻がたんすの中から出してきた900円についても、「そんな金はいらん。俺も金に困って入ったのだから、お前の家も金がないのならば、そのような金はいらん」と言い、乙にも「帰ろう」と言って、金を受け取ることなく先に外に出た。ところが、乙は、Aの妻から900円を受け取って外に出てきた。(強盗未遂罪の中止未遂は成立しない。強盗既遂罪が成立する)→成立する。
→中止未遂が成立するためには、犯罪の実行に着手した後、結果の発生を、1自己の意思により、2中止したことが必要です。一般には、単独正犯の場合、中止の任意性が認められる場合、犯罪の中止行為の要件としては、実行行為の開始後、その継続を中止する不作為(着手未遂=未終了未遂)と実行行為の終了後、結果の発生を防止する作為(実行未遂=終了未遂)が問題になります。共同正犯の場合でも同じですが、共同して犯罪の実行に着手した全員が中止行為を行わなければなりません。つまり、実行行為が終了していない段階において、自分だけがその継続を中止するだけでは十分ではありません。また、実行行為が終了した段階において、他の者に結果発生の防止を任せただけでは十分ではありません(真摯な努力が必要です)。
(3)甲は、乙・丙・丁と相談のうえ、A宅において強盗しようと企て、乙が出刃包丁、丙が縄をそれぞれ携えて、4名でA方に赴いた。しかし、甲は、乙がA方の表戸を叩き「警察の者だが」といって家人を起こしている様子を見て、あまりにも自己の罪業の深さに気づき、任意に犯行を中止し、一目散に自宅へ帰った。(強盗予備罪の中止未遂が成立する)→成立しない。
→「強盗予備罪の中止未遂が成立するか」という問題は、正確に説明すると、強盗予備を行った後、強盗罪の実行に着手するのを自己の意思により中止した場合に、成立している強盗予備罪に対して中止未遂の規定を適用ないし「準用」(類推適用)することことができるかという問題です。中止未遂とは、犯罪の実行に着手し、自己の意思により犯罪を中止した行為に適用される規定であるので、犯罪の実行に着手する前の行為に適用されません。このように解すると、強盗予備罪に中止未遂の規定を「適用」できません。しかし、殺人予備罪などと比較すると、量刑判断が不均衡になる恐れがあります。殺人予備罪のただし書きには、情状による刑の任意的な免除が定められています。殺人予備後に殺人罪の実行に着手するのを自己の意思により中止した人について情状を理由に任意的に刑を免除することができます。しかし、強盗予備罪にはこのような刑の任意的な免除の規定がありません。強盗予備後に強盗罪の実行に着手するのを自己の意思により中止しても刑が免除されないというのは、殺人予備罪の場合に比べると不均衡は否めません。そうすると、このような強盗予備罪の刑を必要的に減軽または免除するために、中止未遂の規定を「準用」する必要があるのではないかという問題が提起されてきます。
(4)甲は、殺意をもって短刀でAの胸部を突き刺したが、Aの胸部から噴き出した血を見て恐怖心にかられて攻撃を続行せず、Aを殺害するにはいたらなかった。(殺人罪の中止未遂が成立する)→成立しない。
→中止未遂の要件には、中止の任意性と中止行為の2つがあります。中止の任意性に関しては、大きく見て客観説と主観説の対立があります。そして、主観説の内部では、中止の任意性の認定犯意を限定する限定主観説が主張されています。犯罪の実行の着手後、行為者が外部的な事象を認識し、その後、犯罪の中止を意思決定した場合、その事象が行為者の意思決定に影響を及ぼしたのか否か、及ぼして意思決定したのであれば、それは内発的・自発的な意思決定とはいえません。客観説は、中止の任意性は内発的・自発的な意思決定の場合にだけ認めます。これに対して、主観説は、行為者がどのような外部的な事情を認識しようとも、自己の意思により決定した以上、中止の任意性を認めるべきだと主張します。しかし、被害者の胸部から血が流れているを見て怖くなったので、逮捕されるのがいやだったので、「犯罪を中止することを決意しました」という場合にまで中止の任意性を認めることになってしまいます。ただし、中止の任意性の有無は、中止未遂の制度の趣旨に照らして判断されるべきです。中止の任意性の要件を充たしているか否かは、中止未遂による刑の必要的減免に値する意思決定であったかどうかを基準に判断すべきです(刑事政策説からは「褒賞」を与えるに相応しいかどうか、法律説からは非難可能性の減少を認めうるかどうか)。そうすると、主観説の判断は、中止の任意性を不当に拡大するという問題があります。限定主観説は、犯罪の実行の着手後、行為者が外部的な事象を認識し、その後、犯罪の中止を意思決定した場合、その事象によって行為者が悔悟、同情、憐憫など反省の情を抱き、それによって犯罪の中止を決意した場合にだけ、中止の任意性を認め、主観説の認定の拡大を限定します。
