040故意の内容(最二決平成2・2・9判時1341号157頁、判タ722号234頁)
【事案の概要】
Xは、「化粧品」だと言われて「ある物」を日本に運ぶよう依頼された。Xは、それを腹巻きの下に隠して日本国内に持ち込み、ホテルの客室で所持した。しかし、それは実は覚せい剤であった。
第1審は、Xには「ある物」が「覚せい剤」であるとの明確な認識がなかったとしても、少なくとも日本に持ち込むことが禁止されている「違法な薬物」であると認識していたのであるから、覚せい剤の輸入、その所持の故意の成立に欠けるところはないと判断した。
弁護人は、覚せい剤の輸入罪とその所持罪は、故意犯であり、それらの罪が成立するためには、客観的に覚せい剤の輸入および所持が行われたという事実だけでなく、輸入・所持にかかる対象物が覚せい剤であるとの認識が必要であって、「違法な薬物」であるとの認識だけでは、故意として不十分であると主張して控訴した。控訴審は、覚せい剤の輸入罪および所持罪の成立には、対象物が覚せい剤であるとの「確定的な認識」までは必要ではなく、規制対象となっている違法有害な薬物の一種であると認識し、その薬物が何であるのかが決し難い場合であっても、そような概括的な認識のなかに覚せい剤が含まれており、その認識・予見の対象のなかから、覚せい剤が除外される特段の理由がない場合には、覚せい剤輸入・所持の故意が認められると判断した。
これに対して、弁護人が上告した。
【争点】
故意の犯罪の成立には、客観的に犯罪の構成要件に該当する違法な行為が行われたという事実だけでなく、さらに行為者がその行為を認識または予見しながら行ったという事実が必要である。
殺人罪についていえば、行為者が生命侵害の危険のある行為を行い、それによって相手の生命を侵害したという事実だけでなく、行為者が危険な行為を行おうとして、相手方が生きた人であるということを認識し、その行為から生命侵害が発生することを予見していることが必要である。
覚せい剤の輸入・所持についえば、覚せい剤を日本国内に持ち込み、ホテルでそれを所持していたという事実だけんでなく、輸入・所持の対象物が覚せい剤であることを認識していなければならない(はずれある)。しかし、行為が向けられている相手方が「人」であることを認識するのは容易であっても、輸入と所持の対象物が「覚せい剤」であることを認識するのは容易ではない。
Xが、Aから「日本に住む友人に渡してほしい」と言われ、「中身は何ですか」と聞くと、Aは「化粧品です」と答えた。中身を確認すると、化粧水だったので、預かって日本に持ち込んだ。このような場合は、輸入・所持にかかる対象物は化粧水であると認識し、そこから覚せい剤が除外されているといえる。
しかし、中身を見ると、薬品だった。この時点で、行為者は、「規制対象となっている違法有害な薬物の一種であると認識し、その薬物が何であるのかが決し難い場合であっても、そような概括的な認識のなかに覚せい剤が含まれており、その認識・予見の対象のなかから、覚せい剤が除外される特段の理由がない場合」、覚せい剤輸入・所持の故意が認めらる。
【裁判所の判断】
原判決の判断によれば、被告人は、本件物件を密輸入して所持した際、覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類であるとの認識があったというのであるから、覚せい剤かもしれないし、その他の身体に有害で違法な薬物かもしれないとの認識はあったことに帰することになる。そうすると、覚せい剤輸入罪、同所持罪の故意に欠けるところはないから、これと同旨と解される原判決の判断は、妥当である。
【解説】
刑法38条1項には、「罪を犯す意思のない行為は、罰しない」とある。「罪を犯す意思」を故意、または犯意という。この故意がなく、行為を行なった場合、故意犯の処罰規定を適用することはできない。ただし、過失犯の処罰規定があり、行為者に過失が認められる場合には、過失犯が成立する。
故意が成立するためには、行為者に事実の認識が必要である。覚せい剤の所持罪の故意が成立するためには、所持をしている物が「覚せい剤」であることの認識が必要である。ただし、「覚せい剤」という化学薬物は、その形状や臭い、色などから簡単に識別できるものではない。従って、所持している物が覚せい剤であるにもかかわらず、それが覚せい剤であることを認識していないこともある(確定的な故意がない場合)。このような場合、覚せい剤所持の故意(確定的故意)は否定される。
しかし、そのように確定的な故意が認められない場合でも、行為者が「身体に有害で違法な薬物類」ではなかろうかと認識していることもあろう。その「違法な薬物類」の認識なかに、「覚せい剤」が含まれることは十分にありうる。行為者がこのようなな内容を認識している場合には、確定的な故意ではなくても、概括的な故意を認めることができよう。所持の対象が「覚せい剤である」とことを認識している場合を「確定的故意」、「覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類」であることを認識している場合を「概括的故意」という。概括的故意とは、行為者が認識している事柄の幅が広く、その中に「A薬物」、「B薬物」など様々なものが含まれ、「覚せい剤」がそこから除外されずに含まれている場合のことである。認識いずれも、「罪を犯す意思」(刑38①)である。
041未必の故意(最三判昭和23・3・16刑集2巻3号227頁)
【事案の概要】
被告人Xは、某日、某所のA方において、Bから他人が窃取した衣類を3万5千円で買い受け、某日、同じくA方において、Bから、他人が窃取した衣類を1万3千円で買い受けた。この行為が盗品有償譲り受けの罪(贓物故買罪)に問われた。
