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スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデンに在住し帰国。雑記、鳥・植物の写真
*海外情報はその当時のもの。
*禁無断転載

オーストリア旅行その34 ザルツブルク・雑

2012-07-17 19:23:28 | 旅行(オーストリア・ザルツブルク2012)
最後は余った写真を適当に。

上:橋の上から見た川の光景。遊覧船もあるようだ。
下左から1・2枚目:トロリーバスは見ていると面白い。ナポリの時は街そのものが結構ゴミゴミしていたせいもあって気にならなかったが、こう言う綺麗な場所で空中に電線があちこち走っていると、ちょっと奇妙な気分になる。
3枚目:サウンド・オブ・ミュージックの資料館の看板。観光土産店でもこの映画に焦点を当てたガイドブックがあったりして、今でも人気は相変わらずの様だ。
4枚目:裏道のカフェ。裏道に入っても余りゴミが落ちていない。清潔な街である。
5枚目:帰りの電車。駅が工事中と言う事もあって、帰りはちょっと駅のホームを見つけるのに迷ってしまった。

3時間の旅を経て再びウィーンに戻る。静かで綺麗な町であった。


オーストリア旅行その33 ミラベル宮殿

2012-07-17 00:05:05 | 旅行(オーストリア・ザルツブルク2012)
さて、ザルツブルク最後の観光はミラベル宮殿(Schloss Mirabell)である。現在は市役所としても使われている宮殿で、美しい庭園が見どころになっている。そしてこの宮殿と言えば、何と言っても名画「サウンド・オブ・ミュージック」である。一部はこの庭園を使用して撮影が行われたのだ。ちなみに本物のトラップ一家もザルツブルクに住んでいたし、トラップ大佐が第一次世界大戦中、潜水艦長として総撃沈トン数4万トンを超えるエースであった事、妻を病気で亡くした事(*)、そして後妻となった修道女マリアが一家で聖歌隊を作った事も全て実話通りである。ちなみに本物の一家はザルツブルグ音楽祭に出場して優勝している。ただ実際のトラップは大佐ではなく少佐で、映画とは違って冗談を解する陽気な人物であったとか。
Wikipedia「ゲオルク・フォン・トラップ」
こちらミラベル宮殿は映画ではあの「ドレミの歌」を歌いつつ子供たちとマリアが遊びまわる場面が撮影されたという。花が咲き乱れ、美しい庭園である。遠くにホーエンザルツブルク城が見える。旧市街よりもこちらの方が人出が多そうだ。日本人の姿も多かった。

(*)旧姓はホワイトヘッド。彼女の父はイギリス人技師ロバート・ホワイトヘッドで、魚雷を発明した人物である。


オーストリア旅行その32 城内

2012-07-16 23:30:17 | 旅行(オーストリア・ザルツブルク2012)
とりあえず景色を見た後、城内を一巡りする。日本でも戦国時代の山城には城内に神社があったりしたが、こちらも教会が城内にしっかりある(と言うか、大司教が築いた城なのだから、当然かも知れないが。。。)。城内は急坂あり、階段ありであまりバリアフリーではない。一度も落城していない以上、後からあれこれいじれないのかも知れない。中国人か韓国人らしき母親が小さな子供の手を引いて歩いていたが、御多分にもれず子供が階段の途中でぐずりだしてしまった。恐らくは「もう歩きたくない!」とでも言っているのか。すると母親が子供を激しく叱りつける。「うるさい、文句言わずにこのくらいの階段は登るんだよ!」と言ったところなのであろう。自分も昔良く親には怒られた口ではあるが、スウェーデンだとかなり珍しい(児童虐待と取られる危険性がある)ので、久し振りにこう言う光景を見た気がした。
子育ていろいろ





オーストリア旅行その31 城から

2012-07-16 23:19:29 | 旅行(オーストリア・ザルツブルク2012)
城の反対側に行くと、旧市街と反対側の光景も見る事が出来る。雄大な山が連なり、綺麗な景色である。観光地と言った風情ではないが、それでも町は清潔そうだ。何処まで行っても小奇麗にまとまった街なのだろう。ただこう言う場所に長く住んでいたら、自分であればちょっと退屈してしまうかも知れない。住んでいる方には申し訳ないが。。。


オーストリア旅行その29 ホーエンザルツブルク城

2012-07-16 22:59:19 | 旅行(オーストリア・ザルツブルク2012)
さて、ホーエンザルツブルク城である。写真の通り、麓からはケーブルカーで城に行ける。ただし、城の内部には階段があり、車いすの方の場合、駅の周囲しか回れないかもしれない(少なくとも自分が見た限りでは。どうしても旅してみたい方であれば、一回職員に尋ねられるか、メールで問い合わせられたし)。ケーブルカーはちと高いが、乗れば圧倒的に楽である。歩いて登って行く人の姿もたくさん見える。本当に山の景色を楽しみたいなら、歩いて登る方が本道なのかも知れない。
城は11世紀の築城で、ローマのサンタンジェロ城同様、一回も落城していないという。ザルツブルク市内で、間違いなく最高のビューポイントであろう。下中央写真がケーブルカーの入り口である。
イタリア旅行その28 サンタンジェロ城



