今日は長坂が七時前ぎりぎりまで仕事が終わらずに、道場着が7時ちょっ前。
その時点で道場の雰囲気から(空気)から、
「今日は、ちょっとよくなさそうだなぁ・・」
と思った。
なんとなく空気が重い。
そして、稽古開始して15秒ぐらいで、それは確信に。
仕方ない。
運動会の練習が始まっている。
そして、雨。
低気圧が近づくと人は不安定になる。
とくに、子どもたちは、
「魔の6月」間近だ。
今日は、日曜日の大会に向けて、演武の数をかける予定だったが、急遽変更。
数より、質に。
でも最後は、あえて、ドッヂビー、じゃんけんチャレンジャーで楽しく終わった。
そして、あすの、補習稽古はすべてなしにすると決めた。
疲れも出ているから、ここは欲をかいては元も子もない。
こんな日もあるよな~
と思っている。
道院長になった22年前なら、そんなふうには思えなかっただろうな。
どうやって、喝を入れるか!
と考えていたと思う。
捨てること、あきらめることもときには必要だろう。
捨てて、はじめて見えることもある。
あきらめて、はじめて光が差し込むこともある。
ここで、捨てること、あきらめることは、「子どもたちを」「子どもたちのことを」ではない。
指導者の「欲を」「おもねりを」を捨てるのだ。
たかが大会で勝とうが負けようが、そんなことは、
「生きている」ことから考えたら、それは大したことではない。
今日の稽古はダメな日だった。
でも、橋本西にとっては大丈夫な日だった。
その時点で道場の雰囲気から(空気)から、
「今日は、ちょっとよくなさそうだなぁ・・」
と思った。
なんとなく空気が重い。
そして、稽古開始して15秒ぐらいで、それは確信に。
仕方ない。
運動会の練習が始まっている。
そして、雨。
低気圧が近づくと人は不安定になる。
とくに、子どもたちは、
「魔の6月」間近だ。
今日は、日曜日の大会に向けて、演武の数をかける予定だったが、急遽変更。
数より、質に。
でも最後は、あえて、ドッヂビー、じゃんけんチャレンジャーで楽しく終わった。
そして、あすの、補習稽古はすべてなしにすると決めた。
疲れも出ているから、ここは欲をかいては元も子もない。
こんな日もあるよな~
と思っている。
道院長になった22年前なら、そんなふうには思えなかっただろうな。
どうやって、喝を入れるか!
と考えていたと思う。
捨てること、あきらめることもときには必要だろう。
捨てて、はじめて見えることもある。
あきらめて、はじめて光が差し込むこともある。
ここで、捨てること、あきらめることは、「子どもたちを」「子どもたちのことを」ではない。
指導者の「欲を」「おもねりを」を捨てるのだ。
たかが大会で勝とうが負けようが、そんなことは、
「生きている」ことから考えたら、それは大したことではない。
今日の稽古はダメな日だった。
でも、橋本西にとっては大丈夫な日だった。
やる気のある人は、いつの時代でもやるし、無い人は、どれだけ段取りしてもやらない。
結果的には一緒であって、やる気の無いものにガツガツやる事も無かろう、やるだけ無駄と言うもの。
演武も、或いはその他も同じで、本当の所、使えないようなものをいくら積み重ねても意味が無い。
少林寺拳法の技は、やる人次第で全く違う。
稽古の仕方で、女の子でも十分身を護れるだけのものに仕上がる。
それは、演武の稽古だけでも可能である。
勉強になります。