原審は、盗品有償譲受けの罪の成立を認めたが、被告人は、買い受けた時には、衣類が盗品(贓物)であることは知らなかった、したがって盗品有償譲り受けの罪の故意はなかったと主張して上告した。
【争点】
盗品有償譲り受けの罪は、盗品を有償で譲り受けている(購入している)とい客観的な事実だけでなく、その対象物が盗品であることを知りながら、有償で譲り受けているという認識が必要である。
しかし、ある物を手にしたとき、それが「盗品」であることをどのようにして認識できるのか。それは容易ではない。最高裁は、盗品有償譲り受けの罪の事案に関して、行為者は盗品であることの確定的な認識はなかったが、「もしかすると盗品ではいだろうか」という、確定的故意の一歩手前の故意、すなわち「未必の故意」(みひつのこい)を認めた(未だ必ずしも故意〔確定的故意〕ならず。しかし、未必の故意ゆえに、38条1項の「罪を犯す意思」を認定できる)。
【裁判所の判断】
贓物故買罪は、贓物であることを知りながら、これを買い受けることによって成立するものであるが、その故意が成立するためには、必ずしも買い受けるべき物が贓物であることを確定的に知っていることを必要としない。あるいは贓物であるかもしれないと思いながら、しかも敢えてこれを買い受ける意思(いわゆる未必の故意)があれば足りるものと解すべきである。ゆえに、たとえ買い受け人が売り渡し人から、贓物であることを明らかに告げられた事実がなくても、いやしくも買い受け物品の性質、数量、売り渡し人の属性、態度など諸般の事情から「あるいは贓物ではないか」との疑いを持ちながら、これを買い受けた事実が認められれば、贓物故買罪が成立するものと見て差し支えない。
*贓物(ぞうぶつ)とは、刑法の現代用語化改正前の条文の文言であり、現在では「盗品」に改められた。
【解説】
盗品を買い取る行為を「盗品の有償による譲り受け」とい、刑法256条2項の犯罪にあたる。この罪の故意が成立するためには、有償によって譲り受ける物が「盗品」(窃盗罪やその他の財産犯によって得られた財物」であることの認識が必要である。その認識がなく買受けた場合、客観的には盗品有償譲受の行為が行なわれていても、その故意は認められない。
しかし、財物に「盗品」と書かれてあるわけではないので、それが盗品であることは、一見して分からない。とはいえ、当該物品の性質、数量、売り渡し人の属性、態度など諸般の事情から「盗品ではなかろうか」との疑いを抱くことができる場合もある。「盗品」であるとの確定的な認識はなくても、「もしかすると盗品ではないだろうか」との認識を持ち得る場合がある。このような認識を持ちながら、それを買受けた場合、そのような認識は、買うべきではないという反対動機を押さえて、「あえて買い受けた」と評価することができる。それゆえ、盗品を有償で譲り受けた罪の故意を認めることができる。
【41】の事案は、「概括的故意」に関するものであった。概括的故意とは、行為者の認識内容の幅が広く、その中には「A薬物」、「B薬物」、「C薬物」など様々な含まれ、そこから「覚せい剤」を排除する特別の事情がなかった場合の認識である。かりに本件の事案においても、有償で譲り受ける物のなかに、「くつ」、「カバン」、「帽子」などがあり、そのなかに「盗品の衣類」が含まれていることが除外できなかったのであれば、盗品有償譲り受けの罪の「概括的故意」があったと認められる。
しかし、本件は、有償で譲り受けようとしている対象物が「衣類」であることを認識していただけで、盗品であるとの確定的な認識はなかった。従って、概括的故意が問題になる事案ではなかった・ただし、「もしかしたら盗品かもしれない」という認識はあったので、「未必の故意」の成否が問題になった。未必の故意が成立するためには、「もしかしたら盗品かもしれない」ことに気づき、購入してはいけないという反対動機が形成されたにもかかわらず、「あえて購入することを決意した」と評価できるような認識が行為者のところで必要である。
042法定的符合説(1)――故意の個数(最三判昭和53・7・28刑集32巻5強1068頁)
【事案の概要】
被告人Xは、巡査Aからけん銃を強取しようと決意し、「建設用びょう打ち銃」を改造した「手製装薬銃」を構え、Aの背後約1メートルのところから同人の右肩部付近をねらって、びょうを1本発射した。発射されたびょうは、Aに命中し重傷を負わせ、さらにその身体を貫徹した。そして、たまたま約30メートル前方にいたBにも命中して、同人にも重傷を負わせた。
原判決は、行為時において被告人が認識していた事実の内容をを検討し、Aに対する殺意はあったものの、Bに対する殺意はなかったが、この事実認定を基礎にして、Aだけでなく、Bに対しても強盗殺人未遂罪の成立を認めた(1個の行為でAとBに対する2罪が成立。罪数関係は刑法54条1項前段の観念的競合)。
これに対して弁護人は、強盗殺人未遂罪が成立するのは、財物奪取を目的とした殺意のあるときだけであるとした最高裁判例を引用し、原判決がBに対する殺意を否定したにもかかわらず、Bに対する強盗殺人未遂罪の成立を認めたのは、判例違反であると主張した。
【争点】
Aを殺すつもりで、AだけでなくBも巻き沿いにした場合、Aだけでなく、Bにも殺意があったといえるのか。
【裁判所の判断】
「犯罪の故意」が成立するためには、「罪となるべき事実の認識」を必要とする。「犯人が認識した罪となるべき事実」と「現に発生した罪となるべき事実」が食い違う場合、それが「具体的に一致すること」は必ずしも必要ではない。両者が「法定の範囲内において一致すること」をもって足りるものと解すべきである……から、「人を殺す意思」のもとに殺害行為に出た以上、犯人の認識した人(A)だけでなく、認識しなかった人(B)に対しても、その結果が発生した場合、Aだけでなく、Bのところで発生した結果についても、殺人の故意があったということができる。