(5)甲は、長屋の床下に手製の発火装置を設置し、導火線である麻縄の端に点火した。点火後、甲は後悔して火を揉み消そうとしたが成功せず、火は発火装置に燃え移ったが、床板の裏面を焦がした時点で住人に発見され消火された。(現住建造物等放火罪の中止未遂が成立する)→成立しない。
→中止未遂の要件には、中止の任意性と中止行為の2つが必要です。中止行為は、実行に着手した後、実行行為が終了する前の段階では、実行行為を継続しない不作為で足りますが、実行行為が終了した後では犯罪の結果発生を防止する作為(真摯な努力)が必要です。この中止行為と結果発生の防止との間に因果関係が必要です。中止行為とは別の要因で結果の発生が防止された場合、中止行為が行われたとはいえません。ただし中止行為を試みたので、放火未遂(障碍未遂)に対して刑法66条を適用して、酌量減軽することは必要でしょう。
Nо.046 中止犯(2)
(1)中止犯が成立する場合、必ずその刑が免除される。
→刑法43条ただし書きは、「刑を減軽し、または免除する」と定めています。「する」と定めているので、「必ずする」という意味です。そのため「必要的」という形容詞が付されます。これに対して、43条本文は「刑を免除し、または減軽することができる」と定めているので、「することもある」という意味になります。そのため、「任意的」という形容詞が付されます。刑法43条本文は「任意的減軽または任意的免除」を定めています。
では、「刑を減軽し、または免除する」というのは、どのような意味かというと、「必ず刑を減軽する、さらには免除することもある。少なくとも、必ず減軽する」という意味になります。したがって、43条ただし書きは、「必要的減軽または任意的免除」を定めています。→必ずその刑が免除されるという記述は、間違いです。
(2)甲は、恋敵Aを殺害しようとして、A宅に忍び込んだが、良心のかしゃくを感じてAに気づかれる前にA宅から出た。この場合、甲には殺人罪の中止犯が成立する。
→中止未遂の規定の適用は、犯罪の実行に着手した後に問題になります。甲は、Aを殺害することを計画し、その準備をしました。そして、A宅に侵入しました。この時点において殺人予備罪と住居侵入罪が成立しています。その後、中止未遂が問題になるのは、甲が殺人罪の実行に着手した場合です。甲は、Aに気づかれる前にA宅から出ています。この時点では、まだ殺人罪の構成要件該当行為の一部を開始していませんし、またAの生命侵害の危険性を発生させてもいません。したがって、殺人罪の実行に着手しているとはいえないので、中止未遂の成立は問題にはなりません。→中止犯は成立しません。誤りです。
この事案では甲には、殺人予備罪(刑201条・2年以下の懲役)と住居侵入罪(刑130条前段・3年以下の懲役または50万円以下の罰金)が成立します。2個の犯罪を行っているので、併合罪(刑45)とした場合、その処断刑はどのようになるかというと、刑法47条によると、重い方の犯罪の法定刑の長期に2分の1を加えたものが処断刑の長期になります。殺人予備罪と住居侵入罪の法定刑を比べると、住居侵入罪の方が重いので、その法定刑の長期の3年の懲役に2分の1の1・5年を加えることで、処断刑は「4年6月以下の懲役または50万円以下の罰金」になります。
ただし、甲は殺人予備後、良心のかしゃくを感じて殺人罪の実行に着手することを自己の意思により中止しています。実行の着手前なので中止未遂の規定を適用できないとしても、殺人予備罪には情状による刑の任意的免除があるので、これに該当するなら、検察官は殺人予備罪については起訴猶予処分または不起訴処分にして、住居侵入罪だけ起訴することもできるでしょう。そうすると処断刑は住居侵入罪の法定刑(最高で懲役3年)になります。しかし、殺人予備罪の刑を免除し、起訴猶予処分にするという判断に至らなければ、そうはなりません。そうならなければ、殺人予備罪と住居侵入罪で起訴することになります。処断刑は、最高で懲役4年6月のままです。かりに、殺人予備罪に中止未遂の規定を「準用」できるなら、その刑は懲役1年まで減軽されるので、それを起訴しても、住居侵入罪を併合加重して、最長で4年の懲役にできる可能性があります(刑47)。この問題はあまり議論されていませんが、興味深い解釈問題を含んでます。
