スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデンに在住し帰国。雑記、鳥・植物の写真
*海外情報はその当時のもの。
*禁無断転載

イタリア旅行その50 ナポリ・雑

2012-05-12 18:14:16 | 旅行(イタリア・ナポリ2012)
最後はナポリで適当に余った写真を。
上写真:帰りの電車の中で見えた虹。
下左から1-4枚目:帰りはユーロスター(Treni Eurostar Italia)というイタリアの新幹線に乗った。価格は行きのほぼ倍であったが、ローマ・テルミニ駅までの時間はわずか1時間10分。これは確かに早い。車内には速度も表示されていて、見ていると最高速度は大体300km/h程度の様である。
Wikipedia「ユーロスター・イタリア」
下左から5-8枚目:ナポリ中央駅で見かけたイタリアの鉄道車両。
9枚目:ナポリにも近代的な高層ビルの並ぶ地域も見かけた。

まあ、国立考古学博物館、カポディモンテ美術館、サンタ・キアラ教会など、時間の都合上回れなかった場所も多かったのであるが、スリにも会う事なく無事に帰れて何よりであった。ローマ・テルミニ駅には夕方、ちょうどストライキをかわせる時間に到着出来た。

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イタリア旅行その49 卵城・雑

2012-05-12 17:48:49 | 旅行(イタリア・ナポリ2012)
卵城からの光景に見とれること暫し。良く見ると海はそれ程綺麗な訳ではなく、結構ゴミも漂っているが、それでも景色の美しさの方が勝る。曇りがちな天気であったが、晴れ間が見えると強い太陽光線と広がる海という南欧らしい風景になる。

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イタリア旅行その48 卵城から2

2012-05-12 17:30:59 | 旅行(イタリア・ナポリ2012)
こちらは反対側。確かに美しい。これは一見の価値ありである。

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イタリア旅行その47 卵城から

2012-05-12 17:16:56 | 旅行(イタリア・ナポリ2012)
卵城からベスビオス火山側である。残念ながら曇りで、ベスビオス火山の全景は見えなかった。

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イタリア旅行その46 卵城

2012-05-12 16:53:10 | 旅行(イタリア・ナポリ2012)
さて、卵城(Castel dell'Ovo)に到着である。12世紀に建設された古い城らしい。
Wikipedia「Castel dell'Ovo」
何で卵城と呼ぶのかと言うと、詩人で魔術師でもあったヴェルギリウスが、この城のどこかに魔法をかけた卵を隠したからだと言うのであるが、真偽のほどは不明。とりあえず絶好のビューポイントである事だけは確かである。
城への入場は無料。エレベーターもあり、上まで登れる。城の壁はほぼ垂直で、下を見下ろすと海が遥か下に見える。ちょっと怖い。景色の写真は次で。

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イタリア旅行その45 サンタ・ルチア地区

2012-05-12 13:38:17 | 旅行(イタリア・ナポリ2012)
王宮から更に坂を下り、卵城の方向に向かう。この地域がサンタ・ルチア(Santa Lucia)地区である。この近辺はそこそこ高級な住宅街の様で、道も広く、歩く人達も皆それなりの格好をしている。少し空腹であったので、下左から2枚目の写真のレストランで昼食を食べた。パスタやタコの炒め物などを頼んでみた。ちょっと英語が通じにくいのは毎度の事であるが、味はどれも素晴らしかった。食べに来ていた人達は地元のビジネスマンらしき人ばかりであった。味は結構薄味で、恐らくは観光客向けでないところではこう言う味付けをするのであろう。
さて、このサンタ・ルチア地区であるが、スウェーデンとは思わぬところで縁がある。ルシア祭である。あの時歌われる歌「サンタ・ルチア」は元々ナポリの民謡なのである。サンタ・ルチア地区から見た景色の美しさを歌ったものなのだという。スウェーデンでは別の歌詞を付けて歌われる。
Wikipedia「サンタ・ルチア」
ルシア祭