【解説】
行為者によって認識されていた犯罪と、実際に行なわれた犯罪との間に食い違が生ずる場合がある。これを錯誤という。例えば、Xが計画していたのがA殺害であったが、実際に行なわれたのはB殺害罪であった。このように同一の構成要件の枠内で錯誤が生じている場合を「具体的事実の錯誤」といい、B殺害の故意の成否が問題になる。また、Xが計画していたのがA殺害であったが、実際に行なわれたのはAの犬の殺害(器物損壊罪)であった。このように錯誤が異なる構成要件にまたがっている場合を「抽象的事実の錯誤」といい、器物損壊罪の故意の成否が問題になる。
Xは、Aを殺害して、けん銃を奪う目的でAに重傷を負わせ、通行人Bをも重傷を負わせた。このような錯誤の類型を「具体的事実の錯誤」における「方法の錯誤」という。この事案では、Aに対して強盗殺人を行なおうとして、それが未遂に終わっているので、この部分の食い違い・錯誤は重要ではなく、Aに対して強盗殺人未遂罪が成立することは明らかである。問題は、Bに重傷を負わせた点である。XはBに対して強盗殺人を行おうとはしていなかったので、この部分の食い違い・錯誤がBに対する強盗殺人罪の故意の成立に影響を及ぼす。
具体的事実の錯誤における方法の錯誤に関しては、通説・判例は「法定的符合説」を採用している。その説明を分かり易くするために、A・Bともに死亡した場合を想定すると、Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Aに対する強盗殺人」と「Bに対する強盗殺人」である。、「Aに対する強盗殺人」については錯誤は生じていないが、「Bに対する強盗殺人」については錯誤が生じているので、この錯誤が「B強盗殺人」の故意の成立を否定するかどうかが問題になる。法定的符合説によると、Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Bに対する強盗殺人」であるが、主観的に認識された事実と客観的に発生した事実は、ともに「人に対する強盗殺人」という法的評価(構成要件的評価)を受けるので、食い違いはない(これを構成要件の重なり合い、または符合と表現している)。したがって、XはBに対しても強盗殺人について故意が認められることになる。つまり、XはAという「人に対して強盗殺人を行なう認識」から、Bという「人に対して強盗殺人を行なった」ので、Bに対する強盗殺人の故意を認めることができる。
これに対して、具体的符合説という反対説は、Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Bに対する強盗殺人」であり、このAとBは、法的評価(構成要件的評価)以前に、事実のレベルで食い違いが生じているので、Aに対する強盗殺人の故意は認められても、Bに対する強盗殺人の故意は認められないと主張する。従って、Bに対しては強盗殺人の故意はなく、せいぜい過失が問題になり、過失致死罪が成立するだけである(過失強盗や過失窃盗は不処罰)。
本件の事案では、A・Bともに強盗殺人未遂に終わった。Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Aに対する強盗殺人未遂」と「Bに対する強盗殺人未遂」であった。このような錯誤は、故意の成立に影響を及ぼさない。
故意の個数の問題について、最後に説明しておく。
1回または1個の意思決定によって行なわれる行為は、1回または1個だけである。しかし、行為客体が複数存在する場合(本件ではAとB)、1個の行為が複数の客体に侵害的な影響を与えることがある。このような場合、1個の故意は1個の行為客体にしか及ばないのか、それとも複数の行為客体に及ぶのか。これは故意の個数の問題である。
通説・判例の法定的符合説は、基本的に、1個の故意の行為によって、複数の故意犯が成立することを認める。これを数故意犯説という。
043法定的符合説(2)――符合の限界(最一昭和61・6・9刑集40巻4号269頁)
【事実の概要】
被告人Xは、法定の除外事由がないのに、覚せい剤を含有する粉末0.044グラムを、麻薬であるコカインと誤認して、所持した(本件当時、コカインを含む麻薬の所持は7年以下の懲役、覚せい剤の所持は10年以下の懲役が科された)。
第1審は、とくに説明を加えることなく、麻薬所持罪の成立を認め(これと併合罪の関係にある他の犯罪事実を合わせて)、Xに懲役2年を言い渡した。
弁護人が量刑不当を理由に控訴したが、原審は棄却した。これに対して、弁護人が上告した。
【争点】
コカインは「麻薬」の一種であり、麻薬取締法の規制対象である。覚せい剤は覚せい剤取り締まり法の規制対象である。それぞれ個別の法律によって規制されている。したがって、覚せい剤所持に対して麻薬取締法を適用することはできないし、麻薬所持に対して覚せい剤取締法を適用することもできない。
では、行為者は覚せい剤を所持していたが、それを「麻薬」と誤信していた場合、どの法律が適用されるのか。麻薬であると認識しながら、覚せい剤を所持した。この覚せい剤所持の事実に対して、どの法律を適用すべきか。
【裁判所の判断】
被告人は、麻薬であると誤認して、覚せい剤を所持したというのであるから、麻薬所持を犯す意思で、覚せい剤所持にあたる事実を実現したことになる。
両罪は、その目的物が麻薬か、覚せい剤かの差異があるため、覚せい剤の所持罪には10年以下の懲役、麻薬の所持罪には7年以下の懲役が科されている。行為客体が異なるだけで、それ以外の構成要件要素(所持という実行行為)は同一である。