(3)共犯者の1人について中止犯の成立が認められる場合でも、中止犯の効力は他の共犯者には及ばない。
→中止未遂の法律効果は、犯罪の実行に着手し、自己の意思による犯罪を中止した人にだけ適用されます。共犯の場合、2人以上の者が犯罪の着手し、そのうちの1人に中止未遂の規定が適用される場合、他の者にも適用できるかというと、他の者が同じように自己の意思により中止していなければ、適用できません。他の者には通常の未遂(障碍未遂)であり、刑を減軽することができるだけです。なぜならば、自己の意思により中止していない人には、刑の必要的減軽・免除という褒賞を与える必要はなく(刑事政策説)、その未遂の違法性・有責性は減少していないからです(法律説)。→中止犯の効力は他の共犯者には及びません。正しい。
問題になるのは、甲が家人を脅している間に、乙が財物を強取するという強盗罪を計画し、その実行に着手して、乙が自己の意思により、分担していた財物の強取をすることなく、その場から立ち去った場合です。甲がその代わりに財物を強取して、これを遂げたならば、甲の立場からは強盗罪は既遂ですが、乙の立場からはどうでしょうか。乙の立場から強盗罪を中止したといえるでしょうか。乙は強盗の構成要件該当行為のうち分担した財物強取を中止しましたが、その全体を中止したわけではありません。共同正犯の事案において、実行に着手した後、犯罪の中止行為が認められるのは、自己のみならず他の共犯者の行為をも中止した場合だけです。共同正犯には、一部実行の全部責任の原則が妥当します。共犯者は個々の行為を分担実行していますが、他の共犯者の行為を相互に利用しあい、また相互に補充しあっていので、この原則が妥当するのです。そうすると、犯罪を中止する場合でも、相互利用・相互補充の関係を消滅させなければなりません。
(5)甲は、放火の実行に着手したが、結果の発生を防止するため、現場を通りかかったAの援助を受けながら積極的に努力して火を消しとめることができた。この場合、単独で結果防止行為を行っていない以上、甲には中止犯が成立しえない。
→犯罪の中止行為を行うのは、その犯罪の実行に着手した者ですが、それを単独で行わなければならないか、それとも他人の協力を得て行うことでもよいか。犯罪の種類によっては、その結果を防止するためには、他人の協力を得なければできないものがあります。生命侵害の防止という中止行為の場合、医師の協力を要するでしょうし、放火による家屋の焼損の防止という場合、消防士の消火活動が必要でしょう。そうすると、中止行為は他人の協力を得て行うこともあります。
ただし、殺人罪の実行に着手した後、被害者が死亡する前に救急車を手配しただけ、放火の実行に着手した後、家屋が焼損する前に消防署に通報しただけというのでは、たとえ結果の発生が防止された場合であっても、中止行為が行われたとはいえないでしょう。そのような行為は、刑の必要的減軽・免除という褒賞を与えるのに相応しい中止行為とはいえませんし。また未遂の違法性・有責性が減少する中止行為とはいえないでしょう。被害者の生命侵害を単独で防止できないため、医師に処置を依頼する場合でも、手段や侵害の内容・程度について詳細な情報を提供したり、また消防士に消火活動を依頼する場合でも、それに懸命に協力するなどの「真摯な努力」が必要でしょう。そうすれば、単独で結果防止行為を行っていなくても、中止行為を認めることができます。
→単独で結果防止行為を行っていない以上、甲には中止犯が成立しえないというのは間違いです。
No.047 未遂犯と不能犯
未遂と不能犯に関する次の1から5までの各記述を、判例に従って検討した場合、明らかに誤っているといえないものを2個選びなさい。
(1)甲は、乙らと共謀し、Aを殺害する目的でAの両腕の静脈内に蒸留水5ccとともに空気30ccから40ccを注射したが、致死量にいたらなかったため、殺害目的を遂げなかった。この場合、致死量以下の空気を人体に注入しても、人を殺すことは不可能であるから、甲には不能犯が成立する(不能犯という犯罪はないので、「甲には不能犯が成立する」という文章には違和感を覚えます。「不能」という言葉を用いるなら、「甲が用いた行為は『方法の不能』であるため、甲には殺人未遂罪は成立しない」と書くべきでしょう)。