オーストリア旅行その28 大聖堂

2012-07-16 21:57:53 | 旅行(オーストリア・ザルツブルク2012)
さて、城の麓まで辿りつくと、写真の大聖堂(Dom)が現れる。ちなみに、意外とここに辿りつくのは時間がかかった。他の観光客も「城に行きたいのだが、何処で曲がったら良いのか?」と自分に聞いて来たので(どうして東洋人に聞いて来たのかは不明)、思ったよりも分かりにくいのかも知れぬ。8世紀建造の古い教会である。モーツァルトもここで洗礼を受けたとか。
既に意識は城にばかり向いているので、余りじっくり教会は見ていない。何より、この教会周辺が結構騒がしいのである。下写真の様に、教会の前に桟敷席が作られていたり、隣の広場には不思議な球形のモニュメントが出来ていたりする。恐らくは音楽祭の準備なのであろう。ひっきりなしにフォークリフトが行きかい、ちょっと落ち着かない雰囲気である。そして奥の山には、目指す城がはっきり見える。あと少しだ。


オーストリア旅行その27 旧市街

2012-07-16 20:28:36 | 旅行(オーストリア・ザルツブルク2012)
昼食の後は城を目指す。市街南部、ホーエンザルツブルク城(Festung Hohebsaltzburg)に登ってみる計画なのだ。
ザルツブルクはほぼ完璧に観光地化された都市という印象を受ける。街は清潔でゴミ一つない(音楽祭の最中どうなるのかは知らないが。。)。雰囲気としてはルクセンブルクに近いであろうか。またこれはウィーンもそうだが、どこに行ってもほぼバリアフリーで、市街については車いすの方でも安心して観光を楽しめると思われる。レストラン含め、大体の人が英語を話せる。ただバルセロナやパリ、ローマの様なエネルギッシュさには欠けるかも知れない。また何かにつけてちょっと価格は高めである。
市街を抜けたあと、崖に沿って歩きつつ城を目指す。下左から1枚目は馬の洗い場(Plerde Schwermme)であるが、何故ここまで豪華なのかは不明。2枚目以降はフランツィスカナー教会(Franziskanerkirche)で、これも中々綺麗な教会であった。


オーストリア旅行その26 旧市街

2012-07-15 23:05:21 | 旅行(オーストリア・ザルツブルク2012)
旧市街を歩いて見る。この町最大の中心街、ゲトライデ通り(Getreidegasse)である。元々ザルツブルクは人口15万人という小さな町で、繁華街と言っても小ぢんまりとした印象である。まだ音楽祭も始まっていないせいか、観光客の姿もそれほど多くない。上を見上げると、下左1・2枚目の様に店の看板が中々可愛い。
ウィーンと比較すると少しこちらの方が気温が低めな印象で、歩いていても気持ちが良い。歩いているうちに昼食の時間になったので、この近くのシュテルンブロイ(Sternbräu)という店に入ってみた。緑の中庭で気持ちの良い店である。プレッツェル、そしてトマトのスープを飲んでみたが、どちらも中々良い。この後また懲りずにグヤーシュを頼んでしまったのだが、そちらの写真は割愛する(苦笑)。なお、この通りにはモーツァルトの生家(下左から3枚目)もあるが、時間の都合もあって中には入らなかった。


オーストリア旅行その25 ザルツブルク旧市街へ

2012-07-15 21:57:51 | 旅行(オーストリア・ザルツブルク2012)
駅前に出ると、前に並んでいるのはトロリーバスである。ザルツブルクもナポリ同様、トロリーバスが現役の都市らしい。
イタリア旅行その36 ナポリ中央駅周辺
観光ガイドを見ると、写真左の3番は旧市街に行くらしいので乗ってみた。バスの運賃は手持ちの観光ガイドでは2.1ユーロ(車内で買った場合)と書いてあるのだが、実際に乗ってみると2.3ユーロ。値上がりした様だ。先進国は何をするのも高いものである。
さて、ザルツブルクについて。元々「塩の城」の意である。この近くで取れる岩塩を水運を使ってヨーロッパ各地に売りさばいていた事に由来する。市を流れる川はザルツァハ川(Salzach)と言うが、これも名前にSalz(塩)の文字が見える。この川はイン川を通じて、最終的にはあのドナウ川に繋がっているのだ。
Wikipedia「ザルツブルク」
ここ出身の著名人としては、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)が余りにも有名である。夏には彼を記念してザルツブルク音楽祭が毎年開かれ、大量の観光客が街に押し寄せるという。今回は音楽祭の前だったので、混雑を避けられた様だ。
他にこの町ゆかりの人物としては指揮者として有名なヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan)、ドップラー効果のクリスチャン・ドップラー(Johann Christian Doppler)、あと自分としては作家のシュテファン・ツヴァイク(Stefan Zweig)を付け加えておきたい。御存じで無い方も多いかも知れないが、「マリー・アントワネット」(1933年)は名作である。岩波書店から出ていると思うので、興味のある方はご一読あれ。「運命の星輝く時(上・下)」も好きなのであるが、今出版されているかどうか。。。以前日本の本屋で探した事があるが、無かったのでもう絶版になってしまったのかも知れぬ。彼もまたドラッガー同様、ユダヤ系であったため大戦中は海外に亡命した。そしてヨーロッパの未来を悲観し、最後は妻と共にブラジルの地で自殺してしまうのである。
Wikipedia「シュテファン・ツヴァイク」
バスはザルツァハ川を渡る。市庁舎の近くで下車し、旧市街に入る。世界遺産にも指定された街並みである。アルターマルクト広場(Alter Markt Plaz)からちょっと周りを見渡したのが右からの2枚である。