日中合意、南シナ海の領有権争い解決策のひな型になるか
ウォールストリートジャーナル 2014 年 11 月 10 日 09:55 JST
By ANDREW BROWNE
【北京】日中両国政府は7日、尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権をめぐる緊張を少なくとも一時的に鎮静化させるための巧妙な合意文書を発表し、これにより日中のより幅広い緊張緩和への期待が生まれている。
文書発表に当たっては、両国とも国内のナショナリスト的な機運に留意するとともに、苦い歴史の遺産を注意深く扱うという高度な外交手腕が必要だった。
日中の交渉担当者は、領土をめぐり東アジアに緊張をもたらした多くの対立の中で飛び抜けてリスクが高い問題に取り組んだ。尖閣の件は米国を巻き込む可能性が極めて大きかった。主権に関わる困難な問題を避けることにより、その他の分野の問題を進めるという解決策は、1つの先例にすぎないのかもしれない。
だが、慎重に受け止める必要がある。今回のあいまいな表現の合意文書が実際に日中関係修復の基盤となるかどうかは、時間がたってみないと分からないからだ。ケリー米国務長官は8日、日中合意は始まりにすぎないと述べた。今後、時間をかけて「骨にもう少し肉が付けられることになるだろう」としている。
日中合意は単なる政治的なその場しのぎの方策だとする皮肉な解釈もある。合意はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の直前に発表された。中国は、日本との対立で雰囲気を損ないたくなかった。尖閣をめぐる対立はなくなったわけではない。
尖閣に対する中国の領有権主張は、アジアの海洋大国を目指す同国の願いの核心に触れる。尖閣は、朝鮮半島からフィリピン南部に及ぶ島しょからなる長鎖の一部であり、中国の太平洋への接近を阻害する位置にある。中国はその長鎖にいくつか穴を開けたいと望んでいる。しかも、尖閣周辺の海底には豊富なエネルギー資源が埋蔵されていると考えられている。
日本は、尖閣の領有権は同国の安全保障にとって不可欠だとみている。また、中国の巨大な経済力と年率2ケタ台で増える軍事費に大きな脅威を感じている。安倍晋三首相が日本経済の再生にまい進し、外交上の影響力を拡大しようとしている背景には、日本の脆弱(ぜいじゃく)さへの懸念がある。
安倍氏は昨年12月に靖国神社を参拝し、中国や韓国など周辺国を落胆させた。中国は日中首脳会談を行う前提条件として、尖閣の領有権をめぐり中国との係争が存在することを認めるとともに、靖国参拝を2度としないことを約束するよう求めている。合意文書では、尖閣について領有権争いには言及しなかったものの、尖閣をめぐる緊張があることは認めた。だが、靖国参拝については触れなかった。
尖閣問題への日中の対応は、ベトナムやフィリピン、台湾、ブルネイ、マレーシアの5者と中国による南シナ海の領有権争いに対する取り組みのひな形になるかもしれない。
西側の一部法律専門家からみると、5者の主張で目立って力強いものはなく、中国の主張は少なくともそれらと同程度に説得力がある。このことから、全当事者が法的仲裁に同意しても解決には数十年かかりそうだ。現状では、中国は隣国を脅すために軍事力を使っている。そのため隣国は米国に頼り、一帯で軍備が拡大している。
論理的な解決策は、領有権争いを棚上げし、南シナ海の豊富な資源の共同開発の推進で合意することだ。
中国には尖閣問題で日本と永続的な妥協を図ろうという大きなインセンティブがある。まず、日本は強力な海軍力があり、中国軍が尖閣を奪取し占拠できるかどうかは皆目わからない。また、日本との衝突は中国経済に打撃を与える。日本からの投資は停滞しており、中国は依然として日本の先進技術や製造ノウハウを必要としている。
加えて米国は、尖閣が日米安保条約の適用範囲内にあると明言しており、尖閣をめぐって日本と衝突すれば米中紛争となるリスクがある。
一方、中国は南シナ海での緊張緩和に動いている兆候もある。中国とベトナムとの関係は、両国が領有権を主張している水域で中国が原油試掘リグを撤去してから徐々に改善に向かっている。
日中合意文書は、東アジアの平和に向けた希望を生むぜい弱な基盤となるかもしれない。だが、それには、あいまいな表現でも妥協することが必要な出発点になる。