→犯罪の実行に着手したが、結果が発生しなかった場合、未遂犯が成立します。ただし、結果が発生しなかったから未遂犯が成立するのではなく、犯罪の実行に着手したからです。結果発生の危険性があったからです。未遂犯が成立しないという場合、たんに結果が発生しなかっただけでなく、犯罪の実行に着手したとはいえないからです。つまり、そのような行為を開始しても、結果はおよそ発生しえない、そもそも結果発生の危険性は生じ得ないという場合には、実行の着手は認められません。
では、結果はおよそ発生しえない、そもそも結果発生の危険性は生じ得ないというのは、どのような場合でしょうか。それには、2種類あります。客体の不能と方法の不能の場合です。客体の不能とは、構成要件の行為客体が存在しないため、それに該当する行為を開始しえない場合です。したがって、客体が存在しないため、それが担っている保護法益に対する危険性も発生し得ません。これに対して方法の不能とは、行為客体は存在しましが、それに対して行われた行為では、構成要件の実行行為を開始したとはいえない場合です。したがって、行為が開始されていないため、保護法益に対する危険性も発生し得ません。
設問は、方法の不能が問題になる事案です。致死量以下の空気を人体に注入しても、人を殺すことは不可能であるから、方法の不能にあたり、殺人未遂は成立しません。このような結論もありえますが、学説を踏まえて判断すべきです。客観的危険説と具体的危険説の双方から判断すると、前者からは、方法の不能という判断を導けますが、それは判例の立場ではありません。判例は具体的危険説に立ち、行為時に行為者が認識していた事情および一般人が認識し得た事情を踏まえて、結果発生の危険性の有無を判断します。行為者。甲は、静脈に蒸留水5ccと空気30ccを注射することによってAを殺害できると認識していました。一般人であれば、どうでしょうか。「命の危険がある」と感じたでしょうか。それとも、「およそ死ぬことなどありえない」と思ったでしょうか。「命の危険がある」と思ったのではないでしょうか。そうすると、殺人未遂罪が成立する余地はあります。したがって、殺人未遂罪が成立しないという結論は、明らかに間違っています。
(2)甲は、通行中のAから金員を強取する目的で後方からAを引き倒して、懐にある財布を強取しようとしたが、手を入れた場所に財布が入っておらず、目的を達成することができなかった。この場合、財布を盗むことは不可能であるから、甲には不能犯が成立する(「客体の不能」であるため、甲には強盗未遂罪は成立しない)。
→この事案についても、判例の具体的符合説の立場から判断してください。これは客体の不能の事案です。
甲は、Aから金員を強取するために、引き倒して、その懐に手を入れましたが、そこには財布など金員は入っていませんでした。懐のような場所には財布などそもそも入っているはずはないというのであれば、たとえ甲が財布を取れると認識していようとも、一般人からは、そのような行為を行っても財布は取れないので、財物の占有という保護法益に対する危険性は認められません。したがって、強盗罪の実行の着手も認められません。しかし、そうでしょうか。懐には財布が入っていることがありうるのではないでしょうか。そうすると、甲の認識だけでなく、一般人の立場からも、甲がAから財布を強取しようとしていると認識しえたのではないでしょうか。そうすると、客体の不法を理由に強盗未遂罪の成立を否定するのは、明らかに間違っています。
(3)甲は、乙らと共謀し、小麦の密輸出を企て、小麦を船舶に積み込もうとしたが、上記船舶にたどりつくことができなかったため、その目的を達することができなかった。この場合、甲は小麦を密輸出することは不可能であるから、不能犯が成立する(方法の不能ゆえ、関税法などの無許可物件密輸出の未遂罪は成立しない)。
→この事案では、小麦を船舶に積み込もうとしたが、船舶にたどり着くことができませんでした。そうすると、船舶を用いた密輸出はできません。しかし、海の上に船舶が停泊していたが、波の影響から、たどり着くことができなかったのか、そもそも船舶は存在しなかったのか、いずれでしょうか。問題文からは、その詳細は明らかではありません。そうすると、甲が小麦を密輸出することは不可能であるとまでは言えないと思います。そう言い切るのは、明らかに間違っています。