確かに、麻薬と覚せい剤とは同一ではないが、それには類似性がある。この点に鑑みると、二つの罪の構成要件は、軽い前者の罪(麻薬所持罪)の限度において、実質的に重なり合っているものと解するのが相当である。つまり、重い覚せい剤所持罪のなかに、軽い麻薬所持罪が含まれていると理解できる。
被告人は、所持にかかる薬物が覚せい剤であるという認識はなかった。重い罪となるべき事実の認識はなかった。したがって、刑法38条2項により、重い覚せい剤所持罪で処罰することはできない。しかし、覚せい剤所持罪と麻薬所持罪とは、軽い罪の麻薬所持罪の範囲で重なっているので、軽い罪の故意ならば認められる。軽い麻薬所持罪の故意が成立し、同罪が成立するものと解すべきである。
【解説】
行為者が認識・予見した事実と客観的に生じた事実との間の食い違いを錯誤といい、故意が成立するかどうか、成立する場合、どのような事実について故意が成立するのかが問題となる。XがAを殺害しようとして、Bを殺害したような殺人罪という同一の構成要件の枠内において生じた錯誤を「具体的事実の錯誤」といい、XがA罪を行なおうとして、B罪を行なったような構成要件にまたがっている錯誤を「抽象的事実の錯誤」という。本件は、Xは麻薬所持罪の事実を実現しようとして、覚せい剤所持罪の事実を実現した「抽象的事実の錯誤」である。
このような錯誤について、通説・判例は「法定的符合説」の立場から、構成要件の重なる部分について故意の成立を認める。つまり、主観的に実現しようとしていた「A罪の構成要件」と客観的に実現した「B罪の構成要件」を比較検討し、A罪の部分について重なる場合、A罪の故意を認める。本件の場合、主観的に実現しようとした罪は麻薬所持罪(軽い罪)であったが、客観的に実現したのは覚せい剤所持罪(重い罪)であったが、刑法38条2項では、重い罪である覚せい剤所持罪の故意があたっとして処罰することはできない。では、軽い罪の麻薬所持罪の故意があったといえるか。麻薬所持罪の部分について、構成要件の重なりを認めることができれば、麻薬所持罪の故意を認めることができる。では、その重なり合いの有無はどのようにして判断するのか。
両罪の行為客体は麻薬と覚せい剤で異なるが、行為態様は「所持」なので、基本的に同じである。また、犯罪の保護法益としても、有害な薬物から人の健康を守るという点において共通している。さらには、麻薬も覚せい剤も、その取引によって暴力団の資金源となり、警察の総力を挙げて、撲滅キャンペーンが展開されている点でも共通している。このような意味において、麻薬所持罪と覚せい剤所持罪は、行為客体は異なるが、行為態様が共通し、、また保護法益も共通しているので、犯罪としての違法性(不法性)が共通している。しかも、その罪に対する責任の重大性(有責性)も共通している。判例は、このような点を重視して、麻薬所持と覚せい剤所持について、麻薬所持の範囲で構成要件の重なりを認めている。
抽象的事実の錯誤は、異なる構成要件に錯誤がまたがっている場合の錯誤なので、構成要件の重なりがまったくない場合もあれば、部分的に重なる場合もある。どのような犯罪であれば、構成要件の重なり合いが認められるのかは、具体的な事例を検討することによって明らかにされる。Aへの殺人罪(重い罪)と熊への器物損壊罪。また、Aの占有する財物の窃取(窃盗罪)とAの占有から離脱した財物の横領(占有離脱物横領罪)など。
015因果関係の錯誤(大審院第ニ刑事部判決大正12・4・30刑集2巻378頁)
【事実の概要】
被告人XはAを殺害するために、ひもで首を絞め、身体が動かなくなったので死亡したものと誤信した。その後、行為が発覚するのを防ぐため、Aの身体を海岸まで運び放置した。Aは海岸の砂を吸引して、死亡した。(第1行為=故意行為→時間的・場所的に近接した関係において→第2行為=過失行為)
【裁判所の判断】
殺人目的で行なった行為の後、Aが死亡したものと誤信して、海岸に運んだのであるから、このような行為をしなかったならばAは砂を吸引して死亡することはなかった。これを社会生活上の普通の観念に照らして考えれば、殺人目的に基づく行為とAの死亡との間には因果関係があると判断するのが正当である。Xは死体遺棄の目的でAを海岸まで運んでいるが、それによって因果関係が遮断されるものではない。
【解説】
この事案の特徴は、Xが行なったのは第1行為(それ自体は殺人未遂)と第2行為(それ自体は遺棄致死=致死部分については故意はなく過失)ではなく、全体として殺人既遂の行為であると認定したところにある。第1行為の開始後、Aの死亡が発生するまでの間に第2行為が介在しても、それによって第1行為の因果関係が遮断されるのではないと判断した。
行為者が殺人や傷害の目的で被害者に暴行を加え、その犯行を隠すために、身体が動かなくなった被害者を地中に埋めたり、川に沈めたりすることは、突飛な行為ではない。気が動転し、あせりなどから、被害者が死亡したことを確認せずに、そのような行為を行なうことは十分に考えられ、ありうる行為なので、被害者がまだ生きているにもかかわらず、死んでいると誤信したとしても、第1行為と第2行為は、時間的・場所的な接着性を考慮に入れるならば、2個の行為ではなく、一連・一体の行為として捉えることができる。
Xの行為を一連・一体の1個の行為として捉えた場合、Xが認識・予見した事態と実際に生じた事態との間には食い違いがある。XはAを殺害することを目的とし、それを遂げたことに違いはないが、それにいたる因果の経過に食い違い、認識のズレがある。これを因果関係の錯誤という。このような錯誤があることによって、Xの故意が否定されるわけではない。
