スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデンに在住し帰国。雑記、鳥・植物の写真
*海外情報はその当時のもの。
*禁無断転載

南仏旅行その23 エズ

2012-01-17 22:47:44 | 旅行(フランス・ニース2012)
街並みを見ながらゆっくりと山頂を目指してみる。小ぢんまりとした美しい街並みである。下左から2枚目はニーチェの散歩道。あのドイツの哲学者、ニーチェが「ツアラツストラかく語りき」の構想を練る時に歩いていたという散歩道である。かなりの急坂らしい。左から4枚目は恐らく生活必需品を運ぶ男性。キャタピラ付きの荷車である。

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南仏旅行その22 エズ

2012-01-17 21:56:54 | 旅行(フランス・ニース2012)
ようやく来たバスに乗り20分ほど。坂道や崖路を走ったあと、バスはエズに到着する。途中の山の上にも時々家が見受けられた。
鷲の巣村について少し。中世に現れたサラセン海賊の侵攻に対し、攻められにくい様に山の上に村を築いたのが始まりである。サラセン海賊って?というと、中世に出現したイスラム教徒の海賊達の総称で、実際にはアラブ人、ムーア人、ベルベル人などがごっちゃになった概念の様である。この頃--今でもだが--イスラム世界との接触はヨーロッパにとって一大重大事であった。何となればこの時代にはイスラム教徒の方が文化的にも軍事的にも先進国だったのだ。一時はスペインの殆ど全土、そしてフランスも南部の一部がイスラム教国家の勢力下に入っていた。この近辺は最前線だったのである。
山頂に村を築けば、まず下からは村の様子が良く見えないが、村の方からは敵の様子が良く見える。次いで道を狭く作れば大軍を展開するのが難しい。さらに路地を複雑に入り組んで作れば敵は道に迷いやすくなる。今観光地として風情を醸し出している風景は、いずれも戦術的に理に叶ったものだったのである。実際鷲の巣村の中には、後に第二次世界大戦時にレジスタンス活動にも参加した村もある。
まず、麓から山を見上げて見る。確かに下からは村を全部見渡すのは難しい。教会がそびえているのだけは下からでも眼につく。
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