(4)甲が、乙らと共謀のうえ、覚せい剤の製造をしようとしたが、知識不足および資金不足のため、覚せい剤の製造に必要な機械を用意することができず、かつ、製造に用いた塩化パラジウムの量が過少であったため、覚せい剤を製造することができなかった。この場合、覚せい剤を製造することは不可能であるから、甲には不能犯が成立する(方法の不能ゆえ、覚せい剤製造未遂罪は成立しない)。
→これは方法の不能が争われた事案です。この元になった判例の事案では、覚せい剤の製造未遂罪の成立が認められました。なぜかというと、甲・乙が製造に用いた塩化パラジウムは、覚せい剤の製造に必要な薬品であって、その量が適正であったならば、覚せい剤を製造することが可能だったからです。つまり、これは「そもそも覚せい剤など作れない」事案ではなく、「たまたま覚せい剤を作れなかった」事案でした。ただし、この事案は、材料不足に加えて、知識不足、資金不足、機材不足という事情が重なっています。したがって、覚せい剤を製造することは不可能であると言えます。そうすると、方法の不法を理由に、未遂罪の成立を否定できそうですす。
(5)甲は、乙と通じ、乙の内縁の夫Aの毒殺を共謀し、1)硫黄粉末をカレーに入れて、Aに食べさせ、さらに、2)3日後にも水薬に混ぜて飲ませたが、苦痛を増大させただけで、予期した効果が生ぜず、Aを死にいたらしめなかった。この場合、硫黄粉末を人に飲ませたとしても殺すことは不可能であるから、甲には1)については、殺人罪の不能犯が成立する(方法の不能ゆえ、殺人未遂罪は成立しない)。
→方法の不能の事案ですが、1)から2)の行為へと連続して行われているので、死亡の危険性が生じていると思われますが、2)の時点で死亡の危険性が認められても、1)の時点ではそれは認められないので、1)については方法の不能であるので、間違っているとはいえません。
Nо.048 具体的危険説の問題点
学生A、BおよびCが、不能犯に関する次のアからウまでの【見解】のいずれかを採って、後記【会話】のとおり議論している。A、BおよびCが、それぞれどの【見解】を採っているかを検討した場合、正しいものの組合せは、後記1から5までのうちどれか。
【見解】
ア 行為者の認識した事情を基礎として、行為者を基準に結果発生の危険を判断する見解
→行為者が結果の発生の危険があると認識していれば、実行の着手がみとめられ、行為者がそのように認識していなければ、実行の着手が認められないという見解です。これを主観説(純粋主観説または主観的危険説)といいます。主観的未遂論からの主張です。このような立場に立つと、いわゆる「丑の刻参り」の事案でも殺人未遂罪が認められることになります。いわゆる「迷信犯」にも未遂が成立するのは疑問が残ります。
イ 行為時において、一般人が認識しえた事情および行為者が特に認識していた事情を基礎として、一般人の観点から危険の有無を判断する見解
→客観的未遂論からは、法益侵害の危険性の有無によって未遂の成否を判断します。この法益侵害の危険をめぐって、具体的危険説と客観的危険説の間で対立があります。危険の有無の判断時期をどこに求めるのか、行為時を基準に一般人を基準に判断するのか、それとも事後的に明らかになった事情を踏まえて科学的に判断するのか。この点について、イの見解は具体的危険説の内容を表しています。
ウ 行為時に存在した客観的全事情を基礎として、事後的・科学的に危険の有無を判断する見解
→上記の説明からも、ウの見解は、行為時に存在した客観的全事情を基礎として、事後的・科学的に危険の有無を判断するので、客観的危険説の内容を表しています。
【会話】
学生A C君の見解によると、行為者が砂糖で人を殺せると信じて、健康な人に砂糖水を飲ませた場合にも未遂犯が成立することになるね。
→C君の見解では、行為者の主観的認識を基準に結果発生の危険を判断することになります。そうすると、C君は、ア)の純粋主観説の立場です。
C君は、アの純粋主観説に立っています。
学生B そうだね。それに、C君の見解は行為者の主観をあまりにも重視しすぎて、結果が発生する現実的危険性がないにもかかわらず未遂犯として処罰することになり妥当でないよ。刑法が行為規範であることを考えれば、僕の見解が妥当だと思うよ。
