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スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデンに在住し帰国。雑記、鳥・植物の写真
*海外情報はその当時のもの。
*禁無断転載

神戸その17

2022-07-10 23:05:26 | 日本国内旅行(神戸2022)








最後は残った写真を適当に。1番上は違う角度から撮った風見鶏の館である。
2枚目からは順に買って帰ったお土産である。神戸牛味のポテトチップは結構なお値段であったが、食べるとそれなりの味であった。やはり神戸とくれば神戸牛であろうか。神戸プリンは以前職場のお土産でもらったことがあったが、今回はカントリーマアムの神戸プリン味を買って職場のバラマキ用土産とした。パッケージにもしっかり風見鶏の館が描かれている。気になるお味の方であるが、あとで同僚たちに聞いてみると意外に?評判は良かったようである。
Wikipedia「神戸ビーフ」
神戸プリン

短い旅となったが楽しかった。また感染の波がぶり返してきてしまったので当分無理そうだが、また落ち着いてきたらどこかに出かけたいものである。

神戸その16

2022-07-10 22:57:18 | 日本国内旅行(神戸2022)














さて、この風見鶏の館の本当にすぐ近くにあるのが「萌黄の館」である。1903年にアメリカ総領事ハンター・シャープの邸宅として建設されたもので、1944年に元神戸電鉄社長・小林秀雄氏の所有となった。こちらも感じの良い洋館であったが、時間がなく駆け足の見学となった。とりあえず写真の中で印象に残ったものを並べておきたい。7枚目、一番下写真は窓からの光景で、きっと昔は海まで綺麗に見渡せたのであろう。
Wikipedia「旧シャープ住宅」

神戸その15

2022-07-10 22:43:01 | 日本国内旅行(神戸2022)






最後は正面のホールを通って出る。2枚目写真は玄関の柱であるが、上に植物の彫刻が施されている。これは「ガマ」の模様なのだという。昔から多産と再生のシンボルとされていて、縁起のよいものなのだそうな。最後は玄関にいけられていた花である。
短時間だったが「見るに値する」観光地であることは確かである。皆様も神戸に来るチャンスがあったらどうぞ。

神戸その13

2022-07-10 22:25:14 | 日本国内旅行(神戸2022)








そして最後は子供部屋である。エルゼのために作られた子供部屋、何と広さ24畳である。広いこと広いこと。部屋の隅にはおもちゃがたくさん並んでいる。小さなエルゼの息づかいが聞こえてくるようだ。
一家は幸せに暮らしていたが、こちらも暗転の日がやってくる。1914年、トーマス一家はエルゼの寄宿舎のためにドイツに一時帰国したが、ここで第一次世界大戦が勃発してしまう。大日本帝国はドイツ帝国に対して宣戦布告することになり、トーマス一家は敵性国民ということになって全財産は没収となってしまうのである。トーマス一家はほとんどの財産を日本に置いて一時帰国していたので、一家の生活は困窮を極めた。その後にドイツは敗戦となり、もうその後のトーマス一家の行方は分からなくなってしまうのである。
転機は先に紹介したNHKのテレビドラマ「風見鶏」である。これでこの館が有名となり、観光客が押し寄せて館は一般公開されることとなった。このニュースがドイツに伝わり、かつての小さな娘エルゼが、エルゼ・カルボー婦人となりドイツ・フランクフルトに在住していたことが判明するのである。エルゼが神戸市の招待で日本に来日、再びこの館の中に足を踏み入れたのが1979年。実に65年ぶりの館との再会になったのである。小さな娘は80歳の老婦人となっていた。まことに数奇な運命である。年老いたエルゼ婦人がこの子供部屋の中に腰かけて周囲を眺めている写真も部屋の中に残されている。どんな思いだったのだろうか。

神戸その12

2022-07-10 00:43:38 | 日本国内旅行(神戸2022)






そして次が「朝食の間」といい、宿泊したお客様とトーマス氏の家族が一緒に朝食をとるときの部屋である。この部屋は日当たりが良く、天気が良ければ大阪まで見渡せたのだという。2枚目は備え付けの家具だが、家具の右側に神戸と書かれた女性の絵が見えると思う。これはNHK朝の連続テレビ小説で放映された「風見鶏」というドラマで、1977年に放映され、その後にここに観光客が集まるきっかけとなった。そしてこの部屋の外においてあったのがこの屋敷のシンボル、3枚目写真の風見鶏の模型。これが実寸大だという。風見鶏のはその名の通り、風向を知る以外にキリスト教の布教という意味合いもあったのだそうな。
Wikipedia「風見鶏(テレビドラマ)」

神戸その11

2022-07-10 00:04:42 | 日本国内旅行(神戸2022)






そして次は2階に行く。階段を上ってまず行くのは「客用寝室」。お客さんが泊まった部屋で、壁紙も綺麗である。部屋の奥にあるのが3枚目写真の3面鏡で、よく見ると鏡台の下右の部分で蓋が開いているところがあるのが分かると思う。ここには炭火を入れたのだそうである。ここにコテを入れて温め、髪をカールさせるのに使われたらしい。ただこのお屋敷の備品だったかどうかは不明。大正末期に神戸市内で制作されたもの、と書かれていた。

神戸その10

2022-07-09 22:59:49 | 日本国内旅行(神戸2022)








そしてこちらは食堂である。一家でここで食事をとったのであろう。テーブル、暖炉とも保存状態よく残る。3枚目写真の暖炉のところにはクリステル夫人とエルゼの2人の写真が掲示されている。この部屋の中で一家3人でどういう雰囲気だったのだろうかと想像してみる。4 枚目の写真にある右側の扉は奥がエレベーターになっていて、階下で調理した食事が上にあげられるようになっていたのだという。そう言えば旧前田邸にも同じ仕掛けがあった。
駒場公園その11

神戸その9

2022-07-09 22:11:49 | 日本国内旅行(神戸2022)








そして館内に入ってみる。この館に居住したのはトーマスとその奥さんクリステル、そして一人娘エルゼの3人である。エルゼが生まれたのは1899年であり、この館が出来たときに5歳だったことになる。家具調度品も綺麗に保存状態よく残され、確かに見ごたえがある。一見の価値ありと思う。品のよい空間である。

神戸その8

2022-07-09 21:28:09 | 日本国内旅行(神戸2022)








この風見鶏の館、確かに絵になる光景である。建物の上の塔を拡大撮影すると、確かに風見鶏が見える。またこの館のすぐ前が小さな広場になっていて(上から3枚目)、館全体が綺麗に写真に撮れるようになっている。4枚目は入口である。
この館は1904年建造で、ドイツ人貿易商、ゴットフリート・トーマスのために建てられた家であった。建築を担当したのは「江戸東京たてもの園」にデ・ラランデ邸を残しているゲオルグ・デ・ラランデである。
Wikipedia「ゲオルグ・デ・ラランデ」
江戸東京たてもの園その11