【事案の概要】
Xは、「化粧品」だと言われて「ある物」を日本に運ぶよう依頼された。Xは、それを腹巻きの下に隠して日本国内に持ち込み、ホテルの客室で所持した。しかし、それは実は覚せい剤であった。
第1審は、Xには「ある物」が「覚せい剤」であるとの明確な認識がなかったとしても、少なくとも日本に持ち込むことが禁止されている「違法な薬物」であると認識していたのであるから、覚せい剤の輸入、その所持の故意の成立に欠けるところはないと判断した。
弁護人は、覚せい剤の輸入罪とその所持罪は、故意犯であり、それらの罪が成立するためには、客観的に覚せい剤の輸入および所持が行われたという事実だけでなく、輸入・所持にかかる対象物が覚せい剤であるとの認識が必要であって、「違法な薬物」であるとの認識だけでは、故意として不十分であると主張して控訴した。控訴審は、覚せい剤の輸入罪および所持罪の成立には、対象物が覚せい剤であるとの「確定的な認識」までは必要ではなく、規制対象となっている違法有害な薬物の一種であると認識し、その薬物が何であるのかが決し難い場合であっても、そような概括的な認識のなかに覚せい剤が含まれており、その認識・予見の対象のなかから、覚せい剤が除外される特段の理由がない場合には、覚せい剤輸入・所持の故意が認められると判断した。
これに対して、弁護人が上告した。
【争点】
故意の犯罪の成立には、客観的に犯罪の構成要件に該当する違法な行為が行われたという事実だけでなく、さらに行為者がその行為を認識または予見しながら行ったという事実が必要である。
殺人罪についていえば、行為者が生命侵害の危険のある行為を行い、それによって相手の生命を侵害したという事実だけでなく、行為者が危険な行為を行おうとして、相手方が生きた人であるということを認識し、その行為から生命侵害が発生することを予見していることが必要である。
覚せい剤の輸入・所持についえば、覚せい剤を日本国内に持ち込み、ホテルでそれを所持していたという事実だけんでなく、輸入・所持の対象物が覚せい剤であることを認識していなければならない(はずれある)。しかし、行為が向けられている相手方が「人」であることを認識するのは容易であっても、輸入と所持の対象物が「覚せい剤」であることを認識するのは容易ではない。
Xが、Aから「日本に住む友人に渡してほしい」と言われ、「中身は何ですか」と聞くと、Aは「化粧品です」と答えた。中身を確認すると、化粧水だったので、預かって日本に持ち込んだ。このような場合は、輸入・所持にかかる対象物は化粧水であると認識し、そこから覚せい剤が除外されているといえる。
しかし、中身を見ると、薬品だった。この時点で、行為者は、「規制対象となっている違法有害な薬物の一種であると認識し、その薬物が何であるのかが決し難い場合であっても、そような概括的な認識のなかに覚せい剤が含まれており、その認識・予見の対象のなかから、覚せい剤が除外される特段の理由がない場合」、覚せい剤輸入・所持の故意が認めらる。
【裁判所の判断】
原判決の判断によれば、被告人は、本件物件を密輸入して所持した際、覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類であるとの認識があったというのであるから、覚せい剤かもしれないし、その他の身体に有害で違法な薬物かもしれないとの認識はあったことに帰することになる。そうすると、覚せい剤輸入罪、同所持罪の故意に欠けるところはないから、これと同旨と解される原判決の判断は、妥当である。
【解説】
刑法38条1項には、「罪を犯す意思のない行為は、罰しない」とある。「罪を犯す意思」を故意、または犯意という。この故意がなく、行為を行なった場合、故意犯の処罰規定を適用することはできない。ただし、過失犯の処罰規定があり、行為者に過失が認められる場合には、過失犯が成立する。
故意が成立するためには、行為者に事実の認識が必要である。覚せい剤の所持罪の故意が成立するためには、所持をしている物が「覚せい剤」であることの認識が必要である。ただし、「覚せい剤」という化学薬物は、その形状や臭い、色などから簡単に識別できるものではない。従って、所持している物が覚せい剤であるにもかかわらず、それが覚せい剤であることを認識していないこともある(確定的な故意がない場合)。このような場合、覚せい剤所持の故意(確定的故意)は否定される。
しかし、そのように確定的な故意が認められない場合でも、行為者が「身体に有害で違法な薬物類」ではなかろうかと認識していることもあろう。その「違法な薬物類」の認識なかに、「覚せい剤」が含まれることは十分にありうる。行為者がこのようなな内容を認識している場合には、確定的な故意ではなくても、概括的な故意を認めることができよう。所持の対象が「覚せい剤である」とことを認識している場合を「確定的故意」、「覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類」であることを認識している場合を「概括的故意」という。概括的故意とは、行為者が認識している事柄の幅が広く、その中に「A薬物」、「B薬物」など様々なものが含まれ、「覚せい剤」がそこから除外されずに含まれている場合のことである。認識いずれも、「罪を犯す意思」(刑38①)である。
041未必の故意(最三判昭和23・3・16刑集2巻3号227頁)
【事案の概要】
被告人Xは、某日、某所のA方において、Bから他人が窃取した衣類を3万5千円で買い受け、某日、同じくA方において、Bから、他人が窃取した衣類を1万3千円で買い受けた。この行為が盗品有償譲り受けの罪(贓物故買罪)に問われた。