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イタリア旅行その44 ナポリ王宮

2012-05-12 12:54:51 | 旅行(イタリア・ナポリ2012)
この近くにあるのがナポリの王宮(Palazzo Reale di Napoli)である。外壁は強い日光で少し色あせ気味なのだが、内部はかなり華麗な装飾に飾られている建物らしい。
Wikipedia「ナポリ王宮」
スペイン系の王家によって17世紀に作られた王宮らしいのだが、建設を命じた王は結局一回もここには住まず、さらに18世紀になると王はカゼルタの地にさらに豪華な宮殿を建てて移ってしまう。壮大な無駄である。ちなみに現在、カゼルタの宮殿(Reggia di Caserta)はナポリ旧市街とは別に世界遺産に指定されている。
Wikipedia「カゼルタ宮殿」
宮殿の正面はプレシピテート広場(Piazza del Plebiscito)という広場になっていて、奥にはサン・フランチェスコ・ディ・パオラ教会(Basilica di San Francesco di Paola)があり、これはローマのパンテオンを模して造られたものだそうである。下左から3枚目と4枚目写真である。この近辺の建設を命じたのはナポレオン配下の将軍だったジョアシャン・ミュラ(Joachim Mura)である。彼もまたナポリ王の地位に付いたあと、数奇な運命を辿った人物である。ウィキペディアをご覧あれ。どうもこの地は昔からこう言う人物がやって来る場所らしい。
Wikipedia「ジョアシャン・ミュラ」
王宮の正面玄関には歴代のナポリ王の像が建てられている。右から1枚目は恐らく先のヌオーヴォ城で紹介したカルロ1世である。

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イタリア旅行その43 ウンベルト1世のガッレリア

2012-05-09 21:49:06 | 旅行(イタリア・ナポリ2012)
この近くにあるのがウンベルト1世のガッレリア(Galleria Umberto I)である。19世紀に建てられたアーケードで、イタリアでも屈指の美しさを誇るものである。入ってみると高級感の溢れる商店街である。入ってくる人も、それなりの格好をした人々である。あのスパッカ・ナポリの猥雑さは何処に行ったのか。ナポリもまた、貧富の落差の激しい街のようである。
上を見上げてみる。中央のガラスのドームは高さ57.5m。光の溢れる空間である。上層には彫刻が並び、品のある美しさを醸し出している。
Wikipedia「Galleria Umberto I」

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イタリア旅行その42 ヌオーヴォ城

2012-05-08 22:15:58 | 旅行(イタリア・ナポリ2012)
バスに乗ることしばし。ローマを遥かに上回る超絶テクニックの運転(?)のバスである。何より、道路があちこち工事中で、その上に渋滞が加わるのである。カーブの幾つかは「これは、絶対に曲がりきれないだろう!」と思ったが、すれすれでハンドルを切り返して悉く突破してしまう。やがて写真のヌオーヴォ城(Castel Nuovo)が見えて来るので、バスを降りる。
ヌオーヴォ城と言うと何やら荘厳な響きであるが、英訳すれば要するにNew Castle、「新しい城」の意である。前述の卵城が古い城なので、それと区別するために「新」と付けた様である。13世紀にナポリの支配者となったアンジュー家という王家が作らせたので、アンジュー家の城(Maschio Angioino)とも呼ばれる。アンジュー家は元々フランスの王家である。ルイ9世の末の弟、シャルル・ダンジュー(Charles d'Anjou)は野心的な人物で、フランスの地方貴族で終わる事を潔しとせず、ローマ教皇の支持を得てシチリア王カルロ1世となり、更には地中海帝国を建設してエルサレムにまで勢力を拡大する事を夢見た人物であった。もちろんこの一国にそんな実力はなく、夢は夢で終わる。兵どもが夢の跡である。城は後にスペイン系の王家による改修も受けている。
Wikipedia「カルロ1世」

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イタリア旅行その41 市街南部へ

2012-05-08 21:24:55 | 旅行(イタリア・ナポリ2012)
まあ、この狭い路地を歩くのも良いと言えば良いのだが、さすがにこのままずっとこの付近を彷徨うのも気が進まない。市街南部の卵城(Castel dell'Ovo)が絶好のビューポイントらしいので、こちらを目指す事にした。しかしこのまま歩き通しで卵城まで行くのも時間を食いそうである。バスか何か、ないものだろうか?
ナポリ大聖堂からまっすぐ南下すると、ウンベルト1世通り(Coreo Umberto Ⅰ)と言う通りがあり、地図で見るとかなり広そうである。恐らくは南部に向かうバスも通っているに違いない。道端の煙草屋で尋ねてみる。英語はお互い不自由で、珍問答を繰り広げた末、「アール・ドゥーエ」というバスが南部に向かうらしい、という事は理解する。しかし「アール・ドゥーエ」とは?紙とボールペンを出して書いて貰う。「R2」バスの事らしい。とりあえずこの煙草屋で切符も買う。1枚1.2ユーロ也。
ウンベルト1世通りに出てもバス停の位置が分からず、再び近くの煙草屋で珍問答。ようやくバス停を見つけ、ちょうど来たR2バスに飛び乗った。後で調べたところでは、このバスはナポリ中央駅の前から南部(王宮の近く)までを結んでいるバスであり、観光には非常に有用なバスであった。上写真がR2バスである(なお、これは王宮付近からナポリ中央駅方向に戻るバス)。下左から1枚目はバスの切符。残り2枚は途中の通りにあったサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会(S.Giorgio Maggiore)である。


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