ウォールストリートジャーナル 2014 年 11 月 10 日 09:55 JST
By ANDREW BROWNE
【北京】日中両国政府は7日、尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権をめぐる緊張を少なくとも一時的に鎮静化させるための巧妙な合意文書を発表し、これにより日中のより幅広い緊張緩和への期待が生まれている。
文書発表に当たっては、両国とも国内のナショナリスト的な機運に留意するとともに、苦い歴史の遺産を注意深く扱うという高度な外交手腕が必要だった。
日中の交渉担当者は、領土をめぐり東アジアに緊張をもたらした多くの対立の中で飛び抜けてリスクが高い問題に取り組んだ。尖閣の件は米国を巻き込む可能性が極めて大きかった。主権に関わる困難な問題を避けることにより、その他の分野の問題を進めるという解決策は、1つの先例にすぎないのかもしれない。
だが、慎重に受け止める必要がある。今回のあいまいな表現の合意文書が実際に日中関係修復の基盤となるかどうかは、時間がたってみないと分からないからだ。ケリー米国務長官は8日、日中合意は始まりにすぎないと述べた。今後、時間をかけて「骨にもう少し肉が付けられることになるだろう」としている。
日中合意は単なる政治的なその場しのぎの方策だとする皮肉な解釈もある。合意はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の直前に発表された。中国は、日本との対立で雰囲気を損ないたくなかった。尖閣をめぐる対立はなくなったわけではない。
尖閣に対する中国の領有権主張は、アジアの海洋大国を目指す同国の願いの核心に触れる。尖閣は、朝鮮半島からフィリピン南部に及ぶ島しょからなる長鎖の一部であり、中国の太平洋への接近を阻害する位置にある。中国はその長鎖にいくつか穴を開けたいと望んでいる。しかも、尖閣周辺の海底には豊富なエネルギー資源が埋蔵されていると考えられている。
日本は、尖閣の領有権は同国の安全保障にとって不可欠だとみている。また、中国の巨大な経済力と年率2ケタ台で増える軍事費に大きな脅威を感じている。安倍晋三首相が日本経済の再生にまい進し、外交上の影響力を拡大しようとしている背景には、日本の脆弱(ぜいじゃく)さへの懸念がある。
安倍氏は昨年12月に靖国神社を参拝し、中国や韓国など周辺国を落胆させた。中国は日中首脳会談を行う前提条件として、尖閣の領有権をめぐり中国との係争が存在することを認めるとともに、靖国参拝を2度としないことを約束するよう求めている。合意文書では、尖閣について領有権争いには言及しなかったものの、尖閣をめぐる緊張があることは認めた。だが、靖国参拝については触れなかった。
尖閣問題への日中の対応は、ベトナムやフィリピン、台湾、ブルネイ、マレーシアの5者と中国による南シナ海の領有権争いに対する取り組みのひな形になるかもしれない。
西側の一部法律専門家からみると、5者の主張で目立って力強いものはなく、中国の主張は少なくともそれらと同程度に説得力がある。このことから、全当事者が法的仲裁に同意しても解決には数十年かかりそうだ。現状では、中国は隣国を脅すために軍事力を使っている。そのため隣国は米国に頼り、一帯で軍備が拡大している。
論理的な解決策は、領有権争いを棚上げし、南シナ海の豊富な資源の共同開発の推進で合意することだ。
中国には尖閣問題で日本と永続的な妥協を図ろうという大きなインセンティブがある。まず、日本は強力な海軍力があり、中国軍が尖閣を奪取し占拠できるかどうかは皆目わからない。また、日本との衝突は中国経済に打撃を与える。日本からの投資は停滞しており、中国は依然として日本の先進技術や製造ノウハウを必要としている。
加えて米国は、尖閣が日米安保条約の適用範囲内にあると明言しており、尖閣をめぐって日本と衝突すれば米中紛争となるリスクがある。
一方、中国は南シナ海での緊張緩和に動いている兆候もある。中国とベトナムとの関係は、両国が領有権を主張している水域で中国が原油試掘リグを撤去してから徐々に改善に向かっている。
日中合意文書は、東アジアの平和に向けた希望を生むぜい弱な基盤となるかもしれない。だが、それには、あいまいな表現でも妥協することが必要な出発点になる。