Rechtsphilosophie des als ob

かのようにの法哲学

道交法上の救護義務違反の罪の要件の「直ちに」の意義と認定方法

2018-12-10 | 旅行
 道交法上の救護義務違反の罪の要件の「直ちに」の意義と認定方法

 【事実の概要】
被告人は、同乗者と飲酒した後、自動車を走行していたところ、2人組の男がW交差点で青色信号に従って横断していた際、対面信号が赤色にもかかわらず通過したため、2人組の男がタクシーに乗って被告人の車を追いかけてきた。被告人はX交差点の対面信号が赤色であったが、時速80kmで交差点に進入し、横断歩道を右方から左方へ歩く歩行者と衝突し、ボンネットに跳ね上げ、フロントガラスに衝突させた。被告人は走行し続け、その先のX2交差点の手前で信号待ちをしていた車の後方に停車した後、人身事故を惹起したことを認識したが、再発進して、事故交差点Xから300m、X2交差点から150m離れたY地点で停止した(X交差点から数十秒経過)。その後、1分ほどして2人組の男が追いつき、前方に停止した。その際、タクシーの運転手は同乗者が電話しているのを見たが、運転席の被告人は見えなかった(被告人は公判で携帯電話を探していたと供述)。その後、被告人は2人組の男から暴行を受けた。被告人の事故を通報したのはタクシーの運転手であった。
被告人は危険運転致死罪と救護義務違反・報告義務違反の罪で起訴され、原審横浜地裁は危険運転致死罪の成立を認めた。これに検察官が控訴した。
[東京高判平成29・4・12判時2375号219頁(控訴棄却・上告〈上告棄却〉]

 【争点】
 道路交通法の救護義務違反罪の成立要件としての「直ちに」の意義とその認定方法について。

 【裁判所の判断】
 検察官は、被告人がX2交差点で信号待ちをした時点で人身事故起こしたことを認識したにもかかわらず、そこから車両を発進させて150m走行し、被害者の救護に向かわなかったのは救護義務違反・報告義務違反であり、原審がそれを認めなかったのは、「直ちに車両等の運転を停止して」の解釈を誤ったからであると主張した。これに対して裁判所は、被告人は人身事故を惹起したことを認識した後、Y地点で自らの意思で車両を停止し、2人組の男が来るまでの間、連絡用の携帯電話を探し、そこから事故現場に引き返して救護義務等を果たそうとしていた可能性を否定することができないことなどから、「救護義務および報告義務の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に反する不作為があったとまではいえないのであって、一定の時間的場所的離隔を生じさせて、これらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要するのであって、上記のような経緯や状況であった本件において救護義務及び報告義務違反の成立を否定した原判決の判断に法令解釈の誤りはない」として、その判断を維持した。

 【解説】
 道交法では、交通事故があったときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。また警察官に当該交通事故にについて講じた措置を報告しなければならない(72条、117条:5年以下の懲役または50万円以下の罰金)。主体は運転者・乗務員などの交通事故関係者であり(真正身分犯)、行為は救護義務・報告義務違反であり(真正不作為犯)、他の交通関与者の安全等の侵害ないし危殆化の発生は要件ではない(抽象的危険犯)。
 原審は、人身事故を惹起した運転者に生ずる内心の動揺・混乱、作為義務の履行を瞬時に決意することの困難性、信号表示や車の流れに従って一旦は自車を走行させてしまうことなど事故直後の運転者の心理状況や道路交通事情などを挙げ、被告人が直ちに車両の運転を停止しなかったとはいえないと判示した。これに対して検察官は、事故後の内心の動揺などは救護義務等の履行遅滞を容認する理由になりえず、被告人がY地点で停車した後、2人組の男に暴行を受けるまで1分ほど経過していことからすると、被告人は直ちに車両の運転を停止して、被害者を救護すべき義務に違反したと主張した。
救護義務違反の罪は、事故後に直ちに車両の運転を停止して救護にあたる義務の違反が認められれば罪が成立する形式になっているが、「直ちに」停止しなかったか否かはその作為可能性やその容易性などを事実に即して認定しなければならない。交通量の状況、道路幅、車線数、他の交通関与者の運転速度などの事情いかんでは、事故発生後に車両の運転を停止するのに一定の時間を要し、その間走行を継続することによって事故現場から遠ざかることもありうる。事故後150mほど走行して停止し、1分ほど経過した事実だけで、直ちに車両を停止しなかったと判断した検察官の主張は妥当とはいえない。
 本判決は、被告人が事故認識後に救護義務の履行と相容れない行動に出たことを肯定しつつも、Y地点で自らの意思で停止したこと、車内で携帯電話を探すなどしていた可能性が否定できないことなどを踏まえて原審の判断を維持した。「直ちに」要件の解釈・適用の一例として、同種事案を考えるうえで参考になると思われる。