→B君は、刑法が行為規範であることを強調しています。これはどのような意味でしょうか。刑法は、法益を保護し、犯罪を予防するための法律です。そのために犯罪行為を禁止するなどの禁止・命令をすることができます。その刑法が行為規範であるということは、その禁止・命令が行為者に向けられているということです。この行為者とは、刑法の規範を受け止め、それに従って行動を律することができる行為者、そのように期待できる行為者です。つまり、一般人のことです。刑法は、このような一般人を念頭に置きながら、法益を保護し、犯罪を予防するために制定されています。そうすると、B君の見解は、イの具体的危険説だと思います。
B君は、イの具体的危険説に立っています。
学生C いやいや、B君の見解にも問題があると思うよ。たとえば、B君の見解は妥当な結論を導こうとするあまり、未遂の危険性が行為者によって相対化されてしまう点が妥当ではないと思うよ。
→C君が、B君に対して、「未遂の危険性が行為者によって相対化されてしまう点が妥当ではないと思うよ」と述べているのは、意味が不明であり、理解できません。なぜなら、C君は、純粋主観説の立場にたって、未遂の危険性を行為者の主観によって根拠づけているからです。この根拠付けは、B君のように「相対的」なものではなく、「絶対的」なものだというなら、B君に対する批判の理由も分かります。
学生A そうだね。B君の見解を一貫させれば、一般人が迷信を信じていれば、迷信犯も可罰的になるはずだけど、その結論は妥当ではないよ。
→B君の見解は、具体的客観説です。行為の時点に立って、一般人の認識内容を基準に結果発生の危険性の有無を判断します。この一般人が迷信を信じない「文明人」であれば、丑の刻参りは、殺人未遂にあたらないと一蹴できますが、一般人が迷信を信じる「文化人」であれば、丑の刻参りは殺人未遂になります。そうすると、具体的客観説からも迷信犯は可罰的になり、それゆえ純粋主観説との違いもなくなる可能性があります。
学生B そうは言っても、結果が発生しなかったことは必ずなんらかの理由があるのだから、厳密に考えると未遂犯がほとんど不能犯になってしまうA君の見解は、未遂犯を処罰する現行法と矛盾するといえるのではないかな。
→B君は、A君の見解によると、厳密に考えると未遂犯がほとんど不能犯になると批判しています。これはどういう意味でしょうか。犯罪の実行に着手したが、結果が発生しなかった場合、未遂が成立します。しかし、なぜ結果が発生しなかったかを厳密に考えると、結果が発生しえなかったからです。例えば、けん銃を発砲したが、弾があたらなかった。殺人未遂が成立しそうです。しかし、銃口が被害者の方に向かっていなかったので、弾はあたらなかったというのであれば、結果が発生しなかった理由を事後的に明らかになった事情を踏まえて、厳密に考えると、それは方法の不能であるといえます。そうすると、厳密に考えると未遂犯がほとんど不能犯になってしまうおそれがあります。B君は、このようにA君を批判しています。
A君は、ウの客観的危険説に立っています。
(1)AアBイCウ (2)AイBアCウ (3)AイBウCア (4)AウBアCイ (5)AウBイCア
こたえ (5)
Nо.049 不能犯と実行の着手
学生A、Bは不能犯の成否の判断基準に関する次のⅠ、Ⅱの【見解】のいずれかを採って後記【事例】について後記【会話】のとおり議論している。【会話】中の①から⑩までの( )内から適切な語句を選んだ場合、後記1から5までのうち正しいものはどれか。
【見解】
Ⅰ 行為当時に一般人が認識しえた事情を基礎とし、一般人を基準として結果発生の具体的危険性があるか否かの判断による。
→これは具体的危険説の説明です。
Ⅱ 行為当時に存在したすべての客観的事情を基礎とし、結果発生の具体的危険性があるか否かの判断による。
→これは客観的危険説の説明です。
【事例】
甲は、粉末状の毒薬を夕食に混入して、健康な夫乙を殺害することを計画して、食器棚から粉末の入った瓶を取り出して乙の夕飯に加えた。しかし、甲は間違えて、毒薬の瓶の隣にあった砂糖のラベルの貼られた瓶を手にとってしまい、この瓶には実際にも砂糖が入っていたため乙は死亡しなかった。
【会話】
