習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『脳男』

2013-02-24 21:05:37 | 映画
 まず、このタイトルからして、大胆にも程がある。商業的にはあかん、やろ、と思う。でも、ここまで突き抜けると、それはそれで興味を引くかもしれない。これは映画会社としてはかなりの冒険である。映画のタイトルとして、普通ありえないだろう。しかも、主人公を演じるのはジャニーズのアイドルである。彼が出るとアイドル映画のレッテルを貼られる。だが、まるでそんなこと、気にしない。というか、製作側は、生田斗真でなくてはならないから、彼を持ってきただけ。まるで気にしない。だからこれはアイドル映画ではない。というか、今の時代、純粋なアイドル映画なんてものは存在しないけど。見ればわかる。これは本気の映画だ。そして彼もまた、この映画に本格的に役者として取り組んでいる。

 この映画を見ながら思いだしたのは、長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』だ。まるで関係ない2本の映画が、僕の中ではなんだかとても近いものに見えた。原爆を作った男と、彼を追い詰める刑事との戦いが、この脳男と刑事との戦いとオーバーラップしたのだが、どちらも2人の男は追う者と追われる者であるにも関わらず2人の間にはまるで緊張感がない、という共通項を持つ。追われる者である男は、刑事をまるで相手にもしていない。彼らが見ているのは自分だけで、他者との関係性なんか彼らには問題外なのだ。そこがとても似ている気がした。

 実は本作の主人公は先の犯人と刑事である2人ではなく、松雪泰子演じる精神科医なのだが、そこは『太陽を盗んだ男』では、(少し無理はあるのだが)池上季実子演じるDJとかぶることとなる。この2人はそれぞれの映画では巻き込まれ型ヒロインのようにも見えるが、彼女たちの地点から映画が動くいう共通項を持つ。配置に関しては、表面的な主人公である生田斗真と沢田研二はどちらもアイドル出身だ。対する刑事役の江口洋介も菅原文太も映画俳優である。そういう表面的な一致も含めてこの両作品の共通点はたくさんある。

 何よりも主人公の内面がない、ということ。それがよく似ている。そしてそこが話の引き金となる。2人の正義に関するゆがんだ考えは、彼らを犯罪者にする。作品の構造上、『脳男』の方が複雑で、爆破犯は生田斗真ではなく、二階堂ふみ演じる女なのだが、この2人もまた双子のような関係にあるから、彼らは2人でひとり、と考えてもいい。こんな風に強引にあれこれ言いだすと、きりがないけど、いろんな意味でこの2作品が、僕には兄弟のように見えるのだ。

 さて、そろそろ『脳男』という映画自身の話に入ろう。

 これは一見、最近はやりのダークヒーロー物のような作品にも見える。『ダークナイト』との共通項も多い。そうなるとさしずめ二階堂ふみはヒース・レジャー演じるジョーカーだ。もちろん生田斗真の演じる脳男がバットマン。2人とも大富豪。こういう現代のヒーローはお金持ちでないと難しいようだ。だっていろいろ準備がいるし、ね。

 前半の緊張感が素晴らしい。ドキドキした。生田斗真が警察に捕まり、松雪のもとで検査されるところまでが面白い。ただ、終盤、話が尻つぼみになるのが残念だ。彼が爆破魔ではなく、爆破魔を殺そうとしていたことが分かり、彼は何者なのか、を突き止めるところまでは、ギリギリ大丈夫なのだが、二階堂が彼を襲うところから、ラストまでの展開がつまらなくなる。話からリアリティが損なわれる。クライマックスの病院での爆破と、戦いの部分が嘘くさい。たったひとりで二階堂にあれだけのことが出来るはずもない。彼女の狂気は伝わるがその犯行にリアリティがないから、だんだん醒めてしなう。もっと巨大な悪として、彼女とその背後を描いて欲しかった。

 救いようのないラストのオチは悲惨だが、衝撃的だ。だが、それを見せるためにも、二階堂演じる犯人に説得力が欲しい。あれだけ大掛かりな爆破を行うのは組織的な犯行でなくては不可能だろう。彼女を象徴とする巨大な悪と、その背後にあるたくさんの悪、という図式が浮かび上がるような構造が欲しかった。そうすると、そのひとつとしてラストの染谷将太の行為がもっと痛烈なものとして浮かび上がってくるはずだ。(『ヒミズ』の2人がまたしても、こういう役で同じ映画に出演する、というのも興味深い)この世にはびこる悪と正義のヒーロー脳男がどう向き合うことになるのか。そこまで含めて見せて欲しかった。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 朝井リョウ『何者』 | トップ | 『サニー 永遠の仲間たち』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。