認知症を扱ったドキュメンタリーを『83歳のスパイ』を作ったマイテ・アルベルディ監督が手掛けるということだけで充分期待できる。
最初のシーンから驚く。ピントが合ってない。ベッドでのふたりの会話が描かれるのだが、ピンぼけのまましばらく続く。もちろんこれは据え置きカメラで仕方ないけど、少し見ていてつらい。認知症の夫は妻のことが誰なのかわからない。彼女は、か「私はあなたの妻よ、」と言うけど。そんな場面から始まって,最後まで静かにふたりの姿が描かれる。
映画は今の日々のスケッチと、ふたりが出会った頃のホームムービーを交互に見せてくれる。それだけ。あまりに単純すぎてこれでいいのか、と心配になるほどシンプル。
結局最後まで、それだけ。たった85分の、映画とも言えないくらいにささやかな記録映像。身終えた時、正直言ってガッカリした。これを見るためにわざわざ1時間かけて劇場まで来た。電車賃に入場料も使った。しばらくしたらNetflixで自宅でただみたいなお金で見れるのに。
だけど、しばらくして,これを敢えて劇場で公開して、それを見ることに意味を感じた。マイテ・アルベルディは敢えてこんなふうに作った。ドラマチックな展開やナレーションは廃した。23年、この映画が完成した年に彼は亡くなったということをラストクレジットの最後で知る。彼女はずっと最後まで彼に寄り添っていたのだろう。
チリの民衆のために、彼はジャーナリストとして全力で生きた。彼女も女優として、政治家(チリで初の女性文化大臣になった)として戦ってきた。そんなふたりが、彼のアルツハイマーによって仕事を辞めて(出来なくなって)、妻は介護に専念し、夫は自分が失われていくことに恐怖しつつ治療に勤めた。
特別なことが描かれる必要はない。この日常が、ただそれだけで特別はことなのだと思う。