学生A B君の見解だと、結果の不発生には常になんらかの客観的理由がある以上、結果が発生しなかった場合に①(a不能犯 b未遂犯)が成立する余地がなくなってしまうよ。
→結果が発生しないことには、常に何らかの理由があります。そのような理由は、行為の時点にあります。客体が存在しなかったとか、方法が適切でなかったとか、そのような理由があったために、結果は発生しなかったのです。そうすると、そのような場合、結果は必然的に発生しないので、すべての未遂犯は不能犯として処罰されないことになります。A君は、B君の見解にはそのような問題があると批判しています。
B君の見解は、Ⅱの客観的危険説です。
そうすると、①(b)です。
学生B いや、僕の見解からも、まず、既遂に達しなかった原因を科学的に究明し、いかなる事情が存在していたら既遂に達しえたかを判断し、既遂をもたらす仮定的事実が存在しえた可能性の程度を危険判断に取り込むことで適切な結果を導きうるよ。前記【事例】でも、単に、②(c砂糖 d毒薬)を乙の食事に混入することの危険性を判断するのではなく、甲が誤って乙の食事に砂糖を混入した原因・経緯なども考慮すべきだ。たとえば、本件のように過誤により隣の瓶を手にとり、それが毒薬の入った瓶であることの確認を怠って、そのまま砂糖を混入したという原因・経緯はきわめてまれで異常であると考えるならば、不能犯を③(e肯定 f否定)する方向に傾くことになる。
→B君のような客観的危険説の立場からも、事例の甲に殺人未遂罪の成立を認めることができると論証しています。つまり、甲は客観的には砂糖を食事に混入していますが、その行為の危険性を判断するのではなく、毒物を混入しようとしたところ、間違って砂糖を入れた経緯を踏まえると、それは偶然であり、極めて稀であったので、Cの生命に対する危険があったといえます。そうすると、殺人未遂の成立を否定する不能犯ではないと判断することができます。B君の見解からは、②(c)、③(f)です。
学生A ところで、僕は、甲の罪責については、④(g砂糖 h毒薬)を食事に混入する行為が危険であるかどうかを判断し、行為には殺人未遂罪が成立⑤(iする jしない」と考えるよ。
→B君の見解は、Ⅱの客観的危険説なので、A君の見解は、Ⅰの具体的危険説です。そうすると、行為の時点に立って、行為者の認識を基準にすると、④(g砂糖)を入れる可能性があったので、殺人未遂罪は成立⑤(jしない)と判断されます。A君の見解からは④(g)、⑤(j)です。
学生B そのように考えるると、被害者が行為者のみが知る特殊事情を利用することによって、ひん死の状態に陥れられたような事案であっても、一般人が当該特殊事情を認識できなかった場合には、⑥(k行為当時に存在した全事情を基礎として l行為当時に一般人が認識しえた事情を基礎として)判断することになるから、⑦(m未遂犯 n不能犯)が成立しないことになり、常識に反する。
→A君の具体的危険説に立つと、行為者のみが認識し、一般人は認識しえない事情がある場合には、⑥l行為時に一般人が認識しえた事情を基礎にして判断すると、⑦未遂は成立しなくなります。
A君の見解からは、⑥(l)、⑦(m)です。
学生A そのような場合、僕の立場でも、⑧(o行為時に行為者が特に認識していた事情 p事後的に明らかになっら全事情)を考慮すべきと考えるので、B君のいう事案でも⑨(q未遂犯 r不能犯)の成立を認めることができる。
→B君がA君の見解を批判したのを受けて、A君の側から反批判をしています。つまり、⑧⑨の部分について、逆の結論を出しています。⑧行為時に存在していた特殊な事情を考慮に入れて判断するので、⑨未遂の成立が認められます。A君の見解からは、⑧(o)、⑨(q)です。
学生B A君の立場からは、かりに本件で甲が、乙は重度の糖尿病であると誤信してあえて砂糖を混入していた場合には、⑩(s未遂犯 t不能犯)が成立することになるね。
→甲が、乙が重度の糖尿病であると誤信して食事に砂糖を混入した場合、A君の具体的危険説からは、行為時に重度の糖尿病という特殊事情は存在していないので、それを考慮に入れる必要はありません。そうすると、通常の健康体の乙を砂糖で殺そうとしただけなので、⑩(t方法の不能)になります。⑩(t)です。
以上から、
①b ②c ③f ④g ⑤j ⑥l ⑦m
⑧o ⑨q ⑩ t
(1)①b ②d (2)③e ④g (3)⑤i ⑥l (4)⑦m ⑧p (5)⑨q ⑩t→正解(5)