原審は、盗品有償譲受けの罪の成立を認めたが、被告人は、買い受けた時には、衣類が盗品(贓物)であることは知らなかった、したがって盗品有償譲り受けの罪の故意はなかったと主張して上告した。
【争点】
盗品有償譲り受けの罪は、盗品を有償で譲り受けている(購入している)とい客観的な事実だけでなく、その対象物が盗品であることを知りながら、有償で譲り受けているという認識が必要である。
しかし、ある物を手にしたとき、それが「盗品」であることをどのようにして認識できるのか。それは容易ではない。最高裁は、盗品有償譲り受けの罪の事案に関して、行為者は盗品であることの確定的な認識はなかったが、「もしかすると盗品ではいだろうか」という、確定的故意の一歩手前の故意、すなわち「未必の故意」(みひつのこい)を認めた(未だ必ずしも故意〔確定的故意〕ならず。しかし、未必の故意ゆえに、38条1項の「罪を犯す意思」を認定できる)。
【裁判所の判断】
贓物故買罪は、贓物であることを知りながら、これを買い受けることによって成立するものであるが、その故意が成立するためには、必ずしも買い受けるべき物が贓物であることを確定的に知っていることを必要としない。あるいは贓物であるかもしれないと思いながら、しかも敢えてこれを買い受ける意思(いわゆる未必の故意)があれば足りるものと解すべきである。ゆえに、たとえ買い受け人が売り渡し人から、贓物であることを明らかに告げられた事実がなくても、いやしくも買い受け物品の性質、数量、売り渡し人の属性、態度など諸般の事情から「あるいは贓物ではないか」との疑いを持ちながら、これを買い受けた事実が認められれば、贓物故買罪が成立するものと見て差し支えない。
*贓物(ぞうぶつ)とは、刑法の現代用語化改正前の条文の文言であり、現在では「盗品」に改められた。
【解説】
盗品を買い取る行為を「盗品の有償による譲り受け」とい、刑法256条2項の犯罪にあたる。この罪の故意が成立するためには、有償によって譲り受ける物が「盗品」(窃盗罪やその他の財産犯によって得られた財物」であることの認識が必要である。その認識がなく買受けた場合、客観的には盗品有償譲受の行為が行なわれていても、その故意は認められない。
しかし、財物に「盗品」と書かれてあるわけではないので、それが盗品であることは、一見して分からない。とはいえ、当該物品の性質、数量、売り渡し人の属性、態度など諸般の事情から「盗品ではなかろうか」との疑いを抱くことができる場合もある。「盗品」であるとの確定的な認識はなくても、「もしかすると盗品ではないだろうか」との認識を持ち得る場合がある。このような認識を持ちながら、それを買受けた場合、そのような認識は、買うべきではないという反対動機を押さえて、「あえて買い受けた」と評価することができる。それゆえ、盗品を有償で譲り受けた罪の故意を認めることができる。
【41】の事案は、「概括的故意」に関するものであった。概括的故意とは、行為者の認識内容の幅が広く、その中には「A薬物」、「B薬物」、「C薬物」など様々な含まれ、そこから「覚せい剤」を排除する特別の事情がなかった場合の認識である。かりに本件の事案においても、有償で譲り受ける物のなかに、「くつ」、「カバン」、「帽子」などがあり、そのなかに「盗品の衣類」が含まれていることが除外できなかったのであれば、盗品有償譲り受けの罪の「概括的故意」があったと認められる。
しかし、本件は、有償で譲り受けようとしている対象物が「衣類」であることを認識していただけで、盗品であるとの確定的な認識はなかった。従って、概括的故意が問題になる事案ではなかった・ただし、「もしかしたら盗品かもしれない」という認識はあったので、「未必の故意」の成否が問題になった。未必の故意が成立するためには、「もしかしたら盗品かもしれない」ことに気づき、購入してはいけないという反対動機が形成されたにもかかわらず、「あえて購入することを決意した」と評価できるような認識が行為者のところで必要である。
042法定的符合説(1)――故意の個数(最三判昭和53・7・28刑集32巻5強1068頁)
【事案の概要】
被告人Xは、巡査Aからけん銃を強取しようと決意し、「建設用びょう打ち銃」を改造した「手製装薬銃」を構え、Aの背後約1メートルのところから同人の右肩部付近をねらって、びょうを1本発射した。発射されたびょうは、Aに命中し重傷を負わせ、さらにその身体を貫徹した。そして、たまたま約30メートル前方にいたBにも命中して、同人にも重傷を負わせた。
原判決は、行為時において被告人が認識していた事実の内容をを検討し、Aに対する殺意はあったものの、Bに対する殺意はなかったが、この事実認定を基礎にして、Aだけでなく、Bに対しても強盗殺人未遂罪の成立を認めた(1個の行為でAとBに対する2罪が成立。罪数関係は刑法54条1項前段の観念的競合)。
これに対して弁護人は、強盗殺人未遂罪が成立するのは、財物奪取を目的とした殺意のあるときだけであるとした最高裁判例を引用し、原判決がBに対する殺意を否定したにもかかわらず、Bに対する強盗殺人未遂罪の成立を認めたのは、判例違反であると主張した。
【争点】
Aを殺すつもりで、AだけでなくBも巻き沿いにした場合、Aだけでなく、Bにも殺意があったといえるのか。
【裁判所の判断】
「犯罪の故意」が成立するためには、「罪となるべき事実の認識」を必要とする。「犯人が認識した罪となるべき事実」と「現に発生した罪となるべき事実」が食い違う場合、それが「具体的に一致すること」は必ずしも必要ではない。両者が「法定の範囲内において一致すること」をもって足りるものと解すべきである……から、「人を殺す意思」のもとに殺害行為に出た以上、犯人の認識した人(A)だけでなく、認識しなかった人(B)に対しても、その結果が発生した場合、Aだけでなく、Bのところで発生した結果についても、殺人の故意があったということができる。
