Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

刑法Ⅰ(11)論述

2021-06-22 | 日記
 第15問A 不能犯
 Aは、夫・甲の浮気に腹を立てて、甲を懲らしめてやろうと考えた。そこで、甲に恨みを抱いていた家政婦Bに致死量に満たない毒薬を渡し、食べ物に混ぜて甲に食べさせて殺害するよう唆した。Aと甲は共働きであったので、甲の夕食はBが昼頃作って置いておき、それを夕方帰宅した甲が食べることになっていた。そこで、Bは昼頃作った食べ物に毒薬を混ぜて置いておいた。Aは致死量に満たない毒薬であるので甲が死ぬことは絶対にないと思っていた。Bは致死量であると思っていた。ところが、最近AとBの様子がおかしいと思っていた甲は、帰宅して夕食をとろうとして、食べ物に毒が入っていることに気づき、結局食べなかった。なお、Aと甲は2人きりで住んでいたものとする(それ以外の者が食べる可能性はなかったものとする)。
 AおよびBの罪責を論ぜよ。


 論点 1不能犯と未遂犯の区別 2実行の着手時期 3未遂の教唆


 答案構成
(1)Bの罪責
1Bは、致死量に満たない毒物を食事に混ぜて置いが、Aはそれを結局食べなかった点について、殺人未遂罪が成立するか。


2殺人未遂罪とは、殺人罪の実行に着手したが、それを遂げなかった場合をいう。殺人罪の構成要件該当行為の一部を開始し、人の生命を侵害し得る具体的な危険性を発生させることによって成立する。


3毒物を食事に混ぜて食べさせても、それが致死量を満たしていなければ、被害者は基本的に死ぬことはない。従って、そのような行為を行っても、腹痛や下痢など傷害罪にあたることはあっても、生命に対する危険性はないので、殺人罪の実行行為を行っているとはいえない。このように考えると、殺人未遂罪は成立しないようにも思われる。しかしながら、致死量に満たない毒物であっても、被害者の年齢、健康状態などとの関係において死に至り得る危険性を否定できない場合もある。また、かりに事情を知らない第三者が、Bが毒物が致死量に達していると認識しながら、それを食事に混入しているのを見た場合、その行為の時点においては、人が死亡する危険が発生しているとを認識すると思われる。そのように考えるならば、Bの行為は殺人の実行に着手しているといえる。


4Bは甲を殺害する意図で、毒物を食事に混ぜて置いたが、甲はそれを食べなかった。この場合、殺人罪の実行に着手したとえるか。甲はAと2人きりで住んでおり、甲の夕食は家政婦であるBが作り置きし、それを夕方帰宅した甲が食べることになっていた。そうであるから、Bが食事を作り、それを置いた時点において、甲がそれを食べる状況にあったので、殺人の実行の着手を認めることができる(あるいは、甲が帰宅して、それを食べようとした時点において、殺人の実行の着手を認めることができる)。結果的には甲がそれに毒物が入っていることに気づき、食べなかったが、殺人未遂罪が成立する。


5従って、Bには殺人未遂罪(刑203、199)が成立する。


(2)Aの罪責
1Aは毒物をB渡して、甲を殺害するようそそのかした。Bは致死量の毒物であると思い、甲を殺害するしようとしたが、これを遂げなかった。Aはその毒物が致死量に達していないことを知り、甲が死ぬことは絶対ないと思っていた。Aに殺人未遂罪の教唆犯が成立するか。


2教唆とは、他人を唆して犯罪を実行させることである。他人に一定の犯罪を実行するよう働き掛けて、その意思を生じさせて、それを実行させた場合に、その犯罪の教唆犯が成立する。


3共犯も正犯と同様に刑罰が科される。その理由は、犯罪の正犯と同様に法益侵害に対して因果的な作用を持つからである。正犯は、直接的に法益侵害を惹起させる行為であるが、共犯は、間接的に法益侵害を惹起させる行為であり、法益侵害に対して因果性があるがゆえに、犯罪として処罰されるのである(因果的共犯論)。
 共犯については、教唆も幇助も、過失の処罰規定が設けられていないので、故意に行った場合にのみ処罰される。教唆犯の故意とは、正犯を介して法益侵害を惹起する認識である。正犯が法益侵害を惹起することを認識していなかった場合、教唆の故意を認めることはできない。このように解すると、AはBに渡した毒物が致死量に達していないので、甲が死ぬことは絶対にないと認識していたので、殺人の教唆の故意があったとはいえない。ただし、毒物によって腹痛などの傷害を負うことの未必の認識はあったと考えられる。そうすると、AはBに傷害罪を教唆したところ、殺人未遂(負傷なし)を行わせたことになり、刑法38条2項により無罪である。


4しかし、教唆とは「他人を唆して犯罪を実行させる」(刑61)ことである。正犯に犯罪を決意させ、それを実行させることである(堕落説)。教唆者が、それを認識していれば、法益侵害の惹起を認識していなくても、教唆の故意を認めることができる。「犯罪を実行させる」という文言を「実行に着手させる」という意味において解釈するならば、法益侵害の発生の認識は教唆の故意の要件としては必ずしも必要ではなく、それゆえ教唆の故意としても、法益侵害の発生の認識も必要ではない。AはBをそそのかして甲を殺害することを決意させ、その実行に着手させている以上、たとえAが甲は死亡することは絶対にないと思っていても、殺人罪の教唆の故意を認めることができよう。Bが殺人未遂に終わっているので、Aには殺人未遂罪の教唆が成立する。


5従って、Aには殺人未遂罪の教唆が成立する。


(3)結論
 以上より、Bには殺人未遂罪(刑法203条、199条)が成立し、Aには殺人未遂罪の教唆罪(刑法61条1項、203条、199条)が成立する。