【解説】
行為者によって認識されていた犯罪と、実際に行なわれた犯罪との間に食い違が生ずる場合がある。これを錯誤という。例えば、Xが計画していたのがA殺害であったが、実際に行なわれたのはB殺害罪であった。このように同一の構成要件の枠内で錯誤が生じている場合を「具体的事実の錯誤」といい、B殺害の故意の成否が問題になる。また、Xが計画していたのがA殺害であったが、実際に行なわれたのはAの犬の殺害(器物損壊罪)であった。このように錯誤が異なる構成要件にまたがっている場合を「抽象的事実の錯誤」といい、器物損壊罪の故意の成否が問題になる。
Xは、Aを殺害して、けん銃を奪う目的でAに重傷を負わせ、通行人Bをも重傷を負わせた。このような錯誤の類型を「具体的事実の錯誤」における「方法の錯誤」という。この事案では、Aに対して強盗殺人を行なおうとして、それが未遂に終わっているので、この部分の食い違い・錯誤は重要ではなく、Aに対して強盗殺人未遂罪が成立することは明らかである。問題は、Bに重傷を負わせた点である。XはBに対して強盗殺人を行おうとはしていなかったので、この部分の食い違い・錯誤がBに対する強盗殺人罪の故意の成立に影響を及ぼす。
具体的事実の錯誤における方法の錯誤に関しては、通説・判例は「法定的符合説」を採用している。その説明を分かり易くするために、A・Bともに死亡した場合を想定すると、Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Aに対する強盗殺人」と「Bに対する強盗殺人」である。、「Aに対する強盗殺人」については錯誤は生じていないが、「Bに対する強盗殺人」については錯誤が生じているので、この錯誤が「B強盗殺人」の故意の成立を否定するかどうかが問題になる。法定的符合説によると、Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Bに対する強盗殺人」であるが、主観的に認識された事実と客観的に発生した事実は、ともに「人に対する強盗殺人」という法的評価(構成要件的評価)を受けるので、食い違いはない(これを構成要件の重なり合い、または符合と表現している)。したがって、XはBに対しても強盗殺人について故意が認められることになる。つまり、XはAという「人に対して強盗殺人を行なう認識」から、Bという「人に対して強盗殺人を行なった」ので、Bに対する強盗殺人の故意を認めることができる。
これに対して、具体的符合説という反対説は、Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Bに対する強盗殺人」であり、このAとBは、法的評価(構成要件的評価)以前に、事実のレベルで食い違いが生じているので、Aに対する強盗殺人の故意は認められても、Bに対する強盗殺人の故意は認められないと主張する。従って、Bに対しては強盗殺人の故意はなく、せいぜい過失が問題になり、過失致死罪が成立するだけである(過失強盗や過失窃盗は不処罰)。
本件の事案では、A・Bともに強盗殺人未遂に終わった。Xが認識・予見した事実は「Aに対する強盗殺人」であり、実際に生じた事実は「Aに対する強盗殺人未遂」と「Bに対する強盗殺人未遂」であった。このような錯誤は、故意の成立に影響を及ぼさない。
故意の個数の問題について、最後に説明しておく。
1回または1個の意思決定によって行なわれる行為は、1回または1個だけである。しかし、行為客体が複数存在する場合(本件ではAとB)、1個の行為が複数の客体に侵害的な影響を与えることがある。このような場合、1個の故意は1個の行為客体にしか及ばないのか、それとも複数の行為客体に及ぶのか。これは故意の個数の問題である。
通説・判例の法定的符合説は、基本的に、1個の故意の行為によって、複数の故意犯が成立することを認める。これを数故意犯説という。
043法定的符合説(2)――符合の限界(最一昭和61・6・9刑集40巻4号269頁)
【事実の概要】
被告人Xは、法定の除外事由がないのに、覚せい剤を含有する粉末0.044グラムを、麻薬であるコカインと誤認して、所持した(本件当時、コカインを含む麻薬の所持は7年以下の懲役、覚せい剤の所持は10年以下の懲役が科された)。
第1審は、とくに説明を加えることなく、麻薬所持罪の成立を認め(これと併合罪の関係にある他の犯罪事実を合わせて)、Xに懲役2年を言い渡した。
弁護人が量刑不当を理由に控訴したが、原審は棄却した。これに対して、弁護人が上告した。
【争点】
コカインは「麻薬」の一種であり、麻薬取締法の規制対象である。覚せい剤は覚せい剤取り締まり法の規制対象である。それぞれ個別の法律によって規制されている。したがって、覚せい剤所持に対して麻薬取締法を適用することはできないし、麻薬所持に対して覚せい剤取締法を適用することもできない。
では、行為者は覚せい剤を所持していたが、それを「麻薬」と誤信していた場合、どの法律が適用されるのか。麻薬であると認識しながら、覚せい剤を所持した。この覚せい剤所持の事実に対して、どの法律を適用すべきか。
【裁判所の判断】
被告人は、麻薬であると誤認して、覚せい剤を所持したというのであるから、麻薬所持を犯す意思で、覚せい剤所持にあたる事実を実現したことになる。
両罪は、その目的物が麻薬か、覚せい剤かの差異があるため、覚せい剤の所持罪には10年以下の懲役、麻薬の所持罪には7年以下の懲役が科されている。行為客体が異なるだけで、それ以外の構成要件要素(所持という実行行為)は同一である。
確かに、麻薬と覚せい剤とは同一ではないが、それには類似性がある。この点に鑑みると、二つの罪の構成要件は、軽い前者の罪(麻薬所持罪)の限度において、実質的に重なり合っているものと解するのが相当である。つまり、重い覚せい剤所持罪のなかに、軽い麻薬所持罪が含まれていると理解できる。
被告人は、所持にかかる薬物が覚せい剤であるという認識はなかった。重い罪となるべき事実の認識はなかった。したがって、刑法38条2項により、重い覚せい剤所持罪で処罰することはできない。しかし、覚せい剤所持罪と麻薬所持罪とは、軽い罪の麻薬所持罪の範囲で重なっているので、軽い罪の故意ならば認められる。軽い麻薬所持罪の故意が成立し、同罪が成立するものと解すべきである。
【解説】
行為者が認識・予見した事実と客観的に生じた事実との間の食い違いを錯誤といい、故意が成立するかどうか、成立する場合、どのような事実について故意が成立するのかが問題となる。XがAを殺害しようとして、Bを殺害したような殺人罪という同一の構成要件の枠内において生じた錯誤を「具体的事実の錯誤」といい、XがA罪を行なおうとして、B罪を行なったような構成要件にまたがっている錯誤を「抽象的事実の錯誤」という。本件は、Xは麻薬所持罪の事実を実現しようとして、覚せい剤所持罪の事実を実現した「抽象的事実の錯誤」である。
このような錯誤について、通説・判例は「法定的符合説」の立場から、構成要件の重なる部分について故意の成立を認める。つまり、主観的に実現しようとしていた「A罪の構成要件」と客観的に実現した「B罪の構成要件」を比較検討し、A罪の部分について重なる場合、A罪の故意を認める。本件の場合、主観的に実現しようとした罪は麻薬所持罪(軽い罪)であったが、客観的に実現したのは覚せい剤所持罪(重い罪)であったが、刑法38条2項では、重い罪である覚せい剤所持罪の故意があたっとして処罰することはできない。では、軽い罪の麻薬所持罪の故意があったといえるか。麻薬所持罪の部分について、構成要件の重なりを認めることができれば、麻薬所持罪の故意を認めることができる。では、その重なり合いの有無はどのようにして判断するのか。
両罪の行為客体は麻薬と覚せい剤で異なるが、行為態様は「所持」なので、基本的に同じである。また、犯罪の保護法益としても、有害な薬物から人の健康を守るという点において共通している。さらには、麻薬も覚せい剤も、その取引によって暴力団の資金源となり、警察の総力を挙げて、撲滅キャンペーンが展開されている点でも共通している。このような意味において、麻薬所持罪と覚せい剤所持罪は、行為客体は異なるが、行為態様が共通し、、また保護法益も共通しているので、犯罪としての違法性(不法性)が共通している。しかも、その罪に対する責任の重大性(有責性)も共通している。判例は、このような点を重視して、麻薬所持と覚せい剤所持について、麻薬所持の範囲で構成要件の重なりを認めている。
抽象的事実の錯誤は、異なる構成要件に錯誤がまたがっている場合の錯誤なので、構成要件の重なりがまったくない場合もあれば、部分的に重なる場合もある。どのような犯罪であれば、構成要件の重なり合いが認められるのかは、具体的な事例を検討することによって明らかにされる。Aへの殺人罪(重い罪)と熊への器物損壊罪。また、Aの占有する財物の窃取(窃盗罪)とAの占有から離脱した財物の横領(占有離脱物横領罪)など。
015因果関係の錯誤(大審院第ニ刑事部判決大正12・4・30刑集2巻378頁)
【事実の概要】
被告人XはAを殺害するために、ひもで首を絞め、身体が動かなくなったので死亡したものと誤信した。その後、行為が発覚するのを防ぐため、Aの身体を海岸まで運び放置した。Aは海岸の砂を吸引して、死亡した。(第1行為=故意行為→時間的・場所的に近接した関係において→第2行為=過失行為)
【裁判所の判断】
殺人目的で行なった行為の後、Aが死亡したものと誤信して、海岸に運んだのであるから、このような行為をしなかったならばAは砂を吸引して死亡することはなかった。これを社会生活上の普通の観念に照らして考えれば、殺人目的に基づく行為とAの死亡との間には因果関係があると判断するのが正当である。Xは死体遺棄の目的でAを海岸まで運んでいるが、それによって因果関係が遮断されるものではない。
【解説】
この事案の特徴は、Xが行なったのは第1行為(それ自体は殺人未遂)と第2行為(それ自体は遺棄致死=致死部分については故意はなく過失)ではなく、全体として殺人既遂の行為であると認定したところにある。第1行為の開始後、Aの死亡が発生するまでの間に第2行為が介在しても、それによって第1行為の因果関係が遮断されるのではないと判断した。
行為者が殺人や傷害の目的で被害者に暴行を加え、その犯行を隠すために、身体が動かなくなった被害者を地中に埋めたり、川に沈めたりすることは、突飛な行為ではない。気が動転し、あせりなどから、被害者が死亡したことを確認せずに、そのような行為を行なうことは十分に考えられ、ありうる行為なので、被害者がまだ生きているにもかかわらず、死んでいると誤信したとしても、第1行為と第2行為は、時間的・場所的な接着性を考慮に入れるならば、2個の行為ではなく、一連・一体の行為として捉えることができる。
Xの行為を一連・一体の1個の行為として捉えた場合、Xが認識・予見した事態と実際に生じた事態との間には食い違いがある。XはAを殺害することを目的とし、それを遂げたことに違いはないが、それにいたる因果の経過に食い違い、認識のズレがある。これを因果関係の錯誤という。このような錯誤があることによって、Xの故意が否